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第6章

第5話 黒猫に導かれてパンツを見る

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 コンビニの制服を脱いで外に出ると、周囲は暗闇に染められていた。
 街灯なんてほとんどなく、立ち並ぶ街路樹だけが、車道と歩道を分ける。

 こんな中から1人の女の子を探すのは相当難しいのではないかと、行動に移す前から辟易してしまう。
 元より、簡単に探し出せるとも思っていないので、店長に謝罪して店は任せた。眠そうな店長に平謝りしたが、なんで俺がと心の狭い部分にしこりが生まれる。

 ただ、店は店長に任せられたが、あんなぐじょびじょな窓際美人までお任せするわけにもいかなかった。
 後々の取り立てを恐れながらも、姉に連絡して任せることにした。
 最初は寝起きで不機嫌そうだったが、理由を軽く説明すると打って変わって協力的だったのが謎だ。特に窓際美人の名前を出した時は顕著で、直ぐに迎えに行くと自分から言い出したぐらいだ。
 俺よりも面倒くさがりな姉。なんでだ? と思うも、今だけはありがたかったので追求はしなかったが。
 ……この借りの返済を考えると、背筋が震える。

 どうやって探すか。
 手当たり次第走り回るとか、そんなどこぞのラブコメ主人公のような非効率な探し方はしたくない。
 けど、やるしかないんだよぁ。
 運動不足の身体を酷使することが決まり、億劫さばかりが胸の内を占めていくと、チリンッと鈴の音が鼓膜を震わせた。

「……なんだ、猫か」
 夜闇に溶けそうな黒猫。
 飼い猫なのか、鈴のついた首輪を鳴らしながら、金色の瞳を爛々と輝かせている。

 黒魔女に黒猫とか不吉でしかないな。
 これで靴紐まで切れたら、迷信なんてありえないと考える俺でも、制服少女の身を心配してしまう。
 ……大丈夫だよな?
 こちらを凝視してくる黒猫を見返す。
 言葉にできない言いようのない不安がふつふつと湧き上がってくると、チリンと鈴を鳴らして黒猫が飛ぶようにコンビニの影へと姿を隠す。

 見えない影を追いかけ「……探すか」と足を前に踏み出そうとすると、「ふぎゃっ!?」と猫とは違う情けない声が聞こえてきた。
 浮かせた足を戻す。
 振り返り、耳をそばだてると「なにっ? ちょっ、やめ……っ!」となにやら争っているような物音が耳に届く。

 まさかと思いつつ、コンビニの横。白い壁に覆われ、店内から漏れる光も届かない死角には、返却するためのコンテナやかご台車しか置かれていないはずだ。
 他にあるとすれば、駐車用のブロックがあるぐらいなのだが……。

「……無駄足を踏まなくてよかったと思うべきか、
 子供の家出かよって嘆くべきか、どっちなんだろうなぁ?」
「それよりもっ……!
 見てないで、助けてくれてもいいんじゃないですかっ!?」
 そこには、駐車場のブロックに座って、黒猫と格闘している制服少女の姿があった。
 鳴き声1つ上げず猫パンチしている黒猫。
 爪は立ててないのか痛がってはいない。けれども、突然猫に襲われて困惑しているのか、手足をバタつかせて「やめ、ぁあ……」と悪戦苦闘している。

 傍から見ていると戯れているようにしか見えないが、制服少女は至って真面目に困っているのだろう。
 ふむ……。
「このままお騒がせな家出娘を猫にお仕置きしてもらうのもいいか。
 もっとやれ。弱いのは頭だ」
「なんで……!
 って、誰の頭が弱いですかっ!」
 お前の。

 まぁ、いつまでも猫と遊んでもらっていては話も進まない。
 店長に姉に。
 しなくてもよかった余計な借りだけ生まれちまったなと辟易しつつ、どういうわけか興奮している黒猫の両脇に手を入れて持ち上げる。
「うぉっ、伸びた」
 すげー。そして、存外大人しかった。

 猫の伸縮性に感動しながら、適当に地面へと下ろす。
 手を離すと、先程まで制服少女と戯れていたのが嘘のような穏やかさで、こちらを向いてにゃぁと挨拶のように一鳴きしてきた。あ、こんばんは。
 そのままチリンッと鈴を鳴らして、どこへとなく去っていく。

 闇夜に溶ける光景を見ると、本物の魔女の使い魔だったんじゃないかと思ってしまう。
 寂れた幼心に小さな火を灯しつつ、早々に見つけられた感謝を込めて心の中でお礼を告げる。
 今度見つけたら猫缶でもあげようと決めつつ、振り返ると出迎えたのはあられもない姿をした女子校生。

「はぁ……はぁ……。
 もう少し早く、助けてくれても、……はぁ、良かったのでは?」
 服は乱れ、襟元から鎖骨が覗いている。
 息を荒くし、頬を赤くする姿には微かな色気があり、首筋を濡らす汗が艶めかしくも映る。

「……?
 なんですか?」
「いや……」
 と、言葉を切る。
 とりあえず、
「パンツ見えてるぞ」
「――ッ!?」
 バッと捲れたスカートを直して押さえる。

 運動で赤かった顔は、暗がりでもわかるぐらい真っ赤になり、首筋まで色鮮に染まっている。
「~~っ」声ならぬ声を上げて、恨めしそうに上目遣いで睨みつけてきた。
「変態っ」
「残念だが、俺に特殊性癖はないんだ」
「どういう意味だごらぁっ!?」
 色気のないパンツには興奮しないってこと。白なのは清楚気取りなのだろうか?

 怒りで真っ赤な制服少女だが、暫くすると握った拳から力が抜けていく。
 蝋燭の火が最後に燃え上がって消えるように、ブロックの上に座り直して膝を抱えてしまう。
「そうですよねぇ……。
 実の姉にあんな暴言吐くような女子高生のパンツはお目汚しですよねぇ……」
「脈絡もなくブルーになるの止めろよ」
 はぁ、と制服少女がため息を吐く。
 急激なテンションの上がり下がりに、俺の気持ちが追いつかない。

 思春期の女の子ってこういうものか?
 考えるが、思春期過ぎても大泣きするミスコン優勝者もいれば、いつまで経っても弟を足蹴にしてくる暴君もいるので、思春期関係ないなって思う。
 歳を重ねても大人になんてなれない。結局は子供の延長線上でしかないという事実を身を持って知っている。切ないね。

「……姉さんは?」
「俺の姉に預けた」
 言うと、少しは安心したのか、肩の力が抜けたように少し下がった。
 その反応を見るに、仲が悪いわけではないのだろう。
 向け合う愛の比重は全然違うが。

 アスファルトを蹴る。
 ガッと音を立てて、砂利が転がっていく音がした。
 ふぅ、と息を吐きつつ、制服少女から少し離れた隣のブロックに座る。
 空を仰ぐと、満天とは言えないまでも、いくつもの星が瞬いていた。雲1つなく、穏やかに笑うように月が弧を描いている。
 夜でもわかるぐらい良い天気なのに。
 姉妹揃ってなにやってんだかと呆れつつ、制服少女を見ないで口を開く。

「さっき窓際美人に言ったの。
 嘘でもないんだろ?」
「……貴方のその適当なあだ名、どうかと思います」
 どうせ、窓際に居る美人だからとかそんな第一印象だったからでしょう? と訊かれ、俺は唇を突き出す。
 その通りだけど、認めるのは癪だったので「さぁ」と適当に誤魔化しておく。

 呆れたようなため息が聞こえてきた後、
「うん、まぁ」
 と、零した制服少女が「そうかも」と控えめに肯定した。
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