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第6章

第4話 妹は幼児のように癇癪を起こし、姉は赤子のように泣き喚く

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 まるでヒーローショーの怪人のような堂々とした登場っぷりだ。
 女幹部ですらないのは、厚手のロングコートを着て、どういう心境かまたもやサングラスまでかけているからだ。
 どれだけ顔面偏差値が高かろうと、ここまで覆い隠せば意味もない。やっぱり、見た目はただの変質者でしかなかった。

「あーもー待てもできねーのかよ」
 嘆きながら、足はイートインスペースから離れようとしている。
 ここまできたら俺にできることは残されていない。
 そういうていで、レジ側に逃げようとするとガッシリと、制服少女にノールックで手首を掴まれてしまう。
 その力は強く、手首の骨が折れてしまうんじゃなかと思ってしまうぐらいの握力を感じる。絶対に離さないという意思表示に、痛みと心痛で顔が歪む。

「あの……離してくれない?」
「――どういうことですか?」
 地獄から響く声というのはこういうのを言うのかもしれない。
 心臓を凍らせるような声と共に、般若のように釣り上がった目に「ひっ」と喉が引き攣る。顔の素養が良いからか、その迫力もまたひとしおだった。ちょーこわい。
 そう感じるのは、多少なりとも俺に罪悪感があるからなのかもしれないけれど、女の子がする顔ではないので止めたほうがいいと思う。

「いやいや」
 平静を装いつつ、手を前後に振る。
「全部うっちゃれって言っただろ?
 うっちゃれ。そして、うっちゃるんだ」
「うっちゃれるか」
 でしょうとも。
 けど、頑張ってほしい。

 どうやってこの場を乗り越えたものか。
 頭の中で言い訳を組み立てていると、鋭い視線を感じる。
 その方向に顔を向けると、影が差し、目だけ笑っていない顔で制服少女が掴んだ俺の手首を刺さんばかりに睨みつけていた。

 姉妹揃って怖いなぁ……。
 もはや、諦めの境地を抱いていたが、俺のことよりもまず妹のことが優先らしい。影のある顔を取り払い、太陽の下で花開くひまわりのような輝く笑顔を咲かせて制服少女に詰め寄る。

「セイカちゃん、帰ろう?
 お母さんのことなら私がなんとかするよ。
 大丈夫。お姉ちゃんが守ってあげるから」
 そういって、野花を手折らないような優しさで、制服少女に手を伸ばす。
 差し出された姉の手。
 それを取れば制服少女の家出も一旦の終わりを迎えるんだろうが、
「っ」
 だよな、と。
 制服少女は歯を食いしばって窓際美人の手を跳ね除ける。

 そこまで強くないように見えたが、手を払い除けられた彼女は見るからにショックを受けている。払われた手を抱き、今にも瞳を濡らして泣きそうなぐらい悲しそうに柳眉を下げている。
 悲痛に顔を歪める窓際美人に、制服少女は容赦なく小さな牙を突き立てた。
「私は姉さんに守ってもらわないといけないほど、弱くないから」
 誤解の生まれる余地なく、ハッキリと告げる。
 辛辣な気もするが、下手に取り繕うよりは伝わるモノもあるのかなと思う。

「ごめんね?
 そういうつもりはなかったの。
 セイカちゃんは強い子だもんね?」
「そういうの止めてくれない?」
 おろおろとしながらも、子供をあやすような言葉。
 それが気に障ったのかはわからないが、制服少女の顔は一層不機嫌の濃さが増す。

 踵で床を何度も叩く。唇は強く結ばれ、睨む瞳に遠慮はない。
「守ってあげなきゃいけないってなに?
 違うでしょ。
 姉さんは私を守りたいんじゃない。
 私を守ることで自分の価値を見出したいだけ」
「――……」
 こひゅ、と窓際美人の喉から呼気が漏れた。
 その顔色は真っ青で、今にも倒れてしまいそうなほどだ。

 ヤバそうだ。止めるか?
 そう考えたが、ここで吐き出すものを吐き出したほうがいいんじゃないかと思考が挟まる。そのせいで、判断が遅れた。
「私は姉さんの価値を証明するためのお人形じゃない。
 姉さんみたいになんでもかんでも受け入れて、自分を失くすなんて真似受け入れられないから」
 突き付けた言葉は刃だったのか。
 それとも、ガラス細工を壊す金槌だったのか。

 もはや、言葉もない窓際美人は、膝から崩れ落ちる。
 顔色は青を通り越して土気色になっていて、息をしているかも怪しい。

 制服少女を見ると、自分でも言い過ぎたと思ったのか怯えたようにビクッと身体を震わせる。耐えるように下唇を噛み、胸に抱いた拳が白くなるほど握りしめていた。
「……っ」
「あ……」
 止める間なんてなかった。
 できたのは、店を飛び出した制服少女を目で追いかけるだけ。それも、直ぐに夜の闇に消えて見えなくなってしまうが。

「あー」
 言葉にならず、一息吐く。
 ついで、ガシガシと無造作に頭をかく。
 舌打ちをしたくなるが、傍には生気を失ったように崩れ落ちている傷心の女性がいる。普段、空気を読む気がない俺だが、流石にここで彼女を放置するほどデリカシーを失ってはいない。

 どうするんだよこれ。
 声にせず吐き出した思いは、無色透明のままどこかに消えてしまう。
 海に投げるボトルメールと違い、誰かに届く望みはなく、返答はあるはずもなかった。

 飛び出してしまった制服少女。
 今にも息絶えそうな窓際美人。
 収拾のつけられない大惨事を前に、頭を抱える以外の方法を俺が考えないといけないことを否応なく迫られて投げ出したくなる。
 姉妹喧嘩なら他所でしろと、軽快なJPOPが虚しく耳に響いて思う。

 ガラス越しに外を見る。
 気にはなるが、このまま窓際美人をほっとくわけにもいかない。なにより、こいつらは覚えてないかもしれないが、俺はバイト中なのである。
 ワンオペで店を離れていい道理はないのだ。

「……そんなつもりなかったの。
 ただ、セイカちゃんのためにって」
 上の空で、思いがそのまま口を出てしまっているようだった。
 まるで壊れた玩具を見ているようで空恐ろしくなる。
 瞬きもせず、涙すら流していないのが、余計に恐怖を駆り立てた。

 今の彼女は、触れたら爆発しそうなニトロに見える。
 とはいえ、放置すればそのまま手首を切りかねない様子に目を覆いたくなっても、逃避するわけにもいかない。なにより、こんなのイートインスペースに鎮座させたまま、何事もないように仕事ができるほど俺の心臓は強くなかった。

「……まぁ、そうな。
 どれだけ仲が良くっても、自分の思いが100%相手に伝わってるなんて傲慢な妄想だわな」
 俺なりの同調。
 慰めのつもりだったのだが、途端、瞳の表面が湿り気を帯びて焦る。
 けれど、傷心の女の子の慰め方なんて、大学で専攻していない。なにが正しく、なにが間違いかわからない以上、時限爆弾の多種多様なコードを切るのと心境はそう変わりなかった。

 なんだ。とりあえず、お前は悪くないとか言えばいいのか?
 こいつが良いか悪いかなんて知らないけど。
 適当にこの場をやり過ごすべく口を開こうとしたが、なにやら窓際美人が呟いている。あまりにもか細く小さな声だったため、内容は聞き取れない。
 耳を寄せ、注力すると「……て」と微かに声が拾えた。

「心配、だから……セイカちゃんを、追いかけて」
「やだよ」
 反射で一蹴してしまう。やっば。
 店もあるし。無理なモノは無理だしぃと自分を擁護しつつ、「自分で追いかけたらどうだ」と発破をかけてみる。

 最悪、店長呼んで追いかけるけど。
 向き合うべきは俺ではなく、姉である窓際美人だ。
 なにより、これで少しは立ち上がる気力ぐらいは戻ってくれればと思ったのだが、どうやら俺には女性を慰めるなんて器用な真似はできないらしい。

「私じゃ……逃げられちゃう」
 だって、と下瞼にこんもりと涙が溢れる。
「嫌われたからぁ……っ!」
 堤防が決壊したようにぽろり、ぽろりと大粒の涙を零し始める。
 一度壊れた堤防涙腺は意味をなさず、気付けば涙の河が彼女の両頬を流れていた。

「あーあー」と半ば諦めたような声が俺の口から出てしまう。
 こうなってしまうと、なにを言ったところで意味はないだろうと。
 駅から離れた、周囲は畑ばかりの田舎風景。
 そんな場所にあるコンビニの深夜に人が訪れることは稀だが、それでもゼロではない。

 せめて誰も来ませんように、とコンビニ店員としてはあるまじき願いを、今も夜空で輝いているだろう星に願う。
「別に嫌っちゃいないだろう」
 むしろ、口にしたことを後悔しているような顔だった。
 嫌っているようには見えない。
「だってぇ、あんなにセイカちゃんが怒ったのは始めてだからぁ……」
 ひっくと拭うことなく涙を垂れ流すぐちょぐちょの顔で言う窓際美人に「はぁ?」と険のある声が出てしまう。

「なんじゃそりゃ。
 あんな喧嘩、俺は姉と日常茶飯事だぞ。
 それぐらいで嫌われたとかないない。むしろ、手や足が出ないだけマシなまである」
 そして、大概俺が負ける。

 泣き寝入りだが、翌朝何事もなかったかのように人様のアイスを食べているのを見ると、毒気も抜けるというもの。いや、食うなよとは思うし、喧嘩した理由思い出せ? とも心底思うのだけれど、残念ながら弟は姉に勝てないよう世界のルールで決まっている。くそがよぉ。

「ほっときゃ戻ってくるだろ」
「家には帰らないのに?」
 痛いところを突く。
 本来、寝床でもなんでもないコンビニに戻ってくる理由なんて普通はなかった。それでも、理由があるとすれば「家のほうが居づらいんだろ」と言うと、「うぎゅっ」とまた涙がこんもりし始める。

「泣くなよ赤ちゃんかよ」
 今のは俺の言い方が悪かったけれど。
 ぐずぐず子供のように泣く窓際美人を見下ろす。
 そして、幾度目か。ガラス越しに外を見て――はぁ。
「お前らほんとこれっきりにしろよ?」
 スマホを取り出して、連絡帳から店長を呼び出す。
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