ヘタレ退魔師・玖堂冬夜のあやかし奇譚

市瀬瑛理

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第六章 崩れる日常

第46話 手紙、再び

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 午後になっても、相変わらずカーテンは爽やかな風に揺らされていた。

 けれど、そんなのんびりとした雰囲気とは対照的に、室内には今にも窒息してしまいそうな、重苦しい空気が立ち込めている。

 三人分のアイスクリームを買いに、コハクがコンビニに行ったこと。
 志季がここに来る途中で拾ったコンビニの袋が、おそらくコハクの持っていたものだろうこと。

 冬夜は志季にこれまでの事情をかいつまんで説明すると、宛名に事務所の名前が書かれた、真っ白な封筒を開けた。

「また差出人のわからない手紙か……」

 冬夜と一緒に封筒の中身を確認した志季が、唸るように言う。

 今回の手紙もパソコンの文字しかなく、差出人はわからない。しかし、またも内容に『古鬼こき』と書かれた部分があったため、二人はこないだの手紙と差出人は同じだと判断した。

「こないだのと同じ相手だよね……。何でこんなこと……」

 震える声で冬夜が呟く。

 手紙の内容は、とてもシンプルなものだった。

「『お前たちの仲間を預かっている』って、これは状況から見て、多分コハくんのことで合ってるだろ。で、後は場所と時間が指定されてんのか。……冬夜、警察に連絡するか?」

 間違いなく誘拐じゃねーか、と志季が顎に手を当てながら、眉をひそめる。

 手紙で指定されている時間は、今日の深夜十二時だ。場所は、何年か前に廃校になった中学校の体育館だった。この事務所からはわりと近い場所にある。

「警察には言うなって書いてあるし、それはダメだよ! 俺がすぐにでも助けに行かないと! 父さんに『気をつけろ』って注意されてたのに! どうして一人で行かせたんだろう……っ!」

 冬夜は焦ったように大声を上げて、落ち着きなくその場をうろうろと動き回った。

 近所だから大丈夫だろうと、コハクを一人で行かせたこと。これがまさに油断だったのだ。そう知った時にはもう遅かった。

 取り乱し始めた冬夜の姿に、志季が声を掛ける。

「ちょっと待て、誘拐されてるんだぞ。まずここは犯人の指示通りに動くべきだ。それに今行ってもいない可能性だってある。オレたちを名指しして、『二人で来い』って呼び出してるってことは交渉する気があるんだろうし、殺したりはしないはずだ」

 志季は冬夜の両肩に手を置いて、ゆっくり冷静にさとした。
 しかし、冬夜は今にも泣き出しそうな顔で、志季の腕に必死にすがりつく。

「でも……っ! 俺が行かせたから!」
「今後悔しても始まらないだろ。まずは深呼吸して少し落ち着け。大事なのはどうやって助け出すかだ」

 少しだけ屈んで冬夜と目を合わせた志季に、冬夜は一瞬瞠目どうもくしてから、そのままうつむいた。

「……そう、だよね」

 ぽつりと零しながら、冬夜は悔しそうに唇を噛む。

 気持ちは「早く助けないと」とはやるが、志季の言う通りだとも思った。
 しかし、どうにか自身を落ち着かせようと深呼吸を試みるが、なかなか上手くいかない。

 そんな冬夜に向けて、志季はさらに続ける。

「それに封印も解いてない状態じゃ、相手が本当に古鬼やその関係者だったらきっと対抗できないだろ。コハくんを助ける前にこっちがやられるのがオチだ」
「じゃあ、封印を解くよ!」

 冬夜が考える間もなく、反射的に顔を上げた。
 すると、その瞳をまっすぐに見つめながら、志季は声を低める。

「……いいのか? もしかしたらアンタが死ぬかもしれないんだぞ」
「でも、コハクをこのまま放ってはおけないよ!」

 大声で必死に訴える冬夜に、

「それは確かにな。コハくんはオレたちの仲間、いや家族だ。幸いまだ時間はある。まずは征一郎さんに相談してみよう。向こうでも何か情報を掴んでるかもしれねーし」

 志季はそう答えて、しっかりと頷いた。
 同意を得た冬夜の顔が、少しだけ明るくなる。

「……わかった!」
「よし、決まったな。じゃあ急いで行くぞ!」

 こうして、二人はすぐさま玖堂くどう家へと向かうことにしたのだった。

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