ヘタレ退魔師・玖堂冬夜のあやかし奇譚

市瀬瑛理

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第六章 崩れる日常

第47話 封印を解く覚悟

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 冬夜と志季から報告を受けた征一郎が、手紙の内容に目を通して、大きく嘆息する。

「だから、あれほど気をつけろと言ったんだ」
「……ごめんなさい」

 呆れられ、冬夜は心底申し訳なさそうにしょんぼりと肩を落とした。

「もう起きてしまったものは仕方がない。これからどうするかの方が大事だ」
「……はい」
「で、お前たちはどうするんだ? 手紙で指定された通り、二人だけでその場所に行くつもりなのか?」

 征一郎が二人を交互に見やると、勢いよく顔を上げた冬夜は、テーブルに両手をついて前のめりになる。

「もちろん、俺たちでコハクを助けに行くよ」
「封印はどうするんだ」
「コハクを助けるためなら封印だって解く」

 真剣な表情できっぱりとそう告げた冬夜に、征一郎はいぶかしむような眼差しを向けた。
 数日前は話を聞いただけで顔色を変え、不安に押しつぶされそうになっていたのだ。本当に封印を解くつもりがあるのか、疑われるのも無理はない。

「それは覚悟を決めたということか?」
「ここに来るまでにちゃんと覚悟はできた。どうしてもコハクを助けたいんだ!」

 だからお願い、と深く頭を下げた冬夜に、征一郎はさらに問う。

「もう一度確認するが、封印を解いた途端にお前が死ぬかもしれないんだぞ? コハクを助ける前にだ」
「でも、封印を解かないときっとコハクを助けられない。俺は死なない方の可能性に賭けたいんだよ」

 まっすぐ迷いのない視線を向ける冬夜に、征一郎はしばし考え込むが、少しして諦めた様子で小さく息を吐いた。

「……そこまで言うのなら、いいだろう」
「父さん、ありがとう!」

 ようやく許可をもらった冬夜が、そう言って立ち上がると、隣に座っていた志季も礼を述べるかのように無言で頭を下げる。

「腕時計は持ってきているのか?」
「ここにあるよ」

 冬夜は左腕を上げて、その手首についた腕時計をしっかりと見せつけた。

「できれば封印したままにしておきたかったが、今は有事だ。ならば案内してやろう。ついてこい」

 緊急事態だと判断し、冬夜の意思を尊重することにした征一郎が頷く。

 すぐに立ち上がってドアへと向かう征一郎の背を、冬夜と志季は一緒になって追った。


  ※※※


 玖堂くどう家の敷地、その裏手には山があった。

 決して大きくはないが、それでも山神などがいそうな、何となく神秘的なものを感じる場所である。

 一応、獣道のようなものがあったので、それを辿ってまっすぐに歩いていくと、少し開けた場所に出た。

「俺、ここ来るの初めてなんだけど」

 ずっと裏手の山には入っちゃいけないって言われてたから、と冬夜が物珍しそうに辺りを見回す。
 物心つく前から厳しくそう言い聞かせられていた冬夜は、素直に言いつけを守って、これまで山に近寄るどころか、裏手に回ろうともしなかったのである。

「へえ、そうなのか」
「ここは冬夜の封印に関わっていたからな。ほら、あれだ」

 志季も同じように眺めていると、先頭を歩いていた征一郎が前方を指差した。

「……洞窟?」
「そうみたいだな」

 冬夜と志季は示された方向に顔を向けて、それぞれそんなことを口にする。

「この洞窟の一番奥、そこに封印を解くための祭壇がある。祭壇に腕時計を置いて、後はそれに力を込めるだけでいいはずだ」
「祭壇には何か意味があるの?」

 手順を聞き、冬夜が首を傾げた。

 わざわざここまで来なくても、腕時計に何か、例えば強い衝撃を与えたり、時計の針を特定の時間に合わせるなどといったことをすればいいだけなのではないか、と思っていたのである。

「封印はこの洞窟で行われたんだ。その時に使ったもの、つまり祭壇と腕時計、そしてお前自身の三つが揃わないと封印は解けないようになっている」
「そっか……」

 征一郎の説明に、冬夜が思わず息を呑む。

「オレも一緒に行くか?」

 何かあったら助けられるだろ、と志季は心配そうに言うが、冬夜は首を横に振った。

「ありがとう、志季。でも大丈夫。大丈夫だから、待ってて」
「ん、わかった」

 冬夜のしっかりした口調に、志季が穏やかな笑みを浮かべて頷く。

「じゃあ行ってくるね」

 同じように微笑んだ冬夜が、一歩を踏み出す。
 そうして、一人で洞窟の中へと消えていったのだった。

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