絆という名の仲間たち

英華

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消えた涙

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ケイたちと別れたエイカは足取りもおぼつかないまま歩き続けていたが、前を歩いていたケンイチが足を止め振り返ったため、エイカは足を止めた。

「…どうした」
「それはこちらのセリフです」
「...」
「あなたが決断したことに口を挟むことなど俺はしません。ですが、今だけは言わせていただきます」

ケンイチはエイカをまっすぐに見つめた。

「自分で決断したのならそれを貫いてください。それが無理ならこの道を戻ってください」
「...え?」
「もう一度、あの方に会って本当のことを言ってあげてください」
「何を言ってる?本当のことはさっき…」
「俺に誤魔化しが通じるとでも思っているんですか?」

少し笑ったケンイチが来た道を指さした。もう見えなくなっているはずの小屋が、エイカの目には写っていた。帰りたい、その思いが映し出した幻だった。
エイカの足は自然と小屋の方へ向かって走っていた。エイカが思い出すのは、振り返った時に見えたケイの辛さに歪んだ顔。手を差し伸べることも許されなかった。

ー もし許されていたら、私は手を差し伸べていたのか...?差し伸べていたらあんな顔させずに済んだのか?

心の中の問いかけに答える者は誰もいなかったが、問いかけずにはいられなかった。
エイカの頬を冷たい風がなでた。そんなエイカの小さくなる後ろ姿を見つめるケンイチの目は、あまりにも悲しげだった。
やっと小屋が見えるところまで来ると、一度足を止めた。

「…私が決めなければ...」

言い、また走り出そうとした途端、何かにぶつかった。エイカは後ろに倒れ、尻もちをついた。そんなエイカにその何かが覆いかぶさった。

「っ、誰…!?」

自分の上で震えている人。横を見ると白い髪が見えた。その二つでぶつかった相手が誰なのかが、すぐにわかった。

「...泣くな」

エイカは片手を白髪に乗せた。少し落ち着いたのか相手が顔を上げた。そして、目の前の相手は瞳を潤ませ、エイカを見つめるケイだった。

「いいのか?チヨを置いてきて」
「...」

エイカの問いかけに、ケイは何も答えない。そんな二人に雨粒がポツリポツリと降り注いだ。その雨の中は次第に激しくなり二人に打ちつけられた。それでも沈黙が続いたが、断ち切ったのはケイだった。

「一人で苦しまないで...」

聞こえた声は震えていて弱々しかったが、ハッキリと聞こえる優しい声だった。
エイカはゆっくりと首を振り、ケイを引き剥がした。

「その願いは聞けない。この重荷を背負うのは私だけで十分だ。苦しむのは私だけで...」
「そんなのダメです...、だめなんです!一人で背負っても何も解決しない。 ただ悲しみが増えていくだけ」
「...慣れたことだ。私は父上の悲しみ、苦しみ、恨みをすべて背負った。今更、いくつの重荷を背負っても変わりはせん」
「それではあなたが壊れてしまう...」

涙を溜めた瞳でケイは顔を上げた。旨の奥が締め付けられるような感覚に、エイカはケイをいつの間にか抱きしめていた。

「お前が苦しむことではない。だから泣かないでくれ、私のために涙など流さないでくれ」

エイカの小さくなだめるような声にケイは涙を流しながらも首を振った。

「俺はあなたが悲しんでる時に涙を流します!あなたが苦しんでる時に涙を流します!」
「どうして...」
「そうしなければ、あなたが大切にしていた思い出を、感情すらも忘れてしまう!!それなら俺を頼ってください。俺ならあなたを守れます」

涙を流したを流しながら強い意志を持った瞳が、エイカを貫いた。思わず、その瞳から逃れるように目元を覆った。

「どうして私にそこまでなれる?会って間もない、お前の嫌いな水の一族の友がいる。そんな私をどうしてお前は...」
「あなたも同じじゃないですか。会って間もない俺たちの家を、大切な居場所だと言ってくれた。似たようなものじゃないですか」

目元を覆っているため、ケイの表情はわからなかったがエイカの耳に優しい笑い声が届いた。

ー  こいつなら、私の重荷を共に背負ってくれるかもしれない。だけどやっぱりダメなんだよな...。心優しいこいつをこんなこと立ち止まらせてはダメなんだ...、私はずっと...1人...

「一人じゃないですよ」
「えっ...」

まるで心の中を読んだかのように、ケイが言葉を投げかけた。驚きのあまり、目元を覆っていた手を離してケイを見つめた。

「「どうしてわかったんだ」って顔してますね」
「お前...人の心が読めるのか?」
「いいえ、ただ...」

そこまで言って突然ケイが言葉を止めた。何か言いにくいことでもあるかのように、今度はケイが顔を背けた。

「何を黙っている」
「...怒りませんか?」
「...内容によるな」

少し笑ったエイカに、ケイは深い息を吸い、吐くとギュッと目をつぶり言った。

「顔に出ていたので!!」
「っ、」

なんらかの反応をしたのがわかったが、目を開けられずにいるとケイの耳にエイカの笑い声が聞こえた。

「おかしなやつ」

その言葉でやっとケイが固く閉ざしていた目を開けた。その目に映ったのは、優しく微笑むエイカだった。さっきまでの寂しい顔とは違う、心の笑顔だとわかったケイは、エイカを起き上がらせるとまるで壊れたものでも扱うように優しく抱きしめた。

「俺は...あなたにそばにいてほしい。水の一族が関係してようと、それは変わらない」
「...私といるとお前が不幸になるかもしれないんだぞ」
「不幸になるなんてありえません。だって俺はいま幸せに溢れていますから」
「っ、馬鹿なのか...お前は...」
「いま気づいたんですか?」
「くそっ...」

顔を背けたエイカの胸の奥では、忘れていた感情が渦を巻いていた。

ー この感じ久しぶりだ。これが幸せという気持ち...私は忘れてしまっていたのだな、本当に...

目元に手を添えると、そっと何かを拭った。指先についていたのは冷たい涙の粒だった。

ー  私の消えてしまった涙...。あの時に忘れてしまった涙...

「エイカ、さん?」
「ケイ...」
「っ、」

初めて名前を呼ばれ驚いているケイの背中に腕を回し、抱きしめ返すとエイカはケイの胸元に顔を埋めた。

「もう少し、このままでいてくれ...」
「...はい」

優しく微笑むケイはエイカを抱きしめる腕に力を込めた。優しく、でも強く。離さない、一人にしない、そんな気持ちが温もりから伝わってくる。静かに泣くエイカをケイはただただ抱きしめることしか出来なかった。
それから時間が経ち、ケイは自分の小屋に戻るため歩いていた。ケイの背には寝息を立て眠っているエイカの姿があった。閉じている目元にはかすかに赤い涙を流した跡があった。
ケイは一度エイカを背負い直すと、小屋の扉の扉を開いた。小屋の中はケンイチの攻撃を受け傷だらけだったが、エイカの炎のおかげで壊れるまでの大事には至らなかった。
そんな小屋の中にうずくまるように座っているチヨがいた。

「ただいま、チヨ」
「あ!おかえりなさい、お兄ちゃん!」

駆け寄ってきたチヨがケイに抱きつくと、後ろにいるエイカに気づき後ろへ回った。

「このお姉ちゃんってほんとに悪い人なの?」
「チヨ...」
「たしかに怖いって思ったけど、あの人たちとは違う怖さだったよ?」
「違う怖さ?」
「一人でがんばって、一人でいなくなっちゃう...。私にはわかるよ。だって、お姉ちゃんとお兄ちゃん似てるんだもん」
「俺とエイカさんが似てる?」
「うんっ!」

チヨの元気よく頷いた声にケイが頬を緩め優しく微笑んだ。

「そっか...。だからかもしれないね」
「なにが?」
「俺がこの人を引き止めた理由だよ」

言い、ケイが歩を進めベッドの近くに行くと、そっとエイカを下ろし寝かせた。寝息を立てるエイカの髪をそっと撫でると、ケイはチヨに向き直り抱きしめた。

「お兄ちゃん...?」

不思議に思ったチヨが顔を上げようとしたが、それを止めるように自分の胸に押し当てた。

「...エイカさんを失うのが怖かった...」

チヨの耳に届くのは、嗚咽混じりのケイの弱音。チヨは嬉しそうに笑い、ケイの背に手を回した。

「...お疲れさま、お兄ちゃん」

小さくはあったが、チヨの耳にはしっかりと届いていた。
「ありがとう」と...。
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