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ACT.2
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講堂裏の扉が閉じると、そこにはまるで別世界のような静寂が広がっていた。
薄暗い照明。沈み込むようなカーペットの上に、黒い影たちが座している。
ゼンタイ部の部員たち——五人の少女。そのすべてが顔までをもタイツに覆っていた。
「……始めましょう」
声の主は、部長・堂ノ内遥香(どうのうち はるか)。
顧問の優子の妹であり、3年生。長身で姿勢が良く、全身タイツをまとうその姿は威圧感すらある。
「新人試験を、開始します。名前を。」
「さ、佐々波いつき、です……」
「デニールは?」
「……80、です。」
「色。」
「……ネイビーです。」
「よろしい。」
遥香は頷き、部員の一人に指を鳴らすように合図した。
黒い部員が、静かに、いつきの前に差し出すもの——
フルフェイスの、タイツマスク。
「それを被ってください。これは“始まりの布”。顔を覆い、言葉を絶ち、あなたの心を観察させていただきます。」
「……はい。」
ためらいながらも、いつきは両手でその布を掴んだ。
手触りは、柔らかくも、どこか冷たい。未知の世界へ引きずり込まれるような感触だった。
被った瞬間——
視界が黒に沈む。周囲の気配が、じわじわと皮膚を通して染み込んでくる。
息が、こもる。心拍が、速くなる。自分の顔が、この世界から消えた。
しかし。
心は、解き放たれていた。
その様子を、堂ノ内優子は静かに見守っていた。
講堂裏のソファに座り、大きく膨らんだお腹を優しく撫でる。マタニティウェアの下、グレイッシュパープルの100デニール・マタニティタイツがぴたりと脚を包んでいる。むくんだ足首も、だるく張るふくらはぎも、その包まれの中では美しくさえ見えた。
お腹の中では、3人目の娘が静かに眠っている。
「……見てる?あなたの未来の部員よ。」
タイツ越しにお腹を撫でながら、優子は語りかける。
——一番上の娘は、小学五年生。すでに50デニールを好んで履く、しっかり者。
——二番目は幼稚園児。ピンクのタイツを自分で選び、破けても怒らない子。
そして三人目の命は、まだ名前もない小さな魂。
けれど、母である優子にはわかっていた。
この子も、いずれはゼンタイを纏うだろう。
「遥香、あなたは……やさしくしてあげなさいね」
タイツ姿の妹を見つめる。
遥香のゼンタイ姿は、あまりにも完璧すぎて、人間味すら感じさせない。だが——
「……姉さん、それ、過保護って言うんだよ」
遥香はマスクの下で呟き、そっといつきの肩に手を置いた。
「佐々波さん、見えますか?」
「……見えません」
「それでいい。自分の輪郭が、曖昧になるのを恐れないで。ゼンタイとは、“他者になれる”服。そして同時に、“自分そのもの”でもある。」
「……はい……」
静かに、頷いた。
その日の試験は、数分の沈黙の後に終わった。
タイツを脱いだいつきの目には、薄く涙がにじんでいた。
顔を失って、逆に“生まれて初めて、自分の内側と向き合えた”ような、不思議な感覚。
「合格よ」と、遥香が告げる。
その瞬間、周囲の部員たちが、静かに拍手を打ち鳴らした。
「あなたを、ゼンタイ部に迎えます。ようこそ、“タイツの内側”へ」
遠く、夕焼けの空の下。講堂裏には、静かな祈りが流れていた。
胎児の鼓動。少女たちの息遣い。
そして、包まれることの歓びと、抑制された美しさ。
——それは、誰も知らない“タイツの宗教”の始まりに過ぎなかった。
薄暗い照明。沈み込むようなカーペットの上に、黒い影たちが座している。
ゼンタイ部の部員たち——五人の少女。そのすべてが顔までをもタイツに覆っていた。
「……始めましょう」
声の主は、部長・堂ノ内遥香(どうのうち はるか)。
顧問の優子の妹であり、3年生。長身で姿勢が良く、全身タイツをまとうその姿は威圧感すらある。
「新人試験を、開始します。名前を。」
「さ、佐々波いつき、です……」
「デニールは?」
「……80、です。」
「色。」
「……ネイビーです。」
「よろしい。」
遥香は頷き、部員の一人に指を鳴らすように合図した。
黒い部員が、静かに、いつきの前に差し出すもの——
フルフェイスの、タイツマスク。
「それを被ってください。これは“始まりの布”。顔を覆い、言葉を絶ち、あなたの心を観察させていただきます。」
「……はい。」
ためらいながらも、いつきは両手でその布を掴んだ。
手触りは、柔らかくも、どこか冷たい。未知の世界へ引きずり込まれるような感触だった。
被った瞬間——
視界が黒に沈む。周囲の気配が、じわじわと皮膚を通して染み込んでくる。
息が、こもる。心拍が、速くなる。自分の顔が、この世界から消えた。
しかし。
心は、解き放たれていた。
その様子を、堂ノ内優子は静かに見守っていた。
講堂裏のソファに座り、大きく膨らんだお腹を優しく撫でる。マタニティウェアの下、グレイッシュパープルの100デニール・マタニティタイツがぴたりと脚を包んでいる。むくんだ足首も、だるく張るふくらはぎも、その包まれの中では美しくさえ見えた。
お腹の中では、3人目の娘が静かに眠っている。
「……見てる?あなたの未来の部員よ。」
タイツ越しにお腹を撫でながら、優子は語りかける。
——一番上の娘は、小学五年生。すでに50デニールを好んで履く、しっかり者。
——二番目は幼稚園児。ピンクのタイツを自分で選び、破けても怒らない子。
そして三人目の命は、まだ名前もない小さな魂。
けれど、母である優子にはわかっていた。
この子も、いずれはゼンタイを纏うだろう。
「遥香、あなたは……やさしくしてあげなさいね」
タイツ姿の妹を見つめる。
遥香のゼンタイ姿は、あまりにも完璧すぎて、人間味すら感じさせない。だが——
「……姉さん、それ、過保護って言うんだよ」
遥香はマスクの下で呟き、そっといつきの肩に手を置いた。
「佐々波さん、見えますか?」
「……見えません」
「それでいい。自分の輪郭が、曖昧になるのを恐れないで。ゼンタイとは、“他者になれる”服。そして同時に、“自分そのもの”でもある。」
「……はい……」
静かに、頷いた。
その日の試験は、数分の沈黙の後に終わった。
タイツを脱いだいつきの目には、薄く涙がにじんでいた。
顔を失って、逆に“生まれて初めて、自分の内側と向き合えた”ような、不思議な感覚。
「合格よ」と、遥香が告げる。
その瞬間、周囲の部員たちが、静かに拍手を打ち鳴らした。
「あなたを、ゼンタイ部に迎えます。ようこそ、“タイツの内側”へ」
遠く、夕焼けの空の下。講堂裏には、静かな祈りが流れていた。
胎児の鼓動。少女たちの息遣い。
そして、包まれることの歓びと、抑制された美しさ。
——それは、誰も知らない“タイツの宗教”の始まりに過ぎなかった。
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