光速の走り屋オオサキショウコ

まとらまじゅつ

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最終章 赤城最速決定戦編

ACT.42 赤城vs榛名

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 ――5月23日、午後九時。

 和食さいとうの暖簾が、静かに内側へ戻された。

「……閉める」

 智姉さんの一言で、鍵がかかる。
 今日という日を、全員が知っていた。
 だから、誰も長話はしない。

 空気が、仕事用から――戦闘前へ切り替わる。

 駐車スペース。
 闇の中で、二つのエンジンが目を覚ます。

 フォーミュラレッドの180SX。
 ジェットシルバーのR35 GT-R。

「……薫ちゃん」

 おれが声をかける。

「行ける?」

 井上薫ちゃんは、一瞬だけ唇を噛み、それから、はっきり頷いた。

「……はい。乗ります」

 助手席に座り、シートベルトを締める手は少し硬い。
 だが、逃げはない。

「怖かったら、言って」

「……言いません」

 おれは、にっと笑った。

「それでこそ」

 一方。

「桃代」

 智が、R35のドアを開ける。

「横だ」

「大丈夫です」

 萩野桃代さんは迷わず乗り込む。
 表情は落ち着いている。

「……智さん」

「なんだ」

「……応援、してます」

 智姉さんは一瞬だけミラーを見る。

「……余計な心配だ」

 だが、声はいつもより少しだけ柔らかかった。

 エンジン始動。

 RB26が、低く吼える。
 VR38が、重く応える。

 二台は、無言で並ぶ。

「じゃ、行くよ」

 おれが言う。

「……前、出るな」

 智姉さんが返す。

「冗談じゃあないよ」

 アクセル。

 二台は、闇へ滑り出した。

 赤城へ向かう道。
 街灯が流れ、心拍だけが、車内に残る。

 薫ちゃんは、窓の外を見つめながら、ぽつりと言った。

「……今日、
 ほんまに……来たんですね」

「来たよ」

 おれは前を見る。

「逃げない日」

 R35の助手席で、桃代は静かに呼吸を整えていた。

(……この人たちの“本気”、ちゃんと、目に焼き付けよう)

 山が、近づく。

 闇が、濃くなる。

 赤城は、待っている。

 雨原芽来夜。
 戸沢龍。
 そして――おれ、大崎翔子。

 この夜は、もう、誰のものでもなくなる。

 ――赤城ダウンヒル、スタート地点。

 闇に沈んだ峠に、ヘッドライトが群れを成して集まっていた。
白、黄、青。
 エンジン音が重なり、空気そのものがざわついている。

「……人、多っ」

 180SXを降りたおれが、率直に呟く。

「これ、完全に祭りじゃん」

 ギャラリーは想像以上だった。
 県内だけじゃない。
 他所の山の走り屋、名前だけ知ってる連中、そして――DUSTWAYの色が、はっきりと見える。

「サギさん!」

 オレンジのジャージが、勢いよく飛び込んできた。

 熊久保宣那。
 その後ろに、小鳥遊くに、川畑マサミ。

「来たべ来たべ! 今日の赤城、空気ヤバい!」

「……ほんまに人多いな」

 川畑が、周囲を一瞥する。

「高所、今日は見んで済みそうや」

「それ関係ある?」

 くにちゃんが首をかしげる。

「関係ある」

 即答。

 おれは三人と軽く拳を合わせ、視線をコースへ戻した。

(……正直)

 胸の奥で、思う。

(WHITE.U.F.Oより――DUSTWAYに勝ってほしい)

 同じ赤城。
 同じ山で、同じ時間を削ってきた連中。

「……オオサキ」

 後ろから、智姉さんの声。

 R35のドアを閉め、静かに立っている。

「どっちが勝つと思います?」

 おれは一瞬考え、素直に言った。

「……気持ち的には、DUSTWAY」

「でしょうね」

 智姉さんは視線を動かさず、淡々と続ける。

「技術も流れも、DUSTWAYが上だ」

「即答?」

「赤城は、知ってるほうが強い」

 その言葉に、おれは黙る。

 そのとき。

「イィーネッ!!」

 場違いなほど元気な声。

 緑のポニーテールが跳ね、
 葛西ヒマワリがギャラリーのど真ん中で腕を振り回していた。

「今日の赤城、完全にオレたちの日だろ! ナンマイナンマイナンマイナンマイダ!!」

「うっせーDUSTWAYの葛西ヒマワリ!」

 クマさんが、即座に噛みつく。

「静かにしろって言ってんだべ!」

「はぁ!? 祭りで静かにしろってどういう理屈だよ!?」

「理屈じゃねぇ! 常識だ!」

「糞(シット)ッ! 常識で走れるなら苦労しねーんだよ!」

 二人は顔を突き合わせ、完全に小学生の喧嘩だった。

「やめてってば……」

 くにちゃんが止めに入るが、聞こえない。

「オレのSW20の加速、500馬力クラスだからな!?」

「はいはい出た出た! ホラ吹きヒマワリ!」

「まぁ、いいや! 走りで黙らせてやる!」

「今日はお前走らねぇだろ!」

 ギャラリーの笑いが起きる。
 空気が、少しだけ緩む。

 おれは、その光景を見て、ふっと息を吐いた。

「……赤城だなぁ」

「……そうだな」

 智姉さんも、わずかに目を細める。

 やがて、スタート地点に、静寂が戻り始めた。

 FDのロータリー音が、遠くで、一度だけ鳴る。

 夜が、本気の顔をする。
 
 赤城は、今夜――誰の名前を刻むのか。

 おれは、無意識に心でハンドルを握りしめていた。

 ――赤城ヒルクライム、スタート地点手前の駐車場。

 照明代わりのヘッドライトが、無数の影を地面に落としている。
 山の冷気が一段と濃く、エンジンの熱だけが空気を歪ませていた。

 DUSTWAYとWHITE.U.F.O。
 二つの色が、はっきりと分かれて向かい合う。

 前者――雨原芽来夜。
 そして、その隣に静かに立つ葛西サクラ。

 後者――戸沢龍。
 その横で腕を組み、苛立ちを隠さない柳田マリア。

 視線が交錯する。
 言葉は少ない。
 だが、空気は十分に饒舌だった。

「……順番は決まってる」

 雨原が、淡々と言う。

「まず、ヒルクライム。サクラと――」

「――あたし、だろ?」

 柳田が被せる。
 口元は笑っているが、目は笑っていない。

「いいじゃん。赤城の“ゾーン持ち”と、榛名最速のヒルクライマー。盛り上がるじゃん?」

 サクラは、何も返さない。
 ただ、前髪の影から、Z33を見る。

「……」

 無言が、肯定だった。

 その頃、ヒルクライムのゴール地点でダウンヒルのスタート地点にいるおれ。

(……葛西サクラ)

 かつて、自分と走り、敗れ、それでも折れなかった背中。

(……同じ地で走った者同士だから勝ってほしい)

 DUSTWAY。
 同じ赤城で、同じ夜を積み重ねてきたチーム。

「……オオサキ」

 隣で、智姉さんが低く言う。

「DUSTWAYが勝つ」

「……理由は?」

「このコースは、覚えてる者が強い」

 即答だった。

 そのとき。

「イィーネッ!!」

 またしても、場違いなほど元気な声が割り込む。

 緑のポニーテール――葛西ヒマワリ。

「サクラ姉ちゃん、行ける行ける行けるー! 赤城はオレたちの庭だろ!」

「うるさい」

 即座に、別の声。

「静かにしろって言ってんだべ!」

 クマさんが、食ってかかる。

「今から集中する場面だぞ!」

「はぁ!? 集中は走りながらやるもんだろ!」

「ギャラリー煽ってどうすんだ!」

「イィーネッ! 盛り上がってこそ祭りだろ!」

 二人は、額がぶつかるほど近づき、完全に子供の喧嘩。

「やめてってば……」

 タカさんが間に入る。

「クマさんも、ヒマワリも!」

「……料理するわ」

 カワさんが、低く呟いた。

 ギャラリーから、笑いが起きる。
 張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩む。

 視点をヒルクライムのスタート地点へ戻す。
 サクラは、Z33へ視線を戻した。

(……関係ない)

 今は――走るだけ。

 柳田は、にやりと笑う。

「じゃ、行こっか。赤城の元ナンバー2?」

 サクラは、ドアを開け、短く言った。

「……黙って、来い」

 エンジンがかかる。

 2JZの重低音。
 VQの鋭い咆哮。

 スタート地点へ、二台が並ぶ。

 ヒルクライム――第一走。

 赤城は、もう逃がさない。

 ――ヒルクライム、スタート。

 カウントは無い。
 合図は、エンジン音。

 Z33のVQが、先に牙を剥いた。
 ブーストが一気に立ち上がり、ホワイトの車体が前へ跳ぶ。

「――ッ!」

 柳田マリアは最初から攻めた。
 1コーナー、ブレーキを踏まない。
 アクセルを残したまま、サイドを一瞬――車体が流れ、向きが変わる。

「速ぇ……」

「あれ、サイドブレーキドリフトをしなくなっている!?」

「大崎翔子に負けた反省点とあの特殊能力を失った影響でスタイルを変えたんだって」

 ギャラリーがざわつく。

 だが。

 その一拍後ろ。
 黒いJZA80が、静かに同じコーナーへ入っていく。

 サクラは踏まない。
 煽らない。
 ステアリングを切る角度は最小限。

 タイヤが鳴かない。

(……落ち着け)

 2JZのトルクを、殺さず、使う。
 柳田の派手な侵入の裏で、サクラは速度を維持していた。

 第3高速セクション。

 Z33が伸びる。
 ツインターボの加速で、一気に距離を取る。

「このまま行けるじゃん!」

 WHITE.U.F.O側が色めき立つ。

 だが――第2高速セクションを抜けた、その先。

 サクラ・ゾーン。

 路面が荒れ、
 微妙にうねり、
 ブレーキングポイントが見えにくい区間。

「……ここだ」

 サクラが、初めて踏む。

 アクセルを深く。
 だが一気には開けない。

 車体が沈み、前輪に荷重が乗る。

「――速っ!?」

 Z33が、僅かに外へ膨らむ。
 柳田はすぐ修正するが、その一瞬。

 黒いJZA80が、距離を詰めた。

「嘘だろ……」

 柳田が歯を食いしばる。

 サクラは、ラインを知っている。
 この区間で、どこが滑り、どこが踏めるか。

 覚醒技は無くなった。
 だが――経験がある。

 コーナー出口。
 トラクションを殺さず、
 立ち上がりで一気に詰める。

 Z33のリアが、わずかに流れた。

「チッ……!」

 柳田はアクセルを抜かない。
 だが、その判断が――遅れを生む。

 サクラは、抜かない。

 まだだ。

 第1高速セクション手前。
 ここで神主の姿をして、髪を束ねた壮年の男性がギャラリーしていた。
 彼は2台を見て、口を揃える。

「覚醒技がないのに、覚醒している」

 ブレーキング勝負。

 Z33がサイドを引く。
 だが、制動が不安定。

 その内側。

 JZA80は、フットブレーキだけ。
 直線的に減速し、そのまま――前へ。

「――並んだ!!」

 ギャラリーの声が跳ねる。

 横並び。
 だが、コース幅は狭い。

 柳田が、歯を剥く。

「やるじゃん……!」

 サクラは、視線を前へ。

「……終わりだ」

 最終セクション。

 サクラは、一段低いギアを選ぶ。
 トルクで引っ張る。

 Z33が、半車身遅れる。

 そのまま――黒いJZA80が、前に出た。

 ゴール。

 静寂。

 次の瞬間。

「――うおおおおお!!」

 DUSTWAY側が沸いた。

 サクラは、減速しながら、短く息を吐く。

(……まだ、走れる)

 無線が入る。

「サクラ、ナイス」

 雨原の声。

 少し離れた場所で、オオサキが拳を握る。

「……イィーネ」

 智は、腕を組んだまま、静かに言った。

「予想通りだ」

 だが――WHITE.U.F.O側は、まだ黙っていない。

 次は、本命が来る。

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