転生薬師は異世界を巡る(旧題:転生者は異世界を巡る)

山川イブキ(nobuyukisan)

文字の大きさ
81 / 231
4章 港湾都市アイラ編

147話 それぞれの事情

しおりを挟む
 アイラの街の大通りを3人の若い男女がなく歩き回る。
 いつも通りの一風変わった旅装束のシンと庶民の変装をしたミレイヌとアリオス、この3人がミレイヌ、シン、アリオスの順番で、物見遊山……もとい市場調査である。
 そして目下のところ、ミレイヌの興味は遠方から来た商人や旅人相手の土産物屋に集中している。

「わあ……これなんか素敵ですわ! 高価な宝石は使っていないのに造りがとっても細かくて技術の高さが伺えますわ……」
「………………………………」

 ちなみに使われている宝石は紅珊瑚である。シンは密かにため息を付いた。
 もちろん店主がそんな台詞を聞き逃すはずも無く、

「お、嬢ちゃん、お目が高いねえ、そいつはこの店の中でも1・2を争う逸品だ。着ける相手を選ぶ品だけど、嬢ちゃんならきっと似合うぜ! どうだい、そこの色男さん?」
「だそうですよ、色男さん」
「……オイ、なぜ俺に話を振るんだ?」

 自分に注がれる店主とシンの視線にアリオスが眉を顰める。

「いいのですか? あの興奮具合からして買わない選択は無いと思われますし、アリオスさんが買わないと必然的に私が購入して彼女にプレゼントとなりますが……」
「っ! くそ……おい店主、ソイツを一つ貰おうか」
「毎度あり!!」

 こんなやり取りが各所で計3度、変装する意味が無かった。
 ただ、店の人間もこういう事には慣れているらしく、あくまで庶民相手という態度を崩さなかったのは流石というべきか。
 ともあれ、言われるがままに買い物をするだけでは能が無く、当然、最近の景気状況も聞きだす。

「最近売れ行きの方はどうですかね?」
「ん~、俺っちの店は普段どおりだがよ、もっと安物を扱ってる店だと競争が激しいらしいぜ?」
「へぇ……何かあるんですかね」
「さてなぁ……」

 興味を引かせておいてこれより先はタダでは無いらしい、実に商売人らしい態度にシンの顔には思わず笑みが浮かんでくる。
 シンは懐から四角いガラス瓶を取り出し、店主に差し出す。

「ん、コイツは何でえ?」

 琥珀色の物体が詰まった小瓶をしげしげ見つめながら店主は蓋を開け匂いを嗅ぎ……

「──!? おい、コイツ!!」
「マッド・ビーの上物ですよ。つい最近、大量に仕入れることが出来ましてね、市場にそう出回るような物ではないんですが、ご希望なら個人的にお売りする事もやぶさかでは無いですよ。モチロン、安くは無いですよ?」
「若いのに話のわかるニイちゃんだな、何が知りたい?」
「ヤバい情報まで欲しがりはしませんよ、しいて言うならこの2年ほどで目に見えて物価の変動があった物と人の流れ、あとは街の雰囲気ですかね」
「その程度ならいくらでも教えてやるよ、店が終わったら何所かで酒でも飲みながら話すとしようや」
「いいですね、ではまた後で」

 蜂蜜入りの小瓶を前に、なぜか悪だくみの雰囲気を作りながら笑っている2人にアリオスは若干引きながら、それでもシンの手際に舌を巻く。
 どんな基準でこの店主を選んだかは知らないが、少なくとも彼方此方あちこち聞いて回るより信頼性の高い情報を得られるだろう、アリオスは感心すると共に、だからこそこの男はミレイヌには相応しくないと強く思う。
 ちなみにミレイヌはサンゴの髪飾りに夢中で周りの事など気にも留めていなかった。
 時間と場所を決めた2人は軽くハイタッチをし、

「んじゃまた夜にな」
「ええ、後で……あ、そうそう、在庫にはまだ余裕がありますので、もし欲しいという方がいるのでしたら店主を通じてお譲りしてもいいですよ?」
「マジかよ!? ニイちゃん愛してるぜ!」

 これで店主は上に対するコネが、シンは得られる情報に高い信頼性が、ウィンウィンの関係の出来上がりだった。

「さあミレイヌさんにアリオスさん、そろそろ宿に戻りましょうか?」


──────────────
──────────────


 シン達が泊まる宿の最上階、シンは日が暮れると早々に宿を出て行き、夜遊びなど許可されるはずも無いミレイヌは就寝、起きているのはアンセンとアリオスだけだった。

「──それでアリオス様、シン様はいかがでしたか?」
「よく言えば有能だ、旅の薬師の一言で済ませられないほどの経験を積んでいるのは、今日一緒にいただけで分かった。だが悪く言えば有能に過ぎる、アレを第4都市群、いや、シーラッドに縛り付けるのは無理だろう。正直、妹ではアイツを繋ぎ止める鎖にはならん」
「左様でございますか」
「父の跡を継ぐのを放棄して”こんな事”をしている俺が口を挟む話では無いと思うがな」

 シーラッド都市連合には各都市群を守護する「辺境守備隊」と、当代のシーラッド代表直轄の「連合防衛隊」が存在する。
 守備隊が各都市ごとの警備なのに対し、防衛隊は都市連合全体の防衛を担う。
 防衛隊の役割は主に外敵および反乱分子の排除、つまり「都市連合」を守るためなら都市群に対しても振るわれる剣であり、それゆえ当代の代表職に就く者には相応の覚悟が必要となる。
 アリオスは将来担うであろう職責を辞し、使う側でなく使われる側として都市連合を守ろうと防衛隊に所属しているのだった。

「お館様が残念がりますな……」
「バラガのユーリ様が言っていたのでは無いのか? 頼めば力は貸してくれるが飲み込もうとすれば腹を食い破るたぐいの危険生物だと」
「なればこそ、手元に揃えておきたい手札なのでしょう」
「なるほど、やはり俺では父の跡は継げんな、考え方が正反対だ」

 現場主義のアリオスは、コーンウェルの守備隊長からシンの話を聞こうとしても聞けなかった事、そして直接本人と会って感じた結論として、誰かに使われる類の人物では無いだろうと早々に見切りをつけていた。同時に、権力に対する忌避感のような物も感じ取っていた。
 だからアレは駄目だと、野生の獣は餌付けなど出来ない──それがアリオスの出した結論だった。

「ともかく、あの男にミレイヌをけしかけるのは止めておけ。機嫌を損なうのは確実だし妹の教育上よろしくない」
「畏まりました、お嬢様が街見物に飽いたのを見計らって政都に戻ります。アリオス様はそのままシン様に付いて頂く事になりますが」
「は?」
「これもお館様の指示にございます。「権力になびかぬのであれば友誼でもって渡りをつけるように」と」
「勝手な事を……まあよい、上手くいくかどうかは知らんが、アレを野放しにするのも寝覚めが悪いからな」

 アリオスは仕方ないという風にため息をつく。
 しかし、そんなアリオスの顔がどことなく嬉しそうだという事をアンセンは見逃さなかった。
 アンセンはぼそりと呟く。

「……そういえば、アリオス様は昔は好奇心が旺盛な方でいらっしゃいました」
「ん? アンセン、何か言ったか?」
「いえ、こちらの話でございます」

 アリオスをはじめ、フラッドの子供達を赤子の頃から知っている老執事は、本人すら気づかない本音を察していた。

「それで、シン様はいずこへ?」
「さあな、悪だくみは酒と女のいる所でするのが礼儀なんだとさ」
「左様でございますか」

 老執事は初めて微笑んだ。
しおりを挟む
感想 497

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。 ※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。 詳細は近況ボードをご覧ください。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。