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5章 イズナバール迷宮編
196話 春は出会いの季節
「ハーイいらっしゃ~い、ジンの屋台の新作だよ♪」
今日も今日とてウチの若さんは無駄に元気だ。
酒場での一件があって翌日には、その場にいた連中から話を聞いた料理人が何人か、俺のところに話を聞きにやってきた。
とりあえず作り方を教えながら気付いたが、どうやらコッチの世界では甘い小豆餡の概念が無かった。イカンな、うっかり食文化を侵食したみようだ。
東方大陸は米も小豆──紅粒とか言ってたな──もあって、赤飯はあったはずなのだが、さすがに日本みたいな魔改造はしなかったか。
伝播しなかった天ぷらといいあんこといい、昔の勇者の食の嗜好が窺い知れる。
幸い、あんこの味を先に知っていたここの連中に拒否感は無い様なので、そのまま作り方を教え、何日かしたら料理屋のメニューに載ったり俺とは離れた場所で屋台を出したりしていた。
そんな中、俺の屋台は今のところ、
「ジン、甘玉が大籠一つに甘魚5つね!」
「はいはい……ホイ、ありがとうございます」
甘玉と甘魚、ようするにベビーカステラとたい焼きな訳だが。
名前にカステラとついてるけどカステラじゃないし、何よりカステラ自体は中央大陸を中心にお貴族連中には浸透してるから名前に入れるのはマズイ。
たい焼きは……「たい、何それ?」な世界だからな。
鍛冶屋に作ってもらった2つ折りのタイ焼き機とタコ焼き機で流れ作業のように次々と作るのだが、作った端から売れて行く。
焼きあがったアツアツの甘玉に、薄めたメープルシロップをハケで塗ったら、これも職人に作ってもらった竹製の籠に入れて若さんに渡す。葉っぱで包んだ甘魚も、数が多い場合は竹籠を使う。
……うん、紙は偉大だなあとしみじみ思う。紙が使えないだけで代用品の用意とコスト、加えてスペースの確保が面倒この上ない、自重したい俺ですら文化破壊の危険を冒してでも、安価な紙の安定供給に着手したくなる。
現在、紙は存在するものの非常に貴重で、しかも製法は錬金術ギルドの機密、魔法を封じ込めた巻物や劣化対策の魔法処理を施されて魔道書くらいにしか使われない、この世界で”紙”と言えば、基本は羊皮紙、他は木札や布切れだ。
「まいどあり~♪ 少しはお客さんの流れも落ち着いてきたかな……そういえばジン、なんでコレ、わざわざ魚の形にしたの? 丸型でいいじゃない」
「大判焼きのことか? まあ、味自体は変わらないんだがなあ……」
単純に言ってしまえば遊び心だ! と言いたいが、先日探索者と話していた内容が気になった。
飯と女と迷宮くらいしか──要は娯楽が少ないのだ、この世界は。
まあ、魔物が跋扈するファンタジーな世界でアウトドアやアミューズメント施設など無理だろうし、娯楽となると演劇とか大道芸になる。
なので、魚の形をした甘い食べ物という珍奇なモノを話の種に笑ってもらい、心に余裕でも、などと、恥ずかしくてとても言えんな。
「まあ、買ってく客はそれ見て笑ってるし、良いんじゃねえの」
「そうだねえ……」
……なんでそこでニヤつくのかね、若さんよ。
「ところで、例によってこのパターンだと屋台に寄り付かないリオンさんは何処へ?」
「たい焼きとベビーカステラ抱えて、食べながら町を練り歩いてるよ」
「甘魚と甘玉な」
広告塔ですかい、なるほど、鎧も着けず朝から私服姿だった理由はソレか。
そんな感じでまったりとしていると、
「おお! コイツか、さっきの美女が持ち歩いてたのは」
うん、やかましいから屋台の前に来て早々に喚くな、見知らぬ人よ。
「いらっしゃいお兄さん、もう少し待ってくれたら出来立てアツアツが食べられるよ」
「おう、そうかボウ……ズ……」
目の前の男が若さんを見て静かになる、はて?
若さんも理由が判らずキョトンとしている、普通に考えて初対面のはずだし、生憎どこぞの女神さんと違って、神殿関係者の間では認知されているが銅像等の偶像化はされてない。
見覚えなどあるはずが無いのだ。
「??」
「? ん~、ボウズ? いや、なあ……?」
もの凄く奥歯に物の挟まった態度の男が唸る。うん、ウゼエ。
派手目な金属鎧で首から下を包みながら頭部はハチマキ、恐らくは金属板やワイヤー仕込だろうが、それでも頭部の守りを疎かにしているのは驕りか、それとも強者の自負か。
後ろに背負った大剣が示すとおり、前衛の切り込み隊長みたいなものだろう、漂う気配がこの町で出会ったどの探索者・冒険者よりも濃く力強い。
──どうやら、各国の精鋭とやらがやっとこの街に到着したらしい。
「ゲンマ、一人で突っ走るなっていつも言って……ホラ、何ボケっとしてんの」
ドン──!!
「ってえ、オメエ、背中を蹴るんじゃねえよ!!」
「そんな所でバカみたいに突っ立ってるのが悪い! ゴメンなさいね坊や、こんな厳ついオジサンに見つめられて怖かったよね」
「あ、大丈夫だよ。ジンみたいに拳骨が飛んできたわけじゃないしね」
──オイ、初対面の人を前にさらっとディスるな。
ホラ見ろ、後から来たお姉さんがちょっと睨んでるだろうが。
「失礼、他人の教育方針にとやかく言うつもりは無いのですが……」
……目で充分訴えとるわ。
「そうして頂けると有り難いですね。こちらもあなた方夫婦のコミュケーションの取り方に関して、とやかく申し上げはしないので」
「なっ──!!」
こう返されるとは予想していなかったのか、名も知らぬお姉さんは顔を真っ赤にして口ごもる。
それを見たゲンマが、
「やーい、言い返されてやがる♪」
「うるさい、アホゲンマ!!」
いや、ゲンマさんとやら、俺はアンタも纏めて言ったつもりなんだが……いい、今ので大体わかった。
それからお姉さん、俺を責める振りして誤魔化したのはバレてんだよ、アンタもウチの若さん見て一瞬止まったろ?
……それにしても若さん、いやエルダー、お前もしかして何かやらかした?
俺の視線を受けて「え、ホントに知らないよ?」な顔をするのだが……まあいい、やらかしてたのならその時あらためて拳骨を落とせばいいだけだ。
若さん、頭を手で防御するのはお止しなさい……俺の視線だけで全てを悟るなよ。
「コホン、それで、お2人はお客様で? それとも冷やかしですかい?」
「あ、ああすまない。さっき、えらく強そうな姉さんが甘い香りを漂わせて歩いてるもんだから声をかけたらここの事を教えてくれてさ、飛んできたんだよ」
ウチの美人さん、ホントに広告塔を務めていました。
「それじゃお客さんだね。魚の形をしたのは一つ銀貨2枚、こっちの丸いのは大中小、籠の大きさによって値段が違うよ、それぞれ銀貨で3・2・1枚だね」
「ほう、けっこうするなあ、つっても甘味なんだから当たり前か。それじゃあ──」
「──今焼き上がったの全部下さい」
「「なあっ──!?」」
俺とゲンマの声が重なった。
「お、おいシュナ、全部って」
「全部です、ギルドに一足先に行った皆の分もまとめてに決まってるでしょう?」
「あ、ああ……」
今出来上がったのは甘魚30個に甘玉が大籠12個分ですけど、一体何人で来たんだ、アンタら?
「毎度あり♪ 全部で大銀貨9枚と銀貨6枚だけど大銀貨9枚にまけとくね。それから、次からその籠を持ってきてくれたら値引きするから」
若さんが見事なトークで接客しながらお金を受け取り俺によこす。今のコイツを見て、どこぞの富豪の3男坊「ルディ」君という設定を信じてくれるヤツが果たして何人いるだろうか……。
「毎度あり、この町には来たばかりで?」
「ええ、今朝到着したばかりです」
「上からここの迷宮攻略を命──ってえ!! 何すんだよシュ……」
シュナと呼ばれた女性は、袖の広い白衣にキュロット状に別れた動き易い緋袴を身につけた、見る人が見れば巫女さんのような出で立ちをしている。
東方大陸ではたまに見かける神殿衣装だが、衣装の内部に金属板や魔法付与のかかった戦闘服を着る者が国外に出ることはまず無い。
しかも、魔法効果の増幅体である千早まで着込んでとなると、ライゼンの迷宮攻略にかける意気込みが伺える。
そんなシュナからもう喋るなとばかりに睨まれたゲンマは、尻を蹴り上げられた痛みで目じりに涙を滲ませながら、大人しく大量の菓子を抱えて静かになる。
「……連れが色々と失礼を申しました。それではこれで」
「ええ、またのご贔屓を」
戦巫女のシュナに促されるように歩くゲンマが、ショッピングに付き合わされる荷物持ちの姿に見え、なんとなく不幸になってしまえと思う。
そしてその後、似た様な雰囲気をかもし出す集団が都合3度、屋台の前にやって来た。
恐らくリオンがあえてここに誘導してくれたのだろう、ただの無駄飯食らいの巨乳美女だと思って悪かったよ。
それでも気になったのは、その連中が悉く、ウチの若さんの顔を見て何かしらの反応を見せる事だ、いい加減イライラする。
面倒事に巻き込まれなければいいのだが……うん、多分ムリだな、早々に諦めよう。
………………………………………………
………………………………………………
「なるほど、確かに奇妙な連中だったな、1人は凄腕、1人は平凡、そして最後の1人はただのガキか……で、奴らに関して他に情報は無いのか、特にあの子供についてだ」
屋敷内の会議室のような一室で20人以上の集団が集まり、狭い空間で会話が行われている。
ジェリクが先日ジンに話したように、ここはイズナバール迷宮を囲むように存在する4カ国の息のかかったコミュニティ、その一室。
そこでは現在の迷宮の攻略状況と内部の説明、そして件の正体不明の探索者パーティについてが議題として上がっていた。
「他に情報ですか……あのジンって男は、カードにはレベル63って書いてますし、実際雰囲気もそんなモンなんですが、さすがにあの女戦士1人で後ろに2人、足手まといを抱えながらの30層突破ってのは無理だろうってのが最近の俺達の間での認識で」
会議室に集められた探索者の1人が申し訳無さそうに、信憑性の怪しい噂話を語る。
「ふむ……確かにな。ただ、俺達も例の男については大した実力は持っていないというのが共通の意見だ」
「そうですか……」
探索者の男が申し訳無さそうにさらに小さくなる。
「ただ……お前達の話が本当なら、あの男は俺達全員を煙に巻くほどのとんでもない存在ともとれる、それこそ、凄腕の女戦士の方が囮かも知れんな」
「──!! まさか、あのリオンってのはレベル156ですよ!? その実力は嘘じゃねえ!!」
「ああ、その強さに偽りは無いのだろうが、だからと言ってそのジンとか言う奴が、その女以上に強いと言う可能性を否定する理由にはならん」
「………………………………」
「…………あの、そういえば思い出したんですけど、あの3人が探索者登録をする時、あのガキが自分の名前を「エルディ」って言って、その後ルディって言い直したんです」
別の男が手を上げて最初に彼等を見たときのことを話す。
周りの連中もその時のことは覚えてはいたが、「何で今さら」という雰囲気でその発言した男を呆れ顔で見るが、
「──!! オイ、お前等、今の言葉は本当か!? そのガキは自分の事をエルディと名乗ったんだな?」
「は──はい!!」
国元から派遣された探索者の幾人かは、深刻な顔になり緊張が走る。
訳がわからないコミュニティのメンバーが戸惑う中、
「エルディと名乗った少年と凄腕の女騎士、それに正体不明の男の取合せか……」
「仮に、このもしもが現実になってしまえば厄介極まりないが──おい、お前達、今後その3人の事はそれとなく探れ、ただお前達は表立って動くな。他のメンバーと食事や会話をする時にさりげなく探りを入れるだけでいい。コッチが探りを入れたていると覚られるだけで面倒になる」
本国から送ってこられた精鋭部隊の、ともすれば迷宮攻略の話題よりも切羽詰った剣幕に、彼らはただ頷くことしかできない。
全く、あのルディとかいう子供に一体何の価値があるというのか──。
誰も分からなかった──その当人でさえも。
──────────────
──────────────
「──ひぃっきし!! ……誰か噂でもしてるのか、それとも風邪かな?」
「若さん……そのクシャミはさすがに無理がありますぜ」
周囲が全員ずっこけて壁や天井が崩れてきそうなクシャミをした若ちゃんに、ジンが何かを諦めたような口調でツッコむ。
「風邪ですか? いけませんね若様、今日は早くお休み下さい」
「ゴメン嘘! 風邪なんか引いてないから、だからジン今夜は朝までフィーバー!」
「リオンがああなったらもう駄目だと思いなさいな」
「そんなあ! ジン、ヘルプミー~~~~~~」
「ハイハイ若様、子守唄を歌ってあげますからね」
屋台の機材を掃除しながらジンは、背後で小さくなっていく2人の声を聞きながら、
「今夜は眠れそうにありませんねえ、若さん」
リオンの独特な……趣のある……どこかのガキ大将のような歌唱力を思い浮かべ、1人静かに若さんの冥福を女神様に祈った。
今日も今日とてウチの若さんは無駄に元気だ。
酒場での一件があって翌日には、その場にいた連中から話を聞いた料理人が何人か、俺のところに話を聞きにやってきた。
とりあえず作り方を教えながら気付いたが、どうやらコッチの世界では甘い小豆餡の概念が無かった。イカンな、うっかり食文化を侵食したみようだ。
東方大陸は米も小豆──紅粒とか言ってたな──もあって、赤飯はあったはずなのだが、さすがに日本みたいな魔改造はしなかったか。
伝播しなかった天ぷらといいあんこといい、昔の勇者の食の嗜好が窺い知れる。
幸い、あんこの味を先に知っていたここの連中に拒否感は無い様なので、そのまま作り方を教え、何日かしたら料理屋のメニューに載ったり俺とは離れた場所で屋台を出したりしていた。
そんな中、俺の屋台は今のところ、
「ジン、甘玉が大籠一つに甘魚5つね!」
「はいはい……ホイ、ありがとうございます」
甘玉と甘魚、ようするにベビーカステラとたい焼きな訳だが。
名前にカステラとついてるけどカステラじゃないし、何よりカステラ自体は中央大陸を中心にお貴族連中には浸透してるから名前に入れるのはマズイ。
たい焼きは……「たい、何それ?」な世界だからな。
鍛冶屋に作ってもらった2つ折りのタイ焼き機とタコ焼き機で流れ作業のように次々と作るのだが、作った端から売れて行く。
焼きあがったアツアツの甘玉に、薄めたメープルシロップをハケで塗ったら、これも職人に作ってもらった竹製の籠に入れて若さんに渡す。葉っぱで包んだ甘魚も、数が多い場合は竹籠を使う。
……うん、紙は偉大だなあとしみじみ思う。紙が使えないだけで代用品の用意とコスト、加えてスペースの確保が面倒この上ない、自重したい俺ですら文化破壊の危険を冒してでも、安価な紙の安定供給に着手したくなる。
現在、紙は存在するものの非常に貴重で、しかも製法は錬金術ギルドの機密、魔法を封じ込めた巻物や劣化対策の魔法処理を施されて魔道書くらいにしか使われない、この世界で”紙”と言えば、基本は羊皮紙、他は木札や布切れだ。
「まいどあり~♪ 少しはお客さんの流れも落ち着いてきたかな……そういえばジン、なんでコレ、わざわざ魚の形にしたの? 丸型でいいじゃない」
「大判焼きのことか? まあ、味自体は変わらないんだがなあ……」
単純に言ってしまえば遊び心だ! と言いたいが、先日探索者と話していた内容が気になった。
飯と女と迷宮くらいしか──要は娯楽が少ないのだ、この世界は。
まあ、魔物が跋扈するファンタジーな世界でアウトドアやアミューズメント施設など無理だろうし、娯楽となると演劇とか大道芸になる。
なので、魚の形をした甘い食べ物という珍奇なモノを話の種に笑ってもらい、心に余裕でも、などと、恥ずかしくてとても言えんな。
「まあ、買ってく客はそれ見て笑ってるし、良いんじゃねえの」
「そうだねえ……」
……なんでそこでニヤつくのかね、若さんよ。
「ところで、例によってこのパターンだと屋台に寄り付かないリオンさんは何処へ?」
「たい焼きとベビーカステラ抱えて、食べながら町を練り歩いてるよ」
「甘魚と甘玉な」
広告塔ですかい、なるほど、鎧も着けず朝から私服姿だった理由はソレか。
そんな感じでまったりとしていると、
「おお! コイツか、さっきの美女が持ち歩いてたのは」
うん、やかましいから屋台の前に来て早々に喚くな、見知らぬ人よ。
「いらっしゃいお兄さん、もう少し待ってくれたら出来立てアツアツが食べられるよ」
「おう、そうかボウ……ズ……」
目の前の男が若さんを見て静かになる、はて?
若さんも理由が判らずキョトンとしている、普通に考えて初対面のはずだし、生憎どこぞの女神さんと違って、神殿関係者の間では認知されているが銅像等の偶像化はされてない。
見覚えなどあるはずが無いのだ。
「??」
「? ん~、ボウズ? いや、なあ……?」
もの凄く奥歯に物の挟まった態度の男が唸る。うん、ウゼエ。
派手目な金属鎧で首から下を包みながら頭部はハチマキ、恐らくは金属板やワイヤー仕込だろうが、それでも頭部の守りを疎かにしているのは驕りか、それとも強者の自負か。
後ろに背負った大剣が示すとおり、前衛の切り込み隊長みたいなものだろう、漂う気配がこの町で出会ったどの探索者・冒険者よりも濃く力強い。
──どうやら、各国の精鋭とやらがやっとこの街に到着したらしい。
「ゲンマ、一人で突っ走るなっていつも言って……ホラ、何ボケっとしてんの」
ドン──!!
「ってえ、オメエ、背中を蹴るんじゃねえよ!!」
「そんな所でバカみたいに突っ立ってるのが悪い! ゴメンなさいね坊や、こんな厳ついオジサンに見つめられて怖かったよね」
「あ、大丈夫だよ。ジンみたいに拳骨が飛んできたわけじゃないしね」
──オイ、初対面の人を前にさらっとディスるな。
ホラ見ろ、後から来たお姉さんがちょっと睨んでるだろうが。
「失礼、他人の教育方針にとやかく言うつもりは無いのですが……」
……目で充分訴えとるわ。
「そうして頂けると有り難いですね。こちらもあなた方夫婦のコミュケーションの取り方に関して、とやかく申し上げはしないので」
「なっ──!!」
こう返されるとは予想していなかったのか、名も知らぬお姉さんは顔を真っ赤にして口ごもる。
それを見たゲンマが、
「やーい、言い返されてやがる♪」
「うるさい、アホゲンマ!!」
いや、ゲンマさんとやら、俺はアンタも纏めて言ったつもりなんだが……いい、今ので大体わかった。
それからお姉さん、俺を責める振りして誤魔化したのはバレてんだよ、アンタもウチの若さん見て一瞬止まったろ?
……それにしても若さん、いやエルダー、お前もしかして何かやらかした?
俺の視線を受けて「え、ホントに知らないよ?」な顔をするのだが……まあいい、やらかしてたのならその時あらためて拳骨を落とせばいいだけだ。
若さん、頭を手で防御するのはお止しなさい……俺の視線だけで全てを悟るなよ。
「コホン、それで、お2人はお客様で? それとも冷やかしですかい?」
「あ、ああすまない。さっき、えらく強そうな姉さんが甘い香りを漂わせて歩いてるもんだから声をかけたらここの事を教えてくれてさ、飛んできたんだよ」
ウチの美人さん、ホントに広告塔を務めていました。
「それじゃお客さんだね。魚の形をしたのは一つ銀貨2枚、こっちの丸いのは大中小、籠の大きさによって値段が違うよ、それぞれ銀貨で3・2・1枚だね」
「ほう、けっこうするなあ、つっても甘味なんだから当たり前か。それじゃあ──」
「──今焼き上がったの全部下さい」
「「なあっ──!?」」
俺とゲンマの声が重なった。
「お、おいシュナ、全部って」
「全部です、ギルドに一足先に行った皆の分もまとめてに決まってるでしょう?」
「あ、ああ……」
今出来上がったのは甘魚30個に甘玉が大籠12個分ですけど、一体何人で来たんだ、アンタら?
「毎度あり♪ 全部で大銀貨9枚と銀貨6枚だけど大銀貨9枚にまけとくね。それから、次からその籠を持ってきてくれたら値引きするから」
若さんが見事なトークで接客しながらお金を受け取り俺によこす。今のコイツを見て、どこぞの富豪の3男坊「ルディ」君という設定を信じてくれるヤツが果たして何人いるだろうか……。
「毎度あり、この町には来たばかりで?」
「ええ、今朝到着したばかりです」
「上からここの迷宮攻略を命──ってえ!! 何すんだよシュ……」
シュナと呼ばれた女性は、袖の広い白衣にキュロット状に別れた動き易い緋袴を身につけた、見る人が見れば巫女さんのような出で立ちをしている。
東方大陸ではたまに見かける神殿衣装だが、衣装の内部に金属板や魔法付与のかかった戦闘服を着る者が国外に出ることはまず無い。
しかも、魔法効果の増幅体である千早まで着込んでとなると、ライゼンの迷宮攻略にかける意気込みが伺える。
そんなシュナからもう喋るなとばかりに睨まれたゲンマは、尻を蹴り上げられた痛みで目じりに涙を滲ませながら、大人しく大量の菓子を抱えて静かになる。
「……連れが色々と失礼を申しました。それではこれで」
「ええ、またのご贔屓を」
戦巫女のシュナに促されるように歩くゲンマが、ショッピングに付き合わされる荷物持ちの姿に見え、なんとなく不幸になってしまえと思う。
そしてその後、似た様な雰囲気をかもし出す集団が都合3度、屋台の前にやって来た。
恐らくリオンがあえてここに誘導してくれたのだろう、ただの無駄飯食らいの巨乳美女だと思って悪かったよ。
それでも気になったのは、その連中が悉く、ウチの若さんの顔を見て何かしらの反応を見せる事だ、いい加減イライラする。
面倒事に巻き込まれなければいいのだが……うん、多分ムリだな、早々に諦めよう。
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「なるほど、確かに奇妙な連中だったな、1人は凄腕、1人は平凡、そして最後の1人はただのガキか……で、奴らに関して他に情報は無いのか、特にあの子供についてだ」
屋敷内の会議室のような一室で20人以上の集団が集まり、狭い空間で会話が行われている。
ジェリクが先日ジンに話したように、ここはイズナバール迷宮を囲むように存在する4カ国の息のかかったコミュニティ、その一室。
そこでは現在の迷宮の攻略状況と内部の説明、そして件の正体不明の探索者パーティについてが議題として上がっていた。
「他に情報ですか……あのジンって男は、カードにはレベル63って書いてますし、実際雰囲気もそんなモンなんですが、さすがにあの女戦士1人で後ろに2人、足手まといを抱えながらの30層突破ってのは無理だろうってのが最近の俺達の間での認識で」
会議室に集められた探索者の1人が申し訳無さそうに、信憑性の怪しい噂話を語る。
「ふむ……確かにな。ただ、俺達も例の男については大した実力は持っていないというのが共通の意見だ」
「そうですか……」
探索者の男が申し訳無さそうにさらに小さくなる。
「ただ……お前達の話が本当なら、あの男は俺達全員を煙に巻くほどのとんでもない存在ともとれる、それこそ、凄腕の女戦士の方が囮かも知れんな」
「──!! まさか、あのリオンってのはレベル156ですよ!? その実力は嘘じゃねえ!!」
「ああ、その強さに偽りは無いのだろうが、だからと言ってそのジンとか言う奴が、その女以上に強いと言う可能性を否定する理由にはならん」
「………………………………」
「…………あの、そういえば思い出したんですけど、あの3人が探索者登録をする時、あのガキが自分の名前を「エルディ」って言って、その後ルディって言い直したんです」
別の男が手を上げて最初に彼等を見たときのことを話す。
周りの連中もその時のことは覚えてはいたが、「何で今さら」という雰囲気でその発言した男を呆れ顔で見るが、
「──!! オイ、お前等、今の言葉は本当か!? そのガキは自分の事をエルディと名乗ったんだな?」
「は──はい!!」
国元から派遣された探索者の幾人かは、深刻な顔になり緊張が走る。
訳がわからないコミュニティのメンバーが戸惑う中、
「エルディと名乗った少年と凄腕の女騎士、それに正体不明の男の取合せか……」
「仮に、このもしもが現実になってしまえば厄介極まりないが──おい、お前達、今後その3人の事はそれとなく探れ、ただお前達は表立って動くな。他のメンバーと食事や会話をする時にさりげなく探りを入れるだけでいい。コッチが探りを入れたていると覚られるだけで面倒になる」
本国から送ってこられた精鋭部隊の、ともすれば迷宮攻略の話題よりも切羽詰った剣幕に、彼らはただ頷くことしかできない。
全く、あのルディとかいう子供に一体何の価値があるというのか──。
誰も分からなかった──その当人でさえも。
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「──ひぃっきし!! ……誰か噂でもしてるのか、それとも風邪かな?」
「若さん……そのクシャミはさすがに無理がありますぜ」
周囲が全員ずっこけて壁や天井が崩れてきそうなクシャミをした若ちゃんに、ジンが何かを諦めたような口調でツッコむ。
「風邪ですか? いけませんね若様、今日は早くお休み下さい」
「ゴメン嘘! 風邪なんか引いてないから、だからジン今夜は朝までフィーバー!」
「リオンがああなったらもう駄目だと思いなさいな」
「そんなあ! ジン、ヘルプミー~~~~~~」
「ハイハイ若様、子守唄を歌ってあげますからね」
屋台の機材を掃除しながらジンは、背後で小さくなっていく2人の声を聞きながら、
「今夜は眠れそうにありませんねえ、若さん」
リオンの独特な……趣のある……どこかのガキ大将のような歌唱力を思い浮かべ、1人静かに若さんの冥福を女神様に祈った。
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RyuChoukan三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。