154 / 231
5章 イズナバール迷宮編
218話 交渉
しおりを挟む
「ですから、迷宮産の素材は当ギルドで買取が原則なのです!!」
「加工品はその限りでは無いと、確認済みですが?」
テーブルを挟んで、身振り手振り感情を込めて訴える男と綺麗な姿勢で無感情に言い放つ男が言葉を交わす。
ここは探索者ギルドの応接室、40層突破の報告にギルドの門を叩いた一同は、地上で報告を待っていた待機組の歓声と、他コミュニティの厳しい視線に晒されながら受付を済ませた。
「まあ! 遂に40層突破なのですね、本当におめでとうございます!!」
イヌ耳の営業スマイルに頬が緩みかけるジンとゲンマをよそに、ルフト達は淡々と、掲示板から達成可能な素材採集依頼の木札や羊皮紙を剥ぎ取ってゆく。
受付テーブルの前に並べられた達成依頼の多さは、ラフィニアが奥にいた職員を手伝いに駆り出すほどであったが、ゲンマの一言で周りが凍りつく。
「ふ~ん、スパイダーシルクの依頼は無いんだな」
その言葉に営業スマイルのまま表情が凍りつくラフィニア、そして誰かに首根っこを掴まれこの場から姿を消すゲンマ、そしてギルドの外から聞こえてくる悲鳴。
ジンとルフトはラフィニア達ギルド職員によって、引きずられるように探索者ギルドの特別応接室に連れてこられ、現在ギルド長の必死の説得に遭っている。
「よろしいですかお二方、何度も言うようですがギルドと探索者は相互扶助、相互依存の関係と言ってもよいのです、どちらか一方だけがその恩恵に預かるのは今後の関係に不和をもたらします!」
「仰る事は一々ご尤もなのですが、命を質草にして手に入れた貴重な素材を二足三文で寄越せというのは、ギルド長の今の言葉に反するのでは?」
「ですから、これから私どもの方から各業者に連絡を取って──」
「ところで、ヘヴィ・トータスの甲羅の件はどうなりました?」
「うっ……」
目を閉じ、出されたお茶の香りを楽しみながらジンは、澄まし顔で目の前の男──探索者ギルドの長、マルケス──に向かって言葉の冷水を浴びせる。
ヘヴィ・トータスの甲羅──先日、ギルド側にコレを扱える業者・職人からの依頼は出ないかと打診した所、現在コイツを加工出来る工房はいくつかあるが、加工にかかる手間賃や時間を考えると、非常に高価なものになる商品を外の業者に卸せる商人が2人しかおらず、現在足元を見られているという。
その為、ジンが希望する最低金額と商人の間で板挟み状態のギルドは大変困っていた。
ジンはその件を引き合いに出し、ギルド側に対し一切譲歩しない。
「先にお願いしている案件については文字通りお茶を濁し、こちらがイヤだと言っているスパイダーシルクは寄越せと、ギルド長の掲げる相互扶助の精神とは、もしかして俺達の考えている物とは全く違うのでしょうか?」
「それは、その……」
小太りの、見るからに中間管理職といった風体のマルケスは、迷宮踏破のスピード著しい昨今、日々持ち込まれる高価な素材の買い取り、業者への口利き、商人達との折衝と、表に出ない所で目まぐるしく立ち回る苦労人である。
ジンは二束三文と言うが、高価、貴重というだけで幾らでも買い手が付くのは、大都市圏や国家の管理の行き届いた一部に限った事で、ほぼ民間企業扱いのリトルフィンガーの探索者ギルドに、それらと同等の対応を求めるのが無茶という物だ。
ただし、そんな事はジン達には関係の無い話で、今までは上層の魔物の素材しか獲って来なかった探索者たちに愚痴の1つもこぼしていた連中が、望み通りに高価な素材を持ち込んだら今度はとても対処出来ません、話が通らない。
その辺をチクチクと突っつくジンだった。
「なんでしたら、そちらの職員で欲しい素材を採りに行くツアーでも企画しますか? 今なら40層まで引率が可能ですよ」
「………………………………」
「ジン、あまり虐めてやるな。ギルド長も立場というものがある」
ジンの嫌味をルフトがたしなめると、マルケスは嬉しそうに表情を輝かせ、ルフトに顔を向ける。
1対2の不利な戦いだと思っていたが、向こうはどうやら1枚岩では無いらしい、しかも中立の立場にいるのはこの町きっての最古参コミュニティの代表で、ゴネているのは新進気鋭とはいえ、この町に来てまだ半年にも満たない単一パーティ、付け込むスキはいくらでもある。
……などと思えるほどに楽な相手ではなく、彼はその最古参コミュニティと肩を並べて40層を攻略できるほどの猛者を仲間に持っており、その力は共に戦った連中が太鼓判を押すほどだ。
その分他のコミュニティと軋轢を生みかけているらしいが、決して粗略に扱っていい相手とも言えない。
何より、とかく粗暴な連中が多い探索者・冒険者の中において、ジン達は常日頃から一定の礼節をもってギルドとも接している、いわゆる優良物件なのだから。
「ジン君、もちろん君の言い分はもっともだ。ただ判って欲しいのは、こういった取引においては常々、需要と供給のバランスというものが発生する訳で、優先度が高いものはそれだけ話に飛びつく連中も多いのだよ。そして逆もまた然り」
「……つまり、ヘヴィ・トータスの甲羅を扱いたがる業者はいない、と?」
「いない訳ではない。キミだけには内情を打ち明けるが、今、あの素材から盾なり鎧なりを作ったとして、それが出来上がる頃に都合よく仕入れ話に乗ってくれそうな商人、それに渡りを付けられそうな取引先は2つしかなくてね、そこが共謀してこちらの足元を見ているって現状なのだよ」
マルケスはジンの説得を諦め、相手の矛先を自分以外に向けることで、あくまで自分は味方であると思わせるように話の内容をスライドさせる。
しかして、ジンはその話に乗ってきてくれた。
「なるほど、確かに商人は慈善事業ではありませんから、安く買い叩ける機会は最大限利用したいところですねえ……」
「そこなんだ、彼等も商談をふいにするつもりは無いだろうが、だからといってこちらの希望をホイホイと聞いてくれるほどにお人好しでもない」
ジンの瞳に少しだけ攻撃的なものを感じたマルケスは、ここぞとばかりにジンの意見に追従すると、自分はあくまで探索者側の人間だとアピールしてくる。
そして、そんなマルケスの態度にほだされたか、ジンは
「そういえばマルケスさん、ギルドを通さず素材を売買、町外への持ち出しは規約によって厳重に罰せられると書いてありましたが、素材を加工したものはその限りでは無いんですよね。では、こちらが職人達に直接加工依頼を出すのは?」
「そうですね……規約に書かれていませんな。面倒な金額交渉などをしたがる探索者はそうは居ませんから、かりにあっても年に数件程度、お目溢しの範囲と言えますかな」
ジンの言わんとしている事が理解できたマルケスは、顎に手を当てながらあさっての方向を向いて空々しく話し出す。
これでようやく交渉が出来ると踏んだジンは、
「ギルド長、先程の話しぶりからすれば、甲羅を加工できる職人についてはいくつか見当を付けているようですが、出来ればお教え頂けませんでしょうか? 交渉はコチラで済ませます、勿論ギルドとは無関係を貫きます」
「しかしですなぁ、言わんとする事は判りますが彼等にも生活という物があります。今回の一件で商人から目を付けられると今後の生活に支障がきたしますので……」
「もしご了承頂けるのでしたら、スパイダーシルクの安定的な供給の方法をお教えいたしますが?」
ガバッ──!!
「ジン君……今、何と?」
何らかの条件が提示されるかと思っていたが、まさか、スパイダーシルクの買取をごねた後の交渉材料がそれだとは、流石のギルド長も意表を突かれた。
「言葉の通りですよ、苦労して手に入れたスパイダーシルクを手放すのは嫌ですが、別の誰かがそれを手に入れる事を邪魔するほど野暮ではありませんので」
そう言いながらジンは、懐から小さな壺を取り出す。
「これは?」
「糸の粘着成分だけを分解する剥離液です」
スパイダーシルクは通常、氷水にさらして粘着成分を半固形化、それを熱湯にくぐらせて糸本体から徐々に分離させる。そうする事でまず糸の部分だけが取り出される。
それを、糸を痛めないよう日を置いて何度もしなければいけないのだが、ジンの取り出した剥離液は、ぬるま湯に溶かして中でほぐすだけで粘着成分を除去する事が可能だという。また、直接かけるだけでもすぐに効果が現れるので、戦闘中に糸に囚われるような事があっても脱出が可能との事。
さらに、比較的低~中レベルの探索者でも入手が可能なように、上層で出現するジャイアントスパイダーからの糸の入手方法も教えた。
……ジンの行った、ルディを囮に使っての採集方法には、マルケス・ルフトの両者に引かれたが。
「その2つの取引先とやらがもし職人側に圧力をかけるのでしたら、スパイダーシルクの取引相手から除外すると言えばいい。どうです?」
「その様な薬、聞いた事もありませんが?」
「ええ、コレはある知り合いに「古代迷宮に潜る仕事が来た」と行った際に、きっと必要になるといって渡してもらった薬なんですが、まあその知り合いってのが、錬金術ギルドに未加入なまま色々な新薬を作っていましてね」
市販の物では無いから、ここで乗らないのであれば話はここまで、と言外に示され、マルケスは頭の中で算盤を弾き、結果、ジンの話に乗ることにした。
「いいでしょう、ジン君の提案はこちらで進めておきましょう。ほかに何かありますか?」
「そうですね……この薬、結構大量に貰ってはいるんですが、如何せん数に限りがあります。この薬をオレが提供するのはコミュニティ「異種混合」のメンバーに限定させていただきます。勿論、これを使いたいという加工業者には、ギルド長から紹介を頂ければ格安でお譲りしますよ」
「いやはや、ジン君は商人の方が合っているのではないかね? ともあれ、キミの提案はとても魅力的だ、こちらもすぐに動くのでルフト殿、できればコミュニティのメンバーには他言無用という事で話を付けておいてくれないか?」
「コチラには利益しかない話だからな、喜んで応じよう」
談合、と言えば聞こえは悪いが、関係者の誰も不幸にならない取引を成立させ、ジンとマルケスは年の差を感じさせないほど手を握りながら笑いあい、ルフトは2人の手の上に手の平を重ね、3者間の蜜月を祝う。
その後マルケスは職員を呼び出し色々と事務手続きに入ったので、ジンとルフトはギルドを後にし、40層攻略の祝賀会が開かれている異種混合の本部に向かい、肩を並べて歩く。
「これでジンには借りばかり作っているな」
「なに、こちらも慈善事業のつもりは無いので気にする必要はありませんよ」
「と言うと?」
「利益は先にそちらに渡しました。その分の対価を後で回収させて頂くつもりですから」
そう言って肩をすくめるジンの顔は、少しだけ意地悪ではあったが嫌らしい感じはしなかった。だからルフトは気楽に、そのまま話を広げた。
「ふむ、対価とは仰々しいな、一体何を望んでいるのだ」
自分たちに差し出せる物であればいいのだが、とルフトがほぼ蜥蜴の頭部を振りながら冗談めかして聞いてくるので、ジンもサラリと言い放つ。
「大した物ではありませんよ。迷宮の最深層、50層を攻略した時に手に入る秘宝。もしも俺達が望む物であった場合は無条件でこちらに渡して頂きたい」
ルフトはシュッ──と息を飲み、目を限界まで開いてジンを見やる。
ジンはその視線を軽く受け止めながら言葉を続ける。
「その代わり、俺達は異種混合が最初に50層を攻略出来るよう、最大限協力をさせていただきますよ──どうしました?」
ジンの落とした爆弾は、しっかり10秒ほどルフトを硬直させる事に成功した。
「加工品はその限りでは無いと、確認済みですが?」
テーブルを挟んで、身振り手振り感情を込めて訴える男と綺麗な姿勢で無感情に言い放つ男が言葉を交わす。
ここは探索者ギルドの応接室、40層突破の報告にギルドの門を叩いた一同は、地上で報告を待っていた待機組の歓声と、他コミュニティの厳しい視線に晒されながら受付を済ませた。
「まあ! 遂に40層突破なのですね、本当におめでとうございます!!」
イヌ耳の営業スマイルに頬が緩みかけるジンとゲンマをよそに、ルフト達は淡々と、掲示板から達成可能な素材採集依頼の木札や羊皮紙を剥ぎ取ってゆく。
受付テーブルの前に並べられた達成依頼の多さは、ラフィニアが奥にいた職員を手伝いに駆り出すほどであったが、ゲンマの一言で周りが凍りつく。
「ふ~ん、スパイダーシルクの依頼は無いんだな」
その言葉に営業スマイルのまま表情が凍りつくラフィニア、そして誰かに首根っこを掴まれこの場から姿を消すゲンマ、そしてギルドの外から聞こえてくる悲鳴。
ジンとルフトはラフィニア達ギルド職員によって、引きずられるように探索者ギルドの特別応接室に連れてこられ、現在ギルド長の必死の説得に遭っている。
「よろしいですかお二方、何度も言うようですがギルドと探索者は相互扶助、相互依存の関係と言ってもよいのです、どちらか一方だけがその恩恵に預かるのは今後の関係に不和をもたらします!」
「仰る事は一々ご尤もなのですが、命を質草にして手に入れた貴重な素材を二足三文で寄越せというのは、ギルド長の今の言葉に反するのでは?」
「ですから、これから私どもの方から各業者に連絡を取って──」
「ところで、ヘヴィ・トータスの甲羅の件はどうなりました?」
「うっ……」
目を閉じ、出されたお茶の香りを楽しみながらジンは、澄まし顔で目の前の男──探索者ギルドの長、マルケス──に向かって言葉の冷水を浴びせる。
ヘヴィ・トータスの甲羅──先日、ギルド側にコレを扱える業者・職人からの依頼は出ないかと打診した所、現在コイツを加工出来る工房はいくつかあるが、加工にかかる手間賃や時間を考えると、非常に高価なものになる商品を外の業者に卸せる商人が2人しかおらず、現在足元を見られているという。
その為、ジンが希望する最低金額と商人の間で板挟み状態のギルドは大変困っていた。
ジンはその件を引き合いに出し、ギルド側に対し一切譲歩しない。
「先にお願いしている案件については文字通りお茶を濁し、こちらがイヤだと言っているスパイダーシルクは寄越せと、ギルド長の掲げる相互扶助の精神とは、もしかして俺達の考えている物とは全く違うのでしょうか?」
「それは、その……」
小太りの、見るからに中間管理職といった風体のマルケスは、迷宮踏破のスピード著しい昨今、日々持ち込まれる高価な素材の買い取り、業者への口利き、商人達との折衝と、表に出ない所で目まぐるしく立ち回る苦労人である。
ジンは二束三文と言うが、高価、貴重というだけで幾らでも買い手が付くのは、大都市圏や国家の管理の行き届いた一部に限った事で、ほぼ民間企業扱いのリトルフィンガーの探索者ギルドに、それらと同等の対応を求めるのが無茶という物だ。
ただし、そんな事はジン達には関係の無い話で、今までは上層の魔物の素材しか獲って来なかった探索者たちに愚痴の1つもこぼしていた連中が、望み通りに高価な素材を持ち込んだら今度はとても対処出来ません、話が通らない。
その辺をチクチクと突っつくジンだった。
「なんでしたら、そちらの職員で欲しい素材を採りに行くツアーでも企画しますか? 今なら40層まで引率が可能ですよ」
「………………………………」
「ジン、あまり虐めてやるな。ギルド長も立場というものがある」
ジンの嫌味をルフトがたしなめると、マルケスは嬉しそうに表情を輝かせ、ルフトに顔を向ける。
1対2の不利な戦いだと思っていたが、向こうはどうやら1枚岩では無いらしい、しかも中立の立場にいるのはこの町きっての最古参コミュニティの代表で、ゴネているのは新進気鋭とはいえ、この町に来てまだ半年にも満たない単一パーティ、付け込むスキはいくらでもある。
……などと思えるほどに楽な相手ではなく、彼はその最古参コミュニティと肩を並べて40層を攻略できるほどの猛者を仲間に持っており、その力は共に戦った連中が太鼓判を押すほどだ。
その分他のコミュニティと軋轢を生みかけているらしいが、決して粗略に扱っていい相手とも言えない。
何より、とかく粗暴な連中が多い探索者・冒険者の中において、ジン達は常日頃から一定の礼節をもってギルドとも接している、いわゆる優良物件なのだから。
「ジン君、もちろん君の言い分はもっともだ。ただ判って欲しいのは、こういった取引においては常々、需要と供給のバランスというものが発生する訳で、優先度が高いものはそれだけ話に飛びつく連中も多いのだよ。そして逆もまた然り」
「……つまり、ヘヴィ・トータスの甲羅を扱いたがる業者はいない、と?」
「いない訳ではない。キミだけには内情を打ち明けるが、今、あの素材から盾なり鎧なりを作ったとして、それが出来上がる頃に都合よく仕入れ話に乗ってくれそうな商人、それに渡りを付けられそうな取引先は2つしかなくてね、そこが共謀してこちらの足元を見ているって現状なのだよ」
マルケスはジンの説得を諦め、相手の矛先を自分以外に向けることで、あくまで自分は味方であると思わせるように話の内容をスライドさせる。
しかして、ジンはその話に乗ってきてくれた。
「なるほど、確かに商人は慈善事業ではありませんから、安く買い叩ける機会は最大限利用したいところですねえ……」
「そこなんだ、彼等も商談をふいにするつもりは無いだろうが、だからといってこちらの希望をホイホイと聞いてくれるほどにお人好しでもない」
ジンの瞳に少しだけ攻撃的なものを感じたマルケスは、ここぞとばかりにジンの意見に追従すると、自分はあくまで探索者側の人間だとアピールしてくる。
そして、そんなマルケスの態度にほだされたか、ジンは
「そういえばマルケスさん、ギルドを通さず素材を売買、町外への持ち出しは規約によって厳重に罰せられると書いてありましたが、素材を加工したものはその限りでは無いんですよね。では、こちらが職人達に直接加工依頼を出すのは?」
「そうですね……規約に書かれていませんな。面倒な金額交渉などをしたがる探索者はそうは居ませんから、かりにあっても年に数件程度、お目溢しの範囲と言えますかな」
ジンの言わんとしている事が理解できたマルケスは、顎に手を当てながらあさっての方向を向いて空々しく話し出す。
これでようやく交渉が出来ると踏んだジンは、
「ギルド長、先程の話しぶりからすれば、甲羅を加工できる職人についてはいくつか見当を付けているようですが、出来ればお教え頂けませんでしょうか? 交渉はコチラで済ませます、勿論ギルドとは無関係を貫きます」
「しかしですなぁ、言わんとする事は判りますが彼等にも生活という物があります。今回の一件で商人から目を付けられると今後の生活に支障がきたしますので……」
「もしご了承頂けるのでしたら、スパイダーシルクの安定的な供給の方法をお教えいたしますが?」
ガバッ──!!
「ジン君……今、何と?」
何らかの条件が提示されるかと思っていたが、まさか、スパイダーシルクの買取をごねた後の交渉材料がそれだとは、流石のギルド長も意表を突かれた。
「言葉の通りですよ、苦労して手に入れたスパイダーシルクを手放すのは嫌ですが、別の誰かがそれを手に入れる事を邪魔するほど野暮ではありませんので」
そう言いながらジンは、懐から小さな壺を取り出す。
「これは?」
「糸の粘着成分だけを分解する剥離液です」
スパイダーシルクは通常、氷水にさらして粘着成分を半固形化、それを熱湯にくぐらせて糸本体から徐々に分離させる。そうする事でまず糸の部分だけが取り出される。
それを、糸を痛めないよう日を置いて何度もしなければいけないのだが、ジンの取り出した剥離液は、ぬるま湯に溶かして中でほぐすだけで粘着成分を除去する事が可能だという。また、直接かけるだけでもすぐに効果が現れるので、戦闘中に糸に囚われるような事があっても脱出が可能との事。
さらに、比較的低~中レベルの探索者でも入手が可能なように、上層で出現するジャイアントスパイダーからの糸の入手方法も教えた。
……ジンの行った、ルディを囮に使っての採集方法には、マルケス・ルフトの両者に引かれたが。
「その2つの取引先とやらがもし職人側に圧力をかけるのでしたら、スパイダーシルクの取引相手から除外すると言えばいい。どうです?」
「その様な薬、聞いた事もありませんが?」
「ええ、コレはある知り合いに「古代迷宮に潜る仕事が来た」と行った際に、きっと必要になるといって渡してもらった薬なんですが、まあその知り合いってのが、錬金術ギルドに未加入なまま色々な新薬を作っていましてね」
市販の物では無いから、ここで乗らないのであれば話はここまで、と言外に示され、マルケスは頭の中で算盤を弾き、結果、ジンの話に乗ることにした。
「いいでしょう、ジン君の提案はこちらで進めておきましょう。ほかに何かありますか?」
「そうですね……この薬、結構大量に貰ってはいるんですが、如何せん数に限りがあります。この薬をオレが提供するのはコミュニティ「異種混合」のメンバーに限定させていただきます。勿論、これを使いたいという加工業者には、ギルド長から紹介を頂ければ格安でお譲りしますよ」
「いやはや、ジン君は商人の方が合っているのではないかね? ともあれ、キミの提案はとても魅力的だ、こちらもすぐに動くのでルフト殿、できればコミュニティのメンバーには他言無用という事で話を付けておいてくれないか?」
「コチラには利益しかない話だからな、喜んで応じよう」
談合、と言えば聞こえは悪いが、関係者の誰も不幸にならない取引を成立させ、ジンとマルケスは年の差を感じさせないほど手を握りながら笑いあい、ルフトは2人の手の上に手の平を重ね、3者間の蜜月を祝う。
その後マルケスは職員を呼び出し色々と事務手続きに入ったので、ジンとルフトはギルドを後にし、40層攻略の祝賀会が開かれている異種混合の本部に向かい、肩を並べて歩く。
「これでジンには借りばかり作っているな」
「なに、こちらも慈善事業のつもりは無いので気にする必要はありませんよ」
「と言うと?」
「利益は先にそちらに渡しました。その分の対価を後で回収させて頂くつもりですから」
そう言って肩をすくめるジンの顔は、少しだけ意地悪ではあったが嫌らしい感じはしなかった。だからルフトは気楽に、そのまま話を広げた。
「ふむ、対価とは仰々しいな、一体何を望んでいるのだ」
自分たちに差し出せる物であればいいのだが、とルフトがほぼ蜥蜴の頭部を振りながら冗談めかして聞いてくるので、ジンもサラリと言い放つ。
「大した物ではありませんよ。迷宮の最深層、50層を攻略した時に手に入る秘宝。もしも俺達が望む物であった場合は無条件でこちらに渡して頂きたい」
ルフトはシュッ──と息を飲み、目を限界まで開いてジンを見やる。
ジンはその視線を軽く受け止めながら言葉を続ける。
「その代わり、俺達は異種混合が最初に50層を攻略出来るよう、最大限協力をさせていただきますよ──どうしました?」
ジンの落とした爆弾は、しっかり10秒ほどルフトを硬直させる事に成功した。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。