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プールバーで遊んでいるうちに帰りの運転がおっくうになって、一夜をスピノザで過ごすことにした。ホテルにチェックインしたところで、例によってサヤからイスカに連絡させた。
サヤは機嫌がよさそうだ。シャワーを浴びて裸で飛び出してくるなり、二つあるうちの一方のベッドのシーツにもぐりこみ、胎児のように体をうごめかす。おおいかぶさるくらいのアクションを求めているのかもしれないが、その気はないので無視を決め込む。
シャワールームで頭と体を洗った。洗面所でバスタオルを使う。バスローブに袖を通して寝室に戻ると、サヤがベッドの上で上体を起こしていた。裸のままだ。片方のほおをふくらませ、眉根を寄せている。相手にされないことについて抗議の意思を示しているつもりだろう。
冷蔵庫を開け、缶ビールを一本取りだし、それを持って窓際の椅子に腰かけた。飲みながら、煙草を一本、二本と吸っているうちに、サヤの静かな寝息が聞こえてきた。結局は睡魔に負けて寝入ってしまったらしい。静かに眠る女はかわいげがあるように感じられる。たとえサヤであってもだ。
三本目の煙草の火を消し、ビールを飲み干した。
寝ようと思った。
ベッドに入る。
いつも通り、寝つくまでにそう時間はかからなかった。
翌日。
寝覚めは良かった。
カーテンの隙間から日が射していた。
丸い時計を見ると五時をすぎたところ。
サヤはまだ眠っている。
洗面所で顔を洗って歯を磨き、部屋から出た。
階段をくだる。
ロビーから表へ。
まぶしい朝。
空気はさほど湿ってはおらず、海のそばにいることを感じさせない。
煙草を吸いがてら散歩する。
石畳の地面はところどころとがっていて、土踏まずを刺激する。
美しい段々の街並みと、その先にある海岸線を、いまいちど拝みたい。
見晴らしのよいところを探そうと思い、狭い路地に入った。
するとだ。
うつぶせに倒れている人間を見つけた。
近づくにつれ、男だとわかった。
男のそばに立つ。
肩甲骨のあたりに風穴があいている。恐らく、うしろから銃で撃たれたのだろう。
ライジは男の頭のてっぺんを爪先でつついた。
男は自らゆっくりと仰向けになった。
エウゲンに間違いなかった。
「は、はは、は…」と、エウゲンは力なく笑う。口の端からは血。「病院服の後藤さんじゃねぇか。ずいぶんと、縁があるな」
「誰にも見つけてもらねぇで、いつから寝てた?」
「そう昔の話でもねぇかな」
ライジはエウゲンの脇にしゃがんだ。煙草をひと息吸って吐く。
「なにをやらかしたんだよ」
「金庫の金をな、拝借、しようと思ったんだけど…」
「金庫って、組織のか?」
「ああ…」
「なんで、んなもんに手ぇつけようと考えたんだ?」
「妹の手術代さ。金さえあれば、助かるんだ」
「金か」
「金さ」
「おまえの手元に金はねぇな。でもって、おまえは死ぬ。まったく、馬鹿な男だ」
「ここいらでいっとう大きな病院に妹はいる。なあ、よぉ、伝えちゃくれねぇか…?」
それからエウゲンは自嘲するような笑みを浮かべて、その台詞を吐いた。
そして、「いてぇ、なあ…」と、つぶやいた。
ほどなくして、エウゲンの目から光が消えた。
胸に手を当て、確かめる。
死んでいた。
じきに誰かが始末するだろう。
そう思って、亡き骸は捨て置くことにした。
ライジは立ち上がり、元来た方へと身を翻した。
サヤは機嫌がよさそうだ。シャワーを浴びて裸で飛び出してくるなり、二つあるうちの一方のベッドのシーツにもぐりこみ、胎児のように体をうごめかす。おおいかぶさるくらいのアクションを求めているのかもしれないが、その気はないので無視を決め込む。
シャワールームで頭と体を洗った。洗面所でバスタオルを使う。バスローブに袖を通して寝室に戻ると、サヤがベッドの上で上体を起こしていた。裸のままだ。片方のほおをふくらませ、眉根を寄せている。相手にされないことについて抗議の意思を示しているつもりだろう。
冷蔵庫を開け、缶ビールを一本取りだし、それを持って窓際の椅子に腰かけた。飲みながら、煙草を一本、二本と吸っているうちに、サヤの静かな寝息が聞こえてきた。結局は睡魔に負けて寝入ってしまったらしい。静かに眠る女はかわいげがあるように感じられる。たとえサヤであってもだ。
三本目の煙草の火を消し、ビールを飲み干した。
寝ようと思った。
ベッドに入る。
いつも通り、寝つくまでにそう時間はかからなかった。
翌日。
寝覚めは良かった。
カーテンの隙間から日が射していた。
丸い時計を見ると五時をすぎたところ。
サヤはまだ眠っている。
洗面所で顔を洗って歯を磨き、部屋から出た。
階段をくだる。
ロビーから表へ。
まぶしい朝。
空気はさほど湿ってはおらず、海のそばにいることを感じさせない。
煙草を吸いがてら散歩する。
石畳の地面はところどころとがっていて、土踏まずを刺激する。
美しい段々の街並みと、その先にある海岸線を、いまいちど拝みたい。
見晴らしのよいところを探そうと思い、狭い路地に入った。
するとだ。
うつぶせに倒れている人間を見つけた。
近づくにつれ、男だとわかった。
男のそばに立つ。
肩甲骨のあたりに風穴があいている。恐らく、うしろから銃で撃たれたのだろう。
ライジは男の頭のてっぺんを爪先でつついた。
男は自らゆっくりと仰向けになった。
エウゲンに間違いなかった。
「は、はは、は…」と、エウゲンは力なく笑う。口の端からは血。「病院服の後藤さんじゃねぇか。ずいぶんと、縁があるな」
「誰にも見つけてもらねぇで、いつから寝てた?」
「そう昔の話でもねぇかな」
ライジはエウゲンの脇にしゃがんだ。煙草をひと息吸って吐く。
「なにをやらかしたんだよ」
「金庫の金をな、拝借、しようと思ったんだけど…」
「金庫って、組織のか?」
「ああ…」
「なんで、んなもんに手ぇつけようと考えたんだ?」
「妹の手術代さ。金さえあれば、助かるんだ」
「金か」
「金さ」
「おまえの手元に金はねぇな。でもって、おまえは死ぬ。まったく、馬鹿な男だ」
「ここいらでいっとう大きな病院に妹はいる。なあ、よぉ、伝えちゃくれねぇか…?」
それからエウゲンは自嘲するような笑みを浮かべて、その台詞を吐いた。
そして、「いてぇ、なあ…」と、つぶやいた。
ほどなくして、エウゲンの目から光が消えた。
胸に手を当て、確かめる。
死んでいた。
じきに誰かが始末するだろう。
そう思って、亡き骸は捨て置くことにした。
ライジは立ち上がり、元来た方へと身を翻した。
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