蓮城さんちの兄と弟

桐山アリヲ

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蓮城さんちの弟

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 両手を腰に当て、荒い息を整える。
 
 ふり返った先にあるのは、たったいまオレが駆け抜けたばかりの100メートルトラック。目をつむっても走れるくらい体になじんだ、わかりやすい直線走路だ。
 なのに──なんだかそれが、知らない土地の風景みたいによそよそしく見えるのは、ほんの少し肌寒い朝の空気のせいでも、くすんだ梅雨空のせいでもないんだろう。

 今日も変化なし、か……。

 「夏樹」
 
 大きくため息をついたところで、3年のコウタ先輩が近づいてきた。

 「どうだった、感触は?」

 「やっぱり、加速のリズムが悪い気がします。うまく噛み合ってなくて、気持ち悪いっていうか……」
  
 「ぱっと見フォームに問題はなさそうだけど……そのあたりは、夏樹にしかわからない感覚なんだろうなぁ」
 
 やさしげな童顔に、困ったような笑みを浮かべて、コウタ先輩がいった。

 「ほんとうに、体調には問題ないのか?ショートスプリントって、見た目よりずっと繊細な競技だからさ。心身の状態が結果に直結するっていうのは、わざわざ俺なんかにいわれなくてもわかるだろ。ちょっとでもおかしいと思ったら、我慢しないで、ちゃんといえよ」

 「はい。けど、ほんとに体は問題ないんで」

 このひと月ほどの間、何度も繰り返された問いに、同じ答えを返すしかないのがもどかしい。

 「……すいません、心配かけて」

 「いや、そんなの気にする必要ないんだけどさ。部員のコンディションに気を配るのも、マネージャーの仕事なんだし」

 コウタ先輩は、もとはオレと同じ短距離が専門の選手だったらしい。大きなケガをきっかけに競技をやめてからは、裏方として部に残る道を選んだと聞いている。高校に入学したばかりのオレたち1年生部員にも、妙な先輩風を吹かせることなく、同じ目線でサポートしてくれる頼もしい存在だ。
 
 とはいえ、3年生のマネージャーは5月の大会で引退するのが慣例なのに、もうすぐ6月になろうとする今になっても、こうして欠かさず練習につき合ってくれているのは、ここ最近のオレの不調が原因なのかもしれない。

 「ひょっとして、なにか悩んでるんじゃないのか?つまり、その……個人的な悩みって意味なんだけど」

 遠慮がちに問われ、オレは思わず、コウタ先輩をじっと見据えた。180センチを超える無駄にデカい身長のおかげで、嫌でも見おろす形になってしまう。
 
 「あー……いや、踏みこみ過ぎたなら、ゴメンだけど」

 一瞬ひるんだように半身を引いたコウタ先輩が、ちょっと早口になって言葉を継いだ。

 「精神的な問題がきっかけで調子を崩すのって、アスリートあるあるだからさ。俺でよければいつでも聞くし、それがむづかしいなら、柊弥しゅうやにでも相談してみたらどうかな」

 ──柊弥。

 不意打ちのような響きに、ドクリと、心臓が波打った。

 「シュウに、ですか……」

 「1年のとき同じクラスだったから、あいつの人柄は、俺もよく知ってるんだ。あんなに頼りがいのある兄貴がいるんだから、乗っからない手はないんじゃないかと思って」

 「でも……」

 「もちろん、友だちのほうが気楽で話しやすいっていうなら、それもアリだと思うけど、それだと聞いてもらうだけになりそうだし、かといって、親や先生に改まって相談するのもハードル高いだろ。その点、柊弥なら夏樹の家族って意味でも信頼できるし、必要なら適確なアドバイスもしてくれるはずだ。相談相手として、あいつ以上の適任、ほかにはちょっと思いつかないんだよな」

 オレが返事に詰まっていると、コウタ先輩は、

 「まぁ、ゆっくりでいいから考えてみな」 

 と締めくくり、ホームストレートの中ほどに目を向けた。
 
 「ちょっと早いけど、今朝はもう上がっていいってさ。ミヤTからの伝言」

 コウタ先輩の視線をたどると、腕組みしながら他の部員の走りを見ていた顧問の宮野──通称ミヤTが、こっちに向かって片手を挙げるのがわかった。
 
 この春からオレが通っている鷺ノ宮さぎのみや高校は、毎年多くの生徒を難関大へと送り出す、地元では名の知れた進学校だ。県立のトップ校には珍しく、スポーツにも力を入れていて、特に陸上とラグビーは全国レベルの実績をあげている。勉強が抜群にできるわけでもないオレが鷺高に入れたのは、オレの走りを高く買ってくれたミヤTのおかげといっても過言じゃない。
 なのにオレは、その期待に応えるどころか、出だしからつまづいて、よけいな心配ばかりかけている。この頃は、あの細長い目をまともに見ることすら無意識に避ける始末だ。
 
 「続きは放課後な。しっかりクールダウンしとけよ」

 そういってゴールラインへ戻っていくコウタ先輩に、軽く頭を下げてから、オレは、ゆるいペースでトラックの外周を走りはじめた。

 不調の原因が精神的なものだとしたら、思いあたることはひとつだけ。でもそれを、コウタ先輩やミヤTに話すことはできない。家族にはなおさら。

 ましてやシュウになんて……。

 ──いえるわけねぇよ。

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