蓮城さんちの兄と弟

桐山アリヲ

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蓮城さんちの弟

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 「冬馬さんが精神的な支えになってくれてることには、早い時期から気づいてた。ふたりで会うようになったのは、離婚が成立して、身辺が落ち着いた頃からだと思う。楓さん、それまでとは別人みたいに生き生きしてたからな。笑ったり、怒ったり、表情がくるくる変わる。あぁ、これが本来のこのひとなんだなって、妙に納得したよ。心配とか、反発とか、そういうのが全部吹っ飛ぶくらいの説得力があった。あんな顔見せられたら、もう応援するしかないだろ」

 「わかるような気がする。親父も肩の力が抜けたっていうか……毎日が楽しそうだった」

 「ほんと、わかりやすいひとたちだよな」

 いたずらっぽい笑みを浮かべたシュウは、オレをじっと見つめてから、続けた。

 「冬馬さんはもちろんだけど、ナツにも……ふたりに出会えたからこそ、笑って暮らせるいまがあると思ってる。ふたりのおかげで、楓さんもおれも、自分に戻れる場所を見つけられた。血のつながりがなくても、おれたちは、血の通ったほんとうの家族だ。少なくともおれは、胸を張ってそういえる。ナツは違うのか?」

 「……違わない、と思う」

 かろうじて、そういった。シーツの上に視線を落とし、まっすぐなシュウのまなざしから逃れる。

 ほんとうは、ずっと前からわかっていた。「ナツを守る」という、あの言葉は、ただの気づかいなんかじゃない。シュウはいつだって、兄として、本気でオレを守ろうとしてくれていた。その事実から目をそらし続けていたのは、オレの方だったのだ。認めてしまえば、「シュウの弟」という役回りを受け入れたことになるから。
 
 目端の利くシュウのことだ。オレが受けてきた嫌がらせの中味や、暴力沙汰を起こすきっかけになった陰口の内容まで、きっちり把握しているんだろう。家族を侮辱されてカッとなった──そんなふうに理解しているに違いない。だからこそシュウは、古傷をえぐるようにして、子どもの頃の話を聞かせてくれたのだ。
 家族に必要なのは、血の繋がりだけじゃない。たとえ形は違っても、自分たちには信頼で結ばれた確かな絆があるし、それは、外野からなにをいわれようと揺るがない──気の短い弟に、そのことを思い出させるために。
 
 だけど、シュウは根本的なところで思い違いをしている。たしかに、家族を悪くいわれて頭に血が登ったのは事実だ。でも真相はそうじゃない。オレが理性を見失ったのは──。

 『ここでフツーに脱いでたけど、肌とか、やたらきれいでさ』

 『男までその気にさせるとか、そっちの才能あるんじゃね?』

 ──やめろ。それ以上いうな……!

 ただ、黙らせたい一心だった。日頃ひた隠しにしているオレの汚い本性が無造作にさらされている。そんな気がしてたまらなかったから。
 
 風呂あがりのシュウを直視できなくなったのは、いつからだろう。そうかと思えば、なにげなく視界に入ったなめらかな首筋や細い腰から目が離せなくなる。夢の中で、そのしなやかな体に触れ、欲望のままに組み敷いたことも、一度や二度じゃなかった。
 
 オレは、殴る相手を間違えたのだ。3日も意識を失っていたのは、そのバチが当たったせいかもしれない。それとも、あのまま目覚めないことを、どこかで望んでいたからだろうか。
 オレがほんとうに許せないのは、陰口なんかじゃない。どうしようもなく兄に惹かれ、焦がれるほどに求める気持ちを必死で隠そうとしている、嘘つきで裏切り者の──オレ自身だ。
 
   
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