琥珀いろの夏 〜偽装レンアイはじめました〜

桐山アリヲ

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 頭から降り注ぐ熱いシャワーが、潮風や汗でベタついた体を洗い流していく。

 壁に両手をついて強い水流に打たれながら、おれは、乱れがちになる心臓を、なんとかなだめようと努めた。

 気持ちいいはずのシャワーでまったくリラックスできないのは、展開が急過ぎて頭が追いつかないからだ。

 たしかに「帰ろう」とはいった。でも、おれのなかでは、あくまで「東京に」という意味だったのだ。

 それが、どうしてこんなことになってるんだ?

 あれから──砂浜を出て車に戻ったおれたちは、近くにあった定食屋で新鮮な魚料理を堪能すると、再び車に乗りこんだ。
 その頃にはとっぷり日も暮れ、夜景をバックに首都高を走っていたところまではおぼえている。
 寝落ちした自覚もないまま、「着いたぞ、タマ」という麟太郎の声で目覚めたときには、すでに見覚えのあるアパートの駐車場にいた。 
 そこで「自分の家に帰る」といえば済む話だったのかもしれない。でも、当然のようにおれの荷物を車から降ろし、先に立って部屋へと向かう麟太郎を見ているうちに、いい出すタイミングを逃してしまった。
 蒸し暑い部屋に入ってエアコンをつけるなり、「まずはシャワーだな。あれだけ払ったのに、まだ服から砂が落ちてくる」とボヤいた麟太郎は、さっさと風呂場へ消えて行き、カラスの行水そのままに数分で出てくると、「タマも入れよ、すっきりするぞ」と、今度はおれを風呂場へと押しこんだ。
 そうして、いまに至っているのだけれど……。

 まるで流れ作業のような淀みない展開に、立ち止まる隙がなかったぶん、いまになって気持ちにブレーキがかかりはじめている。
 
 ほんの数時間まえまでは、本気でサトルさんに抱かれようとしていたのに、麟太郎と両想いであることがわかった途端、相手を乗り換えるようにそういうこと・・・・をするのは、あさましすぎないだろうか。

 いや、まだする・・って決まったわけじゃないんだけど。

 ごちゃごちゃと胸のなかで葛藤する間にも、おれは、念入りに体の準備をすませていた。

 いざすることになったら、ぬかりなくコトを進めたい。
 いろいろ思うところはあるにしても、麟太郎から求められれば、拒むつもりはなかった。
 それに……もしそうなったら、おれは今夜のことを死ぬまでおぼえているだろう。なんといっても、夢にまでみた麟太郎との「はじめて」なのだから。

 荷物のなかから取り出したTシャツとハーフパンツに着替え、フローリングの部屋に入ると、似たようなかっこうの麟太郎が、ベッドを背に、床に敷かれたラグのうえで片膝を立て、缶ビールを飲んでいた。
 5月で20歳になった麟太郎は、フットサルチームの飲み会にもちょくちょく顔を出しているらしい。かなり酒に強い体質なのだろう、「いくら飲ませても、逆にこっちがつぶされる」と、いつだったか三雲が悔しそうに愚痴をこぼしていた。

 「タマも飲む?」

 「おれ、まだ19だよ」

 「知ってる」
 
 笑いながら応じた麟太郎が、冷蔵庫から水のペットボトルを取ってきてくれた。
 
 「ありがと。あのさ」

 「ん?」

 「さっきは寝落ちしちゃってごめん。ずっと運転してくれてたのに」

 「それだけ俺の運転を信頼してたってことだろ?ドライバーとしては、逆に喜ぶとこなんだけど。それに、タマの寝顔もじっくり見れたし」

 「……おれ、変な顔してなかった?」

 おそるおそる聞くと、麟太郎は、にやりと笑った。

 「よだれとイビキがすごかった」
 
 「ほんとに?」

 「嘘だよ。生きてんのか心配になるくらい静かだった」

 「まったく……しょうもない嘘つくなよ」
 
 内心ほっとして、少し気持に余裕のできたおれは、立ったまま、部屋のなかをぐるりと見渡した。

 ベランダに面した窓にかかる濃いブルーのカーテンも、ベッドと反対側の壁に据えられた背の高い本棚も、麟太郎のまえにあるローテーブルも、去年、引っ越しを手伝ったときのままだ。
  
 あれからいったい何人の女の子が、この部屋で過ごしたんだろう。

 考えても仕方のないことが頭をよぎり、おれは何度かまばたきをしてやり過ごすと、目についた本棚のまえに歩み寄った。
 数段に区切られた棚の多くのスペースを使って、法律関係の書籍がずらりと並べられている。
 六法全書に判例集、司法試験の参考書、etc……。

 そういえば、麟太郎は高校の頃から弁護士志望だった。両親がそろって弁護士だから、きっと、その影響もあるんだろう。


 麟太郎が、おれの背後にやって来る気配がした

 「自分の本棚じっくり見られんのってさ、頭んなかのぞかれてるみたいで、なんだか落ち着かないな」

 たしかに。その感覚は、おれにもよくわかる。

 「ごめん。嫌だった?」

 「嫌じゃねぇよ。むしろタマには、俺のこと、いろいろ知っといてほしいし。すれ違ってたぶんも含めてさ」

 「うん」

 動揺して視線を動かした拍子に、ふと、上の方の棚に置かれた、ある物が目にとまった。
 
 子どもの拳ほどの大きさがあるだろうか、飴色に透き通った石のような塊。つるりとした質感は、子どもの頃にお祭りで食べたべっこう飴を思わせる。

 視線に気づいた麟太郎が、おれの頭ごしに腕を伸ばして、その塊を手に取った。
 
 「模造琥珀だよ」

 麟太郎がいった。

 「材質は樹脂なんだけど、見た目だけなら本物みたいだろ」
  
 「琥珀のイミテーションってこと?」

 「ああ。去年、たまたま入った雑貨屋に飾られてたんだ」
  
 雑貨屋。麟太郎は口にしなかったけれど、きっと、当時つき合っていた彼女と行ったのだろう。

 きりがないとはわかっていても、やっぱり少し、胸がざわつく。

 「もともと売り物じゃなかったから、譲ってくれって頼んだけど、最初は断わられてさ。何度か店に通ってオーナーと仲良くなって、それでようやく譲ってもらえた」

 黙っていれば硬派な印象すらある麟太郎が、おもちゃみたいな模造琥珀に執着する様子を想像すると、なんとなくおかしくなって、おれは、思わず笑ってしまった。

 「たしかにキレイだけど、そこまでして欲しかったのか?偽物なのに」

 「偽物だってわかってても、欲しかった。どうしても手に入れたくて、いてもたってもいられなかったんだ」

 思いがけず熱をはらんだ声音に、笑いを引っこめ、背後をふり返る。
 麟太郎は、模造琥珀をおれの顔の横に掲げると、まぶしいものでも見るように目を細めた。

 「これ、おまえの瞳とおんなじ色なんだ」

 心臓を、素手でつかまれたような気がした。

 「はじめて図書館で話したとき、至近距離から見たおまえの瞳がハッとするほど綺麗で、目が離せなくなった。みんな、あたりまえに玉根って呼んでるけど、全然あたりまえなんかじゃない。奇跡みたいにこいつにぴったりじゃねーかって……正直、胸が震えた。自分でも抑えきれないくらい」

 「……どういうこと?」

 「だって『玉根』だぞ。玉は宝石を表す言葉でもあるだろ。こいつは特別だ。ここにしかない特別な宝石なんだって、あのとき、おまえを見ながら、心の底からそう思ってた」

 『今日からタマって呼ぶから』

 記憶の奥から、あの日の光景が、鮮やかによみがえる。

 記号なんかじゃなかった。「タマ」というおれの呼び名は、麟太郎のなかで、とても大きな意味を持っていたのだ。

 「でも、やっぱり本物の方が断然いいな」

 琥珀を棚に戻した麟太郎が、空いた両手で、おれの頰を゙そっと包みこんだ。
 熱をはらんだ真摯なまなざしが、あっというまにおれをとらえる。
 
 「俺がもらってもいいか、タマ」

 見あげた麟太郎の顔が、涙でかすむ。

 「イエスって、いってくれ」

 声を゙出したら、本格的に泣いてしまいそうだった。
 黙ったままうなずいたおれの唇に、麟太郎は、ゆっくりと、応えるようにキスを落とした。
 

 

 

 

 

 

 


 

 
 
 
 
 

 
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