香る残映

江多之折(エタノール)

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心と身体はすれ違う

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顔を知らない母はきっと、綺麗な人だったのだろう。


「あ、やめて、それやめてっ」
「腰を振りながら言う事ではない、ですよ」

バチンと音を立てて肌がぶつかり合う。
思わず仰け反ると首の後ろを容赦なく噛み付かれ、か細い悲鳴が喉から出ていく。

───まるで、獣の交尾だ。

「ほら、やっぱり突かれると固くなる。私が善がせなきゃ子種も残せなくなったんですか?」
「違う、ちがうぅ…」
「違わない」

弱々しく勃ち上がった私の熱をギュッと掴み、雑に扱かれる。

(痛い…)

ぼろぼろと涙が出るのに、口から出るのは喘ぎ声ばかり。
熱い楔がゆるゆると抜かれそうになると、刺激を求めて腰が動く。

背後から舌打ちが聞こえ、ガブリと肩に歯を立てられた。

「いっ…痛い、噛まないで、セオ」

必死の懇願が受け入れられた事は一度もない。一度もないのに、学習しない僕の口は度々懇願を口にする。

「セオ、ごめんなさい、セオ、ちゃんと子種、つくるから、いっぱいつくるから」
「アンタは本当に…!」
「あぁッ!」

腰を掴まれ、力任せにガツガツと打ち付けられる。
一度は固くなった筈の僕の熱は、芯を失ったようにだらりと垂れ下がって先端からポタポタと涎を零している。

「せ、お」
「ハル、ハル、」

背中に汗ばんだセオの胸が当たる。僕の腹の中でびくびくとセオの熱が痙攣して、温かいもので満たされる。


(これじゃ、僕の子種が吐き出せないよ…)


いつから、こんな事になったんだろう。
血筋を絶やさない為に、僕は子孫を残さなければならないのに。

────ふわりと、花の香りが鼻先を通って消えていった。

顔も知らない母は、僕に香りだけ残して居なくなった。









僕の父親はこの国の王様で、母は隣の国のお姫様だったらしい。

「…劇団が、来てるのかな。街が賑やかだね」
「ハル、窓に近付いては…」

外行きの服に着替えたセオが、僕を咎めるように窓から引き剥がした。

「大丈夫だよ。見つからないようにちゃんと隠れるし、髪もほら、綺麗に染めてあるよ」
「…」

母の国では多かった赤い髪は、ここでは珍しい色だから。
染めたばかりの黒髪を見せつけるように、長い髪を掴んで持ち上げた。

「そうだセオ、糸がね。赤い糸がもう無くなるんだ」
「わかった。買ってくる」

僕の影武者として、万が一の時に盾になるように髪を赤く染めてあるセオの短い髪を整えて深く帽子を被らせる。
今日も無事で帰ることを祈って、見送った。

僕も外を歩いてみたいって、我儘を言う子供時代はもう終わった。
だから今日も一人で刺繍をして時間を潰す。

「…やっぱり、父と母の劇だ。」

外から微かに聴こえる人々の声に耳を傾ける。
移動式の劇団で流行っている内容が、僕の両親の結婚から別れまで。
政略結婚だけど、互いに惹かれ合い、愛し合ったと聞いている。

──首都のあちこちに毒薬がばら撒かれ、人々が大量に死んだあの日までは。
毒薬をばら撒いた浮浪者達には、母の祖国にだけ伝わる特徴が残されていたと広まって、父の元から母は姿を消した。

逃亡の最中、母は僕を身篭っていた。

最終的には捕まり、首謀者として処刑された母の最期の言葉が父を狂わせ、今や民衆の語り草だ。



『───愛してる』


窓の外から大きな歓声が聴こえる。劇がクライマックスを迎えたようだ。

(一度でいいから、僕も劇を観てみたい)

針と布を置いて、立ち上がる。
昨夜噛まれた首の後ろがズキリと痛んだ。

足音を立てずに、部屋に誰も居ないように、存在しない僕は歩く。
いつか、戦争で滅ぼされた母の国の希望になる為に。僕は子孫を残す為の、存在。

(あ。いつもの花の匂いが、外から…)




「ハル」



窓を向いていた僕の後ろから、厳しい声が部屋に響く。

「………セオ、ダメだよ。昼間は男妾を呼んだことに出来ないのに」

そんなに大きな声で僕を呼んだら、バレてしまう。
この宿は気に入っていたのに、また移動しなきゃいけなくなる。

ズンズンと足音を立てて進み、僕の前で止まったセオが腰を掴んで引き寄せた。

「抱き潰さないと、大人しく出来ないか」
「そんなことはないよ。これ以上は窓に近付かない」
「今、行こうとしていただろう」
「してないよ」

ぐり、と腰を押し付けるからセオのベルトについた金具が当たって痛い。
信用されていないんだな、と苦笑いする。


「…セオ、僕を抱き潰しても、意味がないよ」


「ハル」
「だってあれじゃ、子種を出せないじゃないか。僕は一人で外に出たら、たちまち捕まって、殺されるのだろう?大罪人の息子なんだから 」
「……」
「僕が子孫を残せるように、たくさん子種を作れる身体にしなきゃいけない。
セオは僕の命を守るだけでも充分大変なんだ。そんなこと、しなくていいよ」

セオの力が緩んだから、そっと身体を離して僕は自分の服に手をかけた。

「何を…」
「ほら、セオがたくさん頑張ってくれたから、僕の身体は歯型まみれだ」

パサ、と乾いた音を立ててシャツが床に落ちる。
ズボンにも手をかけたら、セオの手がそれを拒んできた。

「大丈夫だから。そんなに辛そうな顔をしないで、セオ。」

下着ごとズボンを下ろし、僕は生まれたままの姿になる。
腰にはセオの指の痕が痣となって残ってる。
僕は力無く垂れ下がった自分の陰茎を掴み、ゆるゆると扱いて芯を持たせた。

「ッ…セオ、ごめんね、僕が不甲斐ないから、セオが毎日辛い思いをしてしまう」
「違う…違う…!」

真っ青な顔で首を振るセオに見せつけるように、陰茎を両手で包み込んで、無様に動かした。
快感を拾う度に脚が震え、立つのが辛くなる。
先端から溢れる汁で徐々にグチュグチュとはしたない音を立て始める僕を見て、セオは命をかけて、守ってくれるだろうか。

(気付かなかった──太股の内側にまで歯型があったなんて)

「ッ──」

結局、セオとの行為の記憶をキッカケに子種を吐き出してしまった僕は
内心でバレなきゃいいなと思いながら床にへたりこんだ。


「──ほら、ひとりでも、できた。子種を出してしまったから、僕はまたしばらく動けないよ」
「……」


子種を出す作業は、やっぱり疲れる。
沢山の子種を作る為に、毎日出して循環させなければならないと、セオに手伝ってもらったのが始まりだった。

始めは訳も分からず、毎日毎日セオに子種を絞り出してもらった。
でも段々、快楽を覚えてしまってはしたなく善がるようになってしまった僕をセオは受け入れ、行為はエスカレートし、気付けば毎晩相手をしてくれていた。


(───あぁ、歯が疼く)


歯型をつけられた部分がズキズキと主張する。
いつからか、僕もセオを噛みたいと思っていた。
でも、これはよくない感情だ。
 
「床を、汚してしまった。綺麗にしないと…」 

でも立ち上がる気力がない。両手も汚してしまった。
僕は本当に、一人では何も出来ない。

立ち尽くしていたセオがしゃがみ、両手を伸ばす。
掃除をしてくれるのかと、結局甘えようとしている自分に嫌気がさす。

「ハル、違うんだ。俺のハル」

セオの手は僕の隣を通り過ぎて、背中に回された。

「…その外出着は、やはりゴツゴツして当たると痛いね」

気付かないフリをする僕を、セオはただ抱き締めた。
花の香りが、また通り過ぎた。
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