吸血鬼公爵の籠の鳥

江多之折(エタノール)

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9.舞台の観覧


そんなに得意では無いが、生命に関わる程の弱点では無いと太陽の光については言っていた。
そんなウォルターが、太陽の光に照らされた時、心地よい暖かさだと感じた自分とは違って「焼かれるようだ」と呟いて帽子を深く被った様子が、
何故だか自分とは別次元の人だと実感して同時に胸がチクリと痛んだ。

さて。馬車の中だというのにどうして膝の上に居るのだろうという疑問は早々にかなぐり捨ててレナードは久しぶりの外の風景を馬車の中から眺める。

陽の光は好きでは無いし、体質的に夜型だから馬車の窓もカーテンを下ろして寝て過ごそうかと予定していたウォルターだったが、
久しぶりの外に目を輝かせたレナードを見て考えを改め、多少寝ないところで体調に影響もないのでレナードを抱いて馬車の旅を楽しむことにした。

ちなみにルルとララは留守番をさせている。
公爵家の使用人は確かに少ないが、別に全く居ない訳では無い。
公爵家からは少し離れた場所に専用の馬舎もあるし、時折屋敷の手入れに入ったりルルとララでは対応が難しい事柄を対処する人材も居る。医者もそうだ。

レナードの存在を知られる事を避けるべく、意図的に使用人達を遠ざけた事で今は普段よりルルとララに負担がかかっているが
本人達がレナードを慕っているので問題に思ってなさそうではある。

そうしてウォルター達はただ馬車に揺られて王宮に向かっていたが、そろそろ街に入ろうという時になってレナードが外を見たままぽつりと口火を切った。

「ウォルター様。」
「なんだ?」
「世間では、私の存在はどうなっていますか?」

公爵家に来てから、レナードが初めて触れた話題だ。

「あー…旅行中に失踪、現在も捜索中と子爵が情報を流している」
「旅行中…」

なるほど、と納得したような呟きの後に「成人しても一切社交界に顔を出さない引きこもりとされていたから旅行は少し無理がありそうですね」と笑ってウォルターの方へ顔を向けた事で、互いの顔の距離がかなり近いものとなった。

レナードは気にならないらしく、笑顔のまま再び窓の外へと顔を向けようとしたので、
それが気に食わないウォルターに顎を掴まれてしまう。

キョトンとして静止するレナードの唇を容赦なく奪い、舌を侵入までさせてきたものだから馬車の中とはいえ破廉恥すぎるだとか、流石にこれは餌に対しての距離感では無いとか、ルルに聞かせたら今更だと言われそうな事を頭の中でグルグルと巡らせて抵抗も出来ずただ翻弄される。

最後に舌を啜って唇を離し、艶めいた己の唇をペロリと舐めて満足気に笑うウォルターと、
呼吸の仕方さえ忘れていて、息を切らしてなにが起こったのかと自分の口を手で覆って状況の把握に務めるレナードが
しばらく視線を合わせていたら馬車の速度が明らかに落ちたので、ウォルターは仮面をレナードの目元に装着した。

「王都に着いたようだ。お前は仮面をつけた所で滲み出る気品は隠せないだろう。
それでいて従者と身分を低く偽っている以上、誰彼構わず近付けばこうして唇を奪われる事態も有り得るからな。俺から離れず、他の者には一切近付くな」
「……はい」

この濃厚な口付けは警告の意味だったのかと理解したレナードは、仮面を付けたことで赤くなった顔を見られずに済む事に心の底から感謝した。

勿論、口付けはウォルターの私利私欲である。







王宮にある広々とした謁見の間。
此処では王族立ち会いの元で行われる発表や催し物、時には重大な罪を犯した貴族を罰する場として使われる。

夜会でしか現れない上にそこまで社交に積極的では無いが、その美貌は女であれば傾国の美女と謳われていただろうと噂の中心人物であるウォルター・ノルドクヴィスト公爵が
召集命令とはいえ昼に現れた物珍しさに、人々のヒソヒソとした声や感嘆の溜息が絶え間なく聴こえてくる。
当の本人は連れて来た仮面の従者に「疲れたか?」「椅子を持ってこさせるか」など小声で語り掛けてばかり居て周囲の声など一切届いていない。

「大丈夫です」「ウォルター様、従者は座りません」と従者に扮しているレナードも反論しているがウォルターの心配は尽きない。
最初こそバレないかと内心そわそわしていたレナードだが、ウォルターはこの調子だし王宮から許可を得ている記者などもその場に来ているので大丈夫そうだと持ち直した。
しばらく各々雑談しながら待っているとどこからが鐘の音が聞こえ、近衛騎士が鎧をガチャガチャと鳴らしながら入場し、続いて国王と王妃が姿を現した。

「チッ…待たせすぎだ」
「ウォルター様、誰かに聞かれては危険ですから」

貴族達が一斉に最敬礼で膝を付く。ウォルター達も最敬礼をしているが発言が危うすぎてレナードはハラハラしていた。
国王が玉座に腰をかけ、楽にするよう声を掛けたことで貴族達は一斉に立ち上がる。レナードは少しだけよろめきそうになったがさりげなくウォルターが助けて事なきを得た。

「───此度の緊急召集、ご苦労であった。貴族階級の根幹を揺るがす問題が発覚し、それを正す為に諸君らを呼び寄せた。罪人を此処に」

国王の威厳のある声が謁見の間に響き渡る。
内容が内容だけに立ち会った貴族達は戸惑いを隠せずざわめきだしたが、騎士に連れられて来たデュジー子爵夫妻を見て察した者も居るらしい。

様々な憶測が飛び交う中、久しぶりに夫妻を見たレナードは
肥え太った子爵の腹が減っていて服のサイズが合わなくなっているなとか、
夫人はいつも濃すぎる化粧と大量の宝石を身に着けて豪奢な装いをしていたのに今は化粧もしていなければ宝石ひとつ身に付けていない、ドレスだけは所有していた華やか且つ豪華なフリルに囲まれていてなんともアンバランスだとか。

ふた月近く離れていたからだろうか、特に感情は揺さぶられないなと妙に冷めた気分で玉座の前に佇む二人を眺めていた。
続いて国王の側近である宰相が大量の紙の束を持って現れ、静かにするよう手で制して集まった貴族らがそれに倣ったことで話を始める。

「ここに居るデュジー子爵夫妻はインノチェンティ侯爵が夫人と共に早世した事で当時7歳のレナード・インノチェンティの後継人となり、
侯爵家を我が物として財産を食い潰したばかりか14年に渡り虐待を繰り返し、日常的に服毒させ衰弱させた。
それがこの書状…レナード・インノチェンティからの告訴状に書かれている。」

宰相が持つ告訴状に貴族達のざわめきは一層大きなものとなった。子爵が泡を食って国王に駆け寄ろうとするのを騎士が阻止し、それでも尚暴れながら必死の弁明を試みる。

「その告訴状は嘘です!!レナードは社交を嫌う臆病者で元々身体も弱く、領地の経営も全て私がやっていました!」
「黙れ。調べはついている。レナード・インノチェンティによると使用人は全て子爵の息がかかったものに入れ替えられたとあるから全ての使用人から事実を確認し、インノチェンティ領の帳簿や市政状況も調べたが、全ての書類の筆跡がこの告訴状と一致していた。」
「ぐっ…」
「レナード・インノチェンティは自らが成人した事で子爵夫妻に命を奪われる可能性を危惧し、
秘密裏にこの告訴状と共にインノチェンティ領の領土、共に領主権を国に讓渡する事を宣言した文書を王宮に届けてきたのだ。
届けに来た男は、前インノチェンティ公爵の側近であり王宮とも関わりが深く、信憑性も高い。」
「あの…裏切り者が…」

(そんな悔しそうな顔をして…はしたない)

ざわめきが再び大きなものとなる。
レナードにはこの結果が分かりきったものだったのでただ静かに子爵の反応を眺めるだけだった。
夫人は真っ青な顔色で「嘘よ、嘘よ」と首を振って現実を拒否したがっている。揃いも揃ってレナードに内面を表に出すなと教育してきていたのにコレだ。
そんな二人に侮蔑の目を向けた宰相はひとつ咳払いをして、再び紙束に目を向けた。

「…えー、レナード・インノチェンティだが…毒による喉の損傷を治療するべくインノチェンティから王都へ向かっている最中に失踪、
生死不明となっており二ヶ月経過した現在は生還は絶望的となっている…
子爵は領地こそ無いが薬剤を中心とした商会を所有しており、継続的な毒の入手はそこから来ていると調べもついた。

子爵が高位貴族であるレナード小侯爵を虐げ、私利私欲で侯爵領の私財を食い潰した罪は極めて重いものである。
決死の思いで領主権の讓渡を嘆願するこの封書を送り出したレナード小侯爵は、最後にこう綴っていた。

"もしも私が王都に辿り着く事が叶わず、陛下に直接この惨状を報告する事が出来なかった場合、
全ての沙汰を陛下に委ねる事をお許し下さい。そして叶うならば、デュジー子爵夫妻には私が受けた苦痛と同等の毒によって裁かれる事を願います。"と」


最後の”毒”のひと言でドクンと心臓が跳ねた。ちゃんと全ての要求を聞いてくれる姿勢で安心した。
そしてここに来て、言葉を聞けて良かった。宰相は一言一句、レナードの書状を偽ること無く公表してくれた。
レナードは僅かに震える己の身体を抱き締め、しっかりと目に焼き付けるように子爵を見つめる。 

「なんと痛ましい」「子爵の分際で」そんな言葉があちこちから飛び交い、
言い逃れが出来ないと悟った子爵の謝罪混じりの叫び、夫に全ての罪を擦り付けようと弁明する子爵夫人の叫びまで耳に届いたウォルターは聞くに絶えないなと静かに隣に立つレナードを伺い見た。そして

「───あぁ、ウォルター様」

見た事がない程に口角が上がり、仮面に半分隠された頬が薄らと色付いているのを見て思わず仮面を外してしまったウォルターに、
レナードは咎める事はなく湿った息を小さく吐いて、自分よりも上の位置にある顔に向かってまるで見せつけるように惜しげも無く感情を向ける。

潤んだ瞳は憎悪に煌めき、ゾッとする程に冷たい目をしているのに表情はまさに恍惚という言葉がぴたりと当てはまる。

反対に息を飲むウォルターに、ゆったりと口を開きレナードはこう告げた。


「なんて素晴らしいひと時でしょうか。
私が、何年もかけて準備をした舞台が、目の前でようやく完成しました。」

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