添い遂げない。でも死ぬまで共に。

江多之折(エタノール)

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本編

13.守れるもの

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神子が自死を選んだと聞いて、私自身の無力さを実感した。

白い布に包まれた姿しか見た事のない神子は、どのような人間だったのだろうか。
それを知ることはなく、死んだ後も私は関わる事を許されず、せめて安らかに眠れたらと祈る事しか出来なかった。

──予想外だったのは、父ではなく弟のアレクシスが神子に深く関わるうちに恋心を抱いていたと知った事だ。
幼い子供だと思っていた弟は、気付かぬうちに心も育っていた。






「アレクシス」

いつから、一緒に勉強をしなくなったか。
アレクシスが勉強をする部屋は書物が大量に積み重なり、王族の部屋とは思えない程に散らかっている。
ぎっしりと書き込まれた紙がひらりと机から落ちても、アレクシスは拾わない。気付いていないのだ。

小さな背中は呼び掛けに何も反応せず、ただペンを動かしている。
第二妃の焦りが小さな弟の自我を奪う。その姿は、かつての自分と重なって見えた。

「…アレク」
「……兄上、こんにちは。ごめんなさい、今日中にこの課題を終えなくてはならなくて、時間がないです」

10歳の子供とは思えない痩せこけた顔が、無理やり作る笑顔は痛々しかった。
今までは安全で、愛されていると思っていた環境がひっくり返されたアレクシスは、死んだように淡々と生きている。

(なんて、無力な)

それでも私が手を出すことは、まだ出来ない。アレクシスに変化があれば、第二妃がすかさず動き出す。
この子を王にする為に。その裏で自分が全ての実権を握れるようにと、私とずっと争っているから。


「……夜は、寝るように」
「…」

聞こえていないのか、アレクシスは机に向かったまま微動だにしない。
私は背を向け、誰にも気付かぬうちにその場を去った。

(神子どころか、アレクシスも守れなかった)

頻繁に会えなくなっても、大切である事に違いはなかった。
それなのに、第二妃の子だからと心のどこかで遠ざけていたのかもしれない。情報が漏れないようにと自分に言い訳をして
ただ、目を逸らしていた。







「……なんだ。もう用はないだろう」

すっかりつまらない毎日に戻ったと言わんばかりの父は、今日も書類のない執務机に肘をついて私をじろりと見た。

「どうして神子にこだわるのですか」
「…お前には関係のない話だが……いや、関係はあるか。お前もどうせ、妃を迎え入れるだろう。」
「レヴァン侯爵家のセレーネ嬢とは問題なく婚約関係を継続しています。」
「ふん。…だがそこに、情はない」

何を言いたいのか、考えた。
政略結婚は王族にとって義務のようなものだ。情など考えても、仕方のない話だ。

「サクラは…美しい女だった。」

先代の神子の名を、父の口から初めて聞いた。

「かつて、神子に役割というものがあって召喚されていたと聞いていたが、見知らぬ世界に怯え泣くサクラを哀れに思った。」
「…それで閉じ込めたのですか」
「なんだ。覚えているのか」

相変わらずつまらなそうにしている父は、どこか遠くを見ている。

「俺には兄弟がいない。生まれながらに王太子であり、王だ。」

それも知っている。王族の歴史は全て履修しているから。
なかなか授かれなかった先王が歳老いてから生まれた子。
大層大事にされたが、先王の崩御も早く成人を前に戴冠した。

「俺に頭を垂れ、媚びを売るものは多かったが…真正面から感情をぶつけるのはサクラが初めてだった。」

あまり、気付きたくないと思っていた事を認める時が来てしまった。
父は先代の神子を、愛していたのだと。

「大切にしたつもりだった。俺には力があり、財がある。サクラの望む物は全て与えられる。…それでもサクラは泣き叫び、戻りたいと願った」

父は、人の愛し方を知らなかったのだ。
私にはヴィルヘルムがいた。父と母に愛されずとも、守りたい存在がいた。
私と父の差は、それだけだったのかもしれない。

「……サクラを帰してやろうと、方法を探させた。この国で最も力ある俺には出来ない事は無いと、その時まで思っていたが、方法を見つける事は出来なかった。
───サクラは壊れ、俺は殺した。」
「…何故」
「可哀想ではないか。壊れた者は処分されるか、生涯幽閉されるだけだ。当然だろう」

過ぎ去った事は、元に戻らない。今、どれだけ知恵を絞ろうと記録に干渉は出来ない。サクラも、今代の神子も、命を落としたのだ。


「神子は、世界を超越した存在だ。戻って来るかと思ったが…別のモノが送り込まれた。サクラは戻らないのだ。」

ならば、今代は私に任せてくれたら良かったではないか。どうしてそこまで第二妃に肩入れするのか。

「ランスロット、俺の王冠が欲しいか」
「……その為に私は生きています」
「こんな物が、欲しいか。」

ギィ、と椅子がきしみ、父は立ち上がったが私に近寄る事はなかった。

「邪悪な女だが、第二妃は俺の欲を満たしてくれる、いい女だ。
…俺は、この国を守らねばならぬ。そう決められた生涯だ。だが一方で、このようなつまらぬ世界に何が必要か考える事がある」
「……」
「ランスロット、俺はこの冠を手放さん。この冠が俺だからだ。
欲しいならば、奪いに来るがいい。」
「…」

私に背中を向ける父に、私も背中を向けて歩き出した。
近いうちに、向き合うことになるだろう。どうしても避けられないだろう。
王位を譲らないことが、父なりの愛情だったのだ。愛し方を知らない父なりに、世界を嫌い、人を愛そうと努力していたのだ。



「…討ちます。必ず」


それが、私達親子の在り方だと言うのなら。
つまらない王冠モノだろうと、私が大切なものを守る為ならば。




────そうして、始まったのだ。

生死をかけた親子喧嘩が。
それは、私とヴィルヘルムの関係の終わりも意味していた。
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