こんにちは、付喪神です。

江多之折(エタノール)

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7.思い出したこと



そうだ。この優しい手だ。
セイイチの手を掴んでじっと見る。この手が僕を救ったんだって確信した。


「───セイイチだ」
「…ツクモ?」
「僕、たぬきだったんだ!」

さっきとは違うドキドキで胸がいっぱいになる。
何を言っているんだ、って表情のセイイチの顔を両手で挟んだ。

「セイイチ、僕が死ぬ前に頭撫でてくれたよね?もっと幸せになれるように、ちゃんと生まれ変われよって埋めてくれた!」
「………狸、か」

セイイチの目が見開いた。やっぱり、心当たりあるみたい。
僕は人形じゃなくて、狸だったんだ!
ひとつ思い出せば、記憶が一気に溢れるように僕の頭の中をいっぱいにした。







───住宅街で細々と生きる僕は、本格的に寒くなってきた冬を前に、飢えに耐えながら食べ物を探し歩いていた。
ゴミを漁っては見つかって逃げる生活。僕は仲間達よりも足が遅くて、逃げ遅れて石を投げられたり棒で叩かれたりしやすかった。

どうしてもご飯にありつきたくて、ゴミを漁って、やっぱり怒られて。必死に逃げたけどもう限界で。
人が滅多に来ない神社で命の終わりを感じて横たわっていたんだ。

「……狸」

人間の声は聞こえたけど、僕にはもう逃げる力もなくて。どうせ死ぬから、もうどうでもいいやって動かなかった。

「お前、なんでこんなところにいるんだよ。そんな痩せ細って…こんな住宅街の中にある神社に飯なんてあるわけないだろ」

知ってるよ。でも僕が生まれた場所はここなんだ。ここ以外を知らないから、どこにも行けないし、弱い個体は生き延びられない。それだけだ。

──もうほっといて。人間なんて、嫌いだ。

そう思って無視してたのに、優しい手が僕を撫でてくれたんだ。

「つらいな、悲しいな。…俺には助けられない。ごめんな」

僕に優しくしてくれる人間がいるなんて思わなかった。僕の心を気にしてくれる人間に初めて出会えた。
最後の力を振り絞って、キュウって鳴いたら「お前、可愛いな」って小さく笑ってくれて。

困ったな、これじゃ人間を嫌いって言っても嘘になるじゃないかって。
短い一生で、たった一回のやりとりだけど。最後の最後だけ、幸せな気持ちで僕は眠ったんだ。






「……で、死んだ後の僕はずっとセイイチを見てたんだ。仕事で毎日大変そうで、日に日に表情が暗くなってて、家はゴミ捨て場みたいで」
「ゴミ捨て場で悪かったな。」

人形から戻った僕は裸だったけど、思い出した事をすぐ話したくて布団を被ってセイイチと向き合っていた。

「片付けてあげたいな、助けたいなって思ってたらね、神様が天国に来ないと悪い霊になってしまうぞーって言いにきた」
「…そうか」

やっぱりまだ不安みたい。セイイチが布団にくるまった僕を抱き寄せた。でもまだ話は終わってない。

「それでね、神様も人間の姿してたから…やーだ!って逃げて」
「……」
「逃げ回って袋に入ったら僕みたいな人形があって」
「………」
「えい!って飛び込んだら、人間になってた。」
「…………超展開だな。」

あれ?そうなると僕って、付喪神じゃなくて亡霊…?セイイチをずっと見てたなら背後霊って線もある?
手の平をじっと見ると、セイイチがすかさず手を重ねて握ってきた。

「ツクモ。お前は付喪神だ。俺の人形に宿った神様だ。」
「へ?」
「俺はあの日、神社に恋人が欲しいって祈りに行った。そしたらツクモが来た。これは運命だろ。願いが叶えられたと思ったら嘘でしたーなんて許されるか?」
「…それは、ひどいかも」
「そうだろ。だから俺の願いを叶えるなら、一生ちゃんと恋人で居ないと」
「そうなのかなぁ」

なんか丸め込まれてる気がするけど。
まぁでも、セイイチが死ぬまで恋人でいられるならそれは嬉しいか。

「家事が出来るのは…なんでだろ?神様が何かしてくれたのかなぁ」
「そうだな。きっとそうだ。」

なんだかセイイチが鬼気迫るって感じでグイグイきて怖いな…と思ったら被ってた布団を剥がれた。寒い。
僕の鳥肌を見てすかさずエアコン付けたのは褒めたいけど、それにしたって僕だけ素っ裸なのは気になる。

「俺の為に、俺だけの為に天国に行くのもやめて来たんだよな」
「え、うん。そうだよ」
「俺を助けたいんだよな」
「うん、狸だけど、掃除は好きだよ?他の家事も…」
「ツクモは俺の恋人だな?」
「……恋人だよ。あんなことやこんなことしといて、これでやっぱセフレでーすって言ったら流石に」
「その知識インストールが神由来ってやべーな」
「確かに。」

あらぬところで神様に風評被害がいってる気がするけど、だって僕は狸だし。人間の知識そんなにないはずだし。
セイイチの言葉に説得力を感じ始めてたら、とても流れるように自然な動作で僕は横になっていた。

「せーいち、狸だけどいい?恋人のままで」
「なんでもいい。ツクモがいい。だから絶対に消えんな」
「…強欲。」

顔が近付いてくる。セイイチは本当にキスが好きだね。暇さえあればキスしてくるから僕もさすがに覚えたよ。…どう舌を動かせばいいか、とか

そっと目を閉じて、セイイチの舌を味わった。
恋人になるとは思ってなかったけど、神様に願うくらい寂しかったなら、それも助けてるって言えるんじゃないかな。

「…ツクモ、愛してるんだ。ずっと、ずっと消えないでくれ」
「僕はセイイチの為に付喪神になったんだよ?セイイチが求める限り、そばにいるよ」

ふ、と笑うと、セイイチは何故だか泣きそうな顔をしていた。
セイイチが行かないでって言うなら、天国には行かないってば。
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