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対外的にラピスが発見された時、大騒ぎだったのは俺たちよりも周囲のほうだった。
何せ、居なくなって時間が経ち、死んだかもしれないと言われていた人間がひょっこり姿を現した挙げ句、一時は記憶喪失になっており、その間に知り合った相手を番として連れてきたのだ。
事態の収拾のために一時実家に帰った俺は、両親が叫び声を上げる姿を初めて見たし、ラピスの家なんかは本人が『いま自分が何してるか分かんない』と言い出すような大騒動だったらしい。
とはいえ、番関係については両家とも諸手を挙げて喜んでいた。
「────俺も山中での研究は概ね終わってたしさ。正式に実家に戻ろうかなぁって思ってるとこ」
実家である屋敷の自室で、俺はラピスと通信魔術越しに会話をすることが多くなった。それぞれの領地は遠く、別れてからは顔も見ていない。
魔術越しに元同居人の声がするのが気になるのか、実験小屋から引っ付いてきた妖精は俺の肩の上で耳を澄ませている。
妖精は実験小屋棲みという縛りがあると思っていたが、今は例のお絵かき小箱を家と定めているそうだ。
『じゃあ僕のとこおいでよ。両親が敷地内の建物を一つくれるらしいし。一緒に住もうよ……!』
「ほんと豪勢だなお前んとこ。でも早いだろ。そういうのは」
『ぜんぜん早くないって! 僕、毎日コノシェに会いたくて死にそうなんだよ……?』
嘘っぱちだと分かっていながらも、一度命の危機に瀕している人間に言われると言葉に迷ってしまう。
あー、と言葉を濁らせ、手元に広げていた手帳を見る。
「その件で、少し相談したい事があったんだが」
『なに?』
「婚約の日取り。来月って話もらってたけど、早めらんない?」
『無理すればいけるけど、なんで?』
「…………発情期、の時期。……婚約後のほうがいいかな、って、思った」
向こうの声は完全に無音になり、言いたいことが伝わったらしいことを察する。まだ俺の項は綺麗なもので、発情期は他のアルファを誘う余地が残されている。
つまりは、早くお前だけの存在にしてくれ、と強請っている訳だ。
『……婚約できたら。発情期、一緒に過ごしてくれるの?』
「一緒に過ごすだけでいいのか?」
『項咬ませて……! それで、番になりたいです!』
素直な、疑いようもない言葉につい口から笑いが漏れる。肩の上でご機嫌に踊っている妖精を摘まみ上げ、机の上に逃がした。
「うん、俺も。だからさ、婚約、早めてくれない?」
『分かった!』
別れの言葉もそこそこに通信魔術が閉じられ、どうなることやら、と両腕を伸ばす。間に合わなくても構わなかったが、つい甘えたくなってしまった。
その後、互いの両親を最大限に巻き込むことに成功したラピスは、発情期が近づいた俺を自分の屋敷へ招くことにも、まんまと成功するのだった。
ラピスの両親は本人に似て、穏やかで感じのいい二人だった。
彼を助けたことについて、ひどく感謝され、変人の巣窟と揶揄される魔術一族の人間に対しても、構える様子なく接してくれた。
息子と同じように魔術の心得は全くないそうで、領地内の魔術的な課題を軽く聞くことにもなった。しばらくは、研究から領地運営の補助に、興味の先が移るかもしれない。
「────この建物って。領主が住む家じゃないんだよな?」
「うん。領主はいずれ兄が継ぐから、あっちの屋敷よりは小さいよ」
「にしても、いい建物じゃないか。よくもぽんとくれたな」
「僕を助けてくれた人だし、外向きにもモーリッツ一族って魔術の名門だしね。コノシェに息子が見限られたら可哀想、って思ってるみたい」
俺が疑わしげに眉根を寄せると、ラピスはけらけらと笑った。肩を抱かれ、頭を押しつけられる。
荷物を運んだばかりのこの建物は、これからの俺の拠点でもある。それにしては実験小屋の広さに慣れていると、立派な造りで気が引けた。
「まあ。いい働きができるよう頑張ってみるよ、せっかく家族になるんだし」
「べつに、家出しないでくれたらいいよ」
「そっちは約束できない」
「そんなぁ……」
俺はラピスに風呂の場所を確認し、汗を流したいと申し出る。婚約を前倒しにはしたのだが、そもそも俺の発情期まで日がなさ過ぎた。
滑り込みには成功したものの、体調も、そろそろ相手の鼻で分かりそうな程度には変化している。
「僕、匂いを流してほしくないなぁ」
「俺が嫌なんだよ。いつお前を寝台に引っ張り込むかどうか……」
「今すぐでも大歓迎だよ……!」
抱きつこうとしてくる顔を押しやり、脱衣所へ入る。すぐに追いかけてきた男もそれに続いた。
「コノシェ。身体洗ってあげようか?」
「いいぞ。股の間までじっくり、しっぽりな」
「………………そっちは、後でにしようか」
ぐだぐだ何事か言っている男は身体を洗う間、指一本たりとも触れてくることはなく、身体はさっぱりしたものの焦らされているような心地だった。
魔術で髪の水気を飛ばし、持ち込んだ薄い寝間着を纏う。
事故が怖い、と使用人は建物へ入れないように言ってある。黙って結界も展開している。
白い布地は肌の色が透けるような代物だったが、目の前で頬を赤らめている男以外に見る者はいなかった。
「コノシェ……それ、その。服、は」
「本来の意味での、寝る、用途に適さない服。こういうの、やらしくて気分上がんない?」
「いやらしくて凄くいい。用意してくれて嬉しいです」
「そりゃよかった」
そわそわしている男の視線は、無意識に薄布越しの肌を這う。平然を装っているが、俺はどうやってこの男を寝台に引き込むか算段していた。
互いの間を、妙な無言が過ぎていく。
「お腹、空いてない?」
「べつに」
一度、居間に戻るべきだろうか。今から直ぐ寝室へ行こう、と言ったら幻滅されてしまうんだろうか。
頭の中ではいくらでも理性が巡るのに、俺の腕は自然と持ち上がり、相手の首に縋り付いていた。
「なあ、ラピス」
「…………なに」
持ち上げた太股を、相手の股の間に擦り付ける。温度と感触を変えたそれに、心の中でほくそ笑む。
「今すぐ、俺を番にしたくない?」
「したいに決まってるでしょ……!」
叫ぶように言うと、腕が掴まれる。そのまま引き上げるように抱かれ、俺の脚は空中に浮いた。
「ひぇ……!?」
「暴れないでね。落としちゃうよ」
体格差はあれど、力の差まであるとは思わなかった。俺は小動物のように抱かれ、彼はそのまま廊下を大股で移動していく。
辿り着いた先にあったのは、一つの扉だ。抱え直して手を空け、扉が開かれると、広がっていたのは寝室だった。
広い室内の中に、圧迫感のある寝台が鎮座している。視界に入った瞬間、ひゅっと息を呑んだ。
長い脚が部屋を横切り、寝台へと身体が下ろされる。
「発情期って、こんなに一気に変化するものなんだね。急に誘われてびっくりしちゃった」
両肩に手が置かれ、額に唇を寄せられる。ちゅ、と軽く触れ、離れた。
「誘ってる、か……?」
「意識してないんだ……。ほんと、よく今まで無事だったね」
彼は寝台に腰掛けると、俺の首に腕を回す。近寄ってきた唇を、今度は目を閉じて受け入れた。
唇を舐められ、僅かに開くと舌先で押し入られる。慣れないながら受け止めていると、楽しげに口内を舐られる。
「…………っ、く。……ふ、ぁ。……ん」
声が漏れてしまうと、更に深く舌が押し入った。
性急な侵入に戸惑いつつも、控えめに舌で受け止め、接触を重ねる。息苦しさを覚え始めた頃に、唇が離れていった。
相手の手が、誘われるままに襟元へと伸びる。
「脱がす前に、ちょっと待ってな」
ラピスの唇に指先を当て、小声で呪文を紡ぐ。発動した光は俺の身体に集束し、溶けるように消えていった。
急なお預けを食らった男は、きょとんとその様子を見ている。
「魔術?」
「ん。身体の内部を整えて、傷つかないようにな」
「あぁ、そっか。僕も使いそうなものは用意したんだけど」
彼は少し照れた様子でそう言うと、寝台の近くにある机に手を伸ばし、中から瓶を取り出す。中身はとろりとした液体で、軽く振ると遅れて動いた。
「いや、助かるよ。多分、これ使った方がお前も気持ちいいだろうしな」
腕を伸ばして頭を撫でると、ラピスはこくんと頷く。
僅かな、そして微妙な間が空いた。止まれ、と言ってしまったものだから、向こうも手を出しあぐねているのだろう。
自らの服に手を掛け、釦をゆっくりと外していく。服が揺れるたび、隠れていた白い肌が覗いた。
痛いほどの視線に、唇が持ち上がる。釦を外し終えた服が肩から滑り落ちた。
「見てて、面白い身体でもないだろうに」
「……触っていいの」
「どうぞ?」
掌が持ち上がり、首筋へと触れた。
相手の息は荒れており、落ち着けようと呼吸をする度に更に酷くなっていく。俺も同じだった、広い寝室であれど、この部屋はアルファの匂いで満ちている。
今、フェロモンを制御できている気が全くしなかった。
「咬みたいな。……はやく」
そう呟き、顔が傾ぐ。首の側面に唇が触れ、軽く牙が立てられる。
刹那、感じたのは痛みではなかった。もっと深く噛み付かれたい、と溢れ出るような欲が身体を満たした。
「……っ、あ」
歯を立てたことを詫びるように、舌先が首の皮膚を舐める。唾液越しに馴染む魔力が身体を伝い、自らの波を乱していった。
匂いを付け、痕を残し、項以外にも牙を伝わせる。番だと覚え込まされるように、執拗に接触を繰り返す。
「首、くすぐってえよ」
相手の肩に丸い爪を立てると、ようやく顔を起こした。つまらなさそうにしている男に向かい合うように膝を立て、肩に腕を置く。
キスを強請ると、容易く捕まってくれた。
「────ん、なぁ。お前の匂い、すげえな。他の匂い、分かんなくなった」
「コノシェの所為でしょ……! 気を抜くと合意なく噛み付きそうで怖いくらいだよ」
男の指が胸の突起へ伸び、つんと尖っているそこを押し潰す。
むずむずとした馴染みのない感覚に、くっと息だけが漏れる。俺の反応を見上げたラピスは、楽しそうに口の端を持ち上げた。
「乳首も、いずれ気持ちよくなってくれるかなぁ……?」
「な……、ん、のかもしれない、けど。いまは、くすぐってぇ……」
指先が先端を摘まみ上げ、くい、と引いて放す。じんとした感触に匂いが混ざって、身体の芯が痺れた。
片方の胸を弄っていた指が離れると、視界の端で舌が伸ばされるのが見えた。押しのける前に、ぬるりとした感触が伝う。
「ひ、ン……うあ。……それ。や、かも…………」
見上げてくる青の目には、愉悦の光が宿っていた。昏い光は瞳の輪郭を滲ませ、理性を溶かして漏れ出している。
まだ舌の感触を知らなかった方にもしゃぶりつかれ、強く吸い上げられる。繰り返されたら、性の味を覚えてしまいそうだった。
制止の方法を考えていたとき、目の前に彼の耳が覗く。体温で色を変えているそれを、かぷりと甘噛みした。
「コノ、シェ。……っ!?」
ねろりと舌を這わせると、相手は胸から顔を持ち上げる。ちゅうちゅうとしゃぶっていると、流石に引き剥がされた。
唇を尖らせ、相手の寝間着に手を掛ける。力尽くで引き抜こうとすると、向こうが譲って腕を抜いてくれた。
相手の首筋から胸元へと唇を伝わせ、鎖骨の横を吸い上げる。巧く痕には残らないそれが、愛おしく指先で撫で摩った。
「…………っ」
胸元から腹にかけて、身体を倒してキスを繰り返す。盛り上がった筋肉の感触が物珍しく、指先で辿って、唇で知った。
時おり、びくりと相手の身体が揺れ、その度に口の端が満足げに持ち上がってしまう。
「下。触りてえ」
布越しに一物を撫でるが、戸惑うように瞳が揺れるばかりだ。答えを聞く前に服に手を掛けると、諦めたように腰を浮かせてくれた。
中からまろび出た物体に指先を這わせる。ひくん、と動くそれがかわいらしく思えた。
「コノシェの服も、脱いでくれる?」
「ん」
素直に自分の下の服を脱ぎ落とし、相手の目の前に晒す。体格相応のそこに、男の視線が突き刺さった。
あんまりにも見つめられると、流石に気恥ずかしく、太股を擦り合わせてしまう。
「僕のを触るには積極的なのに、自分の方は照れるんだね」
「そりゃそうだろ」
相手のぶつをむんずと掴み、近くにあった小瓶の中身を垂らす。ねっとりと広がった液体を擦りつけると、呻き声と共に、相手の肩が揺れた。
むっとしたように唇を閉ざすと、彼も自分の指に液体を擦りつける。同じように前に伸びるかと思った手が、背後に回った。
「は!? …………う、ぇえ……っ、ン」
「ごめん。あとで前は触るから」
「な、ん……ッ。後ろ……!?」
「僕、もう暴発するかも……!」
「しろよ!」
谷間を辿った指が、一番深い窪みへと辿り着く。肉輪に指先を当て、粘り気のある液体の力を借りて滑り込んできた。
ひ、と声が漏れる。粘膜は魔術で守られているが、感触を隔てる術はない。俺の手からは彼の肉棒が転がり出て、相手の身体に倒れ込む形になる。
「……あ、え。…………うぁ、あ」
「お尻触られるの、弱い?」
「尻触られて、平然としてる人間がいてたまるか……、ァ!」
ぬくぬくと指は内部を暴き、奥へ奥へと進んでいく。傷つく事がない魔術の効果は実体験できたが、いっそ、癖になってしまいそうだ。
トン、と内側から叩かれると、疼くような悦さが伝ってくる。身体を震わせ、その場所に弱いと知られてしまった。
「ここ。悦いの?」
「…………ん、う」
「そっか。気持ちよくなれちゃったね」
指の腹でそこを撫で回されると、腹の奥からずくずくしたものがこみ上げてくる。前を触れるのとは別種の感覚に、目を白黒させて固まった。
嬌声が混ざったような呼吸を繰り返し、アルファと繋がれるようになるまで延々と下地を整えられた。
「────っ、ふ」
指が抜き去られると、喪失感に身体を震わせる。彼は俺を寝台に押し倒すと、顔を近づけるようにのし掛かってくる。
息を荒らげているのはお互い様だ。余裕のない眼差しが、ぎりぎりと目の表面を焼いた。
「……項、見せて?」
いちど許したら、この男に人生ごと番わされる。俺の鼻は、他者の匂いを拾えなくなってしまう。
それなのに、提示される選択肢がひどく甘美に映った。
首の裏を覆っている髪を払い、身体の向きを変えて相手へと背を向ける。ラピスの視線の先には、噛みつくべき場所が見えていることだろう。
背に相手の体重が掛かった。項に柔らかく、濡れた感触が伝った。
「……う、あ」
腰が掴まれ、狭間に濡れたものが押し当てられる。瓶の蓋を開ける音がして、中身が結合部へ垂らされた。
ぬちぬちと水気のある音がして、縁に何度も膨らんだものが当たる。焦らされるような動きに、膝でシーツを掻いた。
「やっと、僕の…………!」
くぷん、と先端が輪を潜る。圧迫感を息で逃がそうとしても、反射的にそれを食い締めてしまう。
「う、あ。…………あ、ぁ」
太い竿が、ぬる、と縁を滑っていく。息苦しさに呼吸をするたび、相手のフェロモンに身を狂わされる。
誘っているのは自分か相手か、最早わからなくなり果てていた。
「……ふ、う。…………ン、ぁ」
「うぁ。まだ、奥いける……?」
「き、くな……!」
苛立ち混じりに尻を相手の腰に押しつけると、重たい質量が腹を小突く。息苦しい筈なのに、躰は男根をしゃぶり、新しい快楽に慣れ始めている。
呆れたように背後から息が吐かれ、一度引いた膨らみが、改めて襞を掻き分ける。
「あ──! あ、ッひ…………ンぁ、あ」
「……ふっ、く。もうちょっと、で」
「────く、……っあ。だ、め。ン……あ、あぁぁッ!」
奥の柔らかい場所へ亀頭が填まり、ゆったりと腰が揺らされる。膨らみは引き抜かれることなく、体液越しに魔力が混ざっていく。
触られていない筈の半身すら形を変え、ぼたぼたと寝台の上に滴を零した。
「奥。さわられるの……、好き?」
「ン、あ。……ぁ、ッ。す、き。……イ、っく」
「コノシェのここ。トン、……ってすると、ぎゅってしてくれるよ」
囁かれた言葉を裏付けるように軽く小突かれ、肉竿全体を引き絞る。ひぐ、と濁った声ばかりが漏れ、揺らされる度に啼いた。
ずっ、と引かれ、大きく突き上げる。奥へ届いた瘤で圧迫されると、特に刺激は尾を引いた。
「……や、ァだ。……も、魔力、呑ませな、……で、くれ────!」
「ン……。でも、僕、まだ達ってない、よ……?」
もっと濃いものが来る。純度の高い魔力を、粘膜に放たれる。
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「ね。……っ、コノシェ。僕、ここで達っていいの……?」
彼の掌が腹に押し当てられ、くっと指が腹を押す。
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焦れったく息を吐き、額を寝台へと押しつける。
「…………さっさと、出せよ」
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「じゃあ。遠慮、なく……ッ!」
「あ────! ッ、は……」
どちゅ、と勢いよく腰が叩き付けられ、ぐりんと曲がった瘤が柔らかい部分へと潜り込む。腹の中で煮えたぎったものを押さえつけるように、背後で喉が動く音がした。
首の後ろに、息がかかる。尖った歯が皮膚に食い込み、ぷつんと膜を破った。
「う、あ────く、っうう……ぁああああっぁぁッ!」
堪えていたものが容赦なく腹の内で吐き出され、薄い粘膜を押し上げる。純粋な魔力ごと含まされ、媚薬でも飲んだような心地だった。
前からは体液が垂れ、皮膚ごと寝台を汚している。吐精が終わるまで繋がりは解かれず、ゆるく揺らされ、言葉にならない声を漏らす。
絶頂と呼ぶには長い時間が過ぎた後、牙が引き抜かれた。寝台に崩れ落ち、シーツに頬を付ける
「ぎ、っつい…………」
違う魔力が身体を巡り、身の内を塗り替えていく。鼻先の届く匂いの感覚から、雑味に近いものが排除されていた。
「……ふ、う、…………なん、匂いの感じ、違う?」
「だな。……も、番か」
腕を伸ばし、相手の首筋を捕まえる。倒れ込むようにのし掛かってきた身体を、重い、と文句を言いながら受け止め、背に手を回す。
濃い匂いは薄れることなく、まだ熱は引かない。
「コノシェ。もう、僕以外を拾ったら駄目だからね」
「……時と場合による」
「もう……!」
耳元でやいのやいのと言っている番の顔を捕まえ、キスをする。
ちゅ、ちゅ、と無駄に繰り返しているうちに相手が黙りこくったのは良かったが、直ぐに二戦目に縺れ込まされて困った。
正式に実験小屋から私物が引き上げられ、俺と妖精はシュタイン家が用意した家に移り住むことになった。
どうやら新しい家には先住の妖精たちがいたらしく、五月蠅いのが一から、三にも四にも五にもなって、更にかしましい家と化している。
ラピスの妖精の声が聞こえる性質は、幼い頃から妖精と親しくしていた事を理由に育まれたのだと後に知った。
俺はシュタイン家の領地運営を魔術で補助しながら、魔術師の少ない屋敷で、細々とした魔術の相談を受ける日々を送っている。
「コノシェ。おやつ食べよう…………」
「おう。どうした? 疲れてるな」
執務室で書類に目を通していると、くたくたになったラピスが盆に載った菓子を運んでくる。
使用人に任せればいいだろうに、番になってから直ぐだからか、俺と他人をあまり会わせたがらない。
ラピスがいない時に使用人たちとは仲を深めてはいるが、番になったばかりなアルファの絶妙な面倒さを味わっているところだ。
「父上。僕が失踪してたあいだ休暇をいいことに『記憶を取り戻す努力もせず番候補といちゃいちゃしてた』って感覚みたいで、仕事どかどか降らせてくるんだよ……。ひどくない……?」
「ほぼほぼ正しいだろ」
『そうだそうだ。ずっといちゃいちゃしてたぞ』
俺だけでなく妖精にまで父の味方をされ、ラピスは肩を落とす。俺の前に菓子類を置き、妖精にも慣れた手付きでお零れを握らせた。
習慣的にお菓子を与えられる妖精の棲む屋敷は、今日も隅々まで綺麗に整っている。
「でもさ。記憶喪失になって拾ってくれた人が好みのオメガだったら、これは好機といちゃいちゃするでしょ……!?」
ラピスは隣に腰掛けると、カップに紅茶を注いだ。はい、とソーサーごと目の前に置かれ、俺は礼と共に口を付ける。
思っていたより、彼は出逢って直ぐに俺を番候補として見初めていたようだった。
「え。俺、親切心でお前を拾ったのに、お前はそんな助平心で接してたの……?」
「コノシェ。冗談か本気か分からない反応はやめてよ……」
「冗談だよ。……あんまりアルファと接してこなかったからな。オメガとして見られてる自覚なかったわ」
さくさくと焼き菓子を囓っていると、妖精の口からもばりばりと音がする。頬に付いた欠片を取ってやると、あ、と口を開ける。
ご所望通りに、欠片を口に放り込んだ。
「まあ。助平心はちょっとあったから……」
「あの時、正直ちんちん洗ってほしかった?」
「後からちょっとだけ……まあ」
「ふは。今日の風呂で洗ってやるよ」
耳元に唇を寄せ、ついでに咥えよっか、と提案すると、頬が一気に真っ赤になった。可愛らしい色になった頬に唇を寄せ、軽く触れて離れる。
やれやれ、と妖精は肩を竦め、俺の皿から焼き菓子を追加で拝借する。
『とりがないておるな』
「妖精の言う、鳥が鳴いてるな、ってやつさ。いちゃいちゃしやがって、みたいな意味か?」
『まあ。とりはつがうからな』
「遠回しな嫌味じゃねえか」
『”ちょくせつてきな”いやみだ』
相手の手元から焼き菓子を取り返すと、指先へとぽかぽかと抗議される。
既に囓られていた部分ごと割り、半分こにして与えると渋々納得した様子だった。食べ過ぎ妖精のぷくぷくにも限度がある、最近、膨らんだ腹回りが小さな服を押し上げているのが気になってしまうのだ。
「コノシェ。僕のぶん食べていいよ」
「ありがとな。最近、働き通しだから魔力消費も激しくて」
有難く番の菓子をもらい、のんびりと窓の外を眺めながらお茶会の時間を過ごす。
ラピスが記憶を取り戻し、周囲は目まぐるしく変わってしまった。だが、こういった時間が変わらずに在る事を思うと、じんわりと胸のあたりが温かくなってくる。
隣に座っていた番も、同じような事を考えていたようだ。
「いやぁ。僕、二回も近くに雷を食らってよく生きてたよね……」
「本当にな。でも、あの雷って神の手によるものだったから。…………何ていうか、逆にあの時に雷が落ちなかったら、結界が壊れなくて俺は朝まで目を覚まさなかっただろうし、体温が下がって危なかったかもな」
ああ、とラピスは呟き、目を見開いた。顎に指先を当て、空を指差す。
「つまり、神様が僕を助けるためにコノシェを呼んでくれた、ってこと?」
「実際、雷はお前に直撃しなかった。好意的に捉えれば、そうとも考えられるな、と思って」
怪我はしたし、酷い目にも遭ってはいるのだが、俺はラピスを拾わなければ雷管石に魔力を込めようとは思わなかった。
神官の言う『恋物語が好きな』神様なら、書いてくれそうな筋書きだ。
「そっか。本当に、僕たちって運命だったんだね……!」
きらきらと瞳を輝かせる番を、夢想が過ぎる、と一蹴してやることもできる。
ただ、今は、生涯に一度の巡り合わせを、彼と同じく運命という言葉で表してみたくなった。
「そうだな。お前が言うんなら、────運命なんじゃねえの?」
照れ隠しにカップを持ち上げ、唇を湿らせると、ソーサーを机に戻した瞬間を見計らって隣から抱き付かれる。
からからと気持ちのいい笑い声が木霊する、よき午後の一幕だった。
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「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
その首輪は、弟の牙でしか外せない。
ゆずまめ鯉
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養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。
第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。
初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。
「今すぐ部屋から出ろ!」
独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。
翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。
元ヤンオメガは平穏に生きたい!〜中華風異世界に転生したら、過保護な最強生徒会長に溺愛されて番にされました〜
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現代日本で喧嘩ばかりしていた不良の青年は、交通事故から子供をかばって命を落とした。
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これは、番から逃げたオメガが、
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*本編完結しました
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