魔術師さんは呪いに掛かった商人に恋人だと思い込まれている

さか【傘路さか】

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 翌日、朝から『ご隠居』に会いに馬車に乗り込み、移動を開始した。

 車内では朝食が美味しくて食べ過ぎた所為でうとうとしてしまったが、隣に座っていたクランツが律儀に支えてくれて事なきを得る。

 トリアン家の別荘は覚悟していたよりも近くにあった。手を借りて馬車を下りると、執事らしき男性が出迎えてくれる。

「こんにちは。カフマー商会のクランツです」

 今日のクランツは商談を兼ねているからか、依頼を持ち込んだときのような仕事服を着ている。白いシャツの上に羽織った柔らかい色味の上着も、皺になりづらい素材を使ったものだ。

 私は魔術師の正装、を言い訳にローブを纏っている。正直、こちらには服としての優劣があまり分からないのが有難いところだ。

「ようこそいらっしゃいました。お話は伺っております。馬車はこちらに」

 執事の指示で馬車は移動され、私たちは大きな門を通って屋敷へ向かうことになった。想像よりも立派な別荘に、つい歩き方もぎこちなくなってしまう。

 クランツは慣れた様子で、庭の植物について説明をしてくれた。

「よく来るの?」

「ううん。でも、ご隠居はお話が好きだから、庭の事はだいたい話してくれたよ」

 長い石畳を歩き、玄関の前に立つ。建物は異質なほどに白かった。木材を使っている箇所も、上から白く塗りつぶされている。

 多い緑の中に白が浮かび上がるようで、景観としては素敵だった。だが、あまりにも、それこそ神殿を思わせるような白への拘りようだった。

 執事の案内に従い、屋敷の中に入る。室内は外観とは打って変わって、暖かみのある色合いが多用されている。内と外の印象があまりにも違いすぎた。

 長い廊下を歩く途中、執事へと尋ねる。

「あの、外装は何故あれほど白に拘っているんですか?」

「ああ。この家には黒い犬の言い伝えがあるんです。おそらく出所は…………」

 執事はクランツに視線を向ける。向けられた方は、意外、とでも言いたげに自身を指差した。

 執事はその動作を見て、頷き返す。

「おそらく、カフマー家の倉庫からでしょう。ですから、黒い犬避け、とでもいいますか、魔除けの意味で外壁を白く塗っているんです」

「へえ……。それほど長く、あの犬は存在しているんですね」

 廊下の突き当たりに案内された部屋はあった。高い扉を開くと、中は日差しが差し込む温室だ。

 置かれている魔術装置の所為か中は適温で、置かれている机も白を基調とした洒落た形状をしている。

 椅子に腰掛けていた老人はこちらを見ると、軽快に手を挙げ、振ってみせる。

「よう来たのう。クランツ」

「お久しぶりです。ご隠居」

「元気そうで何よりじゃ。……そちらの方は、魔術師かの?」

 クランツは私の背に手を添えると、柔らかい眼差しを向ける。

「今、俺がお付き合いをしているサザンカといいます。仰る通り彼は魔術師で、今日は呪いについて専門的な話ができるよう付き添ってもらいました」

「初めまして。サザンカ・リルックといいます」

「これはこれは。目出度い話もあったものよ」

 ご隠居から座るよう促され、言われるがまま椅子に腰掛ける。執事は直ぐに茶器を用意し、机の上には普段なら食べられないような菓子が並んだ。

 本題に入る前に、温かい内に食べるよう勧められ口をつけたが、どれもこれも上質な食材と、腕のいい料理人によって作られたものであると分かる。

 庶民の私が聞いたことのある家柄だ。私が想像するよりも、高位の貴族なのかもしれない。

 その割には、ご隠居は朗らかだ。明日来てもいいですか、と相談ができるような人柄であることが伝わってくる。

 クランツとご隠居はお茶会がてら軽い商談を行い、その場で買い物が決められていく。品は今度運んでくる、ということで話が済み、私も食が一段落したころ、クランツが本題を切り出した。

「────それで、通信魔術越しにもご相談させていただいたんですが、うちの倉庫のことでお聞きしたいことがあって」

「ああ。椅子の事じゃったな。記憶があやふやなもんで、書庫から該当の日記を持ってこさせた。目は通してあるから、把握しているだけ、軽く話だけはしておこうかの。現物は持って帰るといい」

 執事が運んできた日記は、クランツに手渡される。かなりの分厚さがあり、トリアン家の当時の所有者が筆まめだったことが窺える。

 ご隠居は軽く唇を湿らせると、淀みのない口調で話し始める。

「椅子は隣国の、今でも大貴族であるハッセ家から譲り受けたものじゃった。だが、譲り受けた当初から屋敷内で妙な出来事が増え、当時、出入りしていたカフマー家に押しつける形になったようじゃな。まあ、隣国の大貴族に、妙な出来事が起きたので貰った椅子もう要りませんわ、とは突っ返せなかったんじゃろ」

「実は、その椅子を犬の影みたいなものが守っているようなんですが、そういった記載はありましたか?」

「ああ、把握しとる。当時の当主も情報を集めてはいたみたいでの。どうやら、椅子が作られた当時の主が、黒犬を飼っていたそうなんじゃ。まあ、分かったところでどうすることも出来なかったようじゃが」

「じゃあ、その犬は…………主人の大事な品を、今も守っているんですね」

 私は呟いて、膝の上で拳を握り締めた。

 もう犬が生きているはずもないほど昔の話だ。死んだ後、主人が大事にしていた椅子くらいは守ろうと、今も尚、幽霊となって存在し続けているのだろうか。

 姿形は恐ろしかったし、クランツへ認識阻害が為されているのも、真実を語る事を遮られるのも困っている。けれど、犬の事情を考えると、とても責められはしなかった。

「おそらくは、そうじゃろうな。当時はここまでの事情は追えていたものの、対策らしい対策は取られていない。被害がまだ少なかったのも要因だったんじゃろ。そうしている内に、あの倉庫に呪いの品が増えていき、最近では総合的に手に余るようになってきた、といった所か」

 ご隠居、というだけあって先代当主ではあるのだろうが、現役を退いて尚、思考能力の衰えを感じさせなかった。

 日記には付箋が挟まれており、どういった記述から内容を読み取ったのか説明を加えてくれる。

 該当の頁はかなり広範囲に散っており、わざわざ読み込んでくれた礼を言うと、暇だったからの、と笑い飛ばされた。

「まあ、もし呪いが解けたならば、倉庫の中身を一部、引き取らせてもらえんかの。うちの家が預けっぱなしなのが元凶だった訳だしのう。これでも、責任は感じておる」

「いえ。色々と世話になっている部分もありますし。……ただ、ご隠居が気に入るような品があれば、その時にはよろしくお願いします」

 話を終えると、クランツは、借りた日記を鞄に仕舞い込んだ。

 それから当時の状況を尋ねたのだが、この屋敷内でも物が浮かんだり飛んだり、といった同じような事象が起きていたのだという。

 別荘では倉庫で収まっているが、屋敷で起きたらと思うと気が滅入る。一体、何枚の窓硝子が犠牲になったのだろう。

 机の上の菓子をすっかり平らげると、軽く庭を案内してもらい、その場はお開きとなった。

 ご隠居は親切にも見送りに出てくれ、手を振りながら別れる。

 またゆっくりと訪ねたいものだ、と考えて、呪いによる認識阻害が解ければ、私がこの別荘を訪れる理由はなくなることに気づく。

 胸元を押さえて、息を吐く。なんだか、締められてもいない筈の胸が苦しかった。













 ご隠居の別荘の帰り道、近くの花畑を眺め、昼過ぎには屋敷に帰り着いた。それからは、私は借りた日記に首っ引きになる。日記は一冊しかないため、クランツは書庫で当時の隣国の情報を集めていた。

 だが、ご隠居が話した以上の有力な情報は出てこず、隣国の情報も古すぎてあまり残ってはいなかった。

 ハッセ家、という家柄はこちらも代々王家に仕える家柄で、現在も実権を握っている高位の貴族らしい。

 話を聞きに行きたいところだが、カフマー家では立場が違いすぎて、とても会ってもらえないだろう、というのがクランツの見解だった。

 情報は集まったものの、解呪の方法は未だに藪の中だ。

 犬はあの椅子を守っている。椅子を壊せばあるいは、とも思うのだが、犬の影が消えなければ、更に深い憎悪が撒き散らされるだろう。

 それに、数百年の時を経て、主人の椅子を守ろうとする犬から椅子を奪う、というのは良心が咎める。

 私は日記を置き、椅子を揺らし、長々と伸びをした。

「何とか、壊すとかじゃなく、無事なままで解決したいんだけど」

「うん、俺も。数百年経っても飼い主との思い出の品を守ってるなんて、忠犬じゃない? なんか、そう考えるとね」

 彼が同じ考えであることにほっとすると、途端に空腹を思い出す。時間を確認するともう夕方で、食卓へ行くとジョンさんが作った料理が残されていた。

 書き置きには『集中しているようだったので、料理だけ置いておきます』と記されていた。二人して無言で本ばかり読んでしまったことに反省して、ちらりとクランツを見上げる。

 彼は、恋人である私と旅行に来たつもりだったはずだ。

「あの、クランツ。ごめんね」

「なにかあった?」

「旅行のつもりだったのに、ずっと倉庫の調査ばかりで……」

 彼は唇ににっと笑みを刷くと、首を横に振った。

「サザンカがこんなに一生懸命になっているのって、俺のためなんでしょう? だから、すごく嬉しいんだよ。全力で手伝いたくなっちゃうくらい」

 肩を抱かれ、引き寄せられて頬に唇が触れる。目元は染まってしまっているであろうが、初日のように叩くことはしない。

 随分と彼からの接触に、流れ込んでくる魔力の波に慣らされてしまった。トクトクと五月蠅い胸は、またきゅう、と締め付けられる。

 呪いが解けてしまったら、私と彼は恋人同士ではなく、ただの雇用主と魔術師に戻る。こうやって優しく触れられることは、もう無いのだった。

 別荘で私を口説く、というのは冗談なのか尋ねたくとも、元のクランツはここにはいない。

「キス、やだった?」

「……ううん。すこし、びっくりしただけ」

 私がそう答えると、また顔を捕らえられ、キスを繰り返される。彼の意識の中での私は、こうやっていつもキスを繰り返していたんだろうか。

 ぼうっと受け入れていると、最後にぎゅっと抱き締められ、離れた。

「好きだよ」

「え?」

「いや、機会がなくて言えてなかったなって」

 以前口説かれた時にも、こんなに直接的な愛の言葉を貰ってはいない。彼にとっては数度目なのだろう言葉は、初めて私が受け取る告白だった。

 嫌だな、と視線が下がってしまう。このままでいたいような気がしても、今の彼はあくまで歪められた存在なのだ。

 もしかしたら本来の彼が、別の人を見初めている可能性だってある。

「私は……まだちょっと恥ずかしいから、旅行の後半で言うね」

「まあ、それもいいかな。待ってる」

 告白をするほうが自然だったのかもしれないが、どうしてもその言葉を告げることはできなかった。

 食卓に向かう彼を見送り、喉を押さえる。今の自分は何故か、あの首を絞められる感触を待ち侘びているような気がした。







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