守った狸は愛でるよう

さか【傘路さか】

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 立ち聞きしていた事は、彼らには知られずに済んだようだ。

 僕は何事もなかったかのように大学で過ごし、ただ、コンテストの事は片付いた、と、家の手伝いを理由に相手の家に行かなくなった。

 家族は僕の落ち込みようにあっさり気づき、父母に至っては壱矢くんが原因であることにも察しているようだ。

 さり気なく自身の失恋話を聞かせてくれようとするあたり、家での僕の態度は露骨すぎたらしい。

「おはよう」

「壱矢くん、おはよう」

 だが、僕よりも変化があったのは壱矢くんの方だった。

 彼の話を立ち聞きした後から、次第に気落ちするような様子を見るようになった。元気がないことを心配すると、じゃあ家に来て慰めてよ、と茶化す。

 両親のことは教えてくれても、彼にとっての『あの子』のことは僕には教えてくれないらしい。

 今日も、僕と落ち合った後、廊下を歩く間は口数少なかった。会話の間が長くなっても気まずくなったりはしない仲だが、無言と共に湿っぽい空気が滲み出ている。

「………………」

 しっかり問い掛けるべきか、踏み込むべきか迷って、僕は口を閉じた。朝からの講義は別で、部屋の前で別れる。

 僕が離れた途端、一人の女性が壱矢くんに駆け寄っていく。

 挨拶と、何事か会話をしながら二人は遠ざかっていった。華やかな服と、巻いた髪が目の奥に焼き付く。

 何故か、彼は僕の方を振り返ったように見えた。視線を逸らして、室内に入る。

 講義室では前方の席に座って、ノートを開いた。まだ講義までには時間があり、携帯電話を開く。

 花苗さんからメッセージが届いていた。

『おはよう。さっき会って話して気になったんだけど。最近なんだか大高くん元気ないよね。でも成海に相談したら、放っておけ、って言われた。立貫くんから見てどう?』

 可愛らしい文面は、猫の絵文字付きだった。

 成海、は確か龍屋さんの下の名前のはずで、恋人同士の彼らは名前で呼び合っている。

 今日、僕と壱矢くんが会う前に、どうやら花苗さんと会っていたらしい。それで、あの様子を見て気になったようだ。

『僕も気になってはいるんですが、あんまり事情は聞けてなくて』

『やっぱり元気ないよねー……。今度、甘いもの奢っておくね』

『ありがとうございます。僕も機会ができたら、話を聞いてみます』

 返信をして、ふう、と息を吐く。

 話を聞ければ壱矢くんの心配事は解消するかもしれないが、僕は取り乱さずに聞ける自信がなかった。

 午前中の講義を受け終わり、届いていた昼食の相談をするメッセージへ返信する。

『そういえば。今日、パン屋さん来るんだって』

『俺もパン食べたい』

 気落ちしているらしい壱矢くんだが、昼食を一緒に、という恒例を崩そうとはしない。今日は外のベンチで食べよう、と誘われた。

「お待たせ」

 待ち合わせ場所で落ち合い、大学前に出店している移動パン屋の車両に近づく。彼はホットドッグとカレーパン、僕は照り焼きサンドと、ジャムパンを買った。

 蛇の出ないベンチの方へと行き、近くの自販機の前に立つ。彼が小銭を出す前に、僕が財布からお金を入れる。

「奢るよ。何がいい?」

 不自然に聞こえないよう、慎重に声を作ったつもりだった。

「え。俺、何かしたっけ?」

 尋ねられても、化かすのが苦手な狸は言い訳を思いつけない。

「…………元気ないから。甘いものでもどうかなって」

 彼は虚を衝かれたように、すこし黙る。

「そっか。じゃあ、ココアにしよ」

 ボタンが押され、ココアの缶が出てきた。

 僕も同じボタンを押す。二つ続けて、同じパッケージの缶が出てくる。

「絹太くんも、元気ない?」

「そう、……だね」

 力なく笑って、二本のうち片方を渡す。

 ベンチに歩み寄り、腰掛けた。二人の間には、どっしりとパンの袋が置かれる。

 見上げた空は曇りだ。気温はちょうどいいが、空模様を見て気分がいい、とは言いがたい。

「元気が、ないのはさ」

 彼の手元で、プルタブが引かれる。カシ、と言う音が小さく揺蕩う。

「俺……、絹太くんに、何かしたんじゃないか、と思ってる。自分で、原因に気づきたくて、ずっと考えてたんだけど。分からなくて」

 低い声が、引き攣ったように掠れる。

 缶が口元に運ばれ、ぐい、と大部分が喉に消えた。

「だから、もう話してしまおうと思った。謝って許されるんなら。元に戻れるんなら、そうしたいし」

 言葉に迷って、プルタブに指を引っかける。

 爪が上手く入り込めなくて、指の腹が痛むだけだった。時間稼ぎを諦めて、口を開く。

「なんで、僕に何かした、って思ったの?」

「触ろうとする時、びくついてるように見えた。それに、家にも来なくなったしさ」

 怪しまれる、と避けないよう努めていたのだが、妙に力が入ってしまっていたらしい。

 彼の指が、僕の缶をこつこつと叩き、掌が開かれた。その手に缶を預けると、プルタブは簡単に引かれる。

 口が開いた缶を渡され、礼と共に中身を飲んだ。

「壱矢くんが悪いわけじゃない。僕、一族の事で、伝えてなかったことがあったんだ」

「…………うん」

 目の前から吹いてくる風で、目が痛む。口の中はやけに甘ったるくて、胸焼けがしそうだ。

 気持ちを打ち明けるのには、あまりにも悪いコンディションだった。

「僕の親は、お父さんとお母さんだけど。番になるのに。子どもを作るのに。僕たちは身体じゃなく、魂を使うんだ」

 隣から、聞こえてくる声はない。

 無音が促されているように感じて、話を続ける。

「片方が、一族じゃなくてもいい。一族の人間が持ってる魂の色を、番の色で塗ってもらう。そうして変化した魂は、一族の中から選ばれた時に分かつことができる。分かたれた魂は、新しい狸になる」

 やけに甘く、喉が渇く。

 ココアは失敗だったな、と苦笑しながら、缶を脇に置いた。

「僕たちの恋愛対象だって、一族でも、一族じゃなくても。雌雄も、何でもいいんだ。この魂はどんな色でも受け入れるから」

 胸に手を添え、言い終えると、落としていた視線を怖々と持ち上げる。

 視線を合わせると、彼は僅かに目を瞠っていた。

「僕のこと、お友達だと思ってくれる、……のは、嬉しいけど。最近、僕、…………壱矢くん、を。変な目で、見ちゃうようになってて。だから、泊まるのは避けようと……」

「ちょ、っと。待って……」

 彼は、慌てて口元に手を当てる。

 けれど、半分だけ隠せていない頬の下は、一気に朱へ染まっていった。反応の奇妙さに、僕の方も目を瞬かせる。

「…………ごめん、知ってる」

「え」

「プロダクションを紹介してくれた親戚が、あんまり一族の人間に不用意に触れるな、って。そのこと、教えてくれてた」

 知っていながら、あれだけ好んで撫でくり回したとは思わなかった。結果的には僕がただ、自分の気持ちを吐露してしまった格好だ。

 掌が伸びてくる。彼の手は、僕の手を取った。

「だから……。絹太くんに触ってたら、少しでもその、色? が混ざるかなって」

「え…………?」

「よく家に呼んだりしたのは、それが理由」

 増える瞬きの間に、必死で思考する。

 前提が崩れ去った中で、僕は考えをまとめきれない。言葉を失って、ただ固まっていた。

「変な目って。恋愛対象として見てくれてたってこと?」

「…………うん。そう、だよ」

 繋いだ手を、きゅっと握り返す。

 二人して見つめ合う様は、間抜けにすら見える。おそらく、僕たちは訳がわからないうちに、完全に擦れ違っていたらしい。

 壱矢くんの視線はふらついて、目尻もまだ染まったままだ。

「────すごく、嬉しい」

 ぽつんと呟いて、彼はまた黙った。僕もまた、胸も頭もいっぱいで、言葉を選べずにいる。

 繋いだ手の腹を、相手の指が撫でた。

「たくさん、触りたい。……けど、ここは人が来るからさ」

 そっと顔が近づいて、耳元に唇を寄せられる。

 ぽそり、と低い声が囁いた。

「…………午後の授業のあと、俺の家に来ない?」

 気温は心地いいくらいなのに、次から次へと熱が上がってくる。

 ただ顔を真っ赤にして、頷くのが精一杯だった。







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