きさらぎ駅

忘れたはずの記憶

九

脅える私が見えているかのように、声の主はくつりと笑った。




「そんな震えなくても何もしないよ、きさらぎの鬼どもじゃあるまいし」





クスクスと楽しそうに笑むその優しそうな声につられて、私は再び闇を見渡した。





見渡す限りの深い深い闇。


声の主がいるのは間違いないのに、陰でさえ伺えない。





「……探しても見つけるのは難しいんじゃないかなぁ」





呆れるような声色。


その声は悪意ある物でもなく、ふわりとした暖かい優しさを感じられる声だった。


だからだろう。


気は緩んだし、警戒心もすでに私はなかった。






「……だ…れ？」





その声は掠れてた。

泣き声混じりの上に、鼻水が詰まった鼻声。





それに声の主は優しげに言う。





「少し頭を撫でさせて？」





小さく頷いたそれを、やはり声の主は見えてるのだろう。



確認して直ぐに、頭に伝わる人の温もり。



それにまた、頬を濡らすのだった。



ふわりふわりと髪を撫でる手。
それはゆっくり頬を撫で、涙を拭ってくれる。




涙が引いて、嗚咽もなくなった頃、声の主は私の手をやんわり握って静かにささやく。


それは恐らくきさらぎの者を気にしての行為だろう。





「落ち着いたなら少し歩ける？怪我もしてるし手当てをしたい、此処は暗いでしょ？僕は気にならないけど君は明るい方が落ち着くと思うんだ………どう？」





やんわりと。


声の主の優しさがにじみ出る言葉。





「明るいとこ？」





暗闇は不安を煽る。


まして私はこんなに深い闇も暗がりも体験したことがない。


明るいのならばそれに越したことはないのだ。