命を助けてもらう代わりにダンジョンのラスボスの奴隷になりました

あいまり

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第2章:火の心臓編

027 大きな地雷

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「ありがとうございました~」

 笑顔を浮かべながら服屋の店員が言う言葉を聞きながら、私とリートは服屋を後にした。
 リートが自分の服を試着している間のことは……あまり思い出したくないし、特筆したくない。
 終始息が掛かる程の至近距離で服の着脱をしては、似合ってるか聞いて来るというのを延々と繰り返した謎の時間。
 知らないよ全部似合ってるよ。

「さて、次はどこに行こうかのぉ」

 どこか上機嫌な様子で言いながら、リートは町を見渡す。
 彼女は私と対照的な感じの、黒を基調とした服を着ていた。
 私のものより少し長いワンピース調の服で、青色のアクセントが付いている。
 肉弾戦をする気の無い彼女は、ズボン等は特に履いておらず、白くて綺麗な足を惜しげなく曝け出していた。
 後は、服屋には靴も売っていたので、それぞれ一足ずつ買った。
 ずっと裸足で歩いた後に靴を履くと、なんていうか、靴の存在って偉大だなぁとしみじみと思う。
 新しい服を買って機嫌が良いのか、鼻歌混じりに楽しそうに歩くリートに、私は小さく笑いつつ口を開いた。

「えっと……他に何を買うの?」
「とりあえずは地図が欲しいのぉ。後は、まぁ……何が必要かのう?」
「私に聞かれても……」

 今まで冒険とかしたことないから、こういう時に何が必要なのかと聞かれると返答に困る。
 異世界モノの小説でも、こういうのってあまり細かく書いてなかったし……。
 ゲームとかあまりやらなかったから、RPGとかも良く分からないけど……やっぱり、装備とか武器を揃えるものなんじゃないかな?
 でも、服は後々防具替わりになるわけだし、武器についても買うものはない。
 私には奴隷の剣スレイヴソードがあるわけだし、リートは……あっ。

「リートはさ、杖とか買わないの?」
「……杖?」
「うん。この世界のことってあまり分からないけど……リートみたいに魔法で戦う人って、杖とか使ったりするんじゃないの?」
「あー……杖は妾には合わん」
「……どういうこと?」

 私の質問に、リートは丁寧に教えてくれた。
 それによると、そもそもこの世界の人間の適合属性は二種類なのが基本で、それを前提とした杖しか作られていないのだ。
 リートは現在闇属性しか使えないが、元々は禁忌の影響で全属性使えるそうだ。
 今後分裂した心臓を取り戻していけば力を取り戻し、魔法も全属性使えるようになっていくらしいので、二種類の適合属性を前提に作られた杖は使い勝手が悪いらしい。
 何でも、基本的に杖は適合属性の組み合わせによってそれぞれ種類があるらしく、その属性の魔法の効果を上げることが出来るらしい。
 しかし、それ以外の属性の魔力を流すことは出来ないようになっており、無理に流すと杖が破損するのだとか。
 ちなみにこれを知ったのは、ダンジョンに住んでいた頃に死んだ冒険者が持っていた本を読み、色々な杖を使って実験したりしたらしい。

「ま、この世界では二種類の適合属性が当たり前じゃからな。仕方が無いわい」
「なるほどなぁ……」
「ま、一度に色々買わんくても良いか。また必要になったら買えば良いし、とりあえずは地図でも買って、その辺の宿に……」

 リートがそこまで言った時、誰かの腹がキュルルルル……と鳴った。
 私の腹……では無い。
 確かに腹は減っているが、今は別にお腹は鳴っていなかった。
 となると、今この場にはもう一人しかいないわけで……。

「……不老不死でも、腹くらいは減るわい」

 なんとなく視線を向けてみると、リートは顔を赤らめながら言い、お腹を押さえて目を逸らした。
 まぁ、私と会った時間を考えると、もう半日以上は何も食べていない計算になる。
 私は少し考えて、口を開く。

「えっと……私もお腹空いたし、ご飯にでもする?」
「……」

 私の言葉に、彼女は頬を赤らめたまま、睨むようにこちらを見つめてきた。
 しかし、しばし間を置いてから、コクッと一度小さく頷いた。
 それから私達は少し歩き、手頃な定食屋を見つけて中に入った。

「いらっしゃいませー」

 中に入って来た私達を見て、レジカウンターのような場所に立っていた若い青年が、にこやかに笑みを浮かべながらそう挨拶をしてくる。
 ひとまず私達は空いていた隅の方の席に座り、ひとまずメニューを開いてみる。

「……分からん」
「……同じく」

 開いたメニューをしばらく見つめた結果、そんな感想が零れた。
 いや、マジで分からん。
 城にいた頃は出されたものを何も考えずに食べてたからなぁ……。
 料理名を言っていた気がしなくはないが、多分聞き流してた。
 ……ちゃんと聞いておけば良かった……。

「ってか、リートも料理名分からないってどゆこと?」

 私はそう聞きながら、リートの顔を見る。
 すると、彼女は頬杖をつきながらメニューを見ており、私の言葉に顔を上げた。
 それから少し間を置いて、口を開く。

「三百年も封印されておったからかのぉ……今の料理は分からん」
「あぁ……」
「元々外食する方でも無かったし、家も貧乏じゃったからな……もしかしたら昔あった料理もあるかもしれんが、少なくとも妾には分からん」

 メニューに視線を落としながら言うリートの言葉に、私は何とも言えない感情が込み上げてきて、口を噤んだ。
 なんていうか、一瞬……リートの闇のようなものが、見えた気がした。
 そういえば、リートが魔女になる前の話とか、普通の人間だった頃の話って、全然知らないな。

「……あのさ」
「まー客もまぁまぁおるみたいじゃし、不味いものは出てこないじゃろう。一番安い定食二つで良いな?」
「あ、うん……大丈夫」

 私の言葉に、リートは小さく笑みを浮かべ、店員を呼んだ。
 その様子を見つめながら、私は俯いて、ゆっくりと息を吐いた。

 ……危なかった。
 なんとなく話の流れでリートの人間時代とかについて聞きそうになったが、かなり危なかったんじゃないか?
 だって、禁忌犯したり魔女になったりしてる時点で、リートの人間時代って、その……普通のものではないだろうし……。
 普通に考えれば、私の過去なんかよりも遥かに大きい地雷なのでは……マジで危なかった……。

「……今後の予定じゃが」

 その時、リートがそう言って来た。
 私はそれに顔を上げ、彼女の次の言葉を待った。
 すると、リートは少し間を置いてから、口を開いた。

「とりあえず飯を食ったら、適当にどこかで地図を買って、今日はもう宿をとってしまおう。今後の予定を立てたいしのぉ」
「まぁ、それが良いかもね。泊まっている中で足りないものが見つかるかもしれないし」
「うむ。それに、ずっと歩いてばかりだったから、妾は疲れたわい」
「途中から私におぶってもらっておいてよく言うよ」

 やれやれと言った様子で言うリートに、私はそうツッコミを入れた。
 すると、彼女はクスッと小さく笑い「良いではないか」と言った。

「今のお主であれば、妾を運んで歩いた程度で疲れてはおらんじゃろう?」
「それは否定しないけど……」
「妾は見ての通り、あまり体が強い方では無いのじゃ。体力なんて、多分ニホンとやらにいた頃のイノセにも敵わんぞ」
「そんな自信満々に言わなくても……」
「事実じゃからな」

 どこか楽しそうに笑いながら言うリートに、私は苦笑する。
 そこまで自信を持って言うことではない気がするんだけどなぁ……。

「お待たせしました。A定食になります」

 そう言って、スタッフであろう青年は、笑顔で私達の前に料理を並べる。
 リートが頼んだ定食は中々シンプルなもので、スープにサラダ、パンに……何だろう、豚肉の生姜焼きのようなものが並んでいる。
 ひとまず私はスプーンを手に取り、真っ赤なスープを掬い、口に運んだ。

「……うまっ」

 スープを飲んだ私は、そう口にした。
 味は、なんていうかじゃがいものポタージュのような感じがした。
 温かくてホクホクして、優しい味わいだ。
 なんだかんだ色々なことが連続して起こり過ぎて、精神的にも肉体的にも、少なからず疲弊していたのだろう。
 温かいスープが、疲れた私の心身に染み込んでいくような感覚がした。

 私は何口かスープを飲んだ後で、青色のパンを手に取り、少し千切ってスープに浸してみる。
 パンに赤い液体がある程度染み込んだのを確認し、私はゆっくりと持ち上げて口に運んだ。
 すると、フワフワのパンの柔らかさとスープの味が口の中で混ざり合い、一気に広がっていく。

「ふふ……中々美味いのぉ」

 楽しそうに笑いながら言うリートの言葉に、私は頷きつつ彼女の顔を見た。
 すると、彼女は豚肉の生姜焼きのような料理を食べていたらしく、口の周りを黄色のソースだらけにしていた。
 それに、私は小さく笑い、テーブルに備え付けられていたナプキンを一枚取って差し出した。

「ちょっと、口の周り汚いよ。拭いて」
「ん? そうか? どの辺りが汚いのじゃ?」
「ちょっ……手で拭かないで!」

 普通に手で口の周りを拭おうとするリートの手を反射的に掴み、私は彼女の口の周りにナプキンを当てた。
 半ば強引に彼女の顔に付いたソースを拭いていると、しばらくキョトンとした表情を浮かべていたリートは、やがて小さく咳払いをして姿勢を正した。

「すまんのぉ……まともな料理を食うのも久々じゃからな。ダンジョンで悪癖でも付いたみたいじゃな」
「全く……ていうか、ダンジョンにいた頃は何食べてたの?」

 リートの顔にソースが付いていないか確認しながら、私はそう尋ねる。
 というか、これも実は少し前から気になっていた。
 だって、不老不死でも腹が減るということは、ダンジョンにいた頃も定期的に何かを食っていたことになる。
 けど、あのダンジョンは見た感じ岩だらけで、植物なんかは生えていなさそうだった。
 そうなると、食えるものなんて限られているし、何を食っていたのか気になる。

 しばらくリートの顔を見て、ソースが付いていないことを確認し、私は彼女の顔から手を離した。
 すると、彼女はそれを待っていたかのように口を開いた。

「まぁ、魔物の肉じゃな。というか、あのダンジョンで取れる食料など、それしかあるまい?」
「それはそうだけど……他にはないの?」
「他……そうじゃのう。後は……死んだ冒険者が持っていたり、落としていたりする食料を貰ったりもしたわい。魔物の肉はあまり美味くないから、こういう食料を見つけると中々にテンションが上がったものじゃ」

 そう言いながらリートはパンをちぎり、口に運ぶ。
 なるほど、彼女の追剥は食料の獲得から始まったのか。

「なるほどねぇ……そうやって飢えを凌いでいたわけね」
「まぁ、そうじゃなぁ。あとは……」

 そこまで言って、彼女はその表情を曇らせた。
 言葉も詰まり、食事の手も止まる。
 私はそれに豚肉の生姜焼きのような料理に伸ばそうとしていた手を止め、顔を上げた。

「……あとは……?」
「……いや、なんでもないわい。まぁ、ダンジョンでの食生活は、そんなものじゃな」

 そう言いながら、リートはパンをスープに浸す。
 何だろう……急に暗くなった、というか……不機嫌になったというか……。
 無意識の内に、彼女の地雷でも踏んでしまったのだろうか。
 けど、一体何が……と考え込んでいた時、突然口の中に何かを突っ込まれた。

「んぐッ!?」
「もう妾の話は良い」

 リートはそう言って、私の口から指を抜く。
 それと同時に、口の中に、スープとパンの味が同時に広がる。
 ひとまず咀嚼して飲み込んでから、リートの顔を見る。
 すると、彼女は小さく笑って頬杖をつき、続けた。

「もう過去のことじゃし、あのダンジョンに帰るつもりは無いからのぉ。昔飢えを凌いだ方法など、もうどうでもよいことじゃ」
「……どうでもいいって……」
「それに、魔物の肉は不味かったからのぉ。あの味はもう思い出したくないわ」

 どこか不機嫌そうに言いながら、リートはフォークで肉を刺し、口に運ぶ。
 その子供っぽい言い方は、いつもの彼女らしいと思って、少しだけ安心した。
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