命を助けてもらう代わりにダンジョンのラスボスの奴隷になりました

あいまり

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第4章:土の心臓編

075 何も無いはず

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<猪瀬こころ視点>

 旅は順調に進み、私達はラシルス国の隣にあるモニウムという国のステッドという町に辿り着いた。
 ステッドはラシルスとの国境に比較的近い所にあり、心臓があるという首都ラシルスももう目の前と言っても過言では無かった。
 しかし、それでもまだ半日程は掛かる距離だった為、夜の間に移動するには少し気が引けた。
 ラシルスにある心臓がどんな状況にあるかもわからないので、今日はゆっくり休んで明日に控えることにした。
 ……でも……。

「……休める気がしない」
「あら? なんで私を見て言うの?」

 私の呟きに反応したリアスは、笑顔でそう聞きながら首を傾げてきた。
 ……今日泊まる部屋は、何と四人部屋なのだ。
 一応二人部屋も空いていたのだが、四人部屋に泊まった方がいくらか安く済むらしかったので、四人部屋で泊まることにした。
 しかし、改めて部屋に入ってみると、明らかに休める気がしなかった。
 リートとフレアはリブラでの一件で仲良くなったようだが、リートはリアスを敵視している節があるし、フレアとリアスの仲も険悪だ。
 リアスはリアスで、リートはまだ軽くあしらう程度で済んでいるが、フレアに関してはなぜか自分からも突っかかっていく節がある。
 二人部屋の時は何事も無いみたいではあるが……むしろ、今までよく何事も無かったと思う。

「はぁ……」

 溜息をつきつつ、私は一番壁際にあるベッドに腰を下ろした。
 すると、リートがどこか早歩きでこちらまで歩いてくると、私の隣のベッドにポフッと腰かけた。

「お主はよく溜息をつくのぅ。辛気臭くて仕方がないわ」
「……誰のせいだと思って……」
「なぁ、この部屋風呂がねぇぞ?」

 リートと話していた時、部屋の中を散策していたフレアがそんな声を上げた。
 それに、リアスは「あら」と声を上げた。

「そんなことある? ちゃんと探したの?」
「部屋の中は全部見たし! ホントに無いんだって!」
「ちょっと、こんなことで口論しないで」

 煽るように言うリアスに言い返すフレアを、私は慌てて宥めた。
 すると、その会話を聞いていたリートが「あぁ」と呟いた。

「ここの宿屋の風呂は大浴場らしいぞ」
「……ダイヨクジョー?」
「大人数で入る風呂のことを言うらしいぞ」
「そんなものがあるのか」

 リートの説明に、フレアは大層驚いた様子で声を上げた。
 ……この世界では、大浴場はあまりメジャーでは無いのかな?
 日本にいた頃は、宿泊系のイベントで泊まる場所は大体大浴場だったし、銭湯なんてものもあったから割と身近だった印象がある。
 でも、この世界に来てからは、宿屋には基本部屋に風呂があったし……あ、でもギリスール国の城には大浴場があったな。

「この世界では大浴場って珍しいの?」

 考えてもわかるものではないので、私はそう聞いてみた。
 すると、リートは少し考える素振りをしてから、「知らぬ」と言った。

「元々外で寝泊まりしたことが無いから、そんなもの分からぬ。じゃが、今までの宿屋では大浴場など無かったであろう?」
「なるほど……あーそっか、フレアやリアスの知識はリートの記憶頼りだから」
「私達の知識も、この世間知らずちゃん並になってるってわけ」

 私の呟きに、リアスはそう言いながらこちらまで歩いて来て、リートの頬を軽く突いた。
 それに、リートはムスッと明らかに不機嫌そうな表情を浮かべた。
 リアスはそれにクスクスと笑うと、リートの元を離れて私の隣に腰を下ろした。

「……リアス?」
「まぁでも、良い機会じゃない。一緒にお風呂に入ることなんて中々無いんだし、折角だから楽しみましょう?」

 彼女はそう言いながら私の腕に自分の腕を絡め、体を密着させてくる。
 それだけで無く、空いている方の手を私の太腿にあてがい、内側の方に向かってゆっくりと撫でるように持っていく。
 くすぐったいような感覚に、思わず声を出しそうになる。
 何とか我慢していると、耳元でリアスが笑う声がした。

「我慢なんてしなくても良いのに……もっと自分に素直になって……?」
「り、リアス……? 何を……」
「お風呂に入ったら、こんなもの比べ物にならないくらい気持ちよくしてあげる。もう私から離れられなく……」
「引っ付きすぎだろ」

 フレアの手によって、私とリアスは強引に引っぺがされる。
 顔を上げると、彼女はフンッと息をつき、隣のベッドに座っているリートに視線を向けた。

「ほらな? やっぱコイツは一度お灸を据えないとぜってぇ反省しないって」
「そうじゃのう。流石に見過ごせんわ」
「えっと……何の話?」

 フレアとリートの話していることがイマイチ分からず、私はつい聞き返す。
 すると、フレアはすぐに「何でもねぇよ」と言いながらリアスに視線を向け、クイッと親指で部屋の扉を指さした。

「表出ろ。テメェは一度体に叩きこまねぇと分かんねぇみてぇだからな」
「ふぅん? 私と一騎打ちでもするつもり?」
「ったりめぇだろ。それ以外何があるって言うんだ」
「前に戦った時はイノセの助け無しじゃ勝てなかった癖に」
「あ゛ぁ゛ッ!?」
「喧嘩なら他所でやれ」

 また始まった二人の口論に、リートは呆れた表情でそう言った。
 それから、彼女はゆっくりとベッドから立ち上がり、私の腕を軽く掴んだ。

「ほれ、イノセ行くぞ」
「え? 行くって、どこに……?」
「そんなもの、風呂に決まっておるであろう?」
「おいッ!?」「ちょっと!?」

 当然のことのように言うリートに、フレアとリアスがほぼ同時に声を上げた。
 ……なんだかんだで息はピッタリだな。
 って、そんなことを気にしている場合ではない。

「えっ……一緒に入るの?」
「……? そりゃあ、大浴場とは複数人で入るものなのであろう? 折角じゃから、一緒に入らねば損ではないか」
「だからって……」
「じゃあ俺達だって一緒でも良いだろ!?」

 淡々と語るリートに、フレアは怒鳴るように言った。
 それに、リアスも「そうよ」と同調する。

「リートだけなんて不公平じゃない? 私だって、イノセと一緒に身を清めたいわ」
「お主が一番危険なんじゃろうが。お主から目を離したら何をするか分からんし、フレアは見張りにでも付いておれ」
「は!? 見張りならお前がやれば良いだろ!? 俺がイノセと風呂に入る!」
「お主は何を……」
「ちょちょ、ちょっと待ってよ!」

 三人が今にも喧嘩を始めそうな空気に、私は慌てて仲裁に入る。
 会話の内容が、イマイチ理解出来ない。
 言葉の意味をそのまま理解する限りでは、三人共私と風呂に入りたがっているみたいだが……なぜそれだけの為にここまで争うのかがサッパリ理解出来ない。
 大体、わざわざ私なんかと風呂に入りたいなんて思うのかというところから分からない。

 とはいえ、ひとまず今はこの場を収めるしかない。
 私は三人がこちらに注目していることを確認し、続けた。

「わ、私……一人で入って来るから! 時間が無いわけでもないし……急ぐ必要も、無いし……だから……け、喧嘩しないで……」

 自分で言っていて段々気恥ずかしい気持ちになり、尻すぼみな言い方になってしまう。
 なんかこれ、あれみたいだよな。私の為に争わないでって言ってるヒロインみたいな立場。
 私なんかが図々しい……と思い始めると、羞恥心が込み上げてきて、余計に恥ずかしくなってくる。
 三人が何も言わないので、私はすぐにベッドの上に用意していた入浴キット一式を手に取り、部屋を飛び出した。

「……やらかしたぁ……」

 部屋を出てしばらく歩いて私は、そう呟きながら額に手を当て、その場にしゃがみ込んだ。
 三人の喧嘩を止める為に咄嗟に浮かんだアイデアを採用してしまったが、今思うと流石に自意識過剰過ぎた気がする。
 大体、あの三人が私の奪い合いなんかで喧嘩するはずがないだろう。
 リアスはやけに私に色目を使っている節が無くも無いが、あくまで私の反応を見て楽しんでいるだけだ。
 フレアはきっと、そういうリアスの言動が気に食わないのだろう。
 ただ、気になるのは……。

『ほれ、イノセ行くぞ』

「……なんで……」

 掠れた声で呟いた私は、すぐにハッと我に返り、首を横に振って都合の良い妄想を払い落した。
 いやいや、リートの誘いにだって、別に変な意味は何も無いはずだ。
 それこそ、自分で説明していたじゃないか。
 リアスが私にちょっかいを出すのが気に食わなくて、フレアに見張りをさせたかっただけの話だ。
 ただそれだけの意味で……それ以外の何者でもない、はずだ。
 そんなこと……分かっている、はずなのに……。

「……びっくり……した……」

 俯いて額に手を当てることで顔を隠しながら、私はそう呟いた。
 あの時は驚きが勝って気にならなかったが、一人になって落ち着いてみると、後から付随するように心臓が高鳴り出す。
 胸の奥から聴こえる太鼓のような激しい音が、脳髄にまで響いているような感覚がした。
 顔が熱い。私は額からソッと手を離し、口元に当てた。
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