命を助けてもらう代わりにダンジョンのラスボスの奴隷になりました

あいまり

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第4章:土の心臓編

083 全身全霊で

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<猪瀬こころ視点>

 まずいことになった。
 このままでは、完全に友子ちゃん達と鉢合う流れになっている。
 ……というか、鉢合った瞬間説明の余地も無く殺し合いが始まりかねない。

 どうやらすでに彼女等はダンジョンに向かったらしく、フレアとリアスがそれを確認している。
 つまり、完全に私達が後を追う形となっているということ。
 恐らく……というか、ほぼ確実に、友子ちゃん達の目的はリートの心臓の破壊だろう。
 その為にクラインは私達を召喚したのだし、今更それ以外の理由でここまで来ることは無いはずだ。
 最終的な目的はリートの討伐なのだから、鉢合って正体がバレたりしたらいきなり殺しに掛かるかもしれない。

 いや、むしろ、それより先にリート達が友子ちゃん達を殺す可能性が高い。
 だってさっき、自分達の邪魔をするなら始末するって言いきってますから。
 こんなの、リートの心臓を破壊する為に来ている友子ちゃん達が始末されるのなんてほぼ確定じゃないか。
 ダンジョンに来ているくらいだから、レベル50くらいはいってるんだろうけど、それでもリート達の方が強いと思う。
 ある程度善戦は出来るかもしれないけど、勝つのは難しいだろう。

 友達である友子ちゃんが殺されるのは勿論嫌だが、他の三人だって、死んで欲しいと思う程嫌いなわけじゃない。
 どうにか二組が鉢合うのを避けられればいいのだが……多分、難しいだろう。
 一番良いのは、ダンジョンの中で彼女達を上手く追い越して先に心臓を回収すること。

 しかし、それは難しいだろう。
 私達は心臓がある場所への最短ルートを知っているし、ダンジョンの中は入り組んでいるだろうから、出会わないように追い越すこと自体は可能かもしれない。
 だが、心臓を守っているラスボスは、フレアやリアスを見た限りではかなりの強敵のはずだ。
 仮に上手く友子ちゃん達を追い越せたとしても、心臓の守り人は強く、戦いはそれなりに長くなる。
 元々彼女達の方が先にダンジョンに潜っている分、追い越せたとしても猶予はそれほど長くは無い。
 つまり、戦っている最中に結局追いつかれる可能性が高いのだ。

「イノセ、何をボサッとしておる?」
「ッ……!」

 リートに声を掛けられ、私はハッと我に返る。
 今、私とリートはダンジョンに潜入する為に、ギャンブルを行う広間のような場所の壁際に立っていた。
 広間にはルーレットやカードゲーム等の多種多様なギャンブルを行う為の台が設置してあり、至る所で金を賭けたゲームが行われていた。
 ゲームセンターみたいな騒音を聴きつつ視線を下ろすと、そこではリートがこちらを見上げていた。

「あっ、リート……」
「全く、しっかりせんか。一刻を争う事態なのが分かっておらんのか?」
「あ、はは……ごめん……。着慣れない服だから、ちょっと……」

 私は誤魔化すように言いながら、襟を軽く直す。
 実際、この服が着慣れなくて落ち着かないのは事実だ。
 少しでも男っぽく見えるようにと、一つ結びにした髪も違和感がある。
 けど、今はそんなことよりも、友子ちゃん達のことが気に掛かって仕方なかった。

「……何か言いたいことがあるなら、今の内に話せ」

 すると、リートは突然そんなことを聞いて来た。
 彼女の言葉に、私は「えッ?」と声を上げる。
 なんで今、そんなことを……?
 不思議に思っていると、彼女は目を伏せて「いや」と口を開いた。

「ダンジョンに入ったら、そんなこと話す余裕など無いであろう? 一刻を争うとは言え、お主がそんな状態ではしょうもない失敗で死にそうじゃからな。念のためだ」
「あぁ、そういう……いや、本当に何でもな」
「先に潜っておると言うギリスール王国の奴等に関係することか?」

 私の言葉に重ねるようにして言うリートに、言葉を詰まらせてしまった。
 口を開けた状態で固まる私に、彼女は「やっぱりな」と言って、どこか得意げな笑みを浮かべた。

「な、んで……それを……」
「あやつらの話になった途端、明らかに取り乱しておったではないか。あと、妾があやつらを始末すると言った時、お主は妙な顔をしていたであろう?」
「……そんなこと……」
「今ならまだ間に合うぞ? 何か言いたいことがあるなら、正直に話せ」

 リートの言葉に、私はグッと唇を噛みしめた。
 ……今ならまだ間に合う、か……。
 もしもここで話を濁したら……きっと、私は後悔するんだろうな……。
 他でもない友達の命が懸かった状況だ。……背に腹は代えられない。
 私は一度息をつき、ゆっくりと口を開いた。

「私……本当は、ダンジョンに行ってるっていう人達が誰なのか……知ってるんだ……」
「ほう……?」
「カジノに入る前に、見たんだ。……私と一緒に召喚された、クラスメイト達だった」
「……」

 私の言葉に、リートは目を丸くしてこちらを見つめてきた。
 それに、私は目を逸らしながら続けた。

「その中には、私にとってすごく大切な、友達もいる。……他の人達も、死んで欲しくない」
「……」
「ごめん。すごい、ワガママなこと言うけど……出来れば、邪魔をしてきたとしても……殺さないで欲しい、です……」

 私はそう言いながら、リートに向き直り、頭を下げようとした。
 しかし、少し頭を下げたところで額に何かが当たり、私の動きはガクンッと止まる。
 視線を上げるとそこには、私の額に手を当ててこちらを見上げているリートがいた。
 彼女は呆れた様子で溜息をつき、口を開いた。

「ずっと深刻な表情をしておるから何事かと思えば……そんなことか」
「そんなこと、って……」
「そんなもの、断る理由など無いわ」

 そう言いながらリートは私の額から手を離し、ポンポンと二度私の頭を撫でた。
 突然のことに驚き咄嗟に頭を押さえると、彼女はシシッと悪戯っぽく笑い、続けた。

「そもそも始末すると言ったのも比喩のようなものじゃ。妾が自分から進んで人殺しをする外道に見えるか?」
「……割と見える」
「ふはッ、そんな憎まれ口が叩ければ十分じゃ」

 そう言って手をヒラヒラと振りながら笑うリートに、私はポカンと面食らってしまった。
 てっきり、また「奴隷に拒否権は無い」とか言われて断られるかと思ってたのに……。
 リートは私達が自分を殺す為に召喚されたことは知っているし、私のクラスメイトだと知ったところで生かす理由は無いハズだ。
 むしろ、今後自分の前に立ちはだかる壁になり得る存在を、今の内に消しておくという選択肢を取る可能性の方が高いと思っていた。
 それほどまでに、リートが友子ちゃん達を生かしておく必要性が無さ過ぎる。
 ……もしかして、この場で私を安心させる為の嘘ではないか……?
 ふと湧き上がった疑問に、一気に私の気持ちは焦る。

「でも、もしも友子ちゃッ……わ、私のクラスメイト達がリートの邪魔をしたとしても……本当に殺さないの!?」
「殺さんわ。もしも奴等と出くわした時には、きちんと手加減はするわ」
「で、でも……」
「そんな死にそうな顔をするでない。……お主から見て、妾はそんなに信頼出来ぬか?」

 どこか不安そうな口調で言うリートに、心臓がドキッと大きな音を立てた。
 珍しく弱気な様子の彼女に、動揺してしまった。
 ……考えてみると、リートは話をはぐらかすことはあっても、嘘をつくことはほとんど無かったな。
 今回はいつもと事情が違うから何とも言えないが、それでも、信じてみても良いかもしれない。

「……リート……」
「……まぁ、フレアが相手をした場合は別じゃがな」

 フイッと視線を背けながら言うリートに、私はピタッと動きを止めた。
 ……ありがとう、と言いかけていたのを慌てて押し留めた。
 まぁ、フレアって手加減というものを知らないだろうしなぁ……。
 レベル90以上ある私ですら苦戦したのに、あの四人が対抗できるとは思えない。

 とは言え、リートが殺さないと言ってくれたおかげで、幾分か不安は晴れた。
 流石にリアスは出会ってすぐに戦闘なんてことにはならないだろうし、フレアさえ何とか出来れば、少なくとも友子ちゃん達が死ぬことはない。
 向こうが殺しに来た場合は……まぁ、何とか穏便に済ませよう。
 そんな風に考えていた時、リートは懐から取り出した一枚のチップコインを指先でクルリと回転させ、掌の中に収めた。

「よし。奴等も位置についた頃じゃろうし、早速作戦に移ろうか」
「えっ、もう?」
「さて、と……」

 驚く私を無視して、リートは辺りを見渡し、近くにあったルーレット台の足の隙間にチップをはめた。
 それからリートが手を離すと、チップは赤い光を放ち始める。

「ほれ、行くぞ」

 リートは静かな声で言うと、私の腕を掴んで歩き始める。
 それに驚きつつも彼女の背中を追って歩いていた時、背後からボンッと破裂音がした。
 慌てて振り返るとそこでは、ルーレット台の足が一本粉砕し、台の木や絨毯等に引火していた。
 ……先程のチップに、爆発系の火魔法を付与していたのだ。
 ルーレット台に乗っていたチップや球が周りに散乱し、辺りは一瞬にして混乱の境地に陥っていた。

「うっわ……」
「今の内にさっさと行くぞ」

 リートの言葉に頷き、私達はすぐにギャンブル等を行う部屋から飛び出した。
 すると、私達とすれ違うように次々にロビーにいた人達が入ってきた。
 中には、受付嬢の女性もいる。
 なんとか人の波を抜けてカウンターの方に行くと、ロビーにはすでに人はほとんどおらず、残っていた数少ない人はフレアとリアスが気絶させていた。

「おっ! おっせーぞ!」

 ロビーに出て来た私達を見て、フレアは笑いながらそう言ってくる。
 それに、カウンターに残っていた一人の受付嬢を寝かせたリアスが、小さく息をついて口を開いた。

「作戦は成功ね。……鍵は閉まってるみたいだけど」
「ンなもん壊せば良いだろ」

 リアスの言葉に、フレアはそう言うとカウンターテーブルの上から中に乗り込み、裏の扉を力ずくで蹴り抜いた。
 すると、バキィッと嫌な音を立てながら扉が開く。
 それを見て、リートは呆れたように溜息をついた。

「お主はホントに……まぁ良い。さっさと行くぞ」

 呆れた様子で言うと、リートは壁にぽっかりと空いた長方形の穴を潜って中に入る。
 フレアとリアスも後を追うように中に入るので、私も慌ててそれに続いた。
 カウンターの裏側は廊下が続いており、石造りの無機質な通路に、幾つか扉があった。
 運良く人はいないみたいだけど、この扉の中からダンジョンの入り口を探すのか……とげんなりしていると、フレアが奥までズンズンと歩を進めていく。
 何かと思っていた刹那、彼女は迷わずその扉を先程と同じ要領で開けた。
 ……あぁ、そっか……私以外は心臓がある場所までの道が分かるんだっけ……。

「それにしてももう少し躊躇しようよ……」
「む? どうかしたか?」

 呆れる私に、リートがそう聞いて来る。
 それに、私は「何でも無い」と答えつつ、フレアが開けた扉の方に行った。
 覗いてみると、扉を開けた先にはダンジョンに向かうものと思われる下り階段が一つ、静かに佇んでいた。

「ほれ、立ち止まってる暇なんて無いぞ」

 すると、後ろからリートがそう言って背中を押してきた。
 私はそれに踏みとどまることが出来ず、転ぶようにダンジョンの中に足を踏み入れた。

***

 黄金のように眩しい黄色い岩で囲まれた部屋にて、奴は鼻歌混じりに部屋の中を軽やかな足取りで徘徊していた。
 壁に出来た出っ張りの上には、黄金に近い山吹色の輝きを放つラグビーボール状の歪な形をした石が乗っており、まるで命を持っているかのように脈打っている。
 ドクンッ、ドクンッ……と室内に響く脈音の中に、突如としてそれに重なるように幾重もの鼓動の音が聴こえ、奴は立ち止まった。

「……?」

 不思議そうに顔を上げた奴は、キョトンとした表情で辺りを見渡す。
 それから耳を澄ませてみると、室内に響く幾つもの脈動に加え、何やらノイズのような雑音も混じって聴こえてくる。
 しばらくして、その音の正体に気付いた奴は、パァッと明るい笑みを浮かべた。

「わぁ、やっと来たんだぁ。もう待ちくたびれたよぉ~」

 暢気ながらもどこか楽しむような口調で言いながら、奴は壁に立て掛けていた大槌を持ち上げ、肩に掛けた。
 それから、クスクスと笑い始める。

「それに……珍しい来客もいるみたい。ここに誰かが来るのなんて、カジノ? の人達以来かな?」

 鈴の音のような笑い声を上げながら、奴は大槌を持ったままクルクルと踊るように歩き始める。
 クルッと回転した奴は、満面の笑みを浮かべて、続けた。

「こんなにお客さんが来てくれるなんて初めて! 折角だから、全身全霊でお出迎えしなくちゃね!」
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