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第6章:光の心臓編
160 オリエンスの町にて前編
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ヒーレアン国の東側の隣国、パルトイア国との国境線近くにある町、オリエンス。
日も大分西に傾き空が茜色に染まる中、疎らな人の波に紛れ、物珍しそうに辺りを見渡しながら道を進む人物がいた。
焦げ茶色の外套を身に纏ってフードを目深に被ったその人物は、今日の寝床となる宿屋を探すべく、辺りの建物を見渡していた。
──お金に余裕があるわけでも無いし、折角なら安い場所が良いけど……似たような建物ばかりで、やっぱり見た目だけじゃその宿の料金なんて分からないな。
──せめて、料金表とか建物の前に出してくれたら良いのに……。
彼女が頭の中で愚痴るように考えながら、小さく嘆息した時だった。
「きゃぁッ!」
突然背後から聴こえた女性の悲鳴に、その人物は咄嗟に振り向いた。
そこでは、二十代前半程の赤髪の女性が地面にへたり込んでいる。
視線を上げると、若い男性が少女がいる場所とは逆の方向に走っていくのが見えた。
──まさか……ひったくりッ!?
「誰かあの人を捕まえて下さいッ! 財布を盗まれたんですッ!」
外套の少女の思考に呼応するかのように、赤髪の女性が悲鳴を上げる。
少女はすぐにひったくり犯を捕えるべく駆け出そうとするが、元々彼女と女性の距離が離れていたこともあり、普通に追いかけても追いつけないような距離が空いていた。
少女はギリッと小さく歯ぎしりをすると、すぐに足を後ろに下げて踏ん張りながら口を開いた。
「聖なる風よ。我に疾風の如き俊敏さを与える為、今我に加護を与えてくれ給え。シュネルフース」
彼女は詠唱を唱えると同時に強く地面を蹴り、ひったくり犯に向かって駆け出した。
風魔法によって身体能力を上げた彼女は、まるで瞬間移動の如き速度でひったくり犯との距離を詰め、すぐに左手で男の襟首を掴んだ。
彼女はすぐさま体を捻り、片手で男の体を地面に叩き付ける。
「がはッ……!?」
突然高速で地面に投げつけられ、男は困惑の表情を浮かべながら声を漏らす。
その時、男が手に持っていた麻袋が宙を舞い、地面に転がった。
中には金貨のような物が入っているのか、麻袋が地面の上に落下すると金属同士がぶつかり合ったような甲高い音がした。
男は咄嗟に麻袋に手を伸ばすが、先に外套の少女がそれを拾う。
「なッ……」
「……何モ見なイことに、する。……逃げレば、良い」
違和感のある口調で言う外套の少女に、男は眉を顰めて「は……?」と聞き返す。
不自然な言葉遣いや独特な訛りのせいで、少女が言ったことが瞬時に理解出来なかったのだ。
しかし、聞き返して数秒程経った後で「見逃してやるから逃げたいなら逃げろ」という意味だと察し、男は舌打ちをしながら立ち上がる。
自分を捕まえたのがまともに言葉を話すことも出来ない少女だったという事実に腹が立ったが、ここで戦っても勝ち目が無く時間の無駄だと考え、男はすぐに踵を返してその場を立ち去った。
走り去っていく男の後ろ姿を見つめた少女はすぐに小さく息をつき、ひったくりをされてへたり込んだままの女性の元に駆け寄った。
「あの……貴方のさイフは、こレが正解、でスか……?」
ぎこちない口調で話しながら、少女は男から奪った麻袋を差し出した。
彼女の言葉に、赤髪の女性は麻袋を受け取りながら大きく頷いた。
「えぇ、えぇ……! これです! ありがとうございます!」
女性は何度も頭を下げて礼を言いつつ、片手で麻袋を持ってもう片方の手を地面について立ち上がろうとする。
しかし、すぐに彼女は「つッ……!」と小さく声を漏らしながら、足首を押さえて再度地面にへたり込んでしまった。
それに、外套の少女はすぐにフードを被り直しながら女性の元に駆け寄り、足首を押さえている手を外させた。
見れば、そこは赤く腫れている。
──もしかして、ひったくりをされた時に捻ったのか……?
「……すみませン。失礼しマす」
「えっ……?」
小さく呟く少女に、女性は掠れた声で聞き返す。
しかし、少女はそれに特に反応を示すことなく女性の足首に手を当て、口を開いた。
「聖なる光よ、かの者の怪我を直す為、今我に加護を与えてくれ給え。ドマージュソワン」
少女がそう囁くと、彼女の掌に淡い光が灯り、赤髪の女性の捻挫を癒す。
みるみるうちに足首の腫れが引いていく様子に、女性は目を見開いた。
「な、何から何まですみません……! 本当に、ありがとうございます……! 何とお礼をすれば良いか……!」
「いいエ……わたシは特別なこトは、何もしてイません」
慌てて立ち上がりながら感極まった様子で感謝する女性に、少女は後ずさりながらそう答えつつ、フードを深く被り直す。
その言葉に女性は僅かに口ごもったが、目の前にいる少女の姿をしばし観察した後、おずおずと口を開いた。
「あの……もしかして、旅をされている方……ですか……?」
「……? はい、そうでスけど……」
「やっぱり……! あの、実は、私の両親が宿屋の経営をしておりまして……今日の宿が決まっていないのであれば、良かったらウチに来て下さい。あまり豪勢なおもてなしは出来ませんが……今回のお礼に、お安く致しますから」
「そンな……私はほンとうに、素晴らしイこと、してないノで……」
にこやかに笑みを浮かべながら言う赤髪の女性に、少女は拙い言葉で申し訳なさそうに答えながら目を伏せる。
その様子に、女性は少女に取り戻してもらった麻袋を握りしめながら続ける。
「私達の生活は、お世辞にも裕福なものでは無くて……このお金も、とても貴重なものなんです。それに、家族には光魔法を使える者もいないので、捻挫を治す為に薬を買わないといけないところでしたし……貴方にとっては大したことでは無くても、私にとっては凄く有難かったんです。だから、せめてこれくらいはしないと、私の気が済まないんです」
「……そこまデ言うの、でシたら……お言葉に甘えさせテ、頂きまス……」
力説する女性の言葉に折れ、少女は途切れ途切れにそう答えながら、降参したように両手を挙げた。
その返答に女性は嬉しそうに笑みを浮かべ、踵を返す。
「ありがとうございます。それでは案内しますので、付いて来て下さい」
「……分かりましタ」
少女はそう答えると、歩き出す女性の背中を追って歩き出す。
彼女の動きに合わせて、本来右腕があるべき部分の外套が揺れた。
それを見て、女性は僅かに驚いた表情を浮かべたが、すぐに少女の顔を見つめて口を開いた。
「あの、違ったら申し訳ないのですが……もしかして、貴方はこれから、ヒーレアン国のルリジオに向かっていますか?」
「……どうしテそのこトを……」
どうして知っているのかと聞き返そうとした少女は、自分の右肩に視線を落として「あぁ」と小さく呟いた。
それを見た女性は、「やっぱりそうですか」と呟くように答えた。
「実は今、ヒーレアン国の北部の方は雪が積もっているらしくて……ルリジオはかなり北の方にありますから、恐らく積雪地帯に入っていると思います」
「……そうなんでスか……」
「防寒具が無いのであれば、結構前にお客さんが忘れていったものがあるのでお譲り出来ますが……流石に歩いていくのは困難だと思うので、この町で、ノスタルト車でルリジオまでの送迎を依頼すると良いですよ」
饒舌に語る女性の言葉に、外套の少女はフードを深く被り直しながら僅かに目を見開いた。
自分の旅についての様々なアドバイスだけでなく、話の中で当然のように防寒具を譲ってくれることまで提案してくれており、かなり親切な人だと感じた。
少女は驚きを隠すように顔を伏せながら、小さく口を開いた。
「色々教えてくレテ、ありがトうございマす。……あナたは、親切なヒとです」
「そんな……助けて頂いたのは私の方ですから、これくらい当たり前のことですよ。……っと、到着しましたね」
前方に視線を向けながら言う女性に、少女も釣られるようにして視線を前に向けた。
そこにあったのは、今まで見てきた中では比較的こじんまりとした感じの、少し古びた宿屋だった。
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日も大分西に傾き空が茜色に染まる中、疎らな人の波に紛れ、物珍しそうに辺りを見渡しながら道を進む人物がいた。
焦げ茶色の外套を身に纏ってフードを目深に被ったその人物は、今日の寝床となる宿屋を探すべく、辺りの建物を見渡していた。
──お金に余裕があるわけでも無いし、折角なら安い場所が良いけど……似たような建物ばかりで、やっぱり見た目だけじゃその宿の料金なんて分からないな。
──せめて、料金表とか建物の前に出してくれたら良いのに……。
彼女が頭の中で愚痴るように考えながら、小さく嘆息した時だった。
「きゃぁッ!」
突然背後から聴こえた女性の悲鳴に、その人物は咄嗟に振り向いた。
そこでは、二十代前半程の赤髪の女性が地面にへたり込んでいる。
視線を上げると、若い男性が少女がいる場所とは逆の方向に走っていくのが見えた。
──まさか……ひったくりッ!?
「誰かあの人を捕まえて下さいッ! 財布を盗まれたんですッ!」
外套の少女の思考に呼応するかのように、赤髪の女性が悲鳴を上げる。
少女はすぐにひったくり犯を捕えるべく駆け出そうとするが、元々彼女と女性の距離が離れていたこともあり、普通に追いかけても追いつけないような距離が空いていた。
少女はギリッと小さく歯ぎしりをすると、すぐに足を後ろに下げて踏ん張りながら口を開いた。
「聖なる風よ。我に疾風の如き俊敏さを与える為、今我に加護を与えてくれ給え。シュネルフース」
彼女は詠唱を唱えると同時に強く地面を蹴り、ひったくり犯に向かって駆け出した。
風魔法によって身体能力を上げた彼女は、まるで瞬間移動の如き速度でひったくり犯との距離を詰め、すぐに左手で男の襟首を掴んだ。
彼女はすぐさま体を捻り、片手で男の体を地面に叩き付ける。
「がはッ……!?」
突然高速で地面に投げつけられ、男は困惑の表情を浮かべながら声を漏らす。
その時、男が手に持っていた麻袋が宙を舞い、地面に転がった。
中には金貨のような物が入っているのか、麻袋が地面の上に落下すると金属同士がぶつかり合ったような甲高い音がした。
男は咄嗟に麻袋に手を伸ばすが、先に外套の少女がそれを拾う。
「なッ……」
「……何モ見なイことに、する。……逃げレば、良い」
違和感のある口調で言う外套の少女に、男は眉を顰めて「は……?」と聞き返す。
不自然な言葉遣いや独特な訛りのせいで、少女が言ったことが瞬時に理解出来なかったのだ。
しかし、聞き返して数秒程経った後で「見逃してやるから逃げたいなら逃げろ」という意味だと察し、男は舌打ちをしながら立ち上がる。
自分を捕まえたのがまともに言葉を話すことも出来ない少女だったという事実に腹が立ったが、ここで戦っても勝ち目が無く時間の無駄だと考え、男はすぐに踵を返してその場を立ち去った。
走り去っていく男の後ろ姿を見つめた少女はすぐに小さく息をつき、ひったくりをされてへたり込んだままの女性の元に駆け寄った。
「あの……貴方のさイフは、こレが正解、でスか……?」
ぎこちない口調で話しながら、少女は男から奪った麻袋を差し出した。
彼女の言葉に、赤髪の女性は麻袋を受け取りながら大きく頷いた。
「えぇ、えぇ……! これです! ありがとうございます!」
女性は何度も頭を下げて礼を言いつつ、片手で麻袋を持ってもう片方の手を地面について立ち上がろうとする。
しかし、すぐに彼女は「つッ……!」と小さく声を漏らしながら、足首を押さえて再度地面にへたり込んでしまった。
それに、外套の少女はすぐにフードを被り直しながら女性の元に駆け寄り、足首を押さえている手を外させた。
見れば、そこは赤く腫れている。
──もしかして、ひったくりをされた時に捻ったのか……?
「……すみませン。失礼しマす」
「えっ……?」
小さく呟く少女に、女性は掠れた声で聞き返す。
しかし、少女はそれに特に反応を示すことなく女性の足首に手を当て、口を開いた。
「聖なる光よ、かの者の怪我を直す為、今我に加護を与えてくれ給え。ドマージュソワン」
少女がそう囁くと、彼女の掌に淡い光が灯り、赤髪の女性の捻挫を癒す。
みるみるうちに足首の腫れが引いていく様子に、女性は目を見開いた。
「な、何から何まですみません……! 本当に、ありがとうございます……! 何とお礼をすれば良いか……!」
「いいエ……わたシは特別なこトは、何もしてイません」
慌てて立ち上がりながら感極まった様子で感謝する女性に、少女は後ずさりながらそう答えつつ、フードを深く被り直す。
その言葉に女性は僅かに口ごもったが、目の前にいる少女の姿をしばし観察した後、おずおずと口を開いた。
「あの……もしかして、旅をされている方……ですか……?」
「……? はい、そうでスけど……」
「やっぱり……! あの、実は、私の両親が宿屋の経営をしておりまして……今日の宿が決まっていないのであれば、良かったらウチに来て下さい。あまり豪勢なおもてなしは出来ませんが……今回のお礼に、お安く致しますから」
「そンな……私はほンとうに、素晴らしイこと、してないノで……」
にこやかに笑みを浮かべながら言う赤髪の女性に、少女は拙い言葉で申し訳なさそうに答えながら目を伏せる。
その様子に、女性は少女に取り戻してもらった麻袋を握りしめながら続ける。
「私達の生活は、お世辞にも裕福なものでは無くて……このお金も、とても貴重なものなんです。それに、家族には光魔法を使える者もいないので、捻挫を治す為に薬を買わないといけないところでしたし……貴方にとっては大したことでは無くても、私にとっては凄く有難かったんです。だから、せめてこれくらいはしないと、私の気が済まないんです」
「……そこまデ言うの、でシたら……お言葉に甘えさせテ、頂きまス……」
力説する女性の言葉に折れ、少女は途切れ途切れにそう答えながら、降参したように両手を挙げた。
その返答に女性は嬉しそうに笑みを浮かべ、踵を返す。
「ありがとうございます。それでは案内しますので、付いて来て下さい」
「……分かりましタ」
少女はそう答えると、歩き出す女性の背中を追って歩き出す。
彼女の動きに合わせて、本来右腕があるべき部分の外套が揺れた。
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「……どうしテそのこトを……」
どうして知っているのかと聞き返そうとした少女は、自分の右肩に視線を落として「あぁ」と小さく呟いた。
それを見た女性は、「やっぱりそうですか」と呟くように答えた。
「実は今、ヒーレアン国の北部の方は雪が積もっているらしくて……ルリジオはかなり北の方にありますから、恐らく積雪地帯に入っていると思います」
「……そうなんでスか……」
「防寒具が無いのであれば、結構前にお客さんが忘れていったものがあるのでお譲り出来ますが……流石に歩いていくのは困難だと思うので、この町で、ノスタルト車でルリジオまでの送迎を依頼すると良いですよ」
饒舌に語る女性の言葉に、外套の少女はフードを深く被り直しながら僅かに目を見開いた。
自分の旅についての様々なアドバイスだけでなく、話の中で当然のように防寒具を譲ってくれることまで提案してくれており、かなり親切な人だと感じた。
少女は驚きを隠すように顔を伏せながら、小さく口を開いた。
「色々教えてくレテ、ありがトうございマす。……あナたは、親切なヒとです」
「そんな……助けて頂いたのは私の方ですから、これくらい当たり前のことですよ。……っと、到着しましたね」
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