命を助けてもらう代わりにダンジョンのラスボスの奴隷になりました

あいまり

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第6章:光の心臓編

162 ルリジオにて

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<猪瀬こころ視点>

 翌日、私達は早朝にネーヴェの町を発ち、光の心臓があるルリジオを目指してヒーレアン国の北部へと向かった。
 ヒーレアン国北部が積雪地帯という話は本当みたいで、北の方に向かうにつれて体感気温はさらに下がり、中部に差し掛かった頃から少しずつ地面は白く染まっていった。
 しかし、前もって準備を整えておいたおかげで積雪地帯に入っても目立った苦難に直面することは無く、順調に移動を進めることが出来た。
 ヒーレアン国の面積はあまり大きくないのか、リートとフレアを気遣った少しゆっくりめの移動でも、日が西に傾き始めた頃には光の心臓が封印されているというルリジオに到着することができた。

「ひとまず、先にノスタルト車を預けてくるわ。そしたらどこか宿をとって、今後の動きについて話し合いましょう」

 リアスはそう言って、アランと共にノスタルト車を預けに向かった。
 残された私達は、ひとまず目立たぬように手近な細い路地に入り、二人が戻ってくるまで待機することになった。

「リート、怪我の具合はどう? 回服薬は追加しなくても良い?」

 裏路地の木箱の上に腰を下ろしたリートに、私はそんな風に声をかけつつ、移動の中で少し乱れていた彼女の防寒具を正してやる。
 言葉を発するのと同時に、口からは白い吐息が漏れた。
 高いステータスの恩恵か防寒具のおかげか、思っていたよりも寒さは気にならない。
 しかし、問題はリートだ。
 彼女は元々あまり体が強い部類では無さそうだし、体力も少ない方だ。
 胸の傷についても気を遣う必要はあるが、もしかしたら体温の低下によって体調を崩してしまうかもしれない。
 場合によっては、体調の変化によって胸の怪我がさらに悪化する可能性もある。
 今まで以上に気を張らなければ……。

「怪我は、まだ、平気じゃ……痛みは、無い……しかし……ここは、少し、冷えるのぅ……」

 心の中で意気込む私に対し、リートは掻き消えそうな弱々しい声でそう言いながら、自分の腕を何度か擦る。
 白い息と共に囁かれたその言葉に、私は「そっか……」と呟くように答えた。
 私にこの寒さをどうにかする術があれば良いのだが、魔法の知識も適正も一切無い私には、彼女の体を温める術は無に等しい。
 せいぜい、リアス達が早く戻ってくるように祈るくらいのことか。
 ひとまず私は少しでも寒さを紛らわせるようにと両手で彼女の手をとり、包み込むようにして軽く握った。

「ぶぇっくしょんッ!」

 すると、リートの横に木箱に腰掛けていたフレアが、盛大にくしゃみをした。
 彼女は指でグシグシと鼻の下を擦ると、イライラした様子で貧乏揺すりをしながら口を開いた。

「ったく、本当にさみぃなここは。アイツ等はまだなのかよ」
「さ、さっき、わ、分かれたばかり、だ、から……ま、まだまだ、じゃ、無い、かな……?」

 苛立ちを露わにするフレアに、ミルノはどこか怯えたような態度でそう答える。
 フレアはそれにイライラした様子で舌打ちをしつつ、ガリガリと頭を掻く。
 それを見たミルノは「ご、ごめんなさい……!」と意味も無く謝り、居心地悪そうに体を縮こまらせてしまった。

 なんか、この二人の間で上下関係のようなものが出来ているような……?
 いや、多分ミルノが一方的に怯えているだけなんだろうけど。
 彼女のような気弱なタイプには、フレアのような性格の人間は合わないというか……少々刺激が強いのだろう。
 と言っても、私も別に気が強い方では無いと思うが……まぁ、割と前から一緒にいるし、慣れのようなものだろうか。
 ミルノも早く慣れてくれれば良いのだが……。
 そんな風に考えていた時、ドンッと背中に衝撃を感じた。

「っと……」
「わ、すみません!」

 前のめりによろめく私に、背後から慌てた様子で謝る男性の声がする。
 私は足を強く踏ん張ることでその場に踏み留まりつつ、すぐに後ろに振り向いてぶつかってきた人物を見た。
 そして、目を見開いた。

「……は?」
「すみません、僕の不注意で……お怪我はありませんか?」

 申し訳なさそうに謝りながら言うのは、緑色の短髪をした青年だった。
 身長は私より少し高く、太っているわけでも痩せているわけでもない、中肉中背の体。
 日本出身の私にとっては髪色が少し目を引くが、この世界ではどこにでもいるような、ごく普通の見た目だった。
 ……話している間、終始両目が固く閉じられていることを除いては。

「いや、あの……どうして、ずっと目を瞑っているんですか?」
「……? ……あぁ、これですか」

 恐る恐る尋ねた言葉に、青年は一瞬不思議そうな表情を浮かべたが、すぐに小さく微笑みながら自分の目を指差した。
 それに私が「はい……」と答えると、彼は微笑を崩さぬまま続けた。

「これは神の教えなんです。我々人類は、見た目や中身は多少違えど、皆が神の元に産まれた平等な存在。ですが、人は見た目や第一印象で相手のことを決め付け、無意識に差別してしまうことがあります。なのでこうして目を瞑り、外見で人を判断しないようにしているのです」
「で、でも……目が見えていないと、色々と不便ですよね? そのことについては大丈夫なんですか?」
「確かに慣れるまでは不便でしたが、目を瞑ることで他の感覚が研ぎ澄まされ、視界を補ってくれるのですよ。なので、最近はあまり不便では無いですね。……と言っても、先程ぶつかってしまった自分が言っても、説得力は無いとは思いますが」

 にこやかな笑みを浮かべながら平然と言ってのける青年に、私は面食らってしまう。
 神の教え、ということは……宗教か何かか?
 人が平等な存在……とやらは別に否定はしないが、人を差別しない為に視界を無くすなんて、どういう考え方をしているんだ?
 驚きのあまり言葉を失っていると、青年は私に小さく会釈をして、細い路地を歩いていった。

「……セルマーノ教、じゃな」

 ぼんやりと青年の後ろ姿を見送っていると、リートがそんな風に呟いたのが聴こえた。
 それに、私はすぐに彼女に顔を向けた。

「えっと……せる……?」
「セルマーノ教……神が、この世界を、作り……人類は、皆……神の手によって、産みだ、された……公正で、平等な、存在であると、する、宗教じゃな……」

 聞き返す私に、リートは荒い呼吸を繰り返しながら、そう説明した。
 それに、フレアはガリガリと頭を掻きながら口を開いた。

「ったく、懐かしい名前だな。三百年も経って、すっかり廃れたと思ってたのによ」
「えっと……この世界では、有名な宗教なの?」
「正確には、有名だった、って言うのが正しいわね」

 気怠そうに言うフレアに聞き返した時、背後からそんな言葉が返ってきた。
 振り向くと、そこにはいつの間にか戻ってきたリアスとアランが立っていた。

「リアス……! ……有名だった、って?」
「三百年前までは、それなりに知名度のある宗教だったわ。人を差別しない為に目を瞑るって考え方もあったけど……流石にあれは、よっぽど熱狂的な信者じゃ無い限り、実行する人間は少なかったわね」
「そうなんだ……」
「でも懐かしいよね~。ダンジョン出てから全然話に聞かなかったから、てっきり無くなったのかと思ってた~」

 リアスとアランの言葉に、私は小さく息をついた。
 まぁ、人間は皆平等って考えは日本にもあったし、セルマーノ教とやらはそれが少し大袈裟になった感じなのだろうか。
 そんな風に納得していると、リアスは「そんなことより」と話を切り上げた。

「ずっとこんな場所にいても邪魔になるだけだし、ひとまず、適当な宿屋にでも入りましょう? リートも、流石に寒さが堪えてくる頃でしょうし」
「おい、俺の心配はねぇのかよ?」
「貴方は自分で何とかしなさい」

 いつものように始まる二人の軽口を聞き流しつつ、私はリートに手を差し出した。

「リート、立てる? 無理そうなら、私が運ぶけど……」
「ははっ……流石に、少し過保護過ぎるぞ。じゃが……気遣いには、感謝しよう」

 リートはどこか疲れたような微笑を浮かべながら言い、私の手を握って木箱の上から立ち上がる。
 その横で、フレアがリアスと何か言い争いをしながら立ち上がっているのが視界の隅に入ってきた。
 こうして、私達は宿屋への移動を開始した。
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