188 / 208
第6章:光の心臓編
182 一緒に
しおりを挟む
「私は、もう……友子ちゃんとは、一緒にはいられない」
俯いたまま、私は出来るだけハッキリとした口調でそう答えた。
上手く伝わっただろうか。
不安に思いながらも、今の私には、顔を上げて彼女の反応を確認する勇気なんて無かった。
仮にも好きな人に約束を破られて、悲しんでいるかもしれない。
逆の立場だったら、私はきっと、今まで感じたどんな悲しみにも勝る程の絶望を感じるだろう。
いっそ声を荒げて責め立ててくれば、どれだけ楽になることか。
唯一無二の友達を悲しませるくらいなら、いっそ今この場で怒りを露わにして、気が済むまで私にぶつけて欲しいとすら願ってしまう。
でも、友子ちゃんがそんなことをする子ではないことは、よく分かっている。
短い付き合いではあるが、それでも彼女は、とても優しい子だから。
そんな彼女が自分のせいで傷付いている姿を見るのが怖くて、私は相変わらず俯いたまま、彼女からの言葉を待った。
「もしかして……心臓の魔女に、何か言われた?」
永遠に続くかと思われた静寂の後。
不意に返ってきたのは、そんな言葉だった。
その声は酷く冷ややかで、まるで心臓の裏側を氷でなぞられたかのような悪寒が走る。
思わず顔を上げると、そこには光の失せた暗い瞳でこちらを見つめる友子ちゃんの姿があった。
「と……友子、ちゃん……?」
「優しいこころちゃんが、私との約束を破る訳無いもんね? 凄く苦しそうな顔してるし……大方、あの女に何か吹き込まれたんでしょう?」
彼女は淡々とした口調で言うと、すぐにニコッと優しい笑みを浮かべ、未だに突き出したままの私の手を掴んで続けた。
「大丈夫っ! 私はこころちゃんのこと、ちゃんと分かってるから! 心配しなくても、私はずっとこころちゃんの味方だよ?」
「友子ちゃん……な、何言って……」
「でも、こころちゃんにこんなこと言わせるなんて……やっぱり、あの女は一刻も早く始末しないと……こんなことになるなら、あの時ちゃんと仕留めておくんだったな……まぁでも、今からでも間に合うか……」
彼女は何やら独り言のようにブツブツと呟きつつ、私の手からコートを取って肩に羽織らせてくる。
それに、私はすぐに彼女の手を掴みながら「ち、違うよ!」と声を荒げた。
「私は本当に、自分の意思で言ってるんだよ! 確かに、ずっと一緒にいるって約束したけど……私、本当はリートのことが──」
本当はリートのことが好き。
そう続けようとした私の言葉は、友子ちゃんの目を見たことで遮られる。
空色の瞳からは完全に光が失われ、視線は僅かに焦点が合っておらず、目の前にいる私では無い別の何かを見ているように思えた。
一切の感情を失ったかのような冷たい表情は、まるで底が見えない暗い深海を覗いたかのような、言い知れない不安感を覚えさせる。
彼女は言葉を詰まらせた私にユラリと視線を向けると、口角を釣り上げるように小さく笑みを浮かべた。
「大丈夫。私がこころちゃんのこと、守ってあげる。……私、こころちゃんの為なら、何でもできるんだよ?」
彼女はそう言いながらゆっくりと手を伸ばし、私の髪を指で軽く掻き上げて耳に掛けさせた。
暗い瞳で口元に笑みを浮かべたまま、彼女は続ける。
「ずっと変えられなかった見た目や性格を変えることも、死に物狂いで戦って強くなることも、大嫌いな奴の奴隷になって従うことも……どんなことでも、私、こころちゃんの為だと思ったら平気なの。辛いとか、苦しいとか……全然思わないんだよ?」
「そんな……」
「寺島さんを殺した時もね、こころちゃんの仇を取れると思ったら、後悔とか罪悪感とか全く無かったんだ」
平然と続けられたその言葉に、私は突然頭から氷水をぶっかけられたかのような衝撃を受け、その場で硬直した。
寺島を、殺した?
……友子ちゃんが……?
「な……にを……」
「ん? あぁ、言って無かったっけ? ホラ、私、元々こころちゃんがダンジョンで死んだって思っていたじゃない? そんな中で、寺島さんだけが戻ってきて……アイツがこころちゃんを殺したんだと思ったら、こう……衝動的に……」
まぁ、もう済んだ話だけどね、と。
後半の方は尻すぼみになりながらも、彼女は微笑を浮かべたまま、なんてことないかのように答えてみせた。
いや……衝動的に、じゃない。済んだ話でも無いよ。
一人の人間を……それも、クラスメイトを殺したんだぞ……!?
そりゃあ確かに、寺島は友子ちゃんのイジメの主犯である東雲のグループに所属していたし、クラスメイトだからと言って情なんて物は微塵も無かったのかもしれない。
……いや。彼女の殺害動機が、イジメによる私怨だったらまだ良かった。
さっきの口振りから察するに、彼女が寺島を殺した理由は……──
「──……私の……為に……?」
そう聞き返した声は、自分でも驚く程に掠れていた。
しかし、そんな声でも目の前に立つ彼女の耳にはちゃんと届いたようで、すぐに私の目を見て大きく頷いた。
「私、こころちゃんと一緒にいられるなら、それ以外は何もいらないの。心臓の魔女も、その守り人も……私とこころちゃんの邪魔をする奴等は、皆私が殺してあげるよ」
だから……と。
彼女は私の手を取って軽く引き寄せ、耳元に口を近付けて続けた。
「……ずっと一緒にいようね。こころちゃん」
彼女の唇から紡がれた言葉に、私は静かに息を呑む。
その言葉はまるで、飼い主が飼い犬に繋げる鎖のように、私の首を冷たく締め付ける。
呼吸が苦しくなるかのような感覚の中、ドッドッドッドッ……と頭の中に響き渡るけたたましい音が自分の鼓動の音だと理解するまでに、数十秒程の時間を要した。
……彼女が私に向ける感情は、私が思っていたよりも、大きすぎる。
てっきり、異世界召喚という特殊な環境の中で芽生えた、一種の吊り橋効果による淡い恋心だと思っていた。
それすらも、本当は私の自意識過剰ではないかと何度も自問自答を繰り返す程に、信じられないものだった。
だと言うのに、今目の前に立つ少女が私に向ける感情は、そんな可愛らしいものですらない。
私を絶対的な存在か何かだと信じて疑わず、間違っているのは私以外の全てで、私の為ならそれ以外の全てはどうなっても良いと思っている。
崇拝。妄信。依存。束縛。
そんな言葉を彷彿としてしまう程の、盲目的で病的なまでの狂愛。
大切な友達を否定したくは無いし、こんなこと考えたくも無かったが……流石に、これは……──。
「……どう……して……」
首に巻き付けられた鎖が、ギチギチと鈍い音を立てて強く締め付けているかのような息苦しさの中、私は掠れた声でどうにか言葉を紡ぐ。
すると、友子ちゃんは私の顔を見て、コテンと軽く首を傾げて見せた。
相変わらず光を失ったままの暗く冷たい瞳は、こうして見つめているだけで、思わず吸い込まれてしまいそうな言い知れない不気味さを漂わせている。
私は怖気づきそうになりながらも、右手を軽く握り締めながら続けた。
「どうして、そんな……私の、こと……」
「……こころちゃんじゃないと、ダメなんだよ」
喉を締め付けられるような感覚の中で何とか紡いだ私の言葉に、友子ちゃんは口元に小さく笑みを浮かべながら言い、両手を優しく添えるように私の肩に置いた。
突然のことに驚く間も無く、彼女はすぐさま軽く背伸びをして──「ッ……」──唇を重ねた。
ずっとこの寒空の下にいたせいだろうか、彼女の唇は酷く冷たくて、柔らかい。
……突き返さなければ。
頭では分かっているのに、その体はまるで凍り付いてしまったかのように硬直し、指先一つ動かせなかった。
友子ちゃんはそんな私を見て嬉しそうにその目を細めると、ソッと静かに唇を離し、私の腰に両手を回して首筋辺りに顔を埋めてくる。
今の私にそれを拒絶する余裕などある筈も無く、その場に立ち尽くしたまま、彼女の抱擁を受け止めることしか出来なかった。
……私じゃないと、ダメ……か。
あぁ、なんだ……簡単な話じゃないか。
友子ちゃんを……貴方をおかしくしてしまったのは、私だったんだね。
『その女と一緒にいると、貴方はいつか……不幸になりますよ』
不意に思い出したのは……ギリスール王国を出る時に聞いた、ノワールの言葉だった。
リートと一緒にいることを選んだ私に、忠告という名目で投げかけた言葉。
……本当に?
あの言葉は本当に、リートのことを言っていたの?
本当は……私のことを言っていたんじゃないのか?
だって、私は今こうして、大切な友達の人生を狂わせているじゃないか。
……いや。彼女だけじゃない。
私は今までだって、多くの人の人生を狂わせてきた。
私がいなければ、友子ちゃんがこうなることは無かった。
私がいなければ、リートやフレアが傷を負うことも無かった。
私がいなければ、寺島が殺されることも無かった。
私がいなければ、あの子がいなくなることも無かった。
私がいなければ、母さんが苦しむことも無かった。
私が──私なんかが、いなければ。
こんなことには、ならなかったのに。
「それじゃあ、私はそろそろ行くね?」
どれくらいの時間が経った頃だろうか。
私の体を抱き締め、首筋や胸の辺りにスリスリと顔を擦り付けるようにして甘えていた友子ちゃんは、不意にそんなことを言って体を離す。
彼女の言葉に、私の口からはほぼ反射的に「ぇ……?」と掠れた声が漏れた。
すると、彼女はうっとりとした笑みを浮かべたまま私の顔を見上げ、その目を緩めて続けた。
「フフッ。ずっとこうしていたいって気持ちは山々なんだけど……私達がずっと一緒にいる為には、先にやらないといけないことがあるんだぁ」
彼女はどこか上機嫌な様子で言いながら私の手を取り、自分の指を絡めて恋人繋ぎのような状態を作る。
私はそれを拒絶出来ないまま、「それって……」と咄嗟に聞き返す。
すると彼女は「うんっ!」と明るい声で頷き、私の手を握る力を強めて続けた。
「私達の邪魔をする、心臓の魔女を殺すんだよっ!」
サァッ……と、一瞬にして血の気が引いたのを感じる。
リートを……殺す……?
ダメ……それだけは、絶対に……──。
「あの女を殺せば、こころちゃんも奴隷じゃなくなって、ずっと一緒にいられるんだよ? それって、すごく素敵なことだと思わないっ?」
「……」
嬉々とした様子で語る友子ちゃんの言葉に、私は答えられない。
止めなくちゃいけないのに、言葉が出てこない。
だって、今の友子ちゃんには、もう……何を言っても、通用しな──。
『もしもまた、トモコがリートを殺しに来て、説得も通じなかった時……貴方は、トモコを殺せる?』
「ッ……!」
突然脳裏を過ぎったリアスの言葉に、私は息を呑んだ。
……殺す……? 私が、友子ちゃんを……?
彼女がこうなったのは……私のせいなのに……?
「あはっ、そんな寂しそうな顔しなくても大丈夫だよ! ちゃちゃっと終わらせてすぐに戻ってくるから、ちゃんと待っててね?」
私の葛藤を分かっているのか否か、彼女は明るい声でそう言って私の手を離し、近くの雪山に刺さっていた矛を抜いて歩き出す。
待って。
そう言おうとした私の口からは、酷く掠れた吐息しか出てこなかった。
俯いたまま、私は出来るだけハッキリとした口調でそう答えた。
上手く伝わっただろうか。
不安に思いながらも、今の私には、顔を上げて彼女の反応を確認する勇気なんて無かった。
仮にも好きな人に約束を破られて、悲しんでいるかもしれない。
逆の立場だったら、私はきっと、今まで感じたどんな悲しみにも勝る程の絶望を感じるだろう。
いっそ声を荒げて責め立ててくれば、どれだけ楽になることか。
唯一無二の友達を悲しませるくらいなら、いっそ今この場で怒りを露わにして、気が済むまで私にぶつけて欲しいとすら願ってしまう。
でも、友子ちゃんがそんなことをする子ではないことは、よく分かっている。
短い付き合いではあるが、それでも彼女は、とても優しい子だから。
そんな彼女が自分のせいで傷付いている姿を見るのが怖くて、私は相変わらず俯いたまま、彼女からの言葉を待った。
「もしかして……心臓の魔女に、何か言われた?」
永遠に続くかと思われた静寂の後。
不意に返ってきたのは、そんな言葉だった。
その声は酷く冷ややかで、まるで心臓の裏側を氷でなぞられたかのような悪寒が走る。
思わず顔を上げると、そこには光の失せた暗い瞳でこちらを見つめる友子ちゃんの姿があった。
「と……友子、ちゃん……?」
「優しいこころちゃんが、私との約束を破る訳無いもんね? 凄く苦しそうな顔してるし……大方、あの女に何か吹き込まれたんでしょう?」
彼女は淡々とした口調で言うと、すぐにニコッと優しい笑みを浮かべ、未だに突き出したままの私の手を掴んで続けた。
「大丈夫っ! 私はこころちゃんのこと、ちゃんと分かってるから! 心配しなくても、私はずっとこころちゃんの味方だよ?」
「友子ちゃん……な、何言って……」
「でも、こころちゃんにこんなこと言わせるなんて……やっぱり、あの女は一刻も早く始末しないと……こんなことになるなら、あの時ちゃんと仕留めておくんだったな……まぁでも、今からでも間に合うか……」
彼女は何やら独り言のようにブツブツと呟きつつ、私の手からコートを取って肩に羽織らせてくる。
それに、私はすぐに彼女の手を掴みながら「ち、違うよ!」と声を荒げた。
「私は本当に、自分の意思で言ってるんだよ! 確かに、ずっと一緒にいるって約束したけど……私、本当はリートのことが──」
本当はリートのことが好き。
そう続けようとした私の言葉は、友子ちゃんの目を見たことで遮られる。
空色の瞳からは完全に光が失われ、視線は僅かに焦点が合っておらず、目の前にいる私では無い別の何かを見ているように思えた。
一切の感情を失ったかのような冷たい表情は、まるで底が見えない暗い深海を覗いたかのような、言い知れない不安感を覚えさせる。
彼女は言葉を詰まらせた私にユラリと視線を向けると、口角を釣り上げるように小さく笑みを浮かべた。
「大丈夫。私がこころちゃんのこと、守ってあげる。……私、こころちゃんの為なら、何でもできるんだよ?」
彼女はそう言いながらゆっくりと手を伸ばし、私の髪を指で軽く掻き上げて耳に掛けさせた。
暗い瞳で口元に笑みを浮かべたまま、彼女は続ける。
「ずっと変えられなかった見た目や性格を変えることも、死に物狂いで戦って強くなることも、大嫌いな奴の奴隷になって従うことも……どんなことでも、私、こころちゃんの為だと思ったら平気なの。辛いとか、苦しいとか……全然思わないんだよ?」
「そんな……」
「寺島さんを殺した時もね、こころちゃんの仇を取れると思ったら、後悔とか罪悪感とか全く無かったんだ」
平然と続けられたその言葉に、私は突然頭から氷水をぶっかけられたかのような衝撃を受け、その場で硬直した。
寺島を、殺した?
……友子ちゃんが……?
「な……にを……」
「ん? あぁ、言って無かったっけ? ホラ、私、元々こころちゃんがダンジョンで死んだって思っていたじゃない? そんな中で、寺島さんだけが戻ってきて……アイツがこころちゃんを殺したんだと思ったら、こう……衝動的に……」
まぁ、もう済んだ話だけどね、と。
後半の方は尻すぼみになりながらも、彼女は微笑を浮かべたまま、なんてことないかのように答えてみせた。
いや……衝動的に、じゃない。済んだ話でも無いよ。
一人の人間を……それも、クラスメイトを殺したんだぞ……!?
そりゃあ確かに、寺島は友子ちゃんのイジメの主犯である東雲のグループに所属していたし、クラスメイトだからと言って情なんて物は微塵も無かったのかもしれない。
……いや。彼女の殺害動機が、イジメによる私怨だったらまだ良かった。
さっきの口振りから察するに、彼女が寺島を殺した理由は……──
「──……私の……為に……?」
そう聞き返した声は、自分でも驚く程に掠れていた。
しかし、そんな声でも目の前に立つ彼女の耳にはちゃんと届いたようで、すぐに私の目を見て大きく頷いた。
「私、こころちゃんと一緒にいられるなら、それ以外は何もいらないの。心臓の魔女も、その守り人も……私とこころちゃんの邪魔をする奴等は、皆私が殺してあげるよ」
だから……と。
彼女は私の手を取って軽く引き寄せ、耳元に口を近付けて続けた。
「……ずっと一緒にいようね。こころちゃん」
彼女の唇から紡がれた言葉に、私は静かに息を呑む。
その言葉はまるで、飼い主が飼い犬に繋げる鎖のように、私の首を冷たく締め付ける。
呼吸が苦しくなるかのような感覚の中、ドッドッドッドッ……と頭の中に響き渡るけたたましい音が自分の鼓動の音だと理解するまでに、数十秒程の時間を要した。
……彼女が私に向ける感情は、私が思っていたよりも、大きすぎる。
てっきり、異世界召喚という特殊な環境の中で芽生えた、一種の吊り橋効果による淡い恋心だと思っていた。
それすらも、本当は私の自意識過剰ではないかと何度も自問自答を繰り返す程に、信じられないものだった。
だと言うのに、今目の前に立つ少女が私に向ける感情は、そんな可愛らしいものですらない。
私を絶対的な存在か何かだと信じて疑わず、間違っているのは私以外の全てで、私の為ならそれ以外の全てはどうなっても良いと思っている。
崇拝。妄信。依存。束縛。
そんな言葉を彷彿としてしまう程の、盲目的で病的なまでの狂愛。
大切な友達を否定したくは無いし、こんなこと考えたくも無かったが……流石に、これは……──。
「……どう……して……」
首に巻き付けられた鎖が、ギチギチと鈍い音を立てて強く締め付けているかのような息苦しさの中、私は掠れた声でどうにか言葉を紡ぐ。
すると、友子ちゃんは私の顔を見て、コテンと軽く首を傾げて見せた。
相変わらず光を失ったままの暗く冷たい瞳は、こうして見つめているだけで、思わず吸い込まれてしまいそうな言い知れない不気味さを漂わせている。
私は怖気づきそうになりながらも、右手を軽く握り締めながら続けた。
「どうして、そんな……私の、こと……」
「……こころちゃんじゃないと、ダメなんだよ」
喉を締め付けられるような感覚の中で何とか紡いだ私の言葉に、友子ちゃんは口元に小さく笑みを浮かべながら言い、両手を優しく添えるように私の肩に置いた。
突然のことに驚く間も無く、彼女はすぐさま軽く背伸びをして──「ッ……」──唇を重ねた。
ずっとこの寒空の下にいたせいだろうか、彼女の唇は酷く冷たくて、柔らかい。
……突き返さなければ。
頭では分かっているのに、その体はまるで凍り付いてしまったかのように硬直し、指先一つ動かせなかった。
友子ちゃんはそんな私を見て嬉しそうにその目を細めると、ソッと静かに唇を離し、私の腰に両手を回して首筋辺りに顔を埋めてくる。
今の私にそれを拒絶する余裕などある筈も無く、その場に立ち尽くしたまま、彼女の抱擁を受け止めることしか出来なかった。
……私じゃないと、ダメ……か。
あぁ、なんだ……簡単な話じゃないか。
友子ちゃんを……貴方をおかしくしてしまったのは、私だったんだね。
『その女と一緒にいると、貴方はいつか……不幸になりますよ』
不意に思い出したのは……ギリスール王国を出る時に聞いた、ノワールの言葉だった。
リートと一緒にいることを選んだ私に、忠告という名目で投げかけた言葉。
……本当に?
あの言葉は本当に、リートのことを言っていたの?
本当は……私のことを言っていたんじゃないのか?
だって、私は今こうして、大切な友達の人生を狂わせているじゃないか。
……いや。彼女だけじゃない。
私は今までだって、多くの人の人生を狂わせてきた。
私がいなければ、友子ちゃんがこうなることは無かった。
私がいなければ、リートやフレアが傷を負うことも無かった。
私がいなければ、寺島が殺されることも無かった。
私がいなければ、あの子がいなくなることも無かった。
私がいなければ、母さんが苦しむことも無かった。
私が──私なんかが、いなければ。
こんなことには、ならなかったのに。
「それじゃあ、私はそろそろ行くね?」
どれくらいの時間が経った頃だろうか。
私の体を抱き締め、首筋や胸の辺りにスリスリと顔を擦り付けるようにして甘えていた友子ちゃんは、不意にそんなことを言って体を離す。
彼女の言葉に、私の口からはほぼ反射的に「ぇ……?」と掠れた声が漏れた。
すると、彼女はうっとりとした笑みを浮かべたまま私の顔を見上げ、その目を緩めて続けた。
「フフッ。ずっとこうしていたいって気持ちは山々なんだけど……私達がずっと一緒にいる為には、先にやらないといけないことがあるんだぁ」
彼女はどこか上機嫌な様子で言いながら私の手を取り、自分の指を絡めて恋人繋ぎのような状態を作る。
私はそれを拒絶出来ないまま、「それって……」と咄嗟に聞き返す。
すると彼女は「うんっ!」と明るい声で頷き、私の手を握る力を強めて続けた。
「私達の邪魔をする、心臓の魔女を殺すんだよっ!」
サァッ……と、一瞬にして血の気が引いたのを感じる。
リートを……殺す……?
ダメ……それだけは、絶対に……──。
「あの女を殺せば、こころちゃんも奴隷じゃなくなって、ずっと一緒にいられるんだよ? それって、すごく素敵なことだと思わないっ?」
「……」
嬉々とした様子で語る友子ちゃんの言葉に、私は答えられない。
止めなくちゃいけないのに、言葉が出てこない。
だって、今の友子ちゃんには、もう……何を言っても、通用しな──。
『もしもまた、トモコがリートを殺しに来て、説得も通じなかった時……貴方は、トモコを殺せる?』
「ッ……!」
突然脳裏を過ぎったリアスの言葉に、私は息を呑んだ。
……殺す……? 私が、友子ちゃんを……?
彼女がこうなったのは……私のせいなのに……?
「あはっ、そんな寂しそうな顔しなくても大丈夫だよ! ちゃちゃっと終わらせてすぐに戻ってくるから、ちゃんと待っててね?」
私の葛藤を分かっているのか否か、彼女は明るい声でそう言って私の手を離し、近くの雪山に刺さっていた矛を抜いて歩き出す。
待って。
そう言おうとした私の口からは、酷く掠れた吐息しか出てこなかった。
0
あなたにおすすめの小説
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
修復術師は物理で殴る ~配信に乱入したら大バズりしたので公式配信者やります~
樋川カイト
ファンタジー
ソロでありながら最高ランクであるSランク探索者として活動する女子高生、不知火穂花。
いつも通り探索を終えた彼女は、迷宮管理局のお姉さんから『公式配信者』にならないかと誘われる。
その誘いをすげなく断る穂花だったが、ひょんなことから自身の素性がネット中に知れ渡ってしまう。
その現実に開き直った彼女は、偶然知り合ったダンジョン配信者の少女とともに公式配信者としての人生を歩み始めるのだった。
さくらと遥香
youmery
恋愛
国民的な人気を誇る女性アイドルグループの4期生として活動する、さくらと遥香(=かっきー)。
さくら視点で描かれる、かっきーとの百合恋愛ストーリーです。
◆あらすじ
さくらと遥香は、同じアイドルグループで活動する同期の2人。
さくらは"さくちゃん"、
遥香は名字にちなんで"かっきー"の愛称でメンバーやファンから愛されている。
同期の中で、加入当時から選抜メンバーに選ばれ続けているのはさくらと遥香だけ。
ときに"4期生のダブルエース"とも呼ばれる2人は、お互いに支え合いながら数々の試練を乗り越えてきた。
同期、仲間、戦友、コンビ。
2人の関係を表すにはどんな言葉がふさわしいか。それは2人にしか分からない。
そんな2人の関係に大きな変化が訪れたのは2022年2月、46時間の生配信番組の最中。
イラストを描くのが得意な遥香は、生配信中にメンバー全員の似顔絵を描き上げる企画に挑戦していた。
配信スタジオの一角を使って、休む間も惜しんで似顔絵を描き続ける遥香。
さくらは、眠そうな顔で頑張る遥香の姿を心配そうに見つめていた。
2日目の配信が終わった夜、さくらが遥香の様子を見に行くと誰もいないスタジオで2人きりに。
遥香の力になりたいさくらは、
「私に出来ることがあればなんでも言ってほしい」
と申し出る。
そこで、遥香から目をつむるように言われて待っていると、さくらは唇に柔らかい感触を感じて…
◆章構成と主な展開
・46時間TV編[完結]
(初キス、告白、両想い)
・付き合い始めた2人編[完結]
(交際スタート、グループ内での距離感の変化)
・かっきー1st写真集編[完結]
(少し大人なキス、肌と肌の触れ合い)
・お泊まり温泉旅行編[完結]
(お風呂、もう少し大人な関係へ)
・かっきー2回目のセンター編[完結]
(かっきーの誕生日お祝い)
・飛鳥さん卒コン編[完結]
(大好きな先輩に2人の関係を伝える)
・さくら1st写真集編[完結]
(お風呂で♡♡)
・Wセンター編[完結]
(支え合う2人)
※女の子同士のキスやハグといった百合要素があります。抵抗のない方だけお楽しみください。
【リクエスト作品】邪神のしもべ 異世界での守護神に邪神を選びました…だって俺には凄く気高く綺麗に見えたから!
石のやっさん
ファンタジー
主人公の黒木瞳(男)は小さい頃に事故に遭い精神障害をおこす。
その障害は『美醜逆転』ではなく『美恐逆転』という物。
一般人から見て恐怖するものや、悍ましいものが美しく見え、美しいものが醜く見えるという物だった。
幼い頃には通院をしていたが、結局それは治らず…今では周りに言わずに、1人で抱えて生活していた。
そんな辛い日々の中教室が光り輝き、クラス全員が異世界転移に巻き込まれた。
白い空間に声が流れる。
『我が名はティオス…別世界に置いて創造神と呼ばれる存在である。お前達は、異世界ブリエールの者の召喚呪文によって呼ばれた者である』
話を聞けば、異世界に召喚された俺達に神々が祝福をくれると言う。
幾つもの神を見ていくなか、黒木は、誰もが近寄りさえしない女神に目がいった。
金髪の美しくまるで誰も彼女の魅力には敵わない。
そう言い切れるほど美しい存在…
彼女こそが邪神エグソーダス。
災いと不幸をもたらす女神だった。
今回の作品は『邪神』『美醜逆転』その二つのリクエストから書き始めました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる