命を助けてもらう代わりにダンジョンのラスボスの奴隷になりました

あいまり

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第6章:光の心臓編

184 今日はもう-クラスメイトside

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「ちょっとッ! いい加減離してよッ!」

 リアスとフレアとの戦いを離脱し、柚子に手を引かれる形で裏路地まで逃げ込んで来た友子は、そんな風に声を張り上げながら彼女の手を振り解く。
 彼女はそのまま足を止めた柚子の肩を掴んで自分と向かい合わせ、殺意のこもった暗く冷たい瞳で睨みつけた。

「一体何のつもり? ……心臓の魔女を殺すんでしょ?」
「そうだけどッ……最上さん、明らかに様子がおかしかったから……猪瀬さんと、何かあったんだよね?」

 肩を強張らせながら返されたその言葉に、友子はピクッと微かに身を震わせて言葉に詰まる。
 しかし、彼女はすぐにギリッと強く歯ぎしりをしながら目を逸らし、掴んでいた華奢な肩を軽く突き飛ばすように離した。

「山吹さんには関係ないよ」
「なッ」

 態度も相まって完全に突き放すように続けられた言葉に、柚子はギョッとした表情で声を詰まらせる。
 だが、友子はそれを意に介さない様子で矛を肩に掛け、これ以上彼女の相手をする気はないと云わんばかりに顔を背けた。
 そして、丁度視線を向けた先にある空き家の窓ガラスを見て、彼女はその場で動きを止める。
 放置されて長いのか、劣化によって汚れてくすんだ窓ガラスに映り込む自分の顔を暗い瞳に映した彼女は、静かにその目を細めた。
 ──……そう。このことは、山吹さんには関係ない。
 ──だって、これは……私とこころちゃんの問題なんだから。

『私は、もう……友子ちゃんとは、一緒にはいられない』

 その時、脳裏に先程のこころの言葉が蘇る。
 ──……違う。
 ──こころちゃんは心臓の魔女に脅されて、仕方なく言ったの。
 ──あの子だって本当は、そんなこと思ってな──。

『ち、違うよ!』

 友子の思考を遮るように、こころの声が脳裏に過ぎる。
 それに、友子はその目を僅かに見開いて息を呑んだ。

『私は本当に、自分の意思で言ってるんだよ!』

 ──……違う……。

『確かに、ずっと一緒にいるって約束したけど……私、本当はリートのことが……ッ!』

「違うッ!」

 次々に蘇るこころの声に、友子は喉が張り裂けんばかりに甲高い声を張り上げながら、手に持った矛を横薙ぎに振るった。
 矛の刃は石造りの壁に傷を付け、彼女の姿を反射していた窓ガラスを粉々に粉砕する。
 突然のことに、何やら魔道具を操作していた柚子はその手を止め、「ちょっと」と静かな声で咎めるように言った。

「急に何してんの? あんまり目立つこと、しないで欲しいんだけど」
「……うるさい」

 眉を顰めながら非難する柚子の言葉に、友子は振り絞ったような声を返しながら矛を肩に掛け直し、踵を返して歩き出そうとする。
 それに、柚子は驚いた様子で目を丸くしながらも、すぐさま彼女の腕を掴んで止めさせた。

「どこ行くつもり? てか、何するつもりなの?」
「邪魔しないでよ。山吹さんだって、早く日本に帰りたいでしょう?」

 訝しむような口振りで引き留める柚子に、友子は冷ややかな声で答えながら彼女の手を振り払った。
 それに柚子は一瞬申し訳なさそうに自分の手を引っ込めたが、すぐに彼女の言葉の意味を理解して息を呑んだ。

「まさか……今から心臓の魔女を、殺しに行くつもり?」
「……今からでも、遅くないでしょ?」
「さっきのクラインさんの話、聞いてなかったの!?」

 平然とした様子で答える友子に、柚子は信じられないといった表情で怒鳴りながら彼女の腕を掴んで引き寄せ、もう片方の手に持った魔道具を目の前に突き出した。
 それがクラインと連絡する為の遠話用魔道具であることに気付いた友子は、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべる。
 すると柚子は呆れた様子で小さく息をつき、魔道具を持った手を自分の手元に戻して続けた。

「さっき、クラインさんから連絡が来たの。……花鈴と真凛が、光の心臓の破壊に失敗して、宿屋に戻って来たって」
「……なッ……」

 静かな声で続けられたその言葉に、友子は僅かに目を見開いて小さく声を漏らす。
 彼女も花鈴と真凛の能力については把握しており、強大な力を持つあの二人が作戦に失敗するなど、考えもしていなかったのだ。
 それでも、心臓の魔女だけは自分の手で仕留めなければと考えていたところに告げられたその情報は、彼女に少なからずの衝撃を与えた。
 驚いた様子で固まる友子に、柚子は彼女の腕を掴む力を強めながら続けた。

「最上さんだって、なんかいつもと様子違うし……今から行っても、勝てないよ」

 だから、今日はもう戻ろうよ……と。
 目を伏せながら続ける柚子の言葉に、友子は光を失った暗い瞳で彼女の顔を見下ろしながら、矛の柄を握る力を強くした。
 ……自分と一緒にいられないと言った時、こころは目を合わせないまま、今まで見たこと無いような苦しげな表情をしていた。
 だから、心臓の魔女に無理矢理言わされているのだと思い、彼女の気持ちに寄り添おうとした。

『私、本当はリートのことが……ッ!』

 ──でも、あの時のこころちゃんは……私の目を真っ直ぐ見て、本心から話していたような……──。

「……こころちゃんを待たせてるの」

 友子は胸中に影を差す邪念を掻き消すように呟くと、自分の手を掴む柚子の手を振り払い、彼女に背を向けて心臓の魔女が泊まっている宿屋の方に向かって歩き出す。
 ──あの言葉が本当だったかどうかなんて、関係無い。
 ──こころちゃんは純粋な子だから、きっと心臓の魔女に騙されてるんだ。
 ──それならいっそ、今すぐ心臓の魔女も守り人も全員殺してしまえば、こころちゃんも目を覚まして私のことを見てくれる筈。
 ──もしダメでも、こころちゃんがこれ以上他の奴等に汚されないように、どこかに閉じ込めて説得すればきっと──

「待って」

 ──カクンッ、と。
 突然背後から引っ張られるような感覚に、友子は咄嗟に足を止める。
 何事かと思って振り向くと、そこには彼女の服の裾を掴む柚子の姿があった。

「……何? まだ何か用?」
「ッ……」

 冷ややかな声で聞き返す友子の言葉に、柚子はピクッと僅かに肩を震わせて息を呑みながらも、彼女の服を掴む手を離さない。
 それを見た友子はすぐに呆れたように大きく溜息をつき、自分の服を強く引っ張って彼女の手を離させながら口を開いた。

「用が無いなら、邪魔しないでくれる? 私にはまだ、やらないといけないことがあるの」
「……やだ。最上さんも一緒に戻ろうよ」
「何言って……ちょっ、離してよ」

 まるで駄々をこねる幼い子供のような口調で言う柚子に、友子は呆れた様子で軽く流しながらも歩き出そうとするが、いつの間にかまた服を掴んでいた彼女につい文句を言う。
 彼女が服を掴む力はあまり強くなく、やろうと思えば先程のように簡単に振り解ける程度のものだった。
 しかし、なぜか今度はその手を払いのける気になれず、その場に立ち尽くしたまま柚子の目を見つめ返すことしか出来ない。

 それに対し、柚子も自分がなぜこんなことをしているのか、分からないでいた。
 だって、早く心臓の魔女を殺して日本に帰りたい彼女にとって、今ここで友子を止める理由など無いのだから。
 確かに、光の心臓の破壊に向かっていた花鈴と真凛は失敗し、心臓の魔女を仕留められる確率はかなり低くなった。

 とは言え、今すぐ魔女が泊まっている宿屋に直行して奇襲を掛ければ、光の心臓が魔女の元に戻る前にトドメを刺すことが出来るかもしれない。
 仮に光の心臓によって魔女達の回復が済んでいるとしても、奴等が体勢を立て直す前に友子と協力して急襲すれば、まだこちらの勝算は十分にある。
 今ここで自分がすべきことは、心臓の魔女の元に向かおうとする友子を止めることでは無く、彼女の戦いに自分も加勢することだ……と、頭では理解していた。

 しかし、同時に……今の友子を心臓の魔女の元に行かせてはいけない、ここで引き留めておかなければならないと直感めいた何かが警告を鳴らし、考えるよりも先に体が動いていた。
 心臓の魔女を殺して無事日本に帰ることが出来れば、それ以外の事はどうなっても良いと思っているにも関わらず……だ。

「……じゃあ、命令。私と一緒に、宿屋に戻って」

 そして、自分の行動の意味を理解出来ないまま、柚子は友子の目を真っ直ぐ見つめてそう続けた。
 彼女の言葉に、友子は眉間に皺を寄せて明らかに不快そうな表情を浮かべ、自分の服の裾を掴んでいる小さな手を掴む。

「良い加減にして。今は山吹さんの冗談に付き合ってる暇なんて──」
「奴隷に拒否権は無い……でしょ?」

 軽く小首を傾げて聞き返す柚子の言葉に、友子は一瞬ギョッとしたような表情を浮かべて口を噤んだ。
 数十秒程の時間を置いた後、彼女は小さく息をつきながら、柚子の手を自分の服から離させた

「分かったよ。……今日はもう、戻ろう」
「っ」

 静かな声で紡がれた友子の言葉に、柚子は僅かにその目を見開いて驚いたような反応を見せたが、すぐに満足そうな笑みを浮かべて小さく頷いた。

「ん。分かれば良いんだよ、分かれば」
「……偉そうに」

 上から目線な柚子の言葉に、友子は溜息混じりにそう答えながら軽く目を逸らした。
 彼女の言葉に、柚子はフイッと軽く顔を背けながら「だって、私がご主人様だもん」と言った。
 それに友子は「はいはい」と興味無さそうに答えながら踵を返し、自分達が泊まっている宿屋に向かって歩みを始めた。

 別に、こころのことがどうでもよくなった訳でも無ければ、心臓の魔女への殺意が消えた訳でも無い。
 未だに彼女の胸中は心臓の魔女への殺意が支配し続けているし、こころに自分だけを見て欲しいという独占欲にも変わりは無い。
 ただ、柚子の相手をしている間に諸々の感情が落ち着き、冷静に物事を考えることが出来るようになっただけのこと。

 彼女の協力無しで心臓の魔女や守り人と戦うのは分が悪く、友子一人で打ち勝つことの出来る確率は皆無と言っても過言では無い。
 こころを心臓の魔女の元から救い出す為なら、少しでも可能性があるのであれば強行するのは吝かでも無いのだが……──執拗に引き留めてくる柚子を無視する労力を天秤に掛けた時、流石に釣り合いが取れないと判断した。
 であれば今回は一度撤退し、体勢を立て直した上で改めて戦いに挑む方が堅実だと気付いただけの話だ。

「待ってよ、最上さん! 歩くの早いって!」

 そんな風に思考を巡らせつつ歩いていた時、柚子が何やら文句を言いながら小走りで隣に駆け寄って来た。
 その姿を視界の隅に収めていると、彼女は友子の顔を見上げて続けた。

「ねぇ、少しくらい私に合わせてくれたって良いんじゃないの? 誰かさんのせいで、もうヘトヘトなんですけど」
「めんどくさ……なんで私が山吹さんに合わせないといけないわけ?」
「私が最上さんの主なんだから、当たり前でしょう?」
「……」

 悪びれることなく答える柚子の言葉に、友子は何度目かになる溜息をついた。
 そこでふと、自分達の主従関係は心臓の魔女を殺すまで、という条件だったことを思い出す。
 つまり……先程自分を引き留めた柚子を無視してでも心臓の魔女を殺しに行けば、その時点で彼女との関係を解消出来ていたのではないだろうか。

「……」

 頭の中に浮かんだ一つの仮説に、友子は呆れたようにその目を細めながら、歩く速度を落として柚子に合わせた。
 しかし彼女がそれに気付くことはなく、相変わらず何やら長々と嫌味を言い続けている。
 友子は隣から聴こえてくるソレを軽く聞き流しつつ、どこか遠くを見つめるように天を仰いだ。

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