途中闇堕ちしますが、愛しの護衛騎士は何度でもわたしを愛します

りつ

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目覚め

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「リュシエンヌ様! ランスロット殿!」

 神殿の入り口まで出てくると、ボードゥアンや彼の部下たちの姿があった。

「ボードゥアン殿下! すぐに医者を呼んでください! ランスロットが!」

 ギュスターヴのことも伝えねばならなかったが、今は何よりランスロットのことが先だった。彼は無事にリュシエンヌを地上へ連れ戻すことができて安堵したのか、その場でガクリと膝をつき、気を失った。

「ランスロット!」

 ――その後ランスロットは治療を受け、一命はとりとめたものの、目は覚まさなかった。

 このまま体力が尽き、衰弱死する可能性もあると医者に説明され、リュシエンヌは呆然とする。

(ランスロット……)

 彼が治療を受けている間、リュシエンヌはボードゥアンからギュスターヴが密かにセレスト公国へ兵を派遣していたことを聞かされた。

 同盟国であるメルヴェイユ国が危険を察し、またちょうどセレスト公国と合同訓練を行っていたため、帝国兵も躊躇し、一度ギュスターヴからの指示を待っていたところだったらしい。
 しかしギュスターヴが死んでしまったので、ボードゥアンの命令に従い、帝国兵は速やかに帰国した。

 セレスト公国の危機は過ぎ去った。もう人生を繰り返す必要はない。
 ランスロットが死んでも、過去へは戻れないということだ。

「そんなの……意味、ないっ」

 リュシエンヌは包帯の巻かれた手の上に、ぼたぼた涙を落としていく。

(あなたがいない世界で、どうやって幸せになれというの?)

 リュシエンヌの幸せは、どうあってもランスロットの隣にしかないのに。
 その彼が死んでしまっては、自分がこれまで頑張ってきた意味もすべてなくなってしまう。

「嫌よ、ランスロット、死なないで……お願い、目を覚まして……わたしをもう、おいていかないで……っ」

 彼の穏やかに眠る姿がまるで死に顔に見えて、リュシエンヌは寝台に顔を伏せて嗚咽した。

(あなたが目を覚まさないなら、わたしもいっそ――)

 あとを追って死のう。
 そう思いかけたリュシエンヌの頬に何かが当たった。

 ゆっくりと顔を上げれば、ランスロットがうっすらと目を開けて、自分を見ていた。

「ひめ、さま……」

 彼は包帯を巻いた、怪我した指で、リュシエンヌの頬に確かに触れている。

「ランス、ロット……」

 リュシエンヌの呟きに、ランスロットはくしゃりと笑った。

「姫さまの、泣いている声が、きこえたから……だから、早く戻らないと、いけないって……」

 リュシエンヌは言葉にできない思いで胸がいっぱいになり、唇を震わせ、顔をくしゃくしゃにして、今度は声を上げて泣き始めた。

 子どものように泣きじゃくるリュシエンヌの手を、いつかと同じようにランスロットは優しく撫でてくれた。

     ◇

「ランスロット殿。無事に目を覚ましてくださって本当によかったです」

 見舞いに訪れたボードゥアンがしみじみとした口調でそう言った。

「ええ。本当ですよ。大事な妻を監禁されかけただけでなく、殺されかけたんですから。あのまま死んでいたら、俺、怨霊になって帝国を一生呪い続けてやりますよ」
「おや。それは怖い。では無事に生身の人間として生還を遂げられたお祝いに、何かいたしましょう」
「本当に怖いと思っているんですかね。ああでも、そう言ってくださるなら精のつく食事をうんと摂りたいですね。晩餐会の時に出してくれた肉や酒に――」
「ランスロット。いい加減にして」

 聞いているリュシエンヌの方が恥ずかしくなってしまい、ボードゥアンとの会話に割って入った。主でもある妻に咎められても、ランスロットは口を尖らせて抗議する。

「だって姫様。こっちはいろいろと被害を被った側なんですよ? うんと世話させてやらないと。殿下だって、何でもとおっしゃっているんですから」

 包帯を巻かれた上半身を晒し、ランスロットは半分起き上がった状態で不満そうに文句を言う。つい数日前まで死にかけていた人間とは思えないほどの元気さだ。

「だからって言い過ぎよ。それにあなた、まだ病み上がりじゃない。もっとお腹に優しいものを食べないと。あと、殿下ではなく陛下でしょう」
「いえ、リュシエンヌ様。まだ殿下で大丈夫ですよ」

 ボードゥアンは穏やかな口調で訂正した。

「でも……」
「もうギュスターヴは亡くなったんですから、次の皇帝はあなたでしょう?」

 ランスロットがずばりそう指摘すれば、ボードゥアンはどこか面倒くさそうに肩を竦めた。

「ええ。そうなりますね。ですがまだいろいろごたついておりまして……。戴冠式までは殿下と呼ばれる方が気楽です」
「あの……ギュスターヴ様のことなど、大丈夫なのでしょうか」

 ギュスターヴの死因について、リュシエンヌは自分やランスロットが疑われるのではないかと気を揉んでいた。そんな彼女にボードゥアンは「大丈夫です」と淡々とした声で返答する。

「元はと言えば、兄が貴女に手を出そうとしたことが発端です。ジョゼフィーヌの家も加担していたことを認めましたし、そもそも神殿内で発生した地震による像の倒壊で圧死したことが死因ですから、貴女が咎められることはございません」
「そうそ。ぜーんぶあの男が蒔いた種なんですから、姫様が気にする必要は一切ありません」

 便乗するランスロットへ、ボードゥアンは視線を向けた。

「時にランスロット殿。一つ確認したいのですが、先に手を出したのは、我が兄ということでよろしいのですね?」
「ええ、もちろん。先に剣を向けたのは、殿下のお兄様でしたよ。途中首を絞められたので、短剣で突き刺しましたが、それだって正当防衛でしょう?」

 口でもだいぶ挑発していたと思うが……リュシエンヌは黙っていた。

「俺が無実だと、裁判で主張する必要がありますか?」
「いいえ。必要ないでしょう。先ほども申し上げましたが、死因は神々の像による圧死ですから。兄に忠実であった貴族たちは、呪い……いえ、神々の鉄槌が下ったのだと解釈するかもしれませんがね」

 どういうことだとランスロットと顔を合わせれば、ボードゥアンはうっすらと微笑んだ。

「私の父は、兄に殺されたのです」

 毒殺だったという。混乱を避けるためにおおやけには病死と発表されており、またギュスターヴが直接仕向けたという証拠もなかった――恐らく関わった人間はすでに始末されていたので、闇に葬られていたが、今回のことで事情を知っていた何人かの貴族が告解したそうだ。

「過去に犯したギュスターヴの罪を、神殿に住まう神々が……帝国のご先祖さまが直々に裁きを下した、ということですか」
「ええ。ですから貴女方を責めることはないでしょう。今度は自分の番かもしれないと怯えるのに忙しいので」

(もしかすると、本当にそんな日が来るかもしれない……)

 ギュスターヴの最期を思い出し、リュシエンヌは何だか怖くなった。

「まぁ、すべて生きている我々の都合のいい解釈とも言えます。本当に地震で倒壊しただけかもしれないので、近々あの神殿は取り壊そうと考えているんです」
「えっ。壊してしまうのですか」
「すべて壊すことはしません。ただ入り組んだ道は封鎖して、貴女方がいた場所は埋めようかと。もう死人を増やしたくはありませんし、眠っている死者たちも、安らかに眠りたいでしょうから」

 話を聞き、リュシエンヌたちもそれがいいだろうと同意した。

「あとは……ああ、ジョゼフィーヌの実家は爵位を取り上げられ、平民になります」
「そう、ですか……」
「はい。詳しくはこれから尋問……取り調べるつもりですが、父の暗殺の件でも一枚噛んでいるようです」
「ジョゼフィーヌ様は、どうなるのですか?」
「彼女は帝国の僻地にある塔で生涯過ごすことになります。貴女にも謝罪と伝言を頼まれました」
「伝言?」
「ええ。陛下の命令だったとはいえ、傷つける真似をして大変申し訳なかった。そして……『わたくしも別にあんな男好きではなかった』と」
「……もしかして、その塔へは彼女の騎士も付き添うのですか?」

 ジョゼフィーヌに影のように仕えていた騎士の姿を思い浮かべる。

「よくわかりましたね。ええ、何もかもすべてを捨てるから彼女に付き添うことを願い出ました」
「そうですか……」

 正直ジョゼフィーヌに対しては殺されかけた過去があるので複雑な気持ちになったが、一方でギュスターヴや政治的立場で板挟みにされて不憫にも思っていたので、これからは穏やかに暮らしてほしいとも思った。

「では、お伝えすることは全て伝え終わりましたので、そろそろ私は失礼します。まだ片付けなければならない問題が山のようにありますから。ランスロット殿は引き続き、養生なさってください。リュシエンヌ様はよかったら――」
「あっ、姫様は連れて行かないでください」

 自分も部屋を後にしようかと思っていたリュシエンヌの腰に、ランスロットが抱き着くようにして待ったをかける。

 ボードゥアンは顔色一つ変えず、わかりましたと承諾した。

「ですがあなたは病み上がりなのですから、くれぐれも無理はなさらないでくださいね」

 それだけ付け加えると、さっさと部屋を出て行ってしまった。

「もう。ランスロット。ボードゥアン様に対して失礼よ」
「だって以前、『あなたに敬語を使われると何だか非常に気になりますのでやめてくださると助かります』って言われたんですよ?」
「だからってもう少し敬意を、きゃっ」

 いきなり腕を引かれたかと思えば、寝台に引きずり込まれ、ランスロットに組み敷かれていた。
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