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王子の願い
婚約者との出会い
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「初めまして、王太子殿下。キャサリンと申します」
十二歳の時、私の伴侶になるという婚約者を紹介された。宰相でもある公爵の娘、キャサリン嬢である。彼女は私より二つ下であったが、聡明で、私の妻にはもったいないほどの女性だとその頃からすでに持て囃されていた。
「殿下。くれぐれも娘を悲しませたりしないで下さい」
私は父親の宰相閣下から言いつけられた通り、キャサリン嬢を大切にし、信頼を築いていこうと決めた。彼女の方も私と同じ志を胸に抱いてくれていると思っていた。
けれど彼女の方は違ったのだろうか。
「王太子殿下。そちらの方はどなた?」
「ああ。彼は私の友人のエドウィンという」
ある日王宮の廊下でキャサリン嬢と偶然会った時のことである。友人であるエドウィンを紹介すると、彼女は大きな目を瞬かせて私の友をじっと見つめた。彼女の視線にエドウィンがわずかに頬を染める。普段めったに感情を表に出さないだけに珍しいと思っていると、彼女が花咲くように微笑んだ。
「まぁ、素敵な方。どうぞ仲良くして下さいね」
ではまた、と彼女は優雅にお辞儀をして去って行く。その後ろ姿を魅入られたように友人が見ており、私は何となく胸がざわつく思いがするのだった。
「殿下。今度のお茶会にはぜひエドウィン様をお招きしたらいかがでしょうか」
私はキャサリン嬢との親睦を深めるために、定期的にお茶会を開いて、今興味があって勉強している内容や将来の国のあり方について話し合ったりした。その茶会に、友人のエドウィンも招きたいと申し出たのだ。
「殿下のご友人でしたら、きっと有意義な話ができると思うんです」
「だったら彼の婚約者も一緒に招待しよう」
男性二人に女性一人ではバランスが悪く、エドウィンの婚約者ともゆくゆくは知り合いになることを踏まえれば、丁度よい機会だと思って提案したのだが、彼女は「その必要はありませんわ」と答えた。
「エドウィン様の婚約者とは以前お話したことがありますが、わたくしたちが普段しているような会話には到底ついていけないと思いました。呼んでしまったら、逆に可哀想ですわ」
「ではみなで楽しめる話題を選べばいいではないか」
相手を気遣いながら話を振るのも、人と上手く付き合っていくには必要なことである。話が合わないと最初から決めつけるのは傲慢な気がした。
けれどキャサリン嬢は私の考えにやや鼻白んだ表情を浮かべて返す。
「殿下やわたくしがそこまでする必要はありませんわ」
何事においても卒なくできてしまうせいか、彼女は他人にも自分と同じレベルまで到達して初めて対等な存在だという考えが根付いていた。
私は婚約者として、一人の友人として、彼女にそれとなく注意したが、彼女は「ならばもういいですわ」とさっさとその話を終わりにしてしまった。
後から私は父に呼び出され、女性の機嫌を損ねることがいかに面倒か、そして彼女は宰相閣下の大切な一人娘なのだから多少の我儘には目を瞑れというお叱りを受けたのだった。
後日茶会にはエドウィンだけが呼ばれ、日を置いて一人、もう一人と彼女のお眼鏡に適った男性が席を共にし、この国の将来について熱く語り合うようになった。彼女はその中で紅一点の存在であり、年頃の少年たちの視線を釘付けにしていた。
「殿下はキャサリン嬢のような素晴らしい女性を婚約者にできて、実に羨ましいです」
「ええ、本当に。私の婚約者と取り替えて欲しいくらいです」
「顔が良くても、キャサリン様のように中身が伴っていないので、話していてちっとも面白くないのです」
明け透けなく交わされる相手の女性たちの悪口に私は思わず眉をひそめた。
「彼女たちは貴方たちの婚約者であるのだろう? そんな言い方はあんまりではないのか」
王太子である私が口を挟んだことで、彼らも気まずい表情をして、場の雰囲気が少々悪くなってしまった。
「殿下。でも彼らの言い分も一理ありますわ」
間を取りなそうとしたのはキャサリン嬢である。彼女は自分の考えは何も間違っていないという堂々たる態度で、私を真っすぐと見つめた。
「これからの時代、見目の良さだけでなく中身も磨いていく必要がありますもの。彼女たちにはその自覚と努力が足りませんわ」
彼女の言葉は正しいようにも思えた。しかし――
「人にはそれぞれ得意不得意がある。聡明なのは素晴らしいことだが、だからといってできない者を陰で嘲笑うのは間違っている。そんなことをすれば、こちらの品位まで下げるとは思わないのか」
いつになく強い口調で述べたせいか、キャサリン嬢は一瞬目を瞠り、やがてその大きな瞳に涙を浮かべた。何も泣かせるつもりはなかったので私が動揺すると、「殿下!」と一斉にみなの咎める視線を浴びた。
「今のお言葉はあんまりです。キャサリン嬢はただ事実を述べただけではありませんか」
「そうですよ。悪いのはできの悪い女性たちの方です」
泣かないで下さい、と周りの少年たちに慰められるキャサリン嬢。
「……アーサー。今のはおまえが悪い」
唯一、私と気軽に名前を呼び合う関係のエドウィンからもそう言われ、私は内心衝撃を受けた。気心の知れた彼ならば私の味方をしてくれると思っていたのだ。
「……申し訳なかった、キャサリン嬢。言葉が過ぎた」
結局私は場の雰囲気に呑まれ、また彼女を泣かせてしまった罪悪感から、謝罪の言葉を口にしたのだった。
「いいえ、殿下。わたくしも、悪かったのです」
泣いたあとの目で微笑む彼女に、エドウィンも他の少年たちも目を奪われていたが、私は彼女に対して苦手意識を持つようになってしまった。
十二歳の時、私の伴侶になるという婚約者を紹介された。宰相でもある公爵の娘、キャサリン嬢である。彼女は私より二つ下であったが、聡明で、私の妻にはもったいないほどの女性だとその頃からすでに持て囃されていた。
「殿下。くれぐれも娘を悲しませたりしないで下さい」
私は父親の宰相閣下から言いつけられた通り、キャサリン嬢を大切にし、信頼を築いていこうと決めた。彼女の方も私と同じ志を胸に抱いてくれていると思っていた。
けれど彼女の方は違ったのだろうか。
「王太子殿下。そちらの方はどなた?」
「ああ。彼は私の友人のエドウィンという」
ある日王宮の廊下でキャサリン嬢と偶然会った時のことである。友人であるエドウィンを紹介すると、彼女は大きな目を瞬かせて私の友をじっと見つめた。彼女の視線にエドウィンがわずかに頬を染める。普段めったに感情を表に出さないだけに珍しいと思っていると、彼女が花咲くように微笑んだ。
「まぁ、素敵な方。どうぞ仲良くして下さいね」
ではまた、と彼女は優雅にお辞儀をして去って行く。その後ろ姿を魅入られたように友人が見ており、私は何となく胸がざわつく思いがするのだった。
「殿下。今度のお茶会にはぜひエドウィン様をお招きしたらいかがでしょうか」
私はキャサリン嬢との親睦を深めるために、定期的にお茶会を開いて、今興味があって勉強している内容や将来の国のあり方について話し合ったりした。その茶会に、友人のエドウィンも招きたいと申し出たのだ。
「殿下のご友人でしたら、きっと有意義な話ができると思うんです」
「だったら彼の婚約者も一緒に招待しよう」
男性二人に女性一人ではバランスが悪く、エドウィンの婚約者ともゆくゆくは知り合いになることを踏まえれば、丁度よい機会だと思って提案したのだが、彼女は「その必要はありませんわ」と答えた。
「エドウィン様の婚約者とは以前お話したことがありますが、わたくしたちが普段しているような会話には到底ついていけないと思いました。呼んでしまったら、逆に可哀想ですわ」
「ではみなで楽しめる話題を選べばいいではないか」
相手を気遣いながら話を振るのも、人と上手く付き合っていくには必要なことである。話が合わないと最初から決めつけるのは傲慢な気がした。
けれどキャサリン嬢は私の考えにやや鼻白んだ表情を浮かべて返す。
「殿下やわたくしがそこまでする必要はありませんわ」
何事においても卒なくできてしまうせいか、彼女は他人にも自分と同じレベルまで到達して初めて対等な存在だという考えが根付いていた。
私は婚約者として、一人の友人として、彼女にそれとなく注意したが、彼女は「ならばもういいですわ」とさっさとその話を終わりにしてしまった。
後から私は父に呼び出され、女性の機嫌を損ねることがいかに面倒か、そして彼女は宰相閣下の大切な一人娘なのだから多少の我儘には目を瞑れというお叱りを受けたのだった。
後日茶会にはエドウィンだけが呼ばれ、日を置いて一人、もう一人と彼女のお眼鏡に適った男性が席を共にし、この国の将来について熱く語り合うようになった。彼女はその中で紅一点の存在であり、年頃の少年たちの視線を釘付けにしていた。
「殿下はキャサリン嬢のような素晴らしい女性を婚約者にできて、実に羨ましいです」
「ええ、本当に。私の婚約者と取り替えて欲しいくらいです」
「顔が良くても、キャサリン様のように中身が伴っていないので、話していてちっとも面白くないのです」
明け透けなく交わされる相手の女性たちの悪口に私は思わず眉をひそめた。
「彼女たちは貴方たちの婚約者であるのだろう? そんな言い方はあんまりではないのか」
王太子である私が口を挟んだことで、彼らも気まずい表情をして、場の雰囲気が少々悪くなってしまった。
「殿下。でも彼らの言い分も一理ありますわ」
間を取りなそうとしたのはキャサリン嬢である。彼女は自分の考えは何も間違っていないという堂々たる態度で、私を真っすぐと見つめた。
「これからの時代、見目の良さだけでなく中身も磨いていく必要がありますもの。彼女たちにはその自覚と努力が足りませんわ」
彼女の言葉は正しいようにも思えた。しかし――
「人にはそれぞれ得意不得意がある。聡明なのは素晴らしいことだが、だからといってできない者を陰で嘲笑うのは間違っている。そんなことをすれば、こちらの品位まで下げるとは思わないのか」
いつになく強い口調で述べたせいか、キャサリン嬢は一瞬目を瞠り、やがてその大きな瞳に涙を浮かべた。何も泣かせるつもりはなかったので私が動揺すると、「殿下!」と一斉にみなの咎める視線を浴びた。
「今のお言葉はあんまりです。キャサリン嬢はただ事実を述べただけではありませんか」
「そうですよ。悪いのはできの悪い女性たちの方です」
泣かないで下さい、と周りの少年たちに慰められるキャサリン嬢。
「……アーサー。今のはおまえが悪い」
唯一、私と気軽に名前を呼び合う関係のエドウィンからもそう言われ、私は内心衝撃を受けた。気心の知れた彼ならば私の味方をしてくれると思っていたのだ。
「……申し訳なかった、キャサリン嬢。言葉が過ぎた」
結局私は場の雰囲気に呑まれ、また彼女を泣かせてしまった罪悪感から、謝罪の言葉を口にしたのだった。
「いいえ、殿下。わたくしも、悪かったのです」
泣いたあとの目で微笑む彼女に、エドウィンも他の少年たちも目を奪われていたが、私は彼女に対して苦手意識を持つようになってしまった。
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