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20、疑念*
イレーネは言葉を失った。頭の中が真っ白になった。
(どうして……)
夢を見ているかと思った。夢ならよかった。
だがイレーネの目の前にいるのはたしかにディートハルトだった。彼は呆然と突っ立っているイレーネを寝台の縁に腰かけたまま、じっと見つめている。
「どこに行っていたんだ」
「……どうして、ここに」
質問には答えず、イレーネはそう尋ねていた。答えられなかったし、混乱していた。ディートハルトは眉根を寄せたが、目を逸らして立ち上がった。そのままイレーネの方へ歩いてくる。彼女は自然と後退って、背中を扉にぶつけた。
追いつめたディートハルトに見下ろされ、顎を掬われる。ゾッとするほど冷たい紫の瞳が自分を映している。
「最後の夜に、婚約者に会いに来てはいけないのか」
――うそだ。
(だってあなたは……)
イレーネは逃げようとした。だが身体は恐怖で一歩も動けず、ディートハルトに抱きしめられてしまう。その瞬間、いつもの彼の匂いに混じって、甘い香りがした。花のような、高貴な人の……マントが肩から滑り落ちて、床へ落とされる。露わになった首筋に唇を寄せられ、きつく吸われた。
ディートハルトがぐいぐいと身体を押しつけてくるので、イレーネは逆に扉から壁側、室内へと続く反対の方向へと逃げようとした。しかし腰を引き寄せられ、逃げないよう抱き上げられた。そしてそのまま寝台の上へと下され、あっという間に押し倒されていた。
手首をシーツに縫い付けられ、拘束されたように見下ろされ、イレーネはただ震えた。ディートハルトが恐ろしかった。声すら出ない。
「どこに、行っていたんだ」
目を逸らすことを許さないというように見つめられ、イレーネは浅く息を吐きながら首を横に振った。それでは答えになっていないというように右側の手首を押さえつけていた手を外し、手袋をはめていない掌を頬に添え、親指で唇をなぞってきた。それがどうしようもなく嫌で、彼女は掠れた、ひどく弱々しい声で絞り出すように言った。
「散歩に、行っていたんです……」
「散歩?」
「そう、です。どうしても、眠れなくて……」
「へぇ……だからこんな夜更けに出歩いていたのか?」
彼の目は嘘だろうと告げていた。
でも、イレーネは本当だと答えるしかなかった。事実、彼女は眠れなかったのだ。少し外を歩こうと思ったことも本当だ。その後の出来事を期待していたわけじゃない。
――本当に?
内なる囁きに本当だとイレーネは答えた。
「ディートハルト様……明日は、お早いのでしょう……だから、今日はもう、」
どうか見逃してほしい。許してほしい。自分の心を暴かないでほしい。今日だけはこの気持ちを抱いて夜を明かしたかった。明日からまたディートハルトの婚約者に戻るから。貞淑で物分かりのいいイレーネに戻るから。だから今日だけは――
「出立は朝遅くだ」
十分時間はある。
ディートハルトはそう言うと、イレーネの懇願を無慈悲に切り捨て、太股を大胆に撫で、彼にしては性急な手つきで秘所へと触れてきた。
「――濡れている」
彼はイレーネから目を逸らさず、そう指摘した。イレーネは息が止まりそうになって、首を微かに横に振っていた。黙ったまま、蜜口をなぞり、中へ指を入れてくるディートハルトを拒みたかった。くちゅりと鳴る水音に泣きそうになった。
「ふっ、う……」
――違う、と否定したかった。もうこれ以上触らないでほしかった。ユリウスとの口づけで熱が灯った身体を知られたくなかった。あの記憶だけは綺麗なまま、残しておきたかったのに……。
「うっ、ぁっ――」
長い拷問のような――だが実際はそれほど長くない時間で、イレーネの身体は達してしまった。今まで何度もしてきた時のように、きつくディートハルトの指を咥えて離そうとしなかった。イレーネの意思とは反対に。
彼は指を引き抜くと、じっと灯りの方にかざして、粘ついた液体を観察した。何をしているのだろうと疲れた身体で眺めていると、気づいたディートハルトがこちらを見ながら指を舐めていく。
「っ――」
まるで見せつけるような行為に、彼女は目を逸らした。
(もう早く挿入れて……)
彼はいつも必ず一度はイレーネを絶頂させる。そうして自分のものを挿入してくるのだ。だから今回もそうするだろうと思っていた。
「ひゃっ」
だがディートハルトはイレーネの膝を大きく左右に開かせると、秘所をじっと見つめてきた。その表情があまりにも何の感情も浮かべておらず、イレーネはひどく辱しめられた思いに駆られた。だがそれだけではなかった。
彼は息遣いが感じられるほど顔を近づけ、イレーネの花弁を開き、蜜を溢れさせていく。
「かきだされたのか」
ぽつりと呟かれた言葉に、一体何を、と思うも、以前ディートハルトが自分にしたことを思い出し、頭を強く殴られた気がした。
彼はイレーネが他の男に身体を許し、子種を中に出されたと思ったのだ。
(どうして……)
夢を見ているかと思った。夢ならよかった。
だがイレーネの目の前にいるのはたしかにディートハルトだった。彼は呆然と突っ立っているイレーネを寝台の縁に腰かけたまま、じっと見つめている。
「どこに行っていたんだ」
「……どうして、ここに」
質問には答えず、イレーネはそう尋ねていた。答えられなかったし、混乱していた。ディートハルトは眉根を寄せたが、目を逸らして立ち上がった。そのままイレーネの方へ歩いてくる。彼女は自然と後退って、背中を扉にぶつけた。
追いつめたディートハルトに見下ろされ、顎を掬われる。ゾッとするほど冷たい紫の瞳が自分を映している。
「最後の夜に、婚約者に会いに来てはいけないのか」
――うそだ。
(だってあなたは……)
イレーネは逃げようとした。だが身体は恐怖で一歩も動けず、ディートハルトに抱きしめられてしまう。その瞬間、いつもの彼の匂いに混じって、甘い香りがした。花のような、高貴な人の……マントが肩から滑り落ちて、床へ落とされる。露わになった首筋に唇を寄せられ、きつく吸われた。
ディートハルトがぐいぐいと身体を押しつけてくるので、イレーネは逆に扉から壁側、室内へと続く反対の方向へと逃げようとした。しかし腰を引き寄せられ、逃げないよう抱き上げられた。そしてそのまま寝台の上へと下され、あっという間に押し倒されていた。
手首をシーツに縫い付けられ、拘束されたように見下ろされ、イレーネはただ震えた。ディートハルトが恐ろしかった。声すら出ない。
「どこに、行っていたんだ」
目を逸らすことを許さないというように見つめられ、イレーネは浅く息を吐きながら首を横に振った。それでは答えになっていないというように右側の手首を押さえつけていた手を外し、手袋をはめていない掌を頬に添え、親指で唇をなぞってきた。それがどうしようもなく嫌で、彼女は掠れた、ひどく弱々しい声で絞り出すように言った。
「散歩に、行っていたんです……」
「散歩?」
「そう、です。どうしても、眠れなくて……」
「へぇ……だからこんな夜更けに出歩いていたのか?」
彼の目は嘘だろうと告げていた。
でも、イレーネは本当だと答えるしかなかった。事実、彼女は眠れなかったのだ。少し外を歩こうと思ったことも本当だ。その後の出来事を期待していたわけじゃない。
――本当に?
内なる囁きに本当だとイレーネは答えた。
「ディートハルト様……明日は、お早いのでしょう……だから、今日はもう、」
どうか見逃してほしい。許してほしい。自分の心を暴かないでほしい。今日だけはこの気持ちを抱いて夜を明かしたかった。明日からまたディートハルトの婚約者に戻るから。貞淑で物分かりのいいイレーネに戻るから。だから今日だけは――
「出立は朝遅くだ」
十分時間はある。
ディートハルトはそう言うと、イレーネの懇願を無慈悲に切り捨て、太股を大胆に撫で、彼にしては性急な手つきで秘所へと触れてきた。
「――濡れている」
彼はイレーネから目を逸らさず、そう指摘した。イレーネは息が止まりそうになって、首を微かに横に振っていた。黙ったまま、蜜口をなぞり、中へ指を入れてくるディートハルトを拒みたかった。くちゅりと鳴る水音に泣きそうになった。
「ふっ、う……」
――違う、と否定したかった。もうこれ以上触らないでほしかった。ユリウスとの口づけで熱が灯った身体を知られたくなかった。あの記憶だけは綺麗なまま、残しておきたかったのに……。
「うっ、ぁっ――」
長い拷問のような――だが実際はそれほど長くない時間で、イレーネの身体は達してしまった。今まで何度もしてきた時のように、きつくディートハルトの指を咥えて離そうとしなかった。イレーネの意思とは反対に。
彼は指を引き抜くと、じっと灯りの方にかざして、粘ついた液体を観察した。何をしているのだろうと疲れた身体で眺めていると、気づいたディートハルトがこちらを見ながら指を舐めていく。
「っ――」
まるで見せつけるような行為に、彼女は目を逸らした。
(もう早く挿入れて……)
彼はいつも必ず一度はイレーネを絶頂させる。そうして自分のものを挿入してくるのだ。だから今回もそうするだろうと思っていた。
「ひゃっ」
だがディートハルトはイレーネの膝を大きく左右に開かせると、秘所をじっと見つめてきた。その表情があまりにも何の感情も浮かべておらず、イレーネはひどく辱しめられた思いに駆られた。だがそれだけではなかった。
彼は息遣いが感じられるほど顔を近づけ、イレーネの花弁を開き、蜜を溢れさせていく。
「かきだされたのか」
ぽつりと呟かれた言葉に、一体何を、と思うも、以前ディートハルトが自分にしたことを思い出し、頭を強く殴られた気がした。
彼はイレーネが他の男に身体を許し、子種を中に出されたと思ったのだ。
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