わたしを捨てたはずの婚約者様からは逃げられない。

りつ

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54、それから*

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 それからも、イレーネはディートハルトに抱かれるようになった。毎晩ではなかったが、イレーネはどうしても心苦しいものを感じてしまう。

「ふぅ、うっ、あっ……」

 ディートハルトに抱かれると、必ずハインツを思い出してしまう。ハインツは行為の時、イレーネにどこが気持ちいいとか、言葉にして伝えさせようとした。そして彼の方も、たくさんの愛の言葉を口にしながらイレーネを乱れさせ、互いの興奮を引き出そうとした。

 好きだ、可愛い、愛している。ハインツに耳元で、掠れた声で熱く囁かれると、イレーネの心は満たされた。嬉しいと思って、自分も彼と同じ想いを伝えたくなった。

「はぁ、はぁ……」

 だが、ディートハルトとの行為にはそういった言葉のやり取りは一切ない。彼はただ、イレーネのどんな反応も見逃すまいとじっと視線を注ぎ続ける。言葉もなく、彼はイレーネの良いところを探し当て、的確に暴き、さらに翻弄しようとする。

 どんなに抵抗しても、最後には必ずディートハルトの思うがまま演じている自分がいる。屈辱的に感じるのも最初だけで、やがては諦めて、彼に服従する。

 早く終わってほしいと思いながら、いつまでもこの快楽を味わっていたいとしがみつく自分がいて、終わったあとの冷静な頭で死にたくなるような後悔に襲われる……。

「――今日も、来てくれ」

 夕食が終わり、テーブルを離れたエミールが宿屋の子どもと一緒に遊んでいる時だった。例によってディートハルトがイレーネに耳打ちした。彼女はいつも黙って頷くが、今日は戸惑った顔で見た。

「今夜は、やめにしませんか」
「体調が悪いのか」
「そうじゃ、ないんですけど……」

 今夜はいつも泊まるような立派な宿屋ではなく、イレーネたちが住んでいたような町の、古びた、隣室の声も聴こえそうな薄い壁を持つ部屋に泊まることとなった。そんな部屋で行う行為に、イレーネはどうしても抵抗があった。

 下手したらエミールに聞かれてしまうかもしれない。だからイレーネはやめたいと申し出たが、ディートハルトは大丈夫だと答え、反論する前にちょうどエミールが戻ってきてしまったので結局彼の部屋へ行くこととなった。

 夜。エミールが寝たことを確かに見届けると、イレーネはそっと寝台から下りて、部屋を抜け出し、ディートハルトの部屋へと向かった。扉を開けようとすると、ぎいっと音が鳴る。

 狭い部屋で、唯一置かれた家具に近寄る。いっそ眠っていてほしいと思ったが、彼はイレーネの気配にパッと目を開いた。

「遅かったな」
「ごめんなさい。エミールがなかなか寝付かなくて……久しぶりに同い年くらいの子と話せたのが嬉しかったみたいで……」
「そうか」

 ディートハルトは肘をついて掛布をそっとめくると、イレーネに入るよう勧めた。彼女は躊躇った。

「本当に、するんですか」
「ああ。音が漏れないよう、毛布を被ってするから」

 だから早く、というように視線で急かされ、イレーネは諦めて夜着を脱ぎ、その場に落とした。どうせ裸にさせられるのだ。なら自分から脱いだ方が、少しはましに思えた。

 ディートハルトも上半身は脱いでいるようで、傷だらけの強靭な肉体が蝋燭の炎で絵画に出てくるような人物に見えた。

 そっと身体をすべりこませると、彼の体温で温められた空間に包まれ、抱きしめられているような感覚になった。お互い寝たまま、ディートハルトが顔を近づけてきて口づけしてくる。イレーネも目を閉じて応えた。

 この時に、もう頭を空っぽにした方がいい。ハインツやエミールのことは忘れる。ディートハルトのことも、考えないようにした。その方が、楽だと気づいた。

「――今日は、なるべく静かにやるんだったな」
「え?」

 首筋や胸を愛撫していたディートハルトは突然そう言うと、下へと身体をずらしていく。柔らかな肌に吸いつき、ごそごそと布が擦れて見えなくなっていく姿に、イレーネは何だか不安になる。

「ディートハルトさま……」
「脚を開いて……そう……」

 すっぽりと覆われた毛布の中で、ディートハルトが覆い被さると天幕を張ったようになる。彼は大きく開かせたイレーネの脚を胸につくほど折り曲げさせ、あそこを露わにさせた。暗闇でろくに視えぬだろうに、彼の目はぎらついて、彼女は耐え難い羞恥心に襲われる。

「……ディートハルトさま。もう、あっ……」

 顔を近づけ、彼は舐め始めた。ぴちゃぴちゃと泉から淫水が湧き出て、飢えた彼の喉を潤していく。イレーネの口から甘い責め苦に耐え切れぬ声が漏れる。ハインツもディートハルトも、どうしてこんなことをしたくなるのだろう。

『おまえの恥ずかしがって、気持ちよくなるところが見たいから。あとは男の本能だな』

 ハインツの言葉を思い出し、また苦しくなった。

「イレーネ」

 ディートハルトはイレーネが行為に集中していないと――他のことを考えていると、名前を呼んで、自分を見ろと促す。

 イレーネは目を開けて、彼を見下ろした。自然と、自分が股を開いて舐められている姿も見る羽目になる。

「ディートハルトさま。もう、いらして……」

 これ以上の辱しめを受けたくなくて、媚びるようにイレーネはねだった。ディートハルトは意外にもイレーネの願いを聞き入れ、身体を再び上へずらしてくると、陰茎をゆっくりと彼女の中に捩じ込んできた。

「ふ、ぅ……」

 何度身体を繋げても、彼のものが自分の中へ侵入してくる瞬間は慣れない。心が軋んで拒絶したいのにできない。

「はぁ……」

 互いの抑えた呼吸が、毛布の中でいつもより近く聞こえる。熱い、とイレーネが身を捩ると、ディートハルトが腰を動かし始める。彼女はそれに合わせるように、身体をくねらせ、喉から艶めいた声を出していた。

「ぁっ、ぁん、ん、んっ……」

 ディートハルトはイレーネをじっと見下ろしていたかと思うと、頬や首筋にまた口づけして、唇もこじ開けてきた。くぐもった声を上げ、イレーネは全身をディートハルトに支配される。

 律動が速まって、水音が大きくなって、イレーネは追いつめられていく。彼の腕を掴み、もう無理だと訴える。でもそうするとますます激しく口を貪られ、奥を突かれる。

「んっ、んぅ、んんっ――」

 口を塞がれたまま、イレーネは高みへ昇らされた。苦しくて涙を浮かべると、ようやく口づけをやめてくれて、それでも彼はまだいっていないので、ゆるゆると一定の感覚で肉襞を擦られる。いまだ達した余韻を残している蜜洞はディートハルトの肉棒に絡みつき、きゅうきゅうと締めつけている。

 その素直な反応に、イレーネの耳朶を甘噛みしていたディートハルトが微かに笑った。

「またいくのか」
「ぁっ、もう、いや……」

 もう終わりたい。でもディートハルトが終わるまで終われない。一度だしても、二度三度続くこともある。特に日が空いた次の日はそうだった。結局毎晩抱かれた方が楽なのかもしれないと思うくらいの疲労と気持ちよさを――

「はぁ、イレーネ、だすぞっ……」
「あっ、だめっ、あんっ、ああぁっ……」

 また絶頂させられ、しかも今度は子種を出され、イレーネは泣きたい衝動に駆られる。

 いや、実際泣いて、肩を震わせた。

 自分の弱さとこれからのことに耐え切れなくて、行為が終わったあと、彼に背を向けて身体を丸めるようにして嗚咽した。

「泣くな、イレーネ……」

 イレーネは首を振った。今自分をこんな目に遭わせているのはディートハルトだった。彼が憎かった。触ってほしくなかった。

 それなのにやはりイレーネには拒絶する権利はなく、後ろからディートハルトに抱きしめられる。慰めるように温もりに包まれる。イレーネは返事もせず涙を流し続けた。

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