わたしを捨てたはずの婚約者様からは逃げられない。

りつ

文字の大きさ
54 / 116

54、それから*

 それからも、イレーネはディートハルトに抱かれるようになった。毎晩ではなかったが、イレーネはどうしても心苦しいものを感じてしまう。

「ふぅ、うっ、あっ……」

 ディートハルトに抱かれると、必ずハインツを思い出してしまう。ハインツは行為の時、イレーネにどこが気持ちいいとか、言葉にして伝えさせようとした。そして彼の方も、たくさんの愛の言葉を口にしながらイレーネを乱れさせ、互いの興奮を引き出そうとした。

 好きだ、可愛い、愛している。ハインツに耳元で、掠れた声で熱く囁かれると、イレーネの心は満たされた。嬉しいと思って、自分も彼と同じ想いを伝えたくなった。

「はぁ、はぁ……」

 だが、ディートハルトとの行為にはそういった言葉のやり取りは一切ない。彼はただ、イレーネのどんな反応も見逃すまいとじっと視線を注ぎ続ける。言葉もなく、彼はイレーネの良いところを探し当て、的確に暴き、さらに翻弄しようとする。

 どんなに抵抗しても、最後には必ずディートハルトの思うがまま演じている自分がいる。屈辱的に感じるのも最初だけで、やがては諦めて、彼に服従する。

 早く終わってほしいと思いながら、いつまでもこの快楽を味わっていたいとしがみつく自分がいて、終わったあとの冷静な頭で死にたくなるような後悔に襲われる……。

「――今日も、来てくれ」

 夕食が終わり、テーブルを離れたエミールが宿屋の子どもと一緒に遊んでいる時だった。例によってディートハルトがイレーネに耳打ちした。彼女はいつも黙って頷くが、今日は戸惑った顔で見た。

「今夜は、やめにしませんか」
「体調が悪いのか」
「そうじゃ、ないんですけど……」

 今夜はいつも泊まるような立派な宿屋ではなく、イレーネたちが住んでいたような町の、古びた、隣室の声も聴こえそうな薄い壁を持つ部屋に泊まることとなった。そんな部屋で行う行為に、イレーネはどうしても抵抗があった。

 下手したらエミールに聞かれてしまうかもしれない。だからイレーネはやめたいと申し出たが、ディートハルトは大丈夫だと答え、反論する前にちょうどエミールが戻ってきてしまったので結局彼の部屋へ行くこととなった。

 夜。エミールが寝たことを確かに見届けると、イレーネはそっと寝台から下りて、部屋を抜け出し、ディートハルトの部屋へと向かった。扉を開けようとすると、ぎいっと音が鳴る。

 狭い部屋で、唯一置かれた家具に近寄る。いっそ眠っていてほしいと思ったが、彼はイレーネの気配にパッと目を開いた。

「遅かったな」
「ごめんなさい。エミールがなかなか寝付かなくて……久しぶりに同い年くらいの子と話せたのが嬉しかったみたいで……」
「そうか」

 ディートハルトは肘をついて掛布をそっとめくると、イレーネに入るよう勧めた。彼女は躊躇った。

「本当に、するんですか」
「ああ。音が漏れないよう、毛布を被ってするから」

 だから早く、というように視線で急かされ、イレーネは諦めて夜着を脱ぎ、その場に落とした。どうせ裸にさせられるのだ。なら自分から脱いだ方が、少しはましに思えた。

 ディートハルトも上半身は脱いでいるようで、傷だらけの強靭な肉体が蝋燭の炎で絵画に出てくるような人物に見えた。

 そっと身体をすべりこませると、彼の体温で温められた空間に包まれ、抱きしめられているような感覚になった。お互い寝たまま、ディートハルトが顔を近づけてきて口づけしてくる。イレーネも目を閉じて応えた。

 この時に、もう頭を空っぽにした方がいい。ハインツやエミールのことは忘れる。ディートハルトのことも、考えないようにした。その方が、楽だと気づいた。

「――今日は、なるべく静かにやるんだったな」
「え?」

 首筋や胸を愛撫していたディートハルトは突然そう言うと、下へと身体をずらしていく。柔らかな肌に吸いつき、ごそごそと布が擦れて見えなくなっていく姿に、イレーネは何だか不安になる。

「ディートハルトさま……」
「脚を開いて……そう……」

 すっぽりと覆われた毛布の中で、ディートハルトが覆い被さると天幕を張ったようになる。彼は大きく開かせたイレーネの脚を胸につくほど折り曲げさせ、あそこを露わにさせた。暗闇でろくに視えぬだろうに、彼の目はぎらついて、彼女は耐え難い羞恥心に襲われる。

「……ディートハルトさま。もう、あっ……」

 顔を近づけ、彼は舐め始めた。ぴちゃぴちゃと泉から淫水が湧き出て、飢えた彼の喉を潤していく。イレーネの口から甘い責め苦に耐え切れぬ声が漏れる。ハインツもディートハルトも、どうしてこんなことをしたくなるのだろう。

『おまえの恥ずかしがって、気持ちよくなるところが見たいから。あとは男の本能だな』

 ハインツの言葉を思い出し、また苦しくなった。

「イレーネ」

 ディートハルトはイレーネが行為に集中していないと――他のことを考えていると、名前を呼んで、自分を見ろと促す。

 イレーネは目を開けて、彼を見下ろした。自然と、自分が股を開いて舐められている姿も見る羽目になる。

「ディートハルトさま。もう、いらして……」

 これ以上の辱しめを受けたくなくて、媚びるようにイレーネはねだった。ディートハルトは意外にもイレーネの願いを聞き入れ、身体を再び上へずらしてくると、陰茎をゆっくりと彼女の中に捩じ込んできた。

「ふ、ぅ……」

 何度身体を繋げても、彼のものが自分の中へ侵入してくる瞬間は慣れない。心が軋んで拒絶したいのにできない。

「はぁ……」

 互いの抑えた呼吸が、毛布の中でいつもより近く聞こえる。熱い、とイレーネが身を捩ると、ディートハルトが腰を動かし始める。彼女はそれに合わせるように、身体をくねらせ、喉から艶めいた声を出していた。

「ぁっ、ぁん、ん、んっ……」

 ディートハルトはイレーネをじっと見下ろしていたかと思うと、頬や首筋にまた口づけして、唇もこじ開けてきた。くぐもった声を上げ、イレーネは全身をディートハルトに支配される。

 律動が速まって、水音が大きくなって、イレーネは追いつめられていく。彼の腕を掴み、もう無理だと訴える。でもそうするとますます激しく口を貪られ、奥を突かれる。

「んっ、んぅ、んんっ――」

 口を塞がれたまま、イレーネは高みへ昇らされた。苦しくて涙を浮かべると、ようやく口づけをやめてくれて、それでも彼はまだいっていないので、ゆるゆると一定の感覚で肉襞を擦られる。いまだ達した余韻を残している蜜洞はディートハルトの肉棒に絡みつき、きゅうきゅうと締めつけている。

 その素直な反応に、イレーネの耳朶を甘噛みしていたディートハルトが微かに笑った。

「またいくのか」
「ぁっ、もう、いや……」

 もう終わりたい。でもディートハルトが終わるまで終われない。一度だしても、二度三度続くこともある。特に日が空いた次の日はそうだった。結局毎晩抱かれた方が楽なのかもしれないと思うくらいの疲労と気持ちよさを――

「はぁ、イレーネ、だすぞっ……」
「あっ、だめっ、あんっ、ああぁっ……」

 また絶頂させられ、しかも今度は子種を出され、イレーネは泣きたい衝動に駆られる。

 いや、実際泣いて、肩を震わせた。

 自分の弱さとこれからのことに耐え切れなくて、行為が終わったあと、彼に背を向けて身体を丸めるようにして嗚咽した。

「泣くな、イレーネ……」

 イレーネは首を振った。今自分をこんな目に遭わせているのはディートハルトだった。彼が憎かった。触ってほしくなかった。

 それなのにやはりイレーネには拒絶する権利はなく、後ろからディートハルトに抱きしめられる。慰めるように温もりに包まれる。イレーネは返事もせず涙を流し続けた。

あなたにおすすめの小説

死ぬまでに叶えたい十の願い

木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」 三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。 離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する—— 二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

【完結】「元カノが忘れられないんでしょう?」と身を引いた瞬間、爽やか彼氏の執着スイッチが入りました

恋せよ恋
恋愛
「元カノが忘れられないなら、私が身を引くわくべきよね」 交際一周年、愛するザックに告げた決別の言葉。 でも、彼は悲しむどころか、見たこともない 暗い瞳で私を追い詰めた。 「僕を捨てる? 逃げられると思っているの、アン」 私の知る爽やかな王子の仮面が剥がれ落ち、 隠されていた狂おしいほどの独占欲が牙を剥く。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました

ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。 けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。 やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。 ――もう、この結婚には見切りをつけよう。 夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。 身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。 一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。 幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」