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遊び人の正体
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「……バートラム様のお言葉を決して信じないわけではございません。短い時間ですけれど、レイモンド様がとてもそんな……器用な方ではないことも、察しているつもりです」
だが、どうしてそんな噂が生じてしまったのか。
サマンサの態度から何となく想像がついたが、グレイスはバートラムの言葉を待った。
「端的に言えば、レイモンドに相手にされなかった女性、また彼をよく思わない人間が原因だ」
ふと昔のレイモンドを思い出すようにバートラムは目を細めた。
「レイモンドはあの通り、容姿が整っている。寄ってくる女性は後を絶たなかった。それであしらうのがだんだん面倒になって、貴族の集まりに顔を出すことはめっきり減った。その代わり、庶民が行くようなバーで酒を飲んだりしていたんだ」
「庶民が行くような……」
「そう。しかも当時のレイモンドは少し……いや、だいぶ荒れていたな。苛立ちとか人生に対する絶望とか、もうどうでもいいような雰囲気を身体中にぷんぷん纏って、一人ちびちびと酒を飲んでいた」
(レイモンド様にそんな時期があったなんて……)
一体何が起きたのだろう。
「若い見目の良い男、しかも何やら事情のある男を放っておけない女性もいたわけさ」
「なるほど……。陰のある男性に危うさを感じて、惹かれてしまう方もいらっしゃいますものね」
冷静に分析するグレイスに、バートラムはちょっと笑った。
「そういうわけさ。それで今夜一晩どう? とか自分が優しく慰めてやると誘われたみたいだが……レイモンドはどれもこっぴどく振った」
こっぴどく、と言うと、サマンサに対して見せたような態度だろうか。
「俺も一度、その場に居合わせたことがあるんだが、レイモンドに言い寄ったのが、酒場ではけっこう人気の女性みたいで、最初断られても何度か押せば受け入れてくれると思っていたんだろう。レイモンがうんざりした様子で無視すると、恥をかかされたように真っ赤になって、『この不能男!』って大声で叫んだんだ」
「まぁ……」
「その時の騒ぎがことのほか広まってしまって、レイモンドは女性に興味がないとか、大勢の女性を弄んで捨てたとか……ありもしない噂が出来上がっていた」
相手にされなかったその時の女性が人に伝える形でレイモンドの評判を落とし、酒場に出入りしている貴族から上流階級の方へも伝わっていった。サマンサも恐らくその話を耳にしたのだろう。
(もしかして同性愛者って噂も、それが原因かしら)
「バートラム様の他に、レイモンド様を気にかけてくださる方は誰かいましたか?」
「いや……いなかったな。俺以外に親しい友人も……俺の知る限りではあまりいないと思う」
言葉を選んでいるあたり、たぶん誰もいないのではないだろうか。
(レイモンド様に寄り添うバートラム様……)
レイモンドからすれば、バートラムだけは無下にできない相手だったろう。その結果、周囲から特別な関係だと見られることも気づかず……。
「……レイモンド様ご自身は、否定しなかったのですか」
「放っておけ、と言われてしまった。むしろそういう噂が流れれば、自分に近づいてくる人間はいないだろうから逆に助かる、ってな」
どうも聞いた感じ、当時のレイモンドはどこか捨て鉢になっている印象がある。
バートラムの表情もどこか歯痒そうで、苦々しい思いを抱えているように見えた。
「……バートラム様がこのことをわたしに話してくださったのは、どうしてですか?」
「それは……一つはきみにレイモンドのことを誤解してほしくなかったからだ。きみは知らないと思うが、低俗なゴシップネタを扱った新聞紙にレイモンドのことを面白おかしく書いている記事がある。それを何かで目にする前に、きみに本当のことを知ってほしかった。……レイモンドは恐らく、自分からきみに話そうとはしなかったはずだから。話そうとしても、自分の責任のように話すはずだ」
「どういうことでしょうか」
ここまでずっと自信に満ちあふれていたバートラムが、初めて緊張した表情を見せた。
「レイモンドは俺たち王家の被害者だ」
「被害者?」
「ああ。レイモンドは王家の醜聞を隠すために、自ら犠牲になってくれた」
聞くと、バートラムの父親の親族……王室関係の人間がスキャンダラスな事件を起こした。男女関係であったり、ギャンブルなどの借金であったりと、とにかく世間にばれると王室の権威が失墜しかねない問題ばかりであった。
そこにレイモンドの遊び人という噂が生じ、社交界だけでなく庶民の間でも話題になってくれた。おかげで王家の恥とすべき問題はさほど注目されずに済んだ。
「……つまり、レイモンド様はスケープゴートにされたのですね」
「ああ、そうだ。あいつは十二歳の時にイングリス王国から追い出されるようにこちらへ来た。それで世話になった俺の両親に引け目を感じて……困っているのならば自分が力を貸すのが当然だって思っているんだ」
バートラムは言いながら悔しそうな顔をする。別に彼のせいではないのに、そうした状況に自然と追い込んでしまって申し訳ないと言うように。
「……バートラム様にとって、レイモンド様はとても大切な人なんですね」
罪悪感もあるだろう。だが一番は、友人としてレイモンドの幸せを祈っているからだ。
今のグレイスの言葉でバートラムが一瞬泣きそうな顔をしたことからも、そう思えた。
「……そう言ってくれるなんて、きみはいい人だな。レイモンドが、ずっと好きだった理由がわかる」
少し胸のつかえが下りたようにバートラムは息を吐いた。そしてまたグレイスの方を見ると、改めて告げた。
「友人としての贔屓目を差し引いても、レイモンドは誠実で真っ直ぐなやつだ。誓って、きみ以外の女性を愛する男じゃない。それだけはどうか、信じてやってほしい」
グレイスは微笑んで答えた。
「はい。信じますわ」
あまりにも迷いなく答えたせいか、バートラムは少し困った顔をした。
「俺からすれば実に完璧な返答だが……正直、もっと疑われると思っていた」
「あら。わたしはもう一ヵ月以上レイモンド様の妻として過ごしましたのよ? 彼がそんな人ではないことくらい、見抜けますわ」
「やっぱり一緒に暮らしていると、なんとなくわかるものなのか……」
本当は閨教育で得た知識のおかげであるのだが、納得した表情のバートラムに真相を打ち明けるつもりはなかった。
「そろそろ、父上たちの話も終わるだろう。……グレイス」
「はい」
「恐らく近々、俺の母がきみを王宮に呼ぶだろう。いろいろ話したいと言っていたからな。きみがまだ知らないレイモンドについても、知ることにもなると思う。それでも……」
受け入れてほしい、と懇願するようにバートラムは頼んだ。
◇
(レイモンド様について、まだ知らないことがあるのね……)
屋敷へ帰る馬車の中で、グレイスはぼんやりと街灯に照らされた夜の光景を見ていた。ほとんど見えず、窓に映る自分の顔は何を考えているかよくわからない。そんなグレイスの横顔を見つめながら、レイモンドがそっと手を握ってきた。
「バートラムにあれこれ言われて、疲れただろう?」
「まさか。それに殿下はあなたのことを心配なさっていましたわ」
そうだ、とグレイスは彼の方へ身体を向けた。帰りは何となく隣に座って互いの温もりを感じていたので、膝をつき合わせることになったが、今はどうしても言いたいことがあった。
「レイモンド様。噂の件、お聞きしましたわ」
「……そうか。いろいろと、誤解させてしまってすまなかった」
悪戯がばれてしまったような、諦めた表情でいる彼が、今は無性にもどかしく、少し腹も立った。レイモンドもグレイスが怒っているのがわかったのか、珍しく言い訳めいた口調で謝罪する。
「貴女が俺についていろいろと良くない噂を耳にしているかもしれないとは思っていた。それでも俺は、どうしても貴女と結婚したかった。でもよく考えてみれば、こんな俺と結婚したら、貴女の評判にも傷がついたかもしれない。そういったことを考えずに俺は自分のことばかりで本当に申し訳なく――」
「レイモンド様」
そうじゃないだろうとグレイスは悲しくなった。
「どうして噂を放っておいてもいいなんて思ったのですか」
「それは……国王夫妻やバートラムには迷惑をかけたし、こんな俺でも役に立てるのならば役に立ちたいと思ったからだ。バートラムのことだから自分が悪いというように言ったんだろうが、俺は全くそんなこと考えてなかった」
「……それでご自身の評判が落ちても……本当は全く違うのに、悪く思われても、あなたは仕方がないと受け入れている。わたしはそのことが……とても歯痒くて、悲しいのです」
泣きそうな気持ちになって、グレイスは俯いた。
(レイモンド様はご自分のことを大切になさっていない)
彼の生い立ちがきっと原因なのだろう。
母親と離宮で寂しい幼少時代を送り、見放されるように隣国へ留学し、王室のためにまた評判を下げる人生が、自分を大切にすることを放棄してしまった。
「グレイス。泣かないでくれ……」
気づけば彼女は涙を手袋の上に落としていた。
涙を拭おうとする前に、彼女はレイモンドに抱き寄せられる。
「……どうして、嬉しそうなんですか」
泣かれて困った顔をしながらも、レイモンドの唇は弧を描いており、グレイスは不可解に思った。
「すまない。でも、貴女が俺のために悲しんで涙を流してくれたと思うと……すごく、嬉しいんだ」
グレイス、と彼は彼女の頭にそっと口づけを落とし、内緒話するような小さな声で胸の内を明かした。
「俺は本当に、しょせん噂は噂で、周りにどう思われようが気にしていなかったんだ。だが、とうとう貴女と結ばれて、それはもう毎日幸せすぎて怖いくらいで、今日の舞踏会でふと我に返った。あの令嬢にああ言われた時、貴女にどう思われるのかと。貴女に幻滅され、離縁を言い渡されたらどうしようかと、初めて怖く思ったんだ」
あの時見せた表情は、そういうことだったのか。
今まで他人にどう思われようが気にしなかったのに、グレイスと結婚して初めてレイモンドは他人からの評判を気にした。
(この方は本当に……)
「事情があったとはいえ、人々があなたを誤解したままなのは許せません」
グレイスの夫となった人は素敵な人だ。
「だから、これからはその認識を払拭していきましょう」
顔を上げて、宣言するようにグレイスは告げた。
「わかった。……実は俺も、バートラムに言われて少し世間とずれていることを痛感した。これからは、人付き合いもきちんとやっていきたい。……だから、俺を見捨てないでくれ」
見捨てるはずなんかない。
「わたしはあなたの妻ですもの。あなたが嫌だと言っても、別れてあげません」
「グレイス……」
様々な感情が込み上げてきたようにレイモンドは悩ましげな顔をして、グレイスを胸の中にかき抱き、顎を掬うと口づけした。グレイスは彼の想いを受け止めるように身を委ねた。
屋敷へ到着するまで、二人を邪魔する者は誰もいなかった。
だが、どうしてそんな噂が生じてしまったのか。
サマンサの態度から何となく想像がついたが、グレイスはバートラムの言葉を待った。
「端的に言えば、レイモンドに相手にされなかった女性、また彼をよく思わない人間が原因だ」
ふと昔のレイモンドを思い出すようにバートラムは目を細めた。
「レイモンドはあの通り、容姿が整っている。寄ってくる女性は後を絶たなかった。それであしらうのがだんだん面倒になって、貴族の集まりに顔を出すことはめっきり減った。その代わり、庶民が行くようなバーで酒を飲んだりしていたんだ」
「庶民が行くような……」
「そう。しかも当時のレイモンドは少し……いや、だいぶ荒れていたな。苛立ちとか人生に対する絶望とか、もうどうでもいいような雰囲気を身体中にぷんぷん纏って、一人ちびちびと酒を飲んでいた」
(レイモンド様にそんな時期があったなんて……)
一体何が起きたのだろう。
「若い見目の良い男、しかも何やら事情のある男を放っておけない女性もいたわけさ」
「なるほど……。陰のある男性に危うさを感じて、惹かれてしまう方もいらっしゃいますものね」
冷静に分析するグレイスに、バートラムはちょっと笑った。
「そういうわけさ。それで今夜一晩どう? とか自分が優しく慰めてやると誘われたみたいだが……レイモンドはどれもこっぴどく振った」
こっぴどく、と言うと、サマンサに対して見せたような態度だろうか。
「俺も一度、その場に居合わせたことがあるんだが、レイモンドに言い寄ったのが、酒場ではけっこう人気の女性みたいで、最初断られても何度か押せば受け入れてくれると思っていたんだろう。レイモンがうんざりした様子で無視すると、恥をかかされたように真っ赤になって、『この不能男!』って大声で叫んだんだ」
「まぁ……」
「その時の騒ぎがことのほか広まってしまって、レイモンドは女性に興味がないとか、大勢の女性を弄んで捨てたとか……ありもしない噂が出来上がっていた」
相手にされなかったその時の女性が人に伝える形でレイモンドの評判を落とし、酒場に出入りしている貴族から上流階級の方へも伝わっていった。サマンサも恐らくその話を耳にしたのだろう。
(もしかして同性愛者って噂も、それが原因かしら)
「バートラム様の他に、レイモンド様を気にかけてくださる方は誰かいましたか?」
「いや……いなかったな。俺以外に親しい友人も……俺の知る限りではあまりいないと思う」
言葉を選んでいるあたり、たぶん誰もいないのではないだろうか。
(レイモンド様に寄り添うバートラム様……)
レイモンドからすれば、バートラムだけは無下にできない相手だったろう。その結果、周囲から特別な関係だと見られることも気づかず……。
「……レイモンド様ご自身は、否定しなかったのですか」
「放っておけ、と言われてしまった。むしろそういう噂が流れれば、自分に近づいてくる人間はいないだろうから逆に助かる、ってな」
どうも聞いた感じ、当時のレイモンドはどこか捨て鉢になっている印象がある。
バートラムの表情もどこか歯痒そうで、苦々しい思いを抱えているように見えた。
「……バートラム様がこのことをわたしに話してくださったのは、どうしてですか?」
「それは……一つはきみにレイモンドのことを誤解してほしくなかったからだ。きみは知らないと思うが、低俗なゴシップネタを扱った新聞紙にレイモンドのことを面白おかしく書いている記事がある。それを何かで目にする前に、きみに本当のことを知ってほしかった。……レイモンドは恐らく、自分からきみに話そうとはしなかったはずだから。話そうとしても、自分の責任のように話すはずだ」
「どういうことでしょうか」
ここまでずっと自信に満ちあふれていたバートラムが、初めて緊張した表情を見せた。
「レイモンドは俺たち王家の被害者だ」
「被害者?」
「ああ。レイモンドは王家の醜聞を隠すために、自ら犠牲になってくれた」
聞くと、バートラムの父親の親族……王室関係の人間がスキャンダラスな事件を起こした。男女関係であったり、ギャンブルなどの借金であったりと、とにかく世間にばれると王室の権威が失墜しかねない問題ばかりであった。
そこにレイモンドの遊び人という噂が生じ、社交界だけでなく庶民の間でも話題になってくれた。おかげで王家の恥とすべき問題はさほど注目されずに済んだ。
「……つまり、レイモンド様はスケープゴートにされたのですね」
「ああ、そうだ。あいつは十二歳の時にイングリス王国から追い出されるようにこちらへ来た。それで世話になった俺の両親に引け目を感じて……困っているのならば自分が力を貸すのが当然だって思っているんだ」
バートラムは言いながら悔しそうな顔をする。別に彼のせいではないのに、そうした状況に自然と追い込んでしまって申し訳ないと言うように。
「……バートラム様にとって、レイモンド様はとても大切な人なんですね」
罪悪感もあるだろう。だが一番は、友人としてレイモンドの幸せを祈っているからだ。
今のグレイスの言葉でバートラムが一瞬泣きそうな顔をしたことからも、そう思えた。
「……そう言ってくれるなんて、きみはいい人だな。レイモンドが、ずっと好きだった理由がわかる」
少し胸のつかえが下りたようにバートラムは息を吐いた。そしてまたグレイスの方を見ると、改めて告げた。
「友人としての贔屓目を差し引いても、レイモンドは誠実で真っ直ぐなやつだ。誓って、きみ以外の女性を愛する男じゃない。それだけはどうか、信じてやってほしい」
グレイスは微笑んで答えた。
「はい。信じますわ」
あまりにも迷いなく答えたせいか、バートラムは少し困った顔をした。
「俺からすれば実に完璧な返答だが……正直、もっと疑われると思っていた」
「あら。わたしはもう一ヵ月以上レイモンド様の妻として過ごしましたのよ? 彼がそんな人ではないことくらい、見抜けますわ」
「やっぱり一緒に暮らしていると、なんとなくわかるものなのか……」
本当は閨教育で得た知識のおかげであるのだが、納得した表情のバートラムに真相を打ち明けるつもりはなかった。
「そろそろ、父上たちの話も終わるだろう。……グレイス」
「はい」
「恐らく近々、俺の母がきみを王宮に呼ぶだろう。いろいろ話したいと言っていたからな。きみがまだ知らないレイモンドについても、知ることにもなると思う。それでも……」
受け入れてほしい、と懇願するようにバートラムは頼んだ。
◇
(レイモンド様について、まだ知らないことがあるのね……)
屋敷へ帰る馬車の中で、グレイスはぼんやりと街灯に照らされた夜の光景を見ていた。ほとんど見えず、窓に映る自分の顔は何を考えているかよくわからない。そんなグレイスの横顔を見つめながら、レイモンドがそっと手を握ってきた。
「バートラムにあれこれ言われて、疲れただろう?」
「まさか。それに殿下はあなたのことを心配なさっていましたわ」
そうだ、とグレイスは彼の方へ身体を向けた。帰りは何となく隣に座って互いの温もりを感じていたので、膝をつき合わせることになったが、今はどうしても言いたいことがあった。
「レイモンド様。噂の件、お聞きしましたわ」
「……そうか。いろいろと、誤解させてしまってすまなかった」
悪戯がばれてしまったような、諦めた表情でいる彼が、今は無性にもどかしく、少し腹も立った。レイモンドもグレイスが怒っているのがわかったのか、珍しく言い訳めいた口調で謝罪する。
「貴女が俺についていろいろと良くない噂を耳にしているかもしれないとは思っていた。それでも俺は、どうしても貴女と結婚したかった。でもよく考えてみれば、こんな俺と結婚したら、貴女の評判にも傷がついたかもしれない。そういったことを考えずに俺は自分のことばかりで本当に申し訳なく――」
「レイモンド様」
そうじゃないだろうとグレイスは悲しくなった。
「どうして噂を放っておいてもいいなんて思ったのですか」
「それは……国王夫妻やバートラムには迷惑をかけたし、こんな俺でも役に立てるのならば役に立ちたいと思ったからだ。バートラムのことだから自分が悪いというように言ったんだろうが、俺は全くそんなこと考えてなかった」
「……それでご自身の評判が落ちても……本当は全く違うのに、悪く思われても、あなたは仕方がないと受け入れている。わたしはそのことが……とても歯痒くて、悲しいのです」
泣きそうな気持ちになって、グレイスは俯いた。
(レイモンド様はご自分のことを大切になさっていない)
彼の生い立ちがきっと原因なのだろう。
母親と離宮で寂しい幼少時代を送り、見放されるように隣国へ留学し、王室のためにまた評判を下げる人生が、自分を大切にすることを放棄してしまった。
「グレイス。泣かないでくれ……」
気づけば彼女は涙を手袋の上に落としていた。
涙を拭おうとする前に、彼女はレイモンドに抱き寄せられる。
「……どうして、嬉しそうなんですか」
泣かれて困った顔をしながらも、レイモンドの唇は弧を描いており、グレイスは不可解に思った。
「すまない。でも、貴女が俺のために悲しんで涙を流してくれたと思うと……すごく、嬉しいんだ」
グレイス、と彼は彼女の頭にそっと口づけを落とし、内緒話するような小さな声で胸の内を明かした。
「俺は本当に、しょせん噂は噂で、周りにどう思われようが気にしていなかったんだ。だが、とうとう貴女と結ばれて、それはもう毎日幸せすぎて怖いくらいで、今日の舞踏会でふと我に返った。あの令嬢にああ言われた時、貴女にどう思われるのかと。貴女に幻滅され、離縁を言い渡されたらどうしようかと、初めて怖く思ったんだ」
あの時見せた表情は、そういうことだったのか。
今まで他人にどう思われようが気にしなかったのに、グレイスと結婚して初めてレイモンドは他人からの評判を気にした。
(この方は本当に……)
「事情があったとはいえ、人々があなたを誤解したままなのは許せません」
グレイスの夫となった人は素敵な人だ。
「だから、これからはその認識を払拭していきましょう」
顔を上げて、宣言するようにグレイスは告げた。
「わかった。……実は俺も、バートラムに言われて少し世間とずれていることを痛感した。これからは、人付き合いもきちんとやっていきたい。……だから、俺を見捨てないでくれ」
見捨てるはずなんかない。
「わたしはあなたの妻ですもの。あなたが嫌だと言っても、別れてあげません」
「グレイス……」
様々な感情が込み上げてきたようにレイモンドは悩ましげな顔をして、グレイスを胸の中にかき抱き、顎を掬うと口づけした。グレイスは彼の想いを受け止めるように身を委ねた。
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