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幸せな今
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「レイ? 寝ているの?」
頬に触れる小さな温もり。考えるより先に、レイモンドはその手を掴んでいた。目を開ければ、驚いた表情のグレイスが映る。そんな顔もたまらなく可愛らしい。
「まぁ、起きていたの?」
「今起きた。驚かせてごめん」
別に謝ることではないと言うように彼女は微笑み、レイモンドの隣に腰かける。庭の木陰に設置してある長椅子に座っているうちに、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。懐かしい夢も見た。
(あれから本当に彼女と結婚できるなんて……)
夢みたいだ、と思いながらレイモンドはグレイスの左手をおもむろに取り、薬指にはめられている指輪を眺めた。彼女と再会した時に見せたダイヤモンドが輝いている。
それだけでなく、リングの内側には小粒のエメラルドとアクアマリンが埋め込まれている。
「この指輪のデザイン。改めて見るととても素敵ね」
「本当?」
「ええ。あなたの瞳の色だもの」
グレイスにはきちんと見抜かれていたらしい。
「婚約指輪と結婚指輪、それぞれもらえて、幸せだわ」
「当然だ。指輪以外にも、これからたくさん贈らせてくれ」
グレイスは目を丸くしたものの、すぐに楽しみだと目を細めた。
「でも、こうしてあなたと並んで話しているだけで、もう十分幸せなの」
眼前には、溢れんばかりの花々が咲き乱れていた。
まるで幼い頃出会った時の離宮の庭園と似ているが、違うのはあの時グレイスが好きだと教えてくれた花を中心に植えていることだろう。
「これだけでいいなんて、貴女はやっぱり欲がない」
「そんなことないわ」
こちらを見て、グレイスは少し照れ臭そうに微笑む。目元がほんのりと赤く染まっていて、彼女が何を思ったのか、レイモンドにはわかった。
『あなたの笑顔を独り占めしたいと思ったもの』
寝台列車の中で抱かれた後、グレイスはそうレイモンドに告白した。
彼からすればなんて慎ましく可愛らしい独占欲なのだろうと思ったが、それでもグレイスが自分に対して執着心を抱いてくれたことが、たまらなく嬉しかった。
グレイスが望めば、彼女以外の人間の前ではずっと無表情を貫き通してもいい。
なんならもっと強欲になってほしい。そんな欲望が尽きることなく湧いてくる。
「我ながら強欲だな」
「え?」
レイモンドは微笑んで、グレイスの身体を抱き寄せ、自身の膝の上に跨らせた。
「お行儀が悪いわ」
「誰もいない」
「でも、んっ……」
口を塞いで、文句を封じる。グレイスは少し不満そうに眉根を寄せたが、すぐにレイモンドの舌を自分のと絡ませてくれる。
(あぁ、幸せだ……)
木漏れ日が差し込む空の下で彼女と抱き合い、口づけしている。楽園にいるような心地だった。
「レイモンド様……レイ……」
「グレイス。愛している」
瞳を潤ませながら、グレイスが自分もだと頷く。愛おしさが増し、こめかみや頬に次々と口づけを落としながら、レイモンドは彼女との未来を思い描く。
「なぁ、グレイス。俺は貴女ともう一度結婚式を挙げるつもりだ」
「もう一度?」
「そう。今度は、貴女の父親も呼んで」
レイモンドの提案に、グレイスが息を呑んだ。
彼女は家族のことをとても大事にしている。今もその気持ちは変わらず、兄妹を通じて父のことを気にかけていた。グレイスの最後の言葉が堪えたのか、侯爵は家督をマーティンに譲り、すっかり隠居生活を送っているという。
ちなみにあれだけ暴れたのに、イングリス側からの抗議はなかった。
脅しもきいているのだろうが、アンドリューが腑抜けた状態になっていることと、王妃とリアナの険悪な嫁姑関係、事情があれど長年婚約者として仕えていたグレイスを裏切る形で――たとえ本人たちが納得していても、隠し子を公表したことが庶民の間で嫌悪感を伴って広まり、リアナを養女として迎えたキャンベル公爵も槍玉に挙げられたりと……とにかくこちらに構っている暇がないのが一番の理由だろう。
レイモンドにはどうでもよかったが。ただジェイクのことは気になるので、もし向こうへ行く機会があれば、頼るよう声をかけようと思っている。
だが当分の間は、グレイスとの幸せな結婚生活を楽しむつもりだ。
「侯爵もその時は、俺たちのことを祝福してくれると思うんだが、どうだろう?」
「……ええ。きっと……いいえ。絶対に祝福してくれるわ」
グレイスが目を潤ませ、レイモンドに抱き着いてくる。当然、彼は抱きしめ返した。
「レイ。わたし、あなたと結婚してよかったわ」
「本当?」
「本当。……わたしに会いに来てくれて、ありがとう」
お礼を述べる必要などない。むしろレイモンドの方こそ、彼女に感謝してもしきれない思いで溢れている。
(だが……)
そっと抱擁を緩めると、レイモンドはグレイスに問いかける。
「なぁ、グレイス。また約束しないか?」
「どんな?」
「これから一生、互いを想って、幸せであり続けると」
素晴らしい約束だと思って提案すれば、グレイスはふわりと微笑んだ。
「約束する必要なんてないわ」
だってもう今でも十分幸せで、これから先もその未来は変わらないから。
グレイスの言葉にレイモンドは目を細め、それもそうかと、彼女と笑い合った。
頬に触れる小さな温もり。考えるより先に、レイモンドはその手を掴んでいた。目を開ければ、驚いた表情のグレイスが映る。そんな顔もたまらなく可愛らしい。
「まぁ、起きていたの?」
「今起きた。驚かせてごめん」
別に謝ることではないと言うように彼女は微笑み、レイモンドの隣に腰かける。庭の木陰に設置してある長椅子に座っているうちに、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。懐かしい夢も見た。
(あれから本当に彼女と結婚できるなんて……)
夢みたいだ、と思いながらレイモンドはグレイスの左手をおもむろに取り、薬指にはめられている指輪を眺めた。彼女と再会した時に見せたダイヤモンドが輝いている。
それだけでなく、リングの内側には小粒のエメラルドとアクアマリンが埋め込まれている。
「この指輪のデザイン。改めて見るととても素敵ね」
「本当?」
「ええ。あなたの瞳の色だもの」
グレイスにはきちんと見抜かれていたらしい。
「婚約指輪と結婚指輪、それぞれもらえて、幸せだわ」
「当然だ。指輪以外にも、これからたくさん贈らせてくれ」
グレイスは目を丸くしたものの、すぐに楽しみだと目を細めた。
「でも、こうしてあなたと並んで話しているだけで、もう十分幸せなの」
眼前には、溢れんばかりの花々が咲き乱れていた。
まるで幼い頃出会った時の離宮の庭園と似ているが、違うのはあの時グレイスが好きだと教えてくれた花を中心に植えていることだろう。
「これだけでいいなんて、貴女はやっぱり欲がない」
「そんなことないわ」
こちらを見て、グレイスは少し照れ臭そうに微笑む。目元がほんのりと赤く染まっていて、彼女が何を思ったのか、レイモンドにはわかった。
『あなたの笑顔を独り占めしたいと思ったもの』
寝台列車の中で抱かれた後、グレイスはそうレイモンドに告白した。
彼からすればなんて慎ましく可愛らしい独占欲なのだろうと思ったが、それでもグレイスが自分に対して執着心を抱いてくれたことが、たまらなく嬉しかった。
グレイスが望めば、彼女以外の人間の前ではずっと無表情を貫き通してもいい。
なんならもっと強欲になってほしい。そんな欲望が尽きることなく湧いてくる。
「我ながら強欲だな」
「え?」
レイモンドは微笑んで、グレイスの身体を抱き寄せ、自身の膝の上に跨らせた。
「お行儀が悪いわ」
「誰もいない」
「でも、んっ……」
口を塞いで、文句を封じる。グレイスは少し不満そうに眉根を寄せたが、すぐにレイモンドの舌を自分のと絡ませてくれる。
(あぁ、幸せだ……)
木漏れ日が差し込む空の下で彼女と抱き合い、口づけしている。楽園にいるような心地だった。
「レイモンド様……レイ……」
「グレイス。愛している」
瞳を潤ませながら、グレイスが自分もだと頷く。愛おしさが増し、こめかみや頬に次々と口づけを落としながら、レイモンドは彼女との未来を思い描く。
「なぁ、グレイス。俺は貴女ともう一度結婚式を挙げるつもりだ」
「もう一度?」
「そう。今度は、貴女の父親も呼んで」
レイモンドの提案に、グレイスが息を呑んだ。
彼女は家族のことをとても大事にしている。今もその気持ちは変わらず、兄妹を通じて父のことを気にかけていた。グレイスの最後の言葉が堪えたのか、侯爵は家督をマーティンに譲り、すっかり隠居生活を送っているという。
ちなみにあれだけ暴れたのに、イングリス側からの抗議はなかった。
脅しもきいているのだろうが、アンドリューが腑抜けた状態になっていることと、王妃とリアナの険悪な嫁姑関係、事情があれど長年婚約者として仕えていたグレイスを裏切る形で――たとえ本人たちが納得していても、隠し子を公表したことが庶民の間で嫌悪感を伴って広まり、リアナを養女として迎えたキャンベル公爵も槍玉に挙げられたりと……とにかくこちらに構っている暇がないのが一番の理由だろう。
レイモンドにはどうでもよかったが。ただジェイクのことは気になるので、もし向こうへ行く機会があれば、頼るよう声をかけようと思っている。
だが当分の間は、グレイスとの幸せな結婚生活を楽しむつもりだ。
「侯爵もその時は、俺たちのことを祝福してくれると思うんだが、どうだろう?」
「……ええ。きっと……いいえ。絶対に祝福してくれるわ」
グレイスが目を潤ませ、レイモンドに抱き着いてくる。当然、彼は抱きしめ返した。
「レイ。わたし、あなたと結婚してよかったわ」
「本当?」
「本当。……わたしに会いに来てくれて、ありがとう」
お礼を述べる必要などない。むしろレイモンドの方こそ、彼女に感謝してもしきれない思いで溢れている。
(だが……)
そっと抱擁を緩めると、レイモンドはグレイスに問いかける。
「なぁ、グレイス。また約束しないか?」
「どんな?」
「これから一生、互いを想って、幸せであり続けると」
素晴らしい約束だと思って提案すれば、グレイスはふわりと微笑んだ。
「約束する必要なんてないわ」
だってもう今でも十分幸せで、これから先もその未来は変わらないから。
グレイスの言葉にレイモンドは目を細め、それもそうかと、彼女と笑い合った。
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