お姉さまは最愛の人と結ばれない。

りつ

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姉の婚約者、妹の不安

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「やぁ、クロエ。こんにちは」
「……こんにちは、マルセル様」
「ディオンでいいよ。いずれ親戚になるんだから」

 馴れ馴れしい口調でそう言うと、ディオンはクロエの隣に座った。と同時に彼女は席を立った。

「お姉さまを呼んできますわ」
「エリーヌはまだ支度で遅れるそうだよ。その間きみが僕の相手をしてくれてもいいだろう?」

 冗談じゃない。誰が姉の婚約者の相手などするものか。

「ごめんなさい。わたしも用事があって……代わりに兄たちを呼んで参りますから」

 ディオンが何か言う前にクロエは客間の扉を閉めた。重いため息が口からこぼれ落ちる。

(どうしてあんな軽薄な男がお姉さまの婚約者なんだろう)

 ディオン・マルセルは金髪碧眼の甘い顔立ちをしており、容姿だけなら姉と並んでも遜色ない出来栄えであった。だがいかせん性格が胡散臭い。

(伯爵ももっと真面目な男性を縁談に選べばいいのに)

「まぁ、クロエ。こんなところで何しているの」
「あ、お姉さま……」

 廊下で物憂げにため息をついていた姿を姉に発見され、クロエはばつが悪い顔をする。

「えっと、先生に出された課題が難しくて…」
「まぁ、それは珍しいわね」

 学校に通わせてはどうかと勧められるくらいには、クロエは優秀な生徒だったが、机にかじりつくほど勉強に勤しんだ努力の結果であるので、彼女自身はそこまで自分ができると思っていない。

(お姉さまの方がすごいわ)

 姉は何をしても完璧で、そつなくこなす人間だった。苦手なことなど彼女にはない気がした。

「勉強も大切だけど、たまには他のことも楽しんでみたらどう?」
「あんまり思いつかないわ」
「もう。困った子ね」

 手を伸ばし、頬を撫でる姉にクロエは笑った。こうして姉と話している時が一番楽しい。

「それよりお姉さま。誰かお待たせしている人がいるのではなくて?」

 あっ、というように姉は口元に手を当てた。

「そうだわ。私、ディオン様と約束していたの」
「きっとやきもきして待っていらっしゃるだろうから、急いであげて」
「ええ。そうするわ」

 ぱっと背を向けた姉はすぐにくるりと振り返ってクロエの名を呼んだ。ちょっと恥ずかしそうにして。

「おかしなところ、ないかしら」
「ないわ。いつもよりとってもきれい」

 この前仕立てたという最新のドレス。念入りに施された化粧。ディオンが好むという香水の香り。
 恋する姉は誰よりもきれいだった。

「そう? ディオン様、気に入ってくれるかしら」
「ええ、もちろん。ますます好きになるわ」

 妹の言葉にようやく安堵したようで、エリーヌはありがとうと言って彼のもとへ行ってしまった。

(ディオン様もいつかきっとお姉さまの想いに気づくはず)

 だってあんなにも想ってくれている。女性は男性に尽くしてこそ報われると何かの本にも書いてあった。
 だからこの不安もただの杞憂だとクロエは自分に言い聞かせた。

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