いなくなった伯爵令嬢の代わりとして育てられました。本物が見つかって今度は彼女の婚約者だった辺境伯様に嫁ぎます。

りつ

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12、言えない

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「大勢に囲まれて疲れただろう」

 二人は普段ジークハルトが作戦を練ったり、事務作業などをする部屋へ場所を移した。

 簡素な長椅子に座るよう促し、マリアが座ると、彼自身も隣に腰を下ろして謝った。

「あっ、いえ。でも……みなさん、元気な方なんですね」

 明るくて、もっと厳しい雰囲気を想像していたので意外と砕けた様子に驚いた。

「そうだな。緩い方かもしれないな。……俺があまり、堅苦しいのは好きじゃないから、自然とそうなったのかもしれないが」

 前の団長はかなり厳しい人間だったそうで、常にぴりついた空気だったらしい。

(前の……ってことは、前辺境伯にも当たる方よね?)

 辺境伯家の歴史に関する本を読んでいたマリアはこの土地が度々隣国から狙われていたことを思い出す。ジークハルトも補足するように言った。

「時代的なものもあったと思う。エーレンベルク国や周辺諸国も今より戦が多くて、貧民が逃げてきてトラブルになることもあった」

 国境地帯であるから、辺境伯たちは余計に対応に追われたはずだ。

「こちらに来た人間は、やはり帰ってもらうのですか?」
「そうだな。心苦しいが、基本はきちんとした手続きをして滞在するのが決まりだから強制送還する手筈になっている。ただ、やはり怪我をしたり、帰る場所がなかった者は、一時的に救貧院で過ごすことが許された。親がいない子どもは孤児院に預けて……辺境伯の騎士団員になることもある」
「では、先ほどの方たちの中にも?」

 マリアが驚くと、ジークハルトは優しい顔をして言った。

「ああ。先代の辺境伯や俺に忠誠を誓い、この土地のために戦ってくれている」

 出自が自国ではないことを踏まえると、複雑な問題に陥ったりしないのだろうか。

 もし戦争になった時、故国と戦うことになるのだから……。

 マリアの不安を読み取ったようにジークハルトは言った。

「この土地で育ったのならば、もうこの土地の人間。俺たちの仲間だ。裏切る真似は絶対にしない。誓いを破る者は仲間が剣で止める。それを俺が許す」

 裏切り者は彼らの手で裁き、命をもって償わせる。

 ジークハルトの命令であり、他の者もその決定に従う。信頼しているからこそ、違反者には厳しい。

(でも、みんなジークハルト様のことを慕っているように見えたわ)

 ラウルのように気安く接する者もいるが、マリアの目には強い絆があるからこそに見えた。

「マリア。あなたには感謝している」
「えっ?」
「今話した通り、騎士団員にはエーレンベルク国出身ではない者もいる。そして自慢ではないが、まぁまぁ強い。だから実は隣国と通じて王家に反旗を翻すのではないか、あるいはこの国から独立するのではないかと王家に警戒されている状態だったんだ」

 そのために婚姻を打診されたことはマリアも知っていたので、小さく頷く。

「もともと初めにこの土地を治めるよう命じられた者は、誰よりも王に忠誠を誓っていたはずなんだがな……月日を経るごとに、やはり変わってしまった」

 国境の国防を任されているのだから、確かにそうだ。……でも、王都から距離のある土地で長く治めていれば、自ずと考え方も変わってくる。

「難しい、ですのね」
「ああ、本当に」

 だから、とジークハルトは目を細めてマリアに告げた。

「王家から信頼されているリーデル伯爵家の娘であるあなたがこの地に嫁ぐことは、とても意味のあることで、王家もいくらか安心できたと思う。あなたのお陰だ」
「わたしは、そんな……」

 マリアはジークハルトの感謝に心が重くなる。

 自分はリーデル伯爵の本当の娘でない。そして今の話を聞いて、マリアは王家に対してジークハルトとは違う考えを抱いた。

(王家は、たぶんわたしが伯爵家の本当の娘ではないから都合がよかったんだわ)

 貴族でも何でもない孤児の娘を辺境伯と結婚させたのだ。ジークハルトも不満を抱くことなく受け入れている。

 溜飲が下がる、とでも言おうか。

 王家に忠誠を誓う貴族からしても大事な娘を遠い辺境の地へ嫁がせるのは気が進まなかっただろうから、都合がよかった。

(お父様やお母様も……)

 彼らにとっても、マリアの存在はちょうどよい駒だったのだ。

 ……いや、それはもういいのだ。マリアも彼らの役に立ちたいと思ったから。

 結婚してまだひと月も経っていないが、結婚相手がジークハルトのような誠実な男性でよかったと心から言える。

 だが、だからこそ自分で本当によかったのだろうかという思いが消えない。むしろ彼に優しくしてもらう度、罪悪感は増す。

「ジークハルト様、わたし……」
「どうした?」

 眉を下げて顔を覗き込んでくるジークハルトにマリアは今自分の胸の内を打ち明けてしまおうかと迷う。

 優しい彼ならば、マリアの不安を和らげるような言葉をきっとかけてくれるはずだ。気にするな、と言ってくれることを自分は心のどこかで期待している。

(それはわたしの甘えではないの?)

 自分はただ楽になりたいからジークハルトに弱音を吐こうとしているだけではないのか。

 ジークハルトが本当はどう思うかも気にせず……。

(ジークハルト様のお心を煩わせたくない)

 それにマリアがどういう経緯で嫁がされてきたか知れば、不快に思う可能性もある。王家への信頼が揺らいで、婚姻の目的が果たされない。

 何よりすべてを知ったら、ジークハルトはもうマリアに優しくしてくれないかもしれない。

 今まで見たこともない冷たい目で、蔑むような表情で、マリアに愛想が尽きたと告げたら……。

(いやっ。ジークハルト様に嫌われたくない!)

「マリア?」
「……今のお話を聞いて、わたし、頑張らなきゃって思いました。ジークハルト様やみなさんに認めてもらえるような人になりたい、です」

 マリアは己の浅ましい気持ちを隠して、弱々しく微笑んだ。

 ジークハルトはマリアの言葉に驚いたようだが、やがておずおずと胸に抱き寄せた。

「あなたは頑張り屋だな。でもあまり気を張る必要はない。俺と結婚してくれただけでも、もう十分感謝している。あなたを悪く言う人間がいたら、俺が許さないから」

 子どもに言い聞かせるような優しい口調にマリアは思わず泣きそうになる。

 こんなところで泣いてしまわないよう必死で目を瞬いていると、ジークハルトにまた顔を覗き込まれて動揺する。彼は涙目になっていることには触れず、そっと顔を近づけた。

「マリア、愛しているよ」

 腕の中に閉じこまれて、マリアは幸せなのに胸が苦しかった。

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