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16.聖女

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 ナタリーの聖女としての力は本物だった。彼女が病人の顔や腕に触れて力を込めると、たちまちその原因が取り除かれるのだ。

 神学者や貴族たちはこの力を神の力だと言い、王もそれを認めた。

 おかげで貴族や教会関係の人間が自身の家族や恋人の小さな傷から大きな病まで治してくれるようこっそりと、しだいに人目をはばからずナタリーのもとへ訪れるようになった。その数も数人から数十人と増え、毎日途切れることのない列を作った。

 リアンはそれを、遠巻きに見ていることしかできなかった。

「彼女がいてくれて、本当によかったですね。リアン」

 王女がリアンに微笑みかけた。だがそれを心からの笑顔で返す気力はリアンにはなく、曖昧に微笑むことしかできなかった。

 それが不満だったのか、王女はほんのわずかに眉根を寄せる。

 だがリアンはそんな王女の微妙な変化にも気づかなかった。

(これで本当によかったんだろうか……)

 リアンの瞼には治療を施すナタリーの横顔が思い浮かぶ。――あの顔を彼はよく知っている。あれは我慢している顔だ。相手に迷惑をかけると思い、言いだすことができない顔。

 周囲の者は誰も気がついていないのか。彼女が無理をしていること。いや、絶対に気づいているはずだ。

 ナタリーは誰の目からみても疲弊していた。休息を、と誰かがいったんは止めても、またすぐに病人が飛び込んでくる。彼女が休むたびに誰かの命が脅かされている。その事実を前にナタリーが手を休めることは許されなかった。

 そんな状況が続けば、彼女が疲れるのも当たり前だ。青ざめて、目の下にくまを作っている。どう見ても、休息が必要だった。

(なぜ誰も言わない!)

 リアンはむろんこの状況を王女に、王に訴えた。だが、返答はじつに冷たいものだった。

「彼女は聖女だったのですから、仕方がありませんわ。それが当然の務めというものです」
「そなたの気持ちもわかるが、彼女は今まで自分の力を隠してきたのだろう? これまで彼女に救えることができた命が大勢あったのかもしれぬぞ。ならば今多少の無理をしてでも誰かを救うことは、至極当然なのではないか?」
「ナタリーは力を隠していたわけではありません!」

 唐突に、彼女の力は開花させられた。それまではどこにでもいる普通の少女だったのだ。

 だが王はリアンの説明にも面倒くさそうにため息をついただけだった。

「どちらにせよ、これからはその力を我が国のために使ってもらわねばならぬ」

 リアンは取り合っても無駄だと悟った。

(俺が、なんとかしないと)

 彼の足は頻繁にナタリーのもとへと赴き、王女の護衛も疎かになるほどだった。

***

 このリアンの振る舞いに、当然アリシアは怒った。自分を守るという大役を放置したリアンが許せなかった。ジョナスは王女のその心情を敏感に察し、恭しく物申した。

「王女殿下。ナタリー様を聖女として、我が国で手厚く保護すればいいのです」
「保護ですって?」

 なぜあのような小娘を──とアリシアはますます嫉妬の炎を燃やした。

「聖女とは本来、清らかで穢れない存在。つまり、未婚の女性がなるものです。ナタリー様はすでに婚約なされていますが、聖女としての力に目覚めた以上、今後力に問題が生じないよう、リアン様と別れる必要があります」
「それは本当ですか?」

 アリシアは食い入るようにジョナスに聞いた。ええ、とジョナスは悠然と肯定する。

「それに聖女さまの力は、周辺諸国にとって今後脅威となるものです」
「脅威? どういうことですか」
「はい。どんな病気や怪我も治す力とは、まさに不老不死の力と同じようなもの。戦で傷つき疲れた兵士も、すぐに癒すことができ、無尽蔵に我が国は戦え続けることができるでしょう」

 もちろん実際はそんな簡単な話ではないだろうが、戦に疎い王女はそんなにすごい力なのかとすぐにジョナスの言葉を信じ込んだ。

「小国だった我が国は、北のユグリットや南のグランヴィルにも引けを取らない大国へと成長することができるかもしれません」
「そうなれば、わたくしの結婚も、有利な方向へ動かせる?」

 アリシアは自分の将来が駒の一つのようにして決められるのが怖かった。けどナタリーという存在を利用すれば……自分が不幸になることはない。回避できるのならば、ぜひともそうしたい。

「本当に好きな人と結婚もできるかしら?」
「ええ。可能でしょう」
「……わかったわ。お父さまに相談してみましょう」

 アリシアはこれでようやくリアンは自分のもとへと帰ってくるとほっとした。ついでに結婚も良い条件に進みそうで、実に目の前が明るく開けた気分だ。ナタリーが聖女になってよかった、とどこまでも無邪気な少女は思うのだった。

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