ナタリーの騎士 ~婚約者の彼女が突然聖女の力に目覚めました~

りつ

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35.今の自分にできること

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「お見事でしたね、リアン」

 出立の前夜、ふらりとジョナスが部屋へと訪れ、そうリアンを褒めた。

「あなたのため、という言葉は王女殿下にとって何よりの口説き文句でしょうよ」
「俺は今あの方の護衛騎士だ。特別な意味はない」

 それ以上言うな、と鋭く睨んでやれば、わかりましたというようにジョナスは両手をあげた。

「アレクシス殿下への説明、よろしく頼みましたよ」
「ああ」

 用件はそれだけかと思えば、ジョナスはじっとこちらを見てくる。

「なんだ。他にまだ言いたいことがあるのか」
「……いえ。ただよく引き受けて下さったなと」

 背を向けたまま、リアンはかすかに笑う。

「引き受けてくれるよう頼んだのはおまえじゃないか」
「はい。ですがナタリー様を置いてこの国を出るとは思いませんでしたから」
「そうだな。正直ものすごく不安だ」

 ユグリット国へ行くのだって、本音を言えば怖い。

「だがラシア国がユグリットの内乱に関わることで、ゆくゆくはナタリーが巻き込まれることになるなら……俺はそれを止めたい」

 これ以上彼女に辛い思いをさせたくなかった。

「だから、俺にできることなら、何でもやる」

 それが今の自分にできる精いっぱいのことだ。

(幸い病人は減りつつある。もう少し収まれば、ナタリーも少しは楽になるだろう)

 離れていても、ナタリーの力になってやれることは必ずある。諦めるものか、とリアンは思った。

「たいした行動力ですね」
「王宮でじっとしておくのが耐えられないから、っていう理由もある。……王女殿下には悪いがな」
「罪悪感はあるんですね」

 荷物をまとめていた手を止め、リアンはジョナスの方を振り返った。

「……俺は正直、王女殿下の幼さを怖く思う」

 アリシアはとても美しい。そして自分と同じ美しいもの、気に入ったものには限りなく優しく、自身の愛情を注ぐ。

「でも、それ以外のものには微塵も興味を持たれない」

 ユグリットの状況も、彼女は知らないようだった。不安にさせないためあえて周りの者が教えていないのかもしれないが……アリシアは知ろうともしていない。それは一国の王女としてどうなのだろうかとリアンは思った。

「王女殿下はご自身の知りたいこと、聞きたいことしか、お耳に入れたくないのです。無理に教えようとすれば、煩わしくお思いになって、その者をこの城から追い出してしまうでしょう」

 今までも、そうした者はいたのだとジョナスは冷めた口調で言った。

「ジョナス。おまえの言葉なら、王女殿下も聞こうとするんじゃないか」
「さぁ、どうでしょう……」

 関心のない態度にリアンは焦れつつ、今は自分のすべきことに専念しようと決めた。

「とにかく、留守の間いろいろ頼む。まぁ、おまえのことだからいらぬ気遣いかもしれないが」
「はい、承知しております。それより、ナタリー様にはお会いになられなくてよろしいのですか。」

 会わせようと思えば、できますよ。

 ジョナスの言葉にリアンの心は揺れたが、いやと首を振った。

「ようやく殿下の関心がナタリーから外れ、待遇が改善されたんだ。今迂闊に会えば、また逆戻りしかねない」

 そんな危険は冒せない。そう思ってリアンは断ったが、ジョナスは本当によろしいのですかと再度たずねてきた。

「向こうで何かあるかわかりませんよ」
「わかっている」

 でも、とリアンは誓うように胸へと手を当てた。

「必ず帰って来る」

 死んだりなどするものか。

(ナタリー。どうか待っていてくれ)

 必ずきみに会いに戻ってくるから。

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