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34.偽りの誓い

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「嫌よ! どうしてリアンがユグリットへ出向かなければならないの!?」
「アリシアよ。これは仕方がないことなのだ」

 娘の癇癪を父である王が必死でなだめようとするが、かえって逆効果であった。

「仕方ないってお父様、リアンはわたくしの騎士なのですよ!? それをどうして他国へ遣らなければいけないのです。誰か他の人間に代わってもらえればいいでしょう?」
「うむ。それはそうであるのだが……」
「王女殿下。これは私、自らが申し上げたことなのです」

 娘の剣幕に圧される父を助けるようリアンが口を開いた。けれどますますアリシアに疑問を与えるだけであった。

「なんですって? リアン、おまえは自らユグリットへ行くと申し出たのですか?」
「はい」

 彼女は一瞬、不可解なものを見る顔つきになった。

「……どうしてなの? おまえはわたくしを守るのが役目でしょう? それなのにどうしてユグリットなど危ない国へ行くというの?」

 縋りついてくるアリシアをやんわりと引きはがしながら、リアンは努めて悲愴な声で答える。

「殿下。私もこの国を離れるのは大変心苦しい。ですがこれもラシアのため。ひいてはあなたのためにもなるのです」
「わたくしのため?」

 はい、とリアンは頷いた。

「今、我が国は大変難しい状況に陥っています。ユグリット国のどちらかにつくかで、この国も左右されるのです」
「それはそうかもしれないけれど……」
「民を危険に晒し、もしかすると王家にも被害が及ぶかもしれない」

 そうなったらあなたも、とリアンはアリシアの手を恭しく取った。ただ触れただけ。それでも今までリアンの方から触れてきたことなどなかっただけに、アリシアの頬は赤く染まり、目はリアンに釘付けとなった。

「アリシア様の身にも火の粉が降りかかるかもしれない。私にはそれが耐えられないのです」

 ですから、とリアンはアリシアの目を見て言った。彼女が好ましいと思った、曇りない目で。

「私はあなた方を守るために、私自らが、何かお役に立ちたいのです。だからどうかユグリット国へ行くことをお許しください」
「リアン……」

 アリシアに詳しいことはわからなかった。彼女には何も知らされていない。ただ隣国は今危ない状況で、自国にもその被害が及ぶかもしれないということだけが何となく理解できた。

(けれど、リアンはわたくしのために危険を冒そうとしている)

 騎士は愛する人を守るために剣を振るう。リアンはアリシアのために剣を振るうのだ。愛する自分のために。

「……わかりました。リアン。あなたが行くことを許します」
「ありがとうございます。王女殿下」
「けれど、必ず帰ってきてくださいね」

 誓って、と手を差し出せば、リアンは躊躇わず口づけを落とした。アリシアは酔いしれたかのような心地で、この状況を、愛する人の誓いを後で何度も思い出すのだった。

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