大嫌いで大好きな人が生贄にされると知って、つい助けてしまいました。

りつ

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王家と教会

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「お父様。教会の権威をもう少し削ぐべきではないの」
「藪から棒にどうした、アニエス」

 中庭で小鳥に餌をやっていたアニエスの父が驚いたように顔を上げる。一国の王が何を呑気なことを……と思いそうな光景であったが、これが父にとって至福の時である。

 日々の忙しい政務に追われている父の休憩時間を邪魔したくないが、周りに誰もいない今が、たかが王女にすぎぬアニエスが意見する絶好の機会なのだ。

「教会の連中がユーグをやけに持ち上げているの。国王であるお父様よりも」
「ふぅむ。それは困ったものだね……しかしある程度は仕方がないと思うがね」

 ダルトワ王国の土地はかつて竜が支配していたと言われる。人々を襲い、牙を剥く邪竜を初代ダルトワ王が討ち滅ぼし、地下深くへと埋めた。その竜が眠っているという土地から芽が出て一本の大きな木――神樹しんじゅと言われる巨木が育った。

 木は縦横に花を咲かせ、果実を実らせ、王に万能の力を与えたという。――このへんは後世の人間が後付けした話であろうが、大きな木が育ったことは事実であり、初代ダルトワ王が王国を繁栄させていったことも歴史が証明している。

 途中王朝が変わっても、初代の王家は神樹が祀られている神殿の管理者として特別な地位を築いていく。やがて神を初代ダルトワ王と同義とみなして、宗教のように儀礼や制度を確立させ、教会を王国内のあちこちに建て、現在に至るまで民たちに教えを広めている。

 王都には彼らの中でも偉い聖職者たち――大司教や司教と呼ばれた者たちが寄り集まっており、そのトップに位置するのがユーグであった。

 彼は教会の人間から聖王、と呼ばれている。まるで国王に対するような呼び名に、王家の方では反発する者もいた。アニエスも、その一人だ。

「この国を統べるのは、国王よ。教会はあくまでも王家に従属する立場であり、決して逆であってはならないわ」
「ふむ……しかし彼らは初代王家の血を引いている。彼らこそが正統な王家だと考える者がいるのも、まぁ、一理あるとは思うがね」
「そんなのとうの昔の話じゃない。血なんかとっくに薄められているし、司教や大司教は赤の他人がなっていて、全く関係ないわ」

 そもそも悪竜を倒したというのも神話の話である。本当にユーグたちが初代国王の末裔かもわからない。

「とにかく。どちらが上かはっきりさせておくべきです。均衡が崩れれば、面倒なことになって、割を食うのは弱者よ」

 つまりは庶民であり、女や子どもである。

「アニエスは優しいなぁ」
「王族が民草のことを気にかけるのは当然の義務でしょう」

 慈悲の心がないわけではない。だがアニエスはどちらかといえば、この国のすべては自分のものだと思っていた。勝手に他人に荒らされ、傷つき壊れていくのは許せない。

「とにかく、ユーグをやけに持ち上げる教会に今まで以上に目を光らせるべきだわ」
「おまえの意見はよくわかった。だが下手に動けば、かえって彼らを刺激してしまうだろう」

 ユーグを神聖視する勢力は強まるということだ。
 父の意見にアニエスは歯噛みする思いだった。

「お父様。本当にこのままお兄様にこの国を任せるつもり?」

 兄、ルドヴィクは次期国王となる王子である。だがアニエスは正直、兄に王の荷は重かろうと思っていた。もっとはっきり言えば、王の器として相応しくない。

「アニエス。たとえ少々頼りない性格をしていても、周りが支えてあげればいいんだよ。私のようにね……」
「お父様のように少々頼りないだけならいいの。でもお兄様は暴走して取り返しのつかない過ちを行う傾向があるわ」

 ルドヴィクはアニエスに似て強気な性格なのだが、なにせ頭が良くない。意地っ張りで、自分の間違いを認めたがらない。臣下のせいにする傾向がある。いつもは尊大な態度のくせに、肝心な時には小心で役に立たない。

「はっきり言うね……。だがおまえとよく似ていると思うところもあって、私は好きだよ」
「性格が良くないというのは同意するけれど、わたくしはお兄様のように馬鹿じゃないわ」
「いや、別にそういうつもりで言ったのでは……」
「それに、わたくしは王にはなりません」

 大勢の人間を統べる責任ある地位には就かない。

 だが、兄は違う。

 今はまだ王子で、国王や高位貴族など、歯止めをかける存在がいるから抑えられているが、いつしか箍が外れ、横領や殺人など、権力を笠に大勢の人間を傷つける愚行を起こしかねない危うさがある。

「はっきり言って、ルドヴィクよりもトリスタンの方が相応しいと思うわ」

 従兄のトリスタンは飄々とした態度でなかなかに才覚があった。

「ううむ……しかしルドヴィクも今のところはやる気に満ち溢れているし、トリスタンもあんまり政には興味がなさそうだからね……無理強いするのは双方にとって可哀想だろう」

 父のどうか納得しておくれ、という口調にアニエスは深くため息をついた。

 別に彼女とて、自分一人の意見で父が次の国王を変えるとは思っていない。ただ、この頃妙に不安になる時があるのだ。それはユーグを見ていると、決まって起こる胸騒ぎだった。もどかしく、焦燥感に似た、不快で、不安な感情。

(いいえ、わたくしらしくない)

 アニエスは負の感情に支配される自分の弱さに腹を立て、振り払うように首を振った。

 そんな娘を不思議そうに見ていた父は、不意に笑ってこう言った。

「しかし、アニエス。おまえは本当にユーグのこととなると、放っておけないね」
「……わたくしは別にユーグのことを言っているのではありません」
「そうかい?」
「ええ。ただユーグの取り巻きと、彼らがもたらす王国の危機について申し上げているだけですわ」
「ふふ。そうやって誤魔化すところはお母様にそっくりだよ」

 アニエスが小さい頃に亡くなった母のことを口に出され、彼女は強く否定するのも躊躇われた。

「お母様もよく好きなことを嫌いだと言ったりしてね、ふふ、可愛かったなぁ……」
「……わたくしは正直者です」

 空を見上げながら懐かしそうに微笑んでいた父はアニエスの顔をじっと見てくる。なんだかその見透かすような視線にたじろぎそうになりながらも、澄ました顔を貫き通した。

 しかし父はアニエスの内心をすべて見抜いているかのように、微笑んだ。それは何となく、ユーグに通じるものがあり、彼女の心はまた波立つのであった。

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