バッドエンド回避のために結婚相手を探していたら、断罪した本人(お兄様)が求婚してきました

りつ

文字の大きさ
4 / 32

4、お兄様のご乱心

しおりを挟む
 ここは乙女ゲームの世界。
 イザベルはヒロインであるマリオンを虐める悪役令嬢。
 レーモンは攻略対象の一人。
 みんな我儘で傲慢なイザベルのことを嫌っている。

 でも、イザベルの兄フェリクスだけは――

「――……ざけるな。もし……が目を覚まさなかったら、貴様の首と胴体を――……」

 何か、聞こえる。すごく騒がしい。誰かが怒っている?

「落ち着いて――……まだ、――きっと……」
「ふざけるな! 俺の妹が命を落としたら、お前のその爆発したような髪を一本残らず毟り取って、ありとあらゆる責め苦を味わわせて地獄へ突き落としてやる!!」

(すごい台詞)

 しかもこの声は……。

 うっすらと目を開けて、ぼやけた視界が次第に明確になっていくと、フェリクスがあのもじゃもじゃ髪のシャルルの首を絞めかけて、執事や使用人たちが必死に止めている姿が飛び込んできた。

「お、に……」

 ぎりぎりと絞め殺そうとしていたフェリクスがその微かな声を拾い、こちらを振り向いたのと同時に手をパッと離した。

 あと少しで天に召されようとしていたシャルルは間一髪のところで助かった。

「イザベル! イザベル!」

 大丈夫か? 平気か? とは問わず、ものすごい勢いで寝台に駆け寄ったフェリクスはただ狂ったようにイザベルの名前を呼び続けた。イザベルは大丈夫だと答えたいのに声がうまく出ず、また身体も鉛のように重かった。

 起き上がろうとするのを察したのか、それとも本当に目を覚ましたのかもっと確かめたくてか、フェリクスはイザベルの腰の下に手を入れて上半身を起こす。使用人たちが無理に起こさない方がいいと止めようとするが、彼の耳には届いていないようだった。

「イザベル……イザベル……」

 青い目を潤ませ、ぼろぼろと彼は大粒の涙を落としていく。

(お兄様が、泣いている……)

 兄が泣くところを初めて見て、イザベルは内心衝撃を受けていた。

 親元から引き離されて侯爵家へ連れて来られた時も、イザベルの両親が亡くなった時も、決して彼は泣かなかった。少なくとも、イザベルや人前で涙を見せることはしなかった。

 その彼が今は人目もはばからず涙を流している。イザベルが無事に目を覚ましたことに深く安堵して……。

(お兄様、心配させてしまってごめんなさい)

 そう言葉で伝えてあげたいが、やはりまだ話せない。

 そしてイザベルはなぜかあの夢の続きを見ている気がした。

 レーモンに婚約破棄を突き付けられて、フェリクスにお前のことなど一度も妹だと思ったことがないと言われて、それで剣で殺される夢の続きだ。

 フェリクスは死んだイザベルの身体を腕の中に抱いて、何度も名前を呼ぶ。

 お前を助けられず申し訳なかったと懺悔するように、大事な人を失って絶望するように……。

(ああ、お兄様はわたしが嫌いじゃなかったんだ)

 なぜかそう思えて、とても安堵した。

「――見苦しいところを見せてしまって申し訳ない」

 起きてまた数時間ほど眠った後、イザベルはフェリクスに謝罪された。

「お前が無事だとわかってつい動揺してしまった。無理に起こそうとしたことも、すまなかった」
「お兄様が謝ることなんて、何もないわ。……わたしの方こそ、たくさん心配かけてしまってごめんなさい」

 自分はどうやら一週間も目を覚まさなかったらしい。医者からも原因不明だと言われて、打つ手がなかった。絶望した兄は原因となったシャルルを絞め殺そうと――

「あっ、あのもじゃもじゃ頭の……シャルルという男はどうなりました?」

 名前を出した途端、兄の綺麗な眉が歪み、やがてスッと真顔になった。怖い。

「安心しろ。お前をこんな目に遭わせたあの男はもうすぐこの世から存在を消す」
「え、存在を消すって、こ、殺すってことですか!?」
「お前は何も気にしなくていい」

 いやいや気にする!

「お兄様! その人は何も悪くありません!」
「イザベル。同情する必要など微塵もない。あの男に無理矢理個室に連れて行かれて、逃げようとしたところ無理矢理触られてショックで気を失った。これは立派な暴力・性犯罪だ」

(どうしよう。すごく曲解されている!)

 このままではシャルルが聖職者にあるまじき罪で処刑されてしまう。冤罪となれば、自分は本物の悪女――悪役令嬢になる!

「違います。まず、わたしが相談事があるので人に聞かれないよう個室に移動したんです。でもわたしと彼の間には衝立があって、顔は見えない状況です。接触もできませんわ。あと、逃げようとしたんじゃなくて、相談事が終わったので帰ろうとしただけです。その際立ち眩みを起こしてしまって、倒れそうになったわたしを受けとめようと彼が走って肩を掴んだの」

 イザベルはシャルルを庇うことよりも、フェリクスに誰かを殺させる真似をさせたくなかった。ゆえに、必死になってシャルルの無実を主張する。

 しかしイザベルが言葉を重ねれば重ねるほど、フェリクスの顔は険しく、どこか不機嫌な雰囲気を纏っていく。

「えっと、お兄様? だからシャルルには何の罪もないから……」
「イザベル。お前にとってあの男はいったいどういう存在なんだ」
「えっ」

 どういう存在なんだと問われても、初対面に等しい男だ。

 正直イザベルも、彼が何者なのか非常に気になっている。

(そういえば、魂の色が真っ赤だって言っていた。それで触れられて、あの記憶が流れ込んできた)

 イザベルの前世の記憶。こことは全く違う世界の情報が……。

「イザベル」
「あっ、えっと、どういう存在だと言われましても……迷える子羊とそれを救う神父の関係というか」
「……あの男と、以前からの知り合い……懇意にしている相手ではないんだな?」

 イザベルはびっくりしてまじまじとフェリクスの顔を見つめたが、やがて思いきり顔を顰めた。

「お兄様。変な勘違いしないでください。彼と出会ったのは、その時が初めてなんです」
「そうか。……なら、よかった」

 最後に小さく呟かれた言葉にイザベルはどういう意味だろうと思ったが、フェリクスは顔を上げてまた話し出した。

「事情はわかった。――それで、相談事というのは何だ?」
「えっ、そこ聞くんですか?」

 本人を前にして?

 困惑するイザベルに、当然だろうとフェリクスはムッとした表情で言った。

「お前がこの頃……いや、恐らくずっと前から何かに悩んでいることは薄々気づいていた。あの男に頼る前にまず私に相談してほしかったが……いや、いい。お前のことだから気を遣ってしなかったのだろう。だがもう悩みがあるとばれてしまったのだ。遠慮せず、打ち明けてくれ」
「ええっと……」

 兄がすごく心配してくれているのはわかる。ものすごくよくわかる。

(でも、だからって話すわけには……)

 たぶん、頭の病気を疑われる。
 何とか理解しようとしても、理解できない。
 そういう類の話なのだ。

 イザベル自身、実際に流れ込んできた映像を見なければ、何を頓珍漢なことを言っているのだと鼻で笑うか、危ないやつだと思って距離を置くだろう。

「あの……それは、まだ置いておいて、今はシャルルのことを解放してあげてください」
「イザベル。どうしてさっきからその男のことばかり気にするんだ。……まさか、相談を受けているうちに心を奪われたのか?」
「そんなわけないでしょう……。お兄様の先ほどの言い分だと、どこかに閉じ込めているのでしょう? 苦痛を感じているはずでしょうから、今すぐ解放してほしいだけです。……お兄様がひどいことをするところは見たくありませんから」

 最後の言葉が後押しとなったのか、フェリクスはわかったと渋々腰を上げてくれた。

「お前はまだ当分休んでいなさい」

 イザベルは素直に頷いて、フェリクスが部屋を出て行くのを見届けると疲れたように目を閉じた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

困りました。縦ロールにさよならしたら、逆ハーになりそうです。

新 星緒
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢アニエス(悪質ストーカー)に転生したと気づいたけれど、心配ないよね。だってフラグ折りまくってハピエンが定番だもの。 趣味の悪い縦ロールはやめて性格改善して、ストーカーしなければ楽勝楽勝! ……って、あれ? 楽勝ではあるけれど、なんだか思っていたのとは違うような。 想定外の逆ハーレムを解消するため、イケメンモブの大公令息リュシアンと協力関係を結んでみた。だけどリュシアンは、「惚れた」と言ったり「からかっただけ」と言ったり、意地悪ばかり。嫌なヤツ! でも実はリュシアンは訳ありらしく…… (第18回恋愛大賞で奨励賞をいただきました。応援してくださった皆様、ありがとうございました!)

義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。ユリウスに一目で恋に落ちたマリナは彼の幸せを願い、ゲームとは全く違う行動をとることにした。するとマリナが思っていたのとは違う展開になってしまった。

世話焼き幼馴染と離れるのが辛いので自分から離れることにしました

小村辰馬
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢、エリス・カーマインに転生した。 幼馴染であるアーロンの傍にに居続けると、追放エンドを迎えてしまうのに、原作では俺様だった彼の世話焼きな一面を開花させてしまい、居心地の良い彼のそばを離れるのが辛くなってしまう。 ならば彼の代わりに男友達を作ろうと画策するがーー

結婚式に結婚相手の不貞が発覚した花嫁は、義父になるはずだった公爵当主と結ばれる

狭山雪菜
恋愛
アリス・マーフィーは、社交界デビューの時にベネット公爵家から結婚の打診を受けた。 しかし、結婚相手は女にだらしないと有名な次期当主で……… こちらの作品は、「小説家になろう」にも掲載してます。

婚約破棄に応じる代わりにワンナイトした結果、婚約者の様子がおかしくなった

アマイ
恋愛
セシルには大嫌いな婚約者がいる。そして婚約者フレデリックもまたセシルを嫌い、社交界で浮名を流しては婚約破棄を迫っていた。 そんな歪な関係を続けること十年、セシルはとある事情からワンナイトを条件に婚約破棄に応じることにした。 しかし、ことに及んでからフレデリックの様子が何だかおかしい。あの……話が違うんですけど!?

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

処理中です...