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4、お兄様のご乱心
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ここは乙女ゲームの世界。
イザベルはヒロインであるマリオンを虐める悪役令嬢。
レーモンは攻略対象の一人。
みんな我儘で傲慢なイザベルのことを嫌っている。
でも、イザベルの兄フェリクスだけは――
「――……ざけるな。もし……が目を覚まさなかったら、貴様の首と胴体を――……」
何か、聞こえる。すごく騒がしい。誰かが怒っている?
「落ち着いて――……まだ、――きっと……」
「ふざけるな! 俺の妹が命を落としたら、お前のその爆発したような髪を一本残らず毟り取って、ありとあらゆる責め苦を味わわせて地獄へ突き落としてやる!!」
(すごい台詞)
しかもこの声は……。
うっすらと目を開けて、ぼやけた視界が次第に明確になっていくと、フェリクスがあのもじゃもじゃ髪のシャルルの首を絞めかけて、執事や使用人たちが必死に止めている姿が飛び込んできた。
「お、に……」
ぎりぎりと絞め殺そうとしていたフェリクスがその微かな声を拾い、こちらを振り向いたのと同時に手をパッと離した。
あと少しで天に召されようとしていたシャルルは間一髪のところで助かった。
「イザベル! イザベル!」
大丈夫か? 平気か? とは問わず、ものすごい勢いで寝台に駆け寄ったフェリクスはただ狂ったようにイザベルの名前を呼び続けた。イザベルは大丈夫だと答えたいのに声がうまく出ず、また身体も鉛のように重かった。
起き上がろうとするのを察したのか、それとも本当に目を覚ましたのかもっと確かめたくてか、フェリクスはイザベルの腰の下に手を入れて上半身を起こす。使用人たちが無理に起こさない方がいいと止めようとするが、彼の耳には届いていないようだった。
「イザベル……イザベル……」
青い目を潤ませ、ぼろぼろと彼は大粒の涙を落としていく。
(お兄様が、泣いている……)
兄が泣くところを初めて見て、イザベルは内心衝撃を受けていた。
親元から引き離されて侯爵家へ連れて来られた時も、イザベルの両親が亡くなった時も、決して彼は泣かなかった。少なくとも、イザベルや人前で涙を見せることはしなかった。
その彼が今は人目もはばからず涙を流している。イザベルが無事に目を覚ましたことに深く安堵して……。
(お兄様、心配させてしまってごめんなさい)
そう言葉で伝えてあげたいが、やはりまだ話せない。
そしてイザベルはなぜかあの夢の続きを見ている気がした。
レーモンに婚約破棄を突き付けられて、フェリクスにお前のことなど一度も妹だと思ったことがないと言われて、それで剣で殺される夢の続きだ。
フェリクスは死んだイザベルの身体を腕の中に抱いて、何度も名前を呼ぶ。
お前を助けられず申し訳なかったと懺悔するように、大事な人を失って絶望するように……。
(ああ、お兄様はわたしが嫌いじゃなかったんだ)
なぜかそう思えて、とても安堵した。
「――見苦しいところを見せてしまって申し訳ない」
起きてまた数時間ほど眠った後、イザベルはフェリクスに謝罪された。
「お前が無事だとわかってつい動揺してしまった。無理に起こそうとしたことも、すまなかった」
「お兄様が謝ることなんて、何もないわ。……わたしの方こそ、たくさん心配かけてしまってごめんなさい」
自分はどうやら一週間も目を覚まさなかったらしい。医者からも原因不明だと言われて、打つ手がなかった。絶望した兄は原因となったシャルルを絞め殺そうと――
「あっ、あのもじゃもじゃ頭の……シャルルという男はどうなりました?」
名前を出した途端、兄の綺麗な眉が歪み、やがてスッと真顔になった。怖い。
「安心しろ。お前をこんな目に遭わせたあの男はもうすぐこの世から存在を消す」
「え、存在を消すって、こ、殺すってことですか!?」
「お前は何も気にしなくていい」
いやいや気にする!
「お兄様! その人は何も悪くありません!」
「イザベル。同情する必要など微塵もない。あの男に無理矢理個室に連れて行かれて、逃げようとしたところ無理矢理触られてショックで気を失った。これは立派な暴力・性犯罪だ」
(どうしよう。すごく曲解されている!)
このままではシャルルが聖職者にあるまじき罪で処刑されてしまう。冤罪となれば、自分は本物の悪女――悪役令嬢になる!
「違います。まず、わたしが相談事があるので人に聞かれないよう個室に移動したんです。でもわたしと彼の間には衝立があって、顔は見えない状況です。接触もできませんわ。あと、逃げようとしたんじゃなくて、相談事が終わったので帰ろうとしただけです。その際立ち眩みを起こしてしまって、倒れそうになったわたしを受けとめようと彼が走って肩を掴んだの」
イザベルはシャルルを庇うことよりも、フェリクスに誰かを殺させる真似をさせたくなかった。ゆえに、必死になってシャルルの無実を主張する。
しかしイザベルが言葉を重ねれば重ねるほど、フェリクスの顔は険しく、どこか不機嫌な雰囲気を纏っていく。
「えっと、お兄様? だからシャルルには何の罪もないから……」
「イザベル。お前にとってあの男はいったいどういう存在なんだ」
「えっ」
どういう存在なんだと問われても、初対面に等しい男だ。
正直イザベルも、彼が何者なのか非常に気になっている。
(そういえば、魂の色が真っ赤だって言っていた。それで触れられて、あの記憶が流れ込んできた)
イザベルの前世の記憶。こことは全く違う世界の情報が……。
「イザベル」
「あっ、えっと、どういう存在だと言われましても……迷える子羊とそれを救う神父の関係というか」
「……あの男と、以前からの知り合い……懇意にしている相手ではないんだな?」
イザベルはびっくりしてまじまじとフェリクスの顔を見つめたが、やがて思いきり顔を顰めた。
「お兄様。変な勘違いしないでください。彼と出会ったのは、その時が初めてなんです」
「そうか。……なら、よかった」
最後に小さく呟かれた言葉にイザベルはどういう意味だろうと思ったが、フェリクスは顔を上げてまた話し出した。
「事情はわかった。――それで、相談事というのは何だ?」
「えっ、そこ聞くんですか?」
本人を前にして?
困惑するイザベルに、当然だろうとフェリクスはムッとした表情で言った。
「お前がこの頃……いや、恐らくずっと前から何かに悩んでいることは薄々気づいていた。あの男に頼る前にまず私に相談してほしかったが……いや、いい。お前のことだから気を遣ってしなかったのだろう。だがもう悩みがあるとばれてしまったのだ。遠慮せず、打ち明けてくれ」
「ええっと……」
兄がすごく心配してくれているのはわかる。ものすごくよくわかる。
(でも、だからって話すわけには……)
たぶん、頭の病気を疑われる。
何とか理解しようとしても、理解できない。
そういう類の話なのだ。
イザベル自身、実際に流れ込んできた映像を見なければ、何を頓珍漢なことを言っているのだと鼻で笑うか、危ないやつだと思って距離を置くだろう。
「あの……それは、まだ置いておいて、今はシャルルのことを解放してあげてください」
「イザベル。どうしてさっきからその男のことばかり気にするんだ。……まさか、相談を受けているうちに心を奪われたのか?」
「そんなわけないでしょう……。お兄様の先ほどの言い分だと、どこかに閉じ込めているのでしょう? 苦痛を感じているはずでしょうから、今すぐ解放してほしいだけです。……お兄様がひどいことをするところは見たくありませんから」
最後の言葉が後押しとなったのか、フェリクスはわかったと渋々腰を上げてくれた。
「お前はまだ当分休んでいなさい」
イザベルは素直に頷いて、フェリクスが部屋を出て行くのを見届けると疲れたように目を閉じた。
イザベルはヒロインであるマリオンを虐める悪役令嬢。
レーモンは攻略対象の一人。
みんな我儘で傲慢なイザベルのことを嫌っている。
でも、イザベルの兄フェリクスだけは――
「――……ざけるな。もし……が目を覚まさなかったら、貴様の首と胴体を――……」
何か、聞こえる。すごく騒がしい。誰かが怒っている?
「落ち着いて――……まだ、――きっと……」
「ふざけるな! 俺の妹が命を落としたら、お前のその爆発したような髪を一本残らず毟り取って、ありとあらゆる責め苦を味わわせて地獄へ突き落としてやる!!」
(すごい台詞)
しかもこの声は……。
うっすらと目を開けて、ぼやけた視界が次第に明確になっていくと、フェリクスがあのもじゃもじゃ髪のシャルルの首を絞めかけて、執事や使用人たちが必死に止めている姿が飛び込んできた。
「お、に……」
ぎりぎりと絞め殺そうとしていたフェリクスがその微かな声を拾い、こちらを振り向いたのと同時に手をパッと離した。
あと少しで天に召されようとしていたシャルルは間一髪のところで助かった。
「イザベル! イザベル!」
大丈夫か? 平気か? とは問わず、ものすごい勢いで寝台に駆け寄ったフェリクスはただ狂ったようにイザベルの名前を呼び続けた。イザベルは大丈夫だと答えたいのに声がうまく出ず、また身体も鉛のように重かった。
起き上がろうとするのを察したのか、それとも本当に目を覚ましたのかもっと確かめたくてか、フェリクスはイザベルの腰の下に手を入れて上半身を起こす。使用人たちが無理に起こさない方がいいと止めようとするが、彼の耳には届いていないようだった。
「イザベル……イザベル……」
青い目を潤ませ、ぼろぼろと彼は大粒の涙を落としていく。
(お兄様が、泣いている……)
兄が泣くところを初めて見て、イザベルは内心衝撃を受けていた。
親元から引き離されて侯爵家へ連れて来られた時も、イザベルの両親が亡くなった時も、決して彼は泣かなかった。少なくとも、イザベルや人前で涙を見せることはしなかった。
その彼が今は人目もはばからず涙を流している。イザベルが無事に目を覚ましたことに深く安堵して……。
(お兄様、心配させてしまってごめんなさい)
そう言葉で伝えてあげたいが、やはりまだ話せない。
そしてイザベルはなぜかあの夢の続きを見ている気がした。
レーモンに婚約破棄を突き付けられて、フェリクスにお前のことなど一度も妹だと思ったことがないと言われて、それで剣で殺される夢の続きだ。
フェリクスは死んだイザベルの身体を腕の中に抱いて、何度も名前を呼ぶ。
お前を助けられず申し訳なかったと懺悔するように、大事な人を失って絶望するように……。
(ああ、お兄様はわたしが嫌いじゃなかったんだ)
なぜかそう思えて、とても安堵した。
「――見苦しいところを見せてしまって申し訳ない」
起きてまた数時間ほど眠った後、イザベルはフェリクスに謝罪された。
「お前が無事だとわかってつい動揺してしまった。無理に起こそうとしたことも、すまなかった」
「お兄様が謝ることなんて、何もないわ。……わたしの方こそ、たくさん心配かけてしまってごめんなさい」
自分はどうやら一週間も目を覚まさなかったらしい。医者からも原因不明だと言われて、打つ手がなかった。絶望した兄は原因となったシャルルを絞め殺そうと――
「あっ、あのもじゃもじゃ頭の……シャルルという男はどうなりました?」
名前を出した途端、兄の綺麗な眉が歪み、やがてスッと真顔になった。怖い。
「安心しろ。お前をこんな目に遭わせたあの男はもうすぐこの世から存在を消す」
「え、存在を消すって、こ、殺すってことですか!?」
「お前は何も気にしなくていい」
いやいや気にする!
「お兄様! その人は何も悪くありません!」
「イザベル。同情する必要など微塵もない。あの男に無理矢理個室に連れて行かれて、逃げようとしたところ無理矢理触られてショックで気を失った。これは立派な暴力・性犯罪だ」
(どうしよう。すごく曲解されている!)
このままではシャルルが聖職者にあるまじき罪で処刑されてしまう。冤罪となれば、自分は本物の悪女――悪役令嬢になる!
「違います。まず、わたしが相談事があるので人に聞かれないよう個室に移動したんです。でもわたしと彼の間には衝立があって、顔は見えない状況です。接触もできませんわ。あと、逃げようとしたんじゃなくて、相談事が終わったので帰ろうとしただけです。その際立ち眩みを起こしてしまって、倒れそうになったわたしを受けとめようと彼が走って肩を掴んだの」
イザベルはシャルルを庇うことよりも、フェリクスに誰かを殺させる真似をさせたくなかった。ゆえに、必死になってシャルルの無実を主張する。
しかしイザベルが言葉を重ねれば重ねるほど、フェリクスの顔は険しく、どこか不機嫌な雰囲気を纏っていく。
「えっと、お兄様? だからシャルルには何の罪もないから……」
「イザベル。お前にとってあの男はいったいどういう存在なんだ」
「えっ」
どういう存在なんだと問われても、初対面に等しい男だ。
正直イザベルも、彼が何者なのか非常に気になっている。
(そういえば、魂の色が真っ赤だって言っていた。それで触れられて、あの記憶が流れ込んできた)
イザベルの前世の記憶。こことは全く違う世界の情報が……。
「イザベル」
「あっ、えっと、どういう存在だと言われましても……迷える子羊とそれを救う神父の関係というか」
「……あの男と、以前からの知り合い……懇意にしている相手ではないんだな?」
イザベルはびっくりしてまじまじとフェリクスの顔を見つめたが、やがて思いきり顔を顰めた。
「お兄様。変な勘違いしないでください。彼と出会ったのは、その時が初めてなんです」
「そうか。……なら、よかった」
最後に小さく呟かれた言葉にイザベルはどういう意味だろうと思ったが、フェリクスは顔を上げてまた話し出した。
「事情はわかった。――それで、相談事というのは何だ?」
「えっ、そこ聞くんですか?」
本人を前にして?
困惑するイザベルに、当然だろうとフェリクスはムッとした表情で言った。
「お前がこの頃……いや、恐らくずっと前から何かに悩んでいることは薄々気づいていた。あの男に頼る前にまず私に相談してほしかったが……いや、いい。お前のことだから気を遣ってしなかったのだろう。だがもう悩みがあるとばれてしまったのだ。遠慮せず、打ち明けてくれ」
「ええっと……」
兄がすごく心配してくれているのはわかる。ものすごくよくわかる。
(でも、だからって話すわけには……)
たぶん、頭の病気を疑われる。
何とか理解しようとしても、理解できない。
そういう類の話なのだ。
イザベル自身、実際に流れ込んできた映像を見なければ、何を頓珍漢なことを言っているのだと鼻で笑うか、危ないやつだと思って距離を置くだろう。
「あの……それは、まだ置いておいて、今はシャルルのことを解放してあげてください」
「イザベル。どうしてさっきからその男のことばかり気にするんだ。……まさか、相談を受けているうちに心を奪われたのか?」
「そんなわけないでしょう……。お兄様の先ほどの言い分だと、どこかに閉じ込めているのでしょう? 苦痛を感じているはずでしょうから、今すぐ解放してほしいだけです。……お兄様がひどいことをするところは見たくありませんから」
最後の言葉が後押しとなったのか、フェリクスはわかったと渋々腰を上げてくれた。
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