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3.確認
サイラスは一人残していくシャーロットが不安でならず、何度も俺も残ると言って聞かなかった。
「いい加減にして。少し話したらあなたのもとへ帰すと言っているでしょう? あなたにはまだすべきことが山のようにあるはずよ。時間は一秒たりとも待ってくれないの。わかったらさっさと出て行きなさい!」
メイベルが切れると、ようやく彼は部屋を出て行った。
(まったく……)
あんな調子で本当に父親たちを説得できるのだろうか。
「あ、あのメイベルさま。わ、わたし……」
メイベルがやれやれと思っていると、シャーロットががくがくと震えながらこちらを見上げていた。きっと彼女の目には、メイベルがとても恐ろしい姿として映っているのだろう。
(私にはあなたの方が悪魔に見えるのだけどね……)
欲深い人間を堕落へと導く悪魔。あるいは美しい男を誘惑して水の中へ引きずり込む妖精の類か。どちらにせよ厄介極まりない存在だ。
「何でしょうか、シャーロット様」
言いたいことがあるならさっさと言え。メイベルはそう思ったがそのまま口にすれば彼女はきっと泣いてしまうだろうとぐっと我慢した。サイラス相手なら躊躇いなく言っていたはずだ。
「こんな形でサイラスさまと結婚することになって……わたし、メイベルさまに対して本当に申し訳なかったと思っているんです……」
嫌味なのか? いや、たぶん彼女なりに精いっぱい謝っているのだろう。そう思わないとやってられない。
「メイベルさまが今までずっとサイラスさまのために王妃教育を受けてきたことはよく理解しているつもりです。それをこんな形で裏切ってしまって……わたし、本当に……とても申し訳なくて……」
「そう。ならやっぱり撤回して下さる?」
うじうじぐだぐだ長い謝罪なんか聞きたくない。それより彼女が今回のことはすべて嘘です、やっぱり彼とは結婚しませんと言えばいい。そうすればメイベルは今すぐにでもサイラスの首根っこを摑まえに部屋を出て行くつもりだ。
けれどメイベルの言葉にシャーロットは真ん丸と目を見開いたままだ。灰色がかった青の瞳がきれいで、じっと見つめ返す。
「それは……」
「できないの? これはサイラスのためにも、あなたのためにもなるお話だと思うけど?」
見下ろすように立っていたメイベルはシャーロットの目の前に腰を下ろす。
「ねぇ、シャーロット様。あなた、王妃になるということがどういうことかきちんと理解している?」
シャーロットはごくりと唾を飲み込んだ。
「ただ貴族の妻となるのとはわけが違うわ。サイラスを支えるだけでなく、この国の母となるのよ?」
「わかっていますわ……」
握りしめる手は震えており、わずかにメイベルは目を細めた。
「……もし、将来サイラスが他の女性を愛しても、あなたは知らない振りをして過ごせる?」
はっ、とシャーロットの顔が上げられ、白い頬を赤く染めた。羞恥のためではなく、怒りのために。
「サイラスさまはそんなことしません!」
ふっ、とメイベルは微笑んだ。
「そんなのわからないわ。実際私に隠れてあなたを愛していたもの」
「それは……」
「それにたとえあなたが一番でも、他の臣下に唆されて二番、三番、の相手を作るかもしれないわ」
グランヴィル国は一夫一妻。けれど歴代の王たちには愛妾が当たり前のようにいた。サイラスの父親であるローガン陛下は珍しく妻一筋だけれど。
(たぶん陛下はクレア王妃のことが忘れられないんだわ……)
跡継ぎがサイラス一人だけだったから周囲に勧められて仕方なく再婚した。王であっても、いや、王だからこそ、周囲はあれこれと口を出す。
「あなたの言う通り、サイラスは一生心変わりなんてしないかもしれない。でも、それが許されない状況になったらどうする?」
「許されない状況?」
「そう。例えば……あなたたちの間に子どもができなかったら」
シャーロットの顔が青ざめる。我ながら嫌な質問だとメイベルは思った。だが実際まったく同じことを彼女は言われ続けてきた。
――子どもを、男児を必ず産め。お前はそのために選ばれたのだ。
「周囲は離婚するよう勧めるでしょうね。サイラスのことだから強硬に突っぱねるかもしれない。でもそれならば別の女に産ませろと連中は言い出すわよ。その子をあなたたち夫婦の子にすればいいってね」
あなたはそれでもその子を愛せる? 他の女を抱いたサイラスを許せる? 愛し続けることができる?
シャーロットは蒼白な顔のまま黙り込んでしまった。結ばれるということで先のことまで考えていなかったのかもしれない。
「それでも、サイラスは別の女を抱きたくないとあなたへの愛を貫くかもしれない。そうまでして子を為すくらいなら、王子などやめてやるって……」
あり得る話だ。サイラスはまっすぐで、時に周りが見えなくなる。
「あなたはその場合、サイラスの愛を独り占めできる。でも代わりに王子を誑かした悪女として、臣下や世論の妬みを買うことになる」
もちろん一途な愛を貫いた、という純愛に捉えられる可能性もあるが、今までサイラスを支えてきた面々は良い顔をしないだろう。
「あなたの一挙一動を、臣下や、国民は見ている。気になって、口を出さずにはいられない。もちろんサイラスは守ってくれるでしょうけど、四六時中あなたのそばで守り続けることはさすがの彼にもできない。ぽっと出のあなたに嫉妬したご令嬢が嫌味を言って、あなたを傷つけようとするでしょう。それでも……」
あなたはサイラスを選ぶの?
今ならまだ引き返せる。もう一度よく考えろとメイベルはシャーロットを見つめた。彼女は俯き、じっと考え込むように黙り込んだ。長い沈黙。シャーロットはようやく顔を上げた。
「……たとえどんなことになっても、わたしはサイラスさまを愛し続けます」
気弱な少女は、今やまっすぐと、挑むようにメイベルを見つめて言った。
「誓ってくれる?」
「はい」
そう、とメイベルはつぶやき、目を閉じた。
「ではもう私が言うことは何もありませんわ。どうか、サイラス殿下を頼みます」
「いい加減にして。少し話したらあなたのもとへ帰すと言っているでしょう? あなたにはまだすべきことが山のようにあるはずよ。時間は一秒たりとも待ってくれないの。わかったらさっさと出て行きなさい!」
メイベルが切れると、ようやく彼は部屋を出て行った。
(まったく……)
あんな調子で本当に父親たちを説得できるのだろうか。
「あ、あのメイベルさま。わ、わたし……」
メイベルがやれやれと思っていると、シャーロットががくがくと震えながらこちらを見上げていた。きっと彼女の目には、メイベルがとても恐ろしい姿として映っているのだろう。
(私にはあなたの方が悪魔に見えるのだけどね……)
欲深い人間を堕落へと導く悪魔。あるいは美しい男を誘惑して水の中へ引きずり込む妖精の類か。どちらにせよ厄介極まりない存在だ。
「何でしょうか、シャーロット様」
言いたいことがあるならさっさと言え。メイベルはそう思ったがそのまま口にすれば彼女はきっと泣いてしまうだろうとぐっと我慢した。サイラス相手なら躊躇いなく言っていたはずだ。
「こんな形でサイラスさまと結婚することになって……わたし、メイベルさまに対して本当に申し訳なかったと思っているんです……」
嫌味なのか? いや、たぶん彼女なりに精いっぱい謝っているのだろう。そう思わないとやってられない。
「メイベルさまが今までずっとサイラスさまのために王妃教育を受けてきたことはよく理解しているつもりです。それをこんな形で裏切ってしまって……わたし、本当に……とても申し訳なくて……」
「そう。ならやっぱり撤回して下さる?」
うじうじぐだぐだ長い謝罪なんか聞きたくない。それより彼女が今回のことはすべて嘘です、やっぱり彼とは結婚しませんと言えばいい。そうすればメイベルは今すぐにでもサイラスの首根っこを摑まえに部屋を出て行くつもりだ。
けれどメイベルの言葉にシャーロットは真ん丸と目を見開いたままだ。灰色がかった青の瞳がきれいで、じっと見つめ返す。
「それは……」
「できないの? これはサイラスのためにも、あなたのためにもなるお話だと思うけど?」
見下ろすように立っていたメイベルはシャーロットの目の前に腰を下ろす。
「ねぇ、シャーロット様。あなた、王妃になるということがどういうことかきちんと理解している?」
シャーロットはごくりと唾を飲み込んだ。
「ただ貴族の妻となるのとはわけが違うわ。サイラスを支えるだけでなく、この国の母となるのよ?」
「わかっていますわ……」
握りしめる手は震えており、わずかにメイベルは目を細めた。
「……もし、将来サイラスが他の女性を愛しても、あなたは知らない振りをして過ごせる?」
はっ、とシャーロットの顔が上げられ、白い頬を赤く染めた。羞恥のためではなく、怒りのために。
「サイラスさまはそんなことしません!」
ふっ、とメイベルは微笑んだ。
「そんなのわからないわ。実際私に隠れてあなたを愛していたもの」
「それは……」
「それにたとえあなたが一番でも、他の臣下に唆されて二番、三番、の相手を作るかもしれないわ」
グランヴィル国は一夫一妻。けれど歴代の王たちには愛妾が当たり前のようにいた。サイラスの父親であるローガン陛下は珍しく妻一筋だけれど。
(たぶん陛下はクレア王妃のことが忘れられないんだわ……)
跡継ぎがサイラス一人だけだったから周囲に勧められて仕方なく再婚した。王であっても、いや、王だからこそ、周囲はあれこれと口を出す。
「あなたの言う通り、サイラスは一生心変わりなんてしないかもしれない。でも、それが許されない状況になったらどうする?」
「許されない状況?」
「そう。例えば……あなたたちの間に子どもができなかったら」
シャーロットの顔が青ざめる。我ながら嫌な質問だとメイベルは思った。だが実際まったく同じことを彼女は言われ続けてきた。
――子どもを、男児を必ず産め。お前はそのために選ばれたのだ。
「周囲は離婚するよう勧めるでしょうね。サイラスのことだから強硬に突っぱねるかもしれない。でもそれならば別の女に産ませろと連中は言い出すわよ。その子をあなたたち夫婦の子にすればいいってね」
あなたはそれでもその子を愛せる? 他の女を抱いたサイラスを許せる? 愛し続けることができる?
シャーロットは蒼白な顔のまま黙り込んでしまった。結ばれるということで先のことまで考えていなかったのかもしれない。
「それでも、サイラスは別の女を抱きたくないとあなたへの愛を貫くかもしれない。そうまでして子を為すくらいなら、王子などやめてやるって……」
あり得る話だ。サイラスはまっすぐで、時に周りが見えなくなる。
「あなたはその場合、サイラスの愛を独り占めできる。でも代わりに王子を誑かした悪女として、臣下や世論の妬みを買うことになる」
もちろん一途な愛を貫いた、という純愛に捉えられる可能性もあるが、今までサイラスを支えてきた面々は良い顔をしないだろう。
「あなたの一挙一動を、臣下や、国民は見ている。気になって、口を出さずにはいられない。もちろんサイラスは守ってくれるでしょうけど、四六時中あなたのそばで守り続けることはさすがの彼にもできない。ぽっと出のあなたに嫉妬したご令嬢が嫌味を言って、あなたを傷つけようとするでしょう。それでも……」
あなたはサイラスを選ぶの?
今ならまだ引き返せる。もう一度よく考えろとメイベルはシャーロットを見つめた。彼女は俯き、じっと考え込むように黙り込んだ。長い沈黙。シャーロットはようやく顔を上げた。
「……たとえどんなことになっても、わたしはサイラスさまを愛し続けます」
気弱な少女は、今やまっすぐと、挑むようにメイベルを見つめて言った。
「誓ってくれる?」
「はい」
そう、とメイベルはつぶやき、目を閉じた。
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