政略結婚だなんて、聖女さまは認めません。

りつ

文字の大きさ
6 / 42

6.急展開

(ラシャド様はああ言ったけれど……)

 結局無理だったのだろう、と思った。結婚の日取りまで、メイベルは外に出るなと半ば監禁されるようにして部屋に閉じ込められていた。陛下や殿下、そしてラシャドにすら会えない今の状況こそが、メイベルの逃れられない未来を決定づけていた。

「お姉さま!」
「ミリア……」

 食事を届けにきたミリアが目に涙を浮かべてメイベルに抱き着いた。

「お姉さま。わたくしの代わりに公爵閣下に嫁ぐというのは本当ですか?」
「……ええ、本当よ」

 そんな、とミリアはぽろぽろと涙を流した。

「姉さま。それは、あんまりです……」

 泣かないで、とメイベルは彼女を抱きしめた。

「私が殿下の婚約者から外れたから、代わりに公爵のもとへ嫁ぐことになっただけ。ただそれだけよ」
「それだけのことではありません!」

 弾かれたようにミリアが顔を上げ、珍しく怒りを露わにした。

「姉さま。わたくしはずいぶんと前から公爵閣下に嫁ぐことが決まっていて、心構えもできておりました。けれど姉さまは違います。姉さまはサイラス殿下の妃となり、ゆくゆくはこの国の王妃となる方でしたのに…それなのに、それなのに……」

 こんなのあんまりですっ、とミリアはわんわん泣きだした。

「ミリア……」

 メイベルは困惑しつつも、自分のために泣いてくれるミリアが愛おしかった。そしてこの子が公爵のもとへ嫁ぐことにならなくてよかったと心の底から思った。

「……ミリア。私は大丈夫だから。ほら、もうそんなに泣いたらせっかくの可愛い顔が台無しよ?」

 頬を両手で包み込むようにして顔を上げさせ、幼子に言い聞かせるようにメイベルは囁いた。

「いい? ミリア。これは私が自分で決めた選択なのだからあなたは何も気にしなくていいの」
「でもっ!」
「人には誰しも逆らえない運命が待ち構えている。これもきっと、神が与えた試練なのでしょう」

 神の教えを説けば、ミリアは黙り込んだ。けれどその目は、悲しみと絶望で染まっていた。

「ミリア。私がここを離れた後、他の子たちを頼みます。あなたが一番の最年長になるんですからね」
「そんなこと言わないで、お姉さま……」

 ミリアの涙に、メイベルまで泣きそうになった。公爵の屋敷に嫁げば、もう簡単には会えなくなる。その前にどうしても伝えておかなくてはならなかった。

「教会はあなたの結婚相手にきっと自分たちの都合のいい相手を見繕ってくるでしょう。でも簡単に承諾してはいけないわよ。どれが自分にとって最善なのか、よく考えること。あなたは可愛いから、相手の男性を味方につければ、きっと力になってくれるわ。常に笑顔を絶やさず、上手に世の中を渡っていくのよ。それから……」

 ああ、だめだ。声が震えてしまう。メイベルは零れる涙を隠すようにミリアをきつく抱きしめた。

「離れていても、私はあなたの幸せを願っているわ」

***

 結局その後ミリアと一緒に泣いてしまい、翌朝メイベルの目は真っ赤に腫れてしまった。だがおかげで覚悟は決まった。

(年の離れた相手に嫁ぐなんて、別に珍しいことじゃない)

 王家のお姫様なら、他国へ嫁ぐことだってある。例え夫がよぼよぼの年寄りであろうと、自分以外に何人もの妻がいようと、それが国のためとあれば嫌だと拒否することはできない。

(そうよ。私がアクロイド公爵に嫁ぐことで他の若い子たちが生贄にならなくて済むなら、それでいいじゃない)

 こうなったら横暴で女好きの公爵を手懐けてやる、とメイベルは自分を鼓舞した。

「メイベル様。お仕度の準備に参りました」
「へ? 支度?」

 何の? と首を傾げるメイベルにぞろぞろと女たちが入ってくる。手には大きな箱から小さな箱を抱えるほど持っていた。状況がまるでわからないメイベルに、最年長と思われる女がてきぱきと指示を出していく。

「さっ、メイベルさま。まずは湯浴みをなさってきて下さい」
「あの、ちょっと待って。どういうことか説明してもらいたい……って、引っ張らないで!」
「さぁ、さぁ、時間は待ってくれないのです」

 ぐいぐい手を引っ張られ、メイベルはされるがまま服を脱がされ、抵抗しても体中隅々まで磨かれ、純白のドレスを着せられかと思えば、化粧をほどこされ、仕上げとばかりに金のネックレスと真珠のイヤリングをつけられた。

 鏡を見れば、そこには立派な花嫁姿の自分が映っていた。

「どういうことなの? 結婚はまだ先だと……」
「予定が変わり、今日、アクロイド公爵閣下のもとへ嫁ぐことに決まりました」
「今日って、今から!?」

 なんでそんな急に、とメイベルが困惑する間にも侍女たちは彼女の手を引き、部屋の外へと導いていく。人通りが少ない通路を通って外へ出ると、そのまま、待機させられていた馬車へ押し込まれた。ついでに一人の女も乗り込んでくる。メイベルよりもやや年上の、初めて見る顔だった。

「待って! せめてミリアや、他の子たちに挨拶をさせて!」
「いいえ、いけません。このまま出立させていただきます」

 何でそんな急ぐのよ! とメイベルが怒っても、馬車はすでに動き出していた。まだ夜が明けたばかりの薄暗い時刻だった。

「……一体どういうことなの」
「アクロイド公爵閣下が早く花嫁を我が屋敷に迎えたいと申しましたので」
「だからってこんな急はあり得ないわ! いくら教会の決定でも、議会の……殿下や陛下の許しが必要なはずよ!」

 いや違う、とメイベルは思った。サイラスだったら絶対に認めない。好いた女と結婚したいからメイベルとの婚約を解消した馬鹿王子だが、その分うんと立派な相手を見つけてやると息巻いていた。年の離れた、しかも自分の叔父をすすめるはずがない。それにラシャドだって彼らに頼んでみると……

「もしかして彼らが反対したから、無理矢理私を嫁がせるつもりなの?」

 女は答えなかった。けれどそれが答えだった。

 メイベルはくらりと眩暈がした。周りがいくら反対しようが、一度純潔を奪ってしまえば、もうそこに嫁ぐしかない。教会と公爵はそれを狙ったのだ。

(ほんとにあの人たちは……)

 馬車は見たところ王家の紋章も入っていない、どこにでもある普通のもの。護衛も前後に見当たらない。こっそりと、王都に出入りする馬車を装って公爵家まで行くつもりなのだろう。

「……あなたは私付きの侍女かしら?」
「はい。公爵家より聖女様の世話をするよう仰せつかって参りました」

 監視役も兼ねているのだろう。ただの侍女、というには騎士のような隙のない雰囲気があった。

「公爵様はどんなお人かしら?」
「たいへん、素晴らしい方です」
「そう……」

 メイベルはため息をついて、外の景色に目をやった。公爵家は王都から遠く離れた、鬱蒼とした森の中にある。国境近くまで追いやられているのは、王宮で余計なことをしないようにというローガン陛下の意図も込められていた。

 放蕩の限りを尽くし、王家に見放されたアクロイド公爵。そんな男に自分は今から身を捧げなければならない。

(今からでも大声をあげて外へ逃げれば……)

「変なことは考えないで下さいね。あなたが逃げても、代わりの方が公爵に嫁ぐだけですから」
「……わかっているわ」

 逃げることなど許されない。それでもあまりにも急な展開に、メイベルは気持ちが追いつかなかった。

あなたにおすすめの小説

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

氷の王弟殿下から婚約破棄を突き付けられました。理由は聖女と結婚するからだそうです。

吉川一巳
恋愛
ビビは婚約者である氷の王弟イライアスが大嫌いだった。なぜなら彼は会う度にビビの化粧や服装にケチをつけてくるからだ。しかし、こんな婚約耐えられないと思っていたところ、国を揺るがす大事件が起こり、イライアスから神の国から召喚される聖女と結婚しなくてはいけなくなったから破談にしたいという申し出を受ける。内心大喜びでその話を受け入れ、そのままの勢いでビビは神官となるのだが、招かれた聖女には問題があって……。小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

刺繍妻

拓海のり
恋愛
男爵令嬢メアリーは魔力も無くて、十五歳で寄り親の侯爵家に侍女見習いとして奉公に上がった。二十歳まで務めた後、同じ寄り子の子爵家に嫁に行ったが。九千字ぐらいのお話です。

傷物令嬢エリーズ・セルネの遺書

砂礫レキ
恋愛
『余計な真似をして……傷物の女などただの穀潰しでは無いか!』 通り魔から子供を庇い刺された女性漫画家は自分が美しい貴族令嬢になってることに気付く。彼女の名前はエリーズ・セルネで今度コミカライズを担当する筈だった人気小説のヒロインだった。婚約者の王子と聖女を庇い背中に傷を負ったエリーズは傷物として婚約破棄されてしまう。そして父である公爵に何年も傷物女と罵倒されその間に聖女と第二王子は婚約する。そして心を病んだエリーズはその後隣国の王太子に救い出され幸せになるのだ。しかし王太子が来るまで待ちきれないエリーズは自らの死を偽装し家を出ることを決意する。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

惨殺された聖女は、任命式前に巻き戻る

ツルカ
恋愛
惨殺された聖女が、聖女任命式前に時間が巻き戻り、元婚約者に再会する話。

私の願いは貴方の幸せです

mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」 滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。 私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。