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10.奥様……?
ハウエルがメイベルと結婚する。そう主人に告げられても、使用人たちは顔色一つ変えず、おめでとうございますと義務的に祝福したのだった。
(これでいいのかしら……)
納得した上で決めたことだが、メイベルは自分の選択が正しかったどうか不安になった。
「結婚式のことですが」
そんなメイベルをよそに、ハウエルは淡々と、事務的に結婚についてのあれこれを決めていく。
「特に要望がなければ、できるだけ質素にやろうと思っていますが、よろしいですか?」
「ええ。それは別に構いませんが……」
それよりも、とメイベルは最も重要なことを尋ねる。
「王家からは本当に許可が出たんですよね?」
ハウエルは書類から顔を上げ、こくりと頷いた。
「はい。陛下も私と貴女の結婚に賛成してくれました」
聖女が半ば連れ去られるように王都を離れたかと思えば、賊に襲われ、危うく命を落としかけた。そして今度は、助け出された辺境伯の妻になって欲しいと頼まれた。……本当か? と王家は最初作り話かと疑い、なかなか使いに出した者の言葉を信じようとしなかったらしい。無理もない。メイベルだって逆の立場なら、同じことを思う。
(手紙を持たせてよかったわ……)
一緒に渡されたメイベルの手紙を読み、彼らはようやく事実であることを認めてくれたそうだ。
「一歩間違えば、貴女は命を落としていたかもしれない。教会も強く出られず、渋々認めてくれたそうです」
もともと勝手なことをして分が悪いのだ。しばらくは大人しくしているはず……というのがハウエルの見解だった。メイベルとしても、そう願いたい。
「アクロイド公爵閣下の件は?」
ミリアのことをくれぐれもよろしく頼むと、メイベルは陛下だけでなく、サイラス宛てにもしたためたのだ。本当なら直接出向いてお願いするべきだったのだろうが、教会に監禁される可能性もあるのでハウエルに止められた。
「貴女の心配はそちらですか」
身を乗り出すようにして尋ねるメイベルに、ハウエルは呆れたように肩を竦めた。自分より他人の心配かと言われても、メイベルには最初からミリアのことしか頭にない。
「いいから教えてください」
「……心配ありません。陛下は勝手なことをした閣下にひどくお怒りになられ、結婚も絶対に認めないそうです」
「本当?」
「はい。これ以上余計なことをすれば、爵位すら奪うと脅したようです」
もともと公爵の位を授けたのも、王族として認めるには問題のある言動ばかりしてきたからだ。王家としては彼の王族の身分を剥奪し、ただの平民としてどこかに幽閉したかったのだと思うが……血を分けた実の弟、ということで貴族の位に留めておいてやるという、陛下なりの慈悲であった。
(これで大人しくしてくれるといいんだけど……)
結果的にアクロイド公爵の顔を見ずに済み、結婚も回避できたのでメイベルとしては万々歳である。
「ミリアのことも、安心しましたわ。本当にありがとうございます」
「私は特に何もしていませんが……失礼ですが、同じ聖女だと言っても、血は繋がっていないのでしょう?」
どうして赤の他人である少女をそこまで気にかけるのか、ハウエルには理解できないようであった。そんな難しいことだろうか、とメイベルは思うのだが。
「血は繋がっていなくとも、何年も一緒に過ごせば自然と情がわき、家族のようなかけがえのない存在になるのです」
「家族、ですか」
ええ、とメイベルは微笑んだ。
「妹みたいなものですわ」
「……なるほど」
どうにか納得してくれたハウエルに、ふとメイベルは疑問に思う。
「そういえば、ハウエル様にはご兄弟は……」
「その人が兄上のお嫁さん?」
男性にしては少し高く、幼い声――少年の声がしたかと思えば、扉からひょいと銀色の髪に金色の目をした――ハウエルとよく似た子が顔を出した。彼と違い、髪は短く、目はやや垂れ目であったが。
「こら、挨拶しなさい」
「はーい」
メイベルの前に来ると、少年は習い立てのような初々しいお辞儀をしてくれた。
「ハウエル・リーランドの弟、レイフ・リーランドと申します。どうぞよろしくお願いします。義姉上」
顔を上げた彼はくりっとした金色の目で、面白そうにメイベルを見つめた。
「聖女っていうからとんでもない美人かと思ってたけど、あんがい普通の美人なんだね」
「レイフ!」
兄の叱責にも、レイフはだってと口を尖らせる。
「これじゃあ、兄上が女装した方がよっぽど綺麗だと思います」
そうは思いません? とレイフはメイベルの方に尋ねてきた。こめかみを押さえる兄を横目に、彼女は苦笑いしつつ、そうねと答えた。
「あなたのお兄様はとても綺麗な方だもの。女装? したらたぶん私に勝ち目はないわ」
「でしょう! 兄上の美貌は、そんじゃそこらの女性にも負けませんよ」
「おまえはもう部屋に戻っていなさい」
兄に冷たく言われ、レイフは不満そうだったが渋々と部屋を出て行った。またね、とメイベルに笑いかけて。
突然現れ、嵐のように過ぎ去っていったレイフ。残されたメイベルとハウエルの間には、しばし沈黙が流れた。
「……すみません。弟はどうも口さがない所がありまして」
「あの年頃の子はみんなそうでなくて?」
メイベルは教会の聖女たちを思い出し、くすりと笑った。彼女たちも、こましゃくれた言い方をしてラシャドや自分をよく困らせたものだ。
「だとしても礼儀というものがあります。もう十二歳になるというのに、いつまでもあれでは困ります」
はぁ、とため息をつくハウエルに、メイベルは何だか意外な一面を垣間見た気がした。
(この人もこんな顔するのね……)
完全無欠の美青年は、弟に手を焼く兄でもあった。メイベルは新たな発見を一つした。
「メイベル様?」
「いいえ。何でもありませんわ」
ふふ、とメイベルは笑った。
***
結婚式は質素に、とハウエルは言ったが、メイベルが想像するよりもずっと豪華であった。
(教会から何かしらの根回しがあったらどうしようかと思ったけど……無事に済んでよかったわ)
「リーランド夫妻に幸あれ!」
「おめでとう!」
教会で愛を誓い合い、馬車で屋敷へと帰る途中、ウィンラードの人々が声をあげながら祝福してくれた。それもまた、彼女には嬉しかった。
にこやかに手を振り返すメイベルに、そっとハウエルが耳元で囁く。
「みんな貴女の美しさに目を奪われているんですよ」
(それはあなたの方だと思うけど……)
銀の前髪を上げ、黒い騎士ふうの礼服を着たハウエルの姿はいつも以上に美しく、どことなく色気まで漂っており、参列していた女性陣はみな食い入るように彼を見つめていた。ちょっと怖い、と思ったのは内緒だ。
(レイフの言ったとおり、私よりもずっと美人だわ……)
メイベルも自分の見た目がそう悪くないと認識しているが、ハウエルは別格だ。隣にいると時々その美貌に圧倒されてしまう。
(この人が私の旦那様になるのか……)
いまいち実感のわかないメイベルであった。
「――さぁ、どうぞ」
物思いに耽っているうちに屋敷に到着し、ハウエルは抱えるようにしてメイベルを降ろしてくれた。意外と力はあるようだ。
(剣も振るってたし、案外鍛えているのかも……)
「さぁ、行きましょう」
「ええ……」
玄関前には頭を下げた使用人たちがずらりと並んでおり、メイベルたちを出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、旦那様。奥様」
(奥様……)
それが自分のことを指している。頭では理解していても、やはりしっくりこないメイベルなのだった。
(これでいいのかしら……)
納得した上で決めたことだが、メイベルは自分の選択が正しかったどうか不安になった。
「結婚式のことですが」
そんなメイベルをよそに、ハウエルは淡々と、事務的に結婚についてのあれこれを決めていく。
「特に要望がなければ、できるだけ質素にやろうと思っていますが、よろしいですか?」
「ええ。それは別に構いませんが……」
それよりも、とメイベルは最も重要なことを尋ねる。
「王家からは本当に許可が出たんですよね?」
ハウエルは書類から顔を上げ、こくりと頷いた。
「はい。陛下も私と貴女の結婚に賛成してくれました」
聖女が半ば連れ去られるように王都を離れたかと思えば、賊に襲われ、危うく命を落としかけた。そして今度は、助け出された辺境伯の妻になって欲しいと頼まれた。……本当か? と王家は最初作り話かと疑い、なかなか使いに出した者の言葉を信じようとしなかったらしい。無理もない。メイベルだって逆の立場なら、同じことを思う。
(手紙を持たせてよかったわ……)
一緒に渡されたメイベルの手紙を読み、彼らはようやく事実であることを認めてくれたそうだ。
「一歩間違えば、貴女は命を落としていたかもしれない。教会も強く出られず、渋々認めてくれたそうです」
もともと勝手なことをして分が悪いのだ。しばらくは大人しくしているはず……というのがハウエルの見解だった。メイベルとしても、そう願いたい。
「アクロイド公爵閣下の件は?」
ミリアのことをくれぐれもよろしく頼むと、メイベルは陛下だけでなく、サイラス宛てにもしたためたのだ。本当なら直接出向いてお願いするべきだったのだろうが、教会に監禁される可能性もあるのでハウエルに止められた。
「貴女の心配はそちらですか」
身を乗り出すようにして尋ねるメイベルに、ハウエルは呆れたように肩を竦めた。自分より他人の心配かと言われても、メイベルには最初からミリアのことしか頭にない。
「いいから教えてください」
「……心配ありません。陛下は勝手なことをした閣下にひどくお怒りになられ、結婚も絶対に認めないそうです」
「本当?」
「はい。これ以上余計なことをすれば、爵位すら奪うと脅したようです」
もともと公爵の位を授けたのも、王族として認めるには問題のある言動ばかりしてきたからだ。王家としては彼の王族の身分を剥奪し、ただの平民としてどこかに幽閉したかったのだと思うが……血を分けた実の弟、ということで貴族の位に留めておいてやるという、陛下なりの慈悲であった。
(これで大人しくしてくれるといいんだけど……)
結果的にアクロイド公爵の顔を見ずに済み、結婚も回避できたのでメイベルとしては万々歳である。
「ミリアのことも、安心しましたわ。本当にありがとうございます」
「私は特に何もしていませんが……失礼ですが、同じ聖女だと言っても、血は繋がっていないのでしょう?」
どうして赤の他人である少女をそこまで気にかけるのか、ハウエルには理解できないようであった。そんな難しいことだろうか、とメイベルは思うのだが。
「血は繋がっていなくとも、何年も一緒に過ごせば自然と情がわき、家族のようなかけがえのない存在になるのです」
「家族、ですか」
ええ、とメイベルは微笑んだ。
「妹みたいなものですわ」
「……なるほど」
どうにか納得してくれたハウエルに、ふとメイベルは疑問に思う。
「そういえば、ハウエル様にはご兄弟は……」
「その人が兄上のお嫁さん?」
男性にしては少し高く、幼い声――少年の声がしたかと思えば、扉からひょいと銀色の髪に金色の目をした――ハウエルとよく似た子が顔を出した。彼と違い、髪は短く、目はやや垂れ目であったが。
「こら、挨拶しなさい」
「はーい」
メイベルの前に来ると、少年は習い立てのような初々しいお辞儀をしてくれた。
「ハウエル・リーランドの弟、レイフ・リーランドと申します。どうぞよろしくお願いします。義姉上」
顔を上げた彼はくりっとした金色の目で、面白そうにメイベルを見つめた。
「聖女っていうからとんでもない美人かと思ってたけど、あんがい普通の美人なんだね」
「レイフ!」
兄の叱責にも、レイフはだってと口を尖らせる。
「これじゃあ、兄上が女装した方がよっぽど綺麗だと思います」
そうは思いません? とレイフはメイベルの方に尋ねてきた。こめかみを押さえる兄を横目に、彼女は苦笑いしつつ、そうねと答えた。
「あなたのお兄様はとても綺麗な方だもの。女装? したらたぶん私に勝ち目はないわ」
「でしょう! 兄上の美貌は、そんじゃそこらの女性にも負けませんよ」
「おまえはもう部屋に戻っていなさい」
兄に冷たく言われ、レイフは不満そうだったが渋々と部屋を出て行った。またね、とメイベルに笑いかけて。
突然現れ、嵐のように過ぎ去っていったレイフ。残されたメイベルとハウエルの間には、しばし沈黙が流れた。
「……すみません。弟はどうも口さがない所がありまして」
「あの年頃の子はみんなそうでなくて?」
メイベルは教会の聖女たちを思い出し、くすりと笑った。彼女たちも、こましゃくれた言い方をしてラシャドや自分をよく困らせたものだ。
「だとしても礼儀というものがあります。もう十二歳になるというのに、いつまでもあれでは困ります」
はぁ、とため息をつくハウエルに、メイベルは何だか意外な一面を垣間見た気がした。
(この人もこんな顔するのね……)
完全無欠の美青年は、弟に手を焼く兄でもあった。メイベルは新たな発見を一つした。
「メイベル様?」
「いいえ。何でもありませんわ」
ふふ、とメイベルは笑った。
***
結婚式は質素に、とハウエルは言ったが、メイベルが想像するよりもずっと豪華であった。
(教会から何かしらの根回しがあったらどうしようかと思ったけど……無事に済んでよかったわ)
「リーランド夫妻に幸あれ!」
「おめでとう!」
教会で愛を誓い合い、馬車で屋敷へと帰る途中、ウィンラードの人々が声をあげながら祝福してくれた。それもまた、彼女には嬉しかった。
にこやかに手を振り返すメイベルに、そっとハウエルが耳元で囁く。
「みんな貴女の美しさに目を奪われているんですよ」
(それはあなたの方だと思うけど……)
銀の前髪を上げ、黒い騎士ふうの礼服を着たハウエルの姿はいつも以上に美しく、どことなく色気まで漂っており、参列していた女性陣はみな食い入るように彼を見つめていた。ちょっと怖い、と思ったのは内緒だ。
(レイフの言ったとおり、私よりもずっと美人だわ……)
メイベルも自分の見た目がそう悪くないと認識しているが、ハウエルは別格だ。隣にいると時々その美貌に圧倒されてしまう。
(この人が私の旦那様になるのか……)
いまいち実感のわかないメイベルであった。
「――さぁ、どうぞ」
物思いに耽っているうちに屋敷に到着し、ハウエルは抱えるようにしてメイベルを降ろしてくれた。意外と力はあるようだ。
(剣も振るってたし、案外鍛えているのかも……)
「さぁ、行きましょう」
「ええ……」
玄関前には頭を下げた使用人たちがずらりと並んでおり、メイベルたちを出迎えてくれた。
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