政略結婚だなんて、聖女さまは認めません。

りつ

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16.突然の訪問者

「ねぇ、義姉上。最近、兄上とどう?」

 ここ数日雨が降り続いており、外へ遊びに行くこともできないレイフは退屈そうに、応接間で本を読んでいたメイベルに話しかけてきた。

「どうって?」

 すっかり砕けた口調で尋ねる義弟に、メイベルは首を傾げた。

「いや、何か変わったこととか……」
「? ハウエル様は相変わらず優しいわよ」

 最近では仕事が片付いた後、よくお茶に誘ってくれる。話す内容は今日一日お互いがしたこと……つまり仕事に関してのことばかりだったが、メイベルとしては有意義な時間だと思っている。

(世間話というより、業務報告と言った方が正しいかもしれないけど)

「ハウエル様ってほんとに物知りな方よね。私ももっと頑張らないと、って話すたびに思うわ」
「あー……そういう話じゃなくて。ほら、もっと、こう、あるでしょ?」

 もどかしいというようにレイフが一生懸命身振り手振りで伝えようとするが、メイベルにはいま一つ理解できない。

「ごめんなさい。よくわからないわ」
「もうっ! だから俺が聞きたいのは、兄上とは――」
「私がどうかしましたか?」
「あ、ハウエル様」

 ちょうどいいタイミングでハウエルが部屋へ入ってくる。それにレイフがぎょっとしたように振り返った。

「あ、兄上……」
「レイフ。私がどうかしたんですか?」
「な、何でもないよ。今日はもう仕事終わったの?」
「まだ残っていますが、少し休憩です」

 ふぅと疲れたようにハウエルはソファに腰を下ろし、ほつれ毛を耳にかけなおした。メイベルは侍女にお茶の準備をするよう命じ、どこか憂い顔で窓の外を見つめるハウエルに声をかけた。

「ここのところずっと降っていますわね」
「はい。川沿い近くの家や土地が低い地域の住人に何もなければいいのですが……」

 そう言うと、ハウエルはもう一度ため息をついた。

「どんなに万全な対策をしていても、自然の脅威には太刀打ちできませんからね」
「危険を及ぼすのは賊や人だけじゃないということですね」
「そういうことです」

 領主という立場の重さを、メイベルは改めて実感した。

「もう兄上も義姉上も。まーた仕事の話ばっかりして! もっと明るい話でもしなよ!」

 レイフの言葉に、ハウエルが鋭い視線を弟に向けた。

「レイフ。いついかなる時でも領民のことを考えるのは、領主として当然のことだ。特にこんな天候の日は。それはお前でもわかるだろう?」

「それはわかってるよ。でもまだ被害も何も出ていないのに重苦しい雰囲気出してたら、周囲の人間だって嫌でも心配になっちゃうよ。長である兄上がどーんと構えていてくれた方が、下っ端にいる俺たちは安心するんです」

「ほんとにお前はああ言えばこう言うな……」
「でもレイフが言うことも一理ありますわ」

 メイベルはにっこりと微笑んだ。

「ハウエル様がいつも通りの冷静な感じでいらっしゃると、不思議と心が落ち着いて、大丈夫な気がしてきますもの」
「でしょ? さすが義姉上。よくわかってる!」
「メイベル様まで……」

 メイベルの言葉にハウエルは気まずそうに視線を逸らし、コホンと咳払いした。

「それより、レイフは先ほど何を言いかけたんだ?」
「えっ、そこに戻るの?」
「私も気になるわ」

 言いかけたことは最後まで言うべきだ。メイベルとハウエルの視線に、レイフはますます焦ったように顔を引き攣らせた。

「いや、別にたいしたことじゃないから!」
「たいしたことじゃないなら、別に言ってもいいんじゃないか?」
「そうよ。何か私に聞きたいことがあったのではなくて?」

 食い下がる二人に、レイフは勘弁してよというように頭をかいた。

「俺はただ、義姉上が兄上と――」
「大変です旦那様!」

 レイフの言いかけた言葉は、騒々しく扉を開けた家令の言葉によってかき消された。いつにない家令の焦った様子に、ハウエルが立ち上がった。

「何かあったのか」
「そ、それが……」

 家令がなぜか、メイベルをちらりと一瞥した。非常に嫌な予感がする。

「殿下が、サイラス殿下がお見えになりました」

 ハウエルとメイベルは息を呑んだ。レイフも真ん丸と目を見開いて、メイベルの方を見た。

「サイラスって……義姉上の元彼?」

***

 何かの間違いじゃないか、と思いたかったメイベルだが、玄関ホールへ行くと本当に、久しぶりに見るサイラスの姿があった。

 彼はフード付きのマントを羽織っており、メイベルの方に気づくと、やぁとのんきそうに手を上げた。外は土砂降りで、金色の髪やマントを濡らしていた水滴がぽたぽたと床へ滴り落ちていた。そう。外は雨が降っている。叩きつけるような大降りで、民家に被害が出るのではないかとハウエルが心配するほどに。

 それなのにサイラスは今ここにいる。護衛も見当たらないので、おそらくたった一人で来たと思われる。

「メイベル。元気だったか?」

 その姿。その顔。その声。メイベルは周囲に呼び止められることも気づかぬまま、長いスカートを巧みにさばきながら真っすぐと、わき目も振らずサイラスのもとへ歩み寄り、感動の再会を果たすべく両手を――

「この馬鹿王子!」

 広げて抱きしめることは当然せず、勢いよくサイラスの胸倉を掴んだのだった。そしていつかの時と同じように、思いっきり揺さぶりながら、彼を叱りつけたのだった。

「元気だったか? じゃないわよ! こんな所まで一人で! 一体何しに来たのよ!」
「お、おお……久しぶりだ。この感じ。ほんとに、メイベルなんだな」

 がくがく揺さぶられつつも、サイラスは嬉しそうに笑った。そのへらへらした表情にますますカッとなり、ふざけないで! と声を張り上げた。

「サイラス! あなた自分がどういう立場の人間なのか、きちんと理解しているの!?」
「もちろん。俺はグラヴィンル国の第一王子だ」
「だったらどうしてこんな雨の中護衛もつけずにやって来たの!」
「いや、それは……」

「雨は容赦なく降ってるし、川が氾濫してそれに巻き込まれたかもしれない! 馬が転倒して、そのまま怪我を負ったかもしれない! 道中には賊だっている! 大勢で襲われたら、腕っぷしの弱いあんたなんか、あんたなんかあっという間に……」

 メイベルの声は小さく、唇はぶるぶると震えていた。彼女の顔を真正面から見ているサイラスは大きく息を呑み、だがやがて安心させるように微笑んだ。

「メイベル。すまなかった。心配させたな。でも大丈夫だ。俺は無事だ」
「そういう問題じゃ……」

「メイベル様もサイラス殿下も。玄関ここでの立ち話は身体が冷えますから」

 メイベルははっと振り返った。ハウエル。レイフ。他にも家令や使用人。みんなが二人を見ていた。

(やってしまった!)

 久しぶりの再会。しかもその訪問が突拍子もなく、相変わらず周りのことを考えていないサイラスに、メイベルはつい以前の調子でぶち切れてしまったのだ。

 メイベルの初めて見せるであろう態度に、レイフなんか口をポカンと開けて凝視しているではないか。穴があったら入りたいとは今この時のことを言うのだとメイベルは恥ずかしくてたまらなかった。

「とりあえず、殿下はそのままでは風邪をひいてしまいますので湯浴みと着替えをなさって下さい」
「ああ。すまない」

 そうしてハウエルはそっとメイベルとサイラスの間に入り、メイベルの手をサイラスの胸元からごく自然に引きはがした。そのまま言い聞かせるように小声でメイベルに言った。

「貴女も、心配なのはわかりますが少し落ち着いて下さい」
「ええ。ほんとにごめんなさい……」

 メイベルは貴族の妻としてあるまじき行動をとった自分が許し難く、また大勢の人間に見られたことが恥ずかしく、ハウエルの顔をまともに見られなかった。

「貴殿がリーランド辺境伯か?」

 俯くメイベルをよそに、サイラスが凛とした声でたずねた。ハウエルはメイベルに向けていた視線をゆっくりとサイラスへと向ける。

「ええ、いかにも。そしてメイベル様の夫でもあります」

 そう言うと、ぐいっとメイベルの身体を自身の方へと引き寄せたのだった。

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