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17.視察というの名の……
「殿下! あなたという人は本当に!」
数時間後、サイラスの跡を追うようにして屋敷へ訪れたのは、一人の大柄な騎士。なんとかつてメイベルのお見合い相手として紹介されたヴィンス・ラザフォードであった。彼は土砂降りの雨に打たれたであろうずぶ濡れの姿でサイラスの肩を掴み、迫力のある顔で主君である彼に説教し始めたのだった。
「ここ数日雨が続いて地盤が緩んでいるので危ないから、宿で休んで天候がよくなったら出発しましょうと話したのに何を勝手に一人で出発しているんですか!!」
どうやら一人でやって来たわけではないらしい。仮にも一国の王子である。それもそうか、とメイベルは思いながら二人のやり取りを見守った。というか口を挟む隙が全くないほど、ヴィンスは怒り心頭の様子であった。
「いや、だってこの調子だとまだ何日もかかりそうだったし……」
めったにない臣下の怒りに触れ、おろおろとサイラスは言い訳する。
「だからって私たちに黙って出発することないでしょう!?」
「だって俺一人が行くって言っても、お前たち絶対反対するじゃんか……」
当たり前だ! と敬語も忘れ、ヴィンスは怒鳴りつけた。
「何のために俺たちがついてきたと思っているんですか? あなたを守るためでしょう? それを肝心かなめのあなたが忽然と姿が消えて、俺たちがどれほど心配したかと……もし万一あなたに何かあったら、俺たちが責任を問われるんですよ!?」
「うっ……悪かったよ。だからそんな怒るな。そして顔を近づけるな」
暑苦しい。という言葉にヴィリスがまたもや怒鳴り声をあげそうになったが、その前にメイベルが間に入った。
「ヴィンス様。積もる話はあるでしょうが、その前に服を着替えて下さい。そんな格好では、風邪をひいてしまいますわ」
「聖女様……」
ヴィンスが目を瞠り、ついで自分が周囲も気にせず主を叱りつけた状況に顔を青くした。
「すみません。御見苦しい所をお見せしてしまって」
「構いませんわ。そうなる気持ちは、十分よくわかりますから」
数時間前の自分がそうだったからとメイベルは苦笑いして、二人を客間に案内した。
***
サイラスが訪れたのは、リーランド辺境伯が治めるウィンラードの地を視察するため。お忍びで、事前の報告がなかったのは、抜き打ち検査のようなもの。というのが、表向きの説明であった。
「それで? 本当は何の用でここまで訪れたのかしら?」
「そんなの決まってるだろ」
ぐいっとサイラスは身を乗り出し、声を潜めるようにして言った。ちなみにハウエルは軽く挨拶を済ませると、積もる話もあるでしょうから、とわざわざ席を外してくれている。たぶん、彼のことだからいろいろとわかっている気がする。
「おまえが無事かどうか、確かめに来たんだ」
「無事って……」
今さら? とメイベルは思った。
「もう結婚してからずいぶん経っているのよ? 私をどうにかしようっていうなら、とっくにそうされているわ」
「いや、そういうのじゃなくてな……」
「殿下は聖女様が辺境伯にいろいろ無理を強いられているのではないかと、心配なさっていたのです」
横からとりなすようにヴィンスが言ったが、メイベルは眉根を寄せた。
「ハウエル様はそんな人じゃないわ」
「でも、もともと叔父上に嫁ぐ予定だったお前を、掻っ攫うようにして結婚したんだろ」
「たしかに客観的に見れば、そうかもしれないけど……でも、私がきちんと納得した上で承諾した話よ。それは陛下や議会も認めてくれたことじゃない」
「俺は最後まで反対だったんだ」
むすっとした顔でサイラスはそう言った。
「だいたい叔父上との結婚だって俺はあり得ないと思った。父上だって、それは同じだった。それを教会が勝手に……!」
くそっ、と王子に相応しくない言葉を彼は吐き出した。その様子を困ったように見ながら、ヴィンスが後を引き継いだ。
「あなたが無理矢理連れ去られたと聞き、王宮は大変な騒ぎになりました。殿下や一部の貴族は教皇を牢に閉じ込めるべきだと言い出す有様で……辺境伯の使いが訪れなければ、今頃真っ二つになって争っていたかもしれません」
その時のことを思い出したのか、ヴィンスの表情に疲れが浮かぶ。なんだかメイベルは申し訳ない気持ちになった。一方であのサイラスがそこまで激昂したことに驚いてもいた。
「そんな大事になっていたなんて……」
「当たり前だ。おまえは今まで国のために働いてきた。それはみんなが知っていた。当然、教会もだ。なのに叔父上みたいな男と結婚しろだなんて……おまけに賊にまで襲われかけたって聞いて……ほんとに生きた心地がしなかったんだぞ?」
サイラスの顔は心の底からメイベルを心配していた。そんな彼を見るのが落ち着かず、メイベルはふいと視線を逸らした。
「心配かけて悪かったわ。でも、ハウエル様が助けてくれたから私は大丈夫よ。結婚も……急で驚いたけど、彼と結婚してよかったと思っているわ」
「本当か?」
疑わしそうな声に、メイベルは睨むようにサイラスを見た。でも彼は真剣な表情で、その隣にいるヴィンスも真偽を確かめるようにメイベルを見ていた。男二人の思わぬ真剣さに、メイベルはついたじろいでしまう。
「どうしてそんなに疑うのよ?」
「心配なんだよ。本当は、結婚の承諾も、俺が実際に立ち会って決めたかった。でも、父上やクライン卿に止められて……」
彼の言葉にメイベルは呆れた。
「当たり前じゃない。あなた、私と婚約解消したばっかりだっていうのに、のこのこその相手に会いに来たら、あちこちよからぬ噂がたつに決まってるでしょ」
シャーロット嬢からすれば、やっぱり自分ではいけないのかしら? と不安になるに決まっている。彼女の父親であるクライン伯爵が反対するのも道理だ。
「だから、お忍びで会いに来たんだろ」
「それはどうも。でも余計な気遣いよ。私とハウエル様は仲良くやっているわ」
だから一休みしたら早く帰りなさいとメイベルが言えば、サイラスはニヤリと笑った。
「それはこれから確かめる。おまえとリーランド辺境伯が本当に、仲の良い夫婦なのか」
数時間後、サイラスの跡を追うようにして屋敷へ訪れたのは、一人の大柄な騎士。なんとかつてメイベルのお見合い相手として紹介されたヴィンス・ラザフォードであった。彼は土砂降りの雨に打たれたであろうずぶ濡れの姿でサイラスの肩を掴み、迫力のある顔で主君である彼に説教し始めたのだった。
「ここ数日雨が続いて地盤が緩んでいるので危ないから、宿で休んで天候がよくなったら出発しましょうと話したのに何を勝手に一人で出発しているんですか!!」
どうやら一人でやって来たわけではないらしい。仮にも一国の王子である。それもそうか、とメイベルは思いながら二人のやり取りを見守った。というか口を挟む隙が全くないほど、ヴィンスは怒り心頭の様子であった。
「いや、だってこの調子だとまだ何日もかかりそうだったし……」
めったにない臣下の怒りに触れ、おろおろとサイラスは言い訳する。
「だからって私たちに黙って出発することないでしょう!?」
「だって俺一人が行くって言っても、お前たち絶対反対するじゃんか……」
当たり前だ! と敬語も忘れ、ヴィンスは怒鳴りつけた。
「何のために俺たちがついてきたと思っているんですか? あなたを守るためでしょう? それを肝心かなめのあなたが忽然と姿が消えて、俺たちがどれほど心配したかと……もし万一あなたに何かあったら、俺たちが責任を問われるんですよ!?」
「うっ……悪かったよ。だからそんな怒るな。そして顔を近づけるな」
暑苦しい。という言葉にヴィリスがまたもや怒鳴り声をあげそうになったが、その前にメイベルが間に入った。
「ヴィンス様。積もる話はあるでしょうが、その前に服を着替えて下さい。そんな格好では、風邪をひいてしまいますわ」
「聖女様……」
ヴィンスが目を瞠り、ついで自分が周囲も気にせず主を叱りつけた状況に顔を青くした。
「すみません。御見苦しい所をお見せしてしまって」
「構いませんわ。そうなる気持ちは、十分よくわかりますから」
数時間前の自分がそうだったからとメイベルは苦笑いして、二人を客間に案内した。
***
サイラスが訪れたのは、リーランド辺境伯が治めるウィンラードの地を視察するため。お忍びで、事前の報告がなかったのは、抜き打ち検査のようなもの。というのが、表向きの説明であった。
「それで? 本当は何の用でここまで訪れたのかしら?」
「そんなの決まってるだろ」
ぐいっとサイラスは身を乗り出し、声を潜めるようにして言った。ちなみにハウエルは軽く挨拶を済ませると、積もる話もあるでしょうから、とわざわざ席を外してくれている。たぶん、彼のことだからいろいろとわかっている気がする。
「おまえが無事かどうか、確かめに来たんだ」
「無事って……」
今さら? とメイベルは思った。
「もう結婚してからずいぶん経っているのよ? 私をどうにかしようっていうなら、とっくにそうされているわ」
「いや、そういうのじゃなくてな……」
「殿下は聖女様が辺境伯にいろいろ無理を強いられているのではないかと、心配なさっていたのです」
横からとりなすようにヴィンスが言ったが、メイベルは眉根を寄せた。
「ハウエル様はそんな人じゃないわ」
「でも、もともと叔父上に嫁ぐ予定だったお前を、掻っ攫うようにして結婚したんだろ」
「たしかに客観的に見れば、そうかもしれないけど……でも、私がきちんと納得した上で承諾した話よ。それは陛下や議会も認めてくれたことじゃない」
「俺は最後まで反対だったんだ」
むすっとした顔でサイラスはそう言った。
「だいたい叔父上との結婚だって俺はあり得ないと思った。父上だって、それは同じだった。それを教会が勝手に……!」
くそっ、と王子に相応しくない言葉を彼は吐き出した。その様子を困ったように見ながら、ヴィンスが後を引き継いだ。
「あなたが無理矢理連れ去られたと聞き、王宮は大変な騒ぎになりました。殿下や一部の貴族は教皇を牢に閉じ込めるべきだと言い出す有様で……辺境伯の使いが訪れなければ、今頃真っ二つになって争っていたかもしれません」
その時のことを思い出したのか、ヴィンスの表情に疲れが浮かぶ。なんだかメイベルは申し訳ない気持ちになった。一方であのサイラスがそこまで激昂したことに驚いてもいた。
「そんな大事になっていたなんて……」
「当たり前だ。おまえは今まで国のために働いてきた。それはみんなが知っていた。当然、教会もだ。なのに叔父上みたいな男と結婚しろだなんて……おまけに賊にまで襲われかけたって聞いて……ほんとに生きた心地がしなかったんだぞ?」
サイラスの顔は心の底からメイベルを心配していた。そんな彼を見るのが落ち着かず、メイベルはふいと視線を逸らした。
「心配かけて悪かったわ。でも、ハウエル様が助けてくれたから私は大丈夫よ。結婚も……急で驚いたけど、彼と結婚してよかったと思っているわ」
「本当か?」
疑わしそうな声に、メイベルは睨むようにサイラスを見た。でも彼は真剣な表情で、その隣にいるヴィンスも真偽を確かめるようにメイベルを見ていた。男二人の思わぬ真剣さに、メイベルはついたじろいでしまう。
「どうしてそんなに疑うのよ?」
「心配なんだよ。本当は、結婚の承諾も、俺が実際に立ち会って決めたかった。でも、父上やクライン卿に止められて……」
彼の言葉にメイベルは呆れた。
「当たり前じゃない。あなた、私と婚約解消したばっかりだっていうのに、のこのこその相手に会いに来たら、あちこちよからぬ噂がたつに決まってるでしょ」
シャーロット嬢からすれば、やっぱり自分ではいけないのかしら? と不安になるに決まっている。彼女の父親であるクライン伯爵が反対するのも道理だ。
「だから、お忍びで会いに来たんだろ」
「それはどうも。でも余計な気遣いよ。私とハウエル様は仲良くやっているわ」
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