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24.夫の本音
「メイベル様?」
「……私、ハウエル様の考えていることがわかりませんわ」
身内でもあるレイフは、ハウエルはメイベルを好きなのだと言った。一方赤の他人であるサイラスは、ハウエルはただメイベルを利用しているだけと告げた。いざとなれば、自分を容赦なく切り捨てる人間だと。
メイベルも、口ではハウエルはそんな人間じゃないと否定したが、頭のどこかではサイラスの言葉が正しいと思っていた。
「ハウエル様は私のこと、どう思っていらっしゃるの? ご自身の地位を確かなものにするために結んだ、ただの仮初の妻だと、今でもそう思っていらっしゃるの?」
メイベルはハウエルに本音を尋ねるのが怖かった。サイラスにはちょっとの勇気があれば聞けたことも、ハウエルには何十倍もの覚悟を必要とした。
それだけハウエルが自分にとって特別なのだろうか。それとも初夜を拒絶されたことで、怖いと思う自分がいるのだろうか。
メイベル自身もまた、ハウエルのことをどう思っているかわからなかった。好きなのか。好きになっていい相手なのか。
(私は知りたい。そうしないと、私自身の気持ちにも向き合えないから)
「どうしてあの時、額に口づけしたの?」
「それは……」
普段は冷静なハウエルの顔が、今は焦っているように見えた。知ることのできなかった彼の内面を暴きたい。
「あなたの気持ちが知りたいの。だから、おねがい。正直に答えて」
長い沈黙の後、ハウエルは途方に暮れたように呟いた。
「私にも、わかりません」
彼の答えに、メイベルは眉根を寄せた。
「わからないって…自分のことでしょう?」
「ええ。そうなんですけど……こんなことを思うのは生まれて初めてのことで」
「こんなことって?」
また沈黙。メイベルは思い切って、彼の頬に触れた。
「ハウエル様。言って下さらないと、何もわかりませんわ」
「……なぜ、と思ったんです。貴女が泣きそうな顔で殿下の身を案じた時、殿下と気さくに話している時、殿下に屈託なく笑いかける時、どうして私ではないのか、どうしてそこまで心を許すのかと」
ハウエルは頬に添えられたメイベルの手に自分のを重ね、鋭い眼差しでメイベルを見つめ返した。
「貴女はまだあの男を愛しておられるのかと」
金色の目は穏やかに凪いでいるようで、冷たい怒気をたしかに孕んでいた。
「……私がサイラスを愛していると答えたら、あなたはどうするの?」
「許しません」
ぐらりと視界が揺れた。ソファに押し倒され、金色の目がメイベルを射貫くように見下ろしていた。
「私を抱くの? そうすれば、私はサイラスのもとへ行かないと?」
「そうです」
「あなたって最低」
真っ直ぐ目を見て言ってやれば、彼はわずかに息を呑んだ。そして逃げるようにふいと目を逸らした。
「……ええ、貴女の言う通り。私は最低な男ですよ」
眉根を寄せ、絞り出すような声で肯定するハウエルは、最低と言ったメイベルの言葉に傷ついているように見えた。
「賊を利用して、貴女を救う振りをして、貴女に恩を売って、私と結婚するよう迫った。自由を与えると約束したくせに、元婚約者が現れて、私は貴女と彼の仲を疑った。初夜に貴女を抱こうとしなかったのに、今は貴女を縛り付けるために無理矢理抱こうとしている。最低な男ですよ……!」
ですがっ、と彼はメイベルの手首を強く握った。
「貴女を手放すくらいなら、私は最低な男になって構いません。そうしろと叫ぶ自分がいるんです」
メイベルは動じなかった。今度もまた、真っ直ぐと彼の目を見て言ってやった。
「抱きたければ、抱けばいいじゃない。私は逃げも隠れもしれないわ」
ぐっ、と手首を握られた力がさらに強まった。
「そう。そうすればいい……でも、それも嫌なんです」
「どうして?」
「……そんなことをすれば、貴女を傷つけてしまうから。今度こそ、貴女に嫌われてしまうから……それは、嫌なんです」
苦しそうに自身の心情を吐露するハウエルは、なんだか泣いてしまいそうにも見えた。きっと今までに抱いたことの感情に揺さぶられ、困惑しているのだろう。――そんなハウエルの様子に、やっと、メイベルは彼の心の内に触れられた気がした。
「――ハウエル様」
下からメイベルはハウエルに手を伸ばした。こちらから触れようとすれば、彼は身を引こうとする。それを許さないというように首に自身の腕を絡めた。
「メ、メイベル様……!」
(私はこの人のことをまだ何も知らないんだわ)
サイラスとは十年以上の付き合いがあり、お互いに信頼があった。だから気兼ねなく何でも言えた。本音をぶつけることができた。
でもハウエルは違う。彼とはまだ結婚して一年も経っていない。赤の他人同様だった。だからいつもどこか遠慮していた。本音を聞くことが怖かった。
(でも、ようやく一つ知れた気がする――)
「ハウエル様。あなたが今胸に抱いている感情は、嫉妬というものです」
「嫉妬?」
「そう。つまりね――」
メイベルはぐいっと彼の顔を引き寄せ、その唇に自分のを押し付けた。驚愕に見開かれる金色の瞳に、彼女は愉快な気持ちになった。
「あなたは私が好きなのよ」
彼はとても不器用な人だ。レイフの言う通り、誰かを好きになったことなど、今までなかったのだろう。メイベル以外。
「……私、ハウエル様の考えていることがわかりませんわ」
身内でもあるレイフは、ハウエルはメイベルを好きなのだと言った。一方赤の他人であるサイラスは、ハウエルはただメイベルを利用しているだけと告げた。いざとなれば、自分を容赦なく切り捨てる人間だと。
メイベルも、口ではハウエルはそんな人間じゃないと否定したが、頭のどこかではサイラスの言葉が正しいと思っていた。
「ハウエル様は私のこと、どう思っていらっしゃるの? ご自身の地位を確かなものにするために結んだ、ただの仮初の妻だと、今でもそう思っていらっしゃるの?」
メイベルはハウエルに本音を尋ねるのが怖かった。サイラスにはちょっとの勇気があれば聞けたことも、ハウエルには何十倍もの覚悟を必要とした。
それだけハウエルが自分にとって特別なのだろうか。それとも初夜を拒絶されたことで、怖いと思う自分がいるのだろうか。
メイベル自身もまた、ハウエルのことをどう思っているかわからなかった。好きなのか。好きになっていい相手なのか。
(私は知りたい。そうしないと、私自身の気持ちにも向き合えないから)
「どうしてあの時、額に口づけしたの?」
「それは……」
普段は冷静なハウエルの顔が、今は焦っているように見えた。知ることのできなかった彼の内面を暴きたい。
「あなたの気持ちが知りたいの。だから、おねがい。正直に答えて」
長い沈黙の後、ハウエルは途方に暮れたように呟いた。
「私にも、わかりません」
彼の答えに、メイベルは眉根を寄せた。
「わからないって…自分のことでしょう?」
「ええ。そうなんですけど……こんなことを思うのは生まれて初めてのことで」
「こんなことって?」
また沈黙。メイベルは思い切って、彼の頬に触れた。
「ハウエル様。言って下さらないと、何もわかりませんわ」
「……なぜ、と思ったんです。貴女が泣きそうな顔で殿下の身を案じた時、殿下と気さくに話している時、殿下に屈託なく笑いかける時、どうして私ではないのか、どうしてそこまで心を許すのかと」
ハウエルは頬に添えられたメイベルの手に自分のを重ね、鋭い眼差しでメイベルを見つめ返した。
「貴女はまだあの男を愛しておられるのかと」
金色の目は穏やかに凪いでいるようで、冷たい怒気をたしかに孕んでいた。
「……私がサイラスを愛していると答えたら、あなたはどうするの?」
「許しません」
ぐらりと視界が揺れた。ソファに押し倒され、金色の目がメイベルを射貫くように見下ろしていた。
「私を抱くの? そうすれば、私はサイラスのもとへ行かないと?」
「そうです」
「あなたって最低」
真っ直ぐ目を見て言ってやれば、彼はわずかに息を呑んだ。そして逃げるようにふいと目を逸らした。
「……ええ、貴女の言う通り。私は最低な男ですよ」
眉根を寄せ、絞り出すような声で肯定するハウエルは、最低と言ったメイベルの言葉に傷ついているように見えた。
「賊を利用して、貴女を救う振りをして、貴女に恩を売って、私と結婚するよう迫った。自由を与えると約束したくせに、元婚約者が現れて、私は貴女と彼の仲を疑った。初夜に貴女を抱こうとしなかったのに、今は貴女を縛り付けるために無理矢理抱こうとしている。最低な男ですよ……!」
ですがっ、と彼はメイベルの手首を強く握った。
「貴女を手放すくらいなら、私は最低な男になって構いません。そうしろと叫ぶ自分がいるんです」
メイベルは動じなかった。今度もまた、真っ直ぐと彼の目を見て言ってやった。
「抱きたければ、抱けばいいじゃない。私は逃げも隠れもしれないわ」
ぐっ、と手首を握られた力がさらに強まった。
「そう。そうすればいい……でも、それも嫌なんです」
「どうして?」
「……そんなことをすれば、貴女を傷つけてしまうから。今度こそ、貴女に嫌われてしまうから……それは、嫌なんです」
苦しそうに自身の心情を吐露するハウエルは、なんだか泣いてしまいそうにも見えた。きっと今までに抱いたことの感情に揺さぶられ、困惑しているのだろう。――そんなハウエルの様子に、やっと、メイベルは彼の心の内に触れられた気がした。
「――ハウエル様」
下からメイベルはハウエルに手を伸ばした。こちらから触れようとすれば、彼は身を引こうとする。それを許さないというように首に自身の腕を絡めた。
「メ、メイベル様……!」
(私はこの人のことをまだ何も知らないんだわ)
サイラスとは十年以上の付き合いがあり、お互いに信頼があった。だから気兼ねなく何でも言えた。本音をぶつけることができた。
でもハウエルは違う。彼とはまだ結婚して一年も経っていない。赤の他人同様だった。だからいつもどこか遠慮していた。本音を聞くことが怖かった。
(でも、ようやく一つ知れた気がする――)
「ハウエル様。あなたが今胸に抱いている感情は、嫉妬というものです」
「嫉妬?」
「そう。つまりね――」
メイベルはぐいっと彼の顔を引き寄せ、その唇に自分のを押し付けた。驚愕に見開かれる金色の瞳に、彼女は愉快な気持ちになった。
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