政略結婚だなんて、聖女さまは認めません。

りつ

文字の大きさ
30 / 42

30.慰め、激励

 適当な空き部屋に入り、メイベルはシャーロットを椅子に座らせた。

「大丈夫? お水かなんか飲む?」
「いいえ。大丈夫です。ごめんなさい」

 シャーロットは赤くなった目元をハンカチで押さえながら、ごめんなさいともう一度繰り返した。

「メイベル様にも余計な気遣いをさせてしまって……」
「そんなの――」
「まったくですよ。もう少し人の目を気にしたらいかがですか」

 気にしないで、と言おうとしたメイベルを遮り、冷たい声でハウエルが口を挟んできた。

「ご、ごめんなさい」
「そうやって謝れば済むと思っているのでしょう?」
「ちょっとハウエル様」

 いつになく刺々しい口調のハウエルにメイベルは肘をつつき、小声で注意する。

「相手は未来の王妃様なんですよ。もう少し、優しい言い方で」
「不要です」

 スッと金色の目を細めて眺めるハウエルに、びくっと肩を震わせるシャーロット。どうでもいいが、ふとその光景に既視感を覚えた。

(そういえば、サイラスがシャーロット様と結婚したいって紹介された時にも、彼女、私を見てこんな様子だったっけ……)

 ずいぶんと遠い昔の出来事に思える。今怯えさせているのはメイベルの夫であるハウエルだが。

「シャーロット様」

 ハウエルはレイフの悪戯を叱る時と同じ表情で彼女の名を呼んだ。

「は、はい」
「貴女はサイラス殿下の婚約者なのでしょう?」
「はい。いちおう……」

(いちおうって……)

 自分を押しのけて婚約者になったのだからそこははっきりと返事をして欲しい。ハウエルもメイベルと同じことを思ったのか、思いっきり眉根を寄せた。

「何ですかその曖昧な返事は。そこははいときっぱり言い切るところでしょう?」
「うっ、だって……!」
「だって、何だと言うのです。貴女はメイベル様という本来王妃に相応しい女性を蹴飛ばし、サイラス殿下を横から奪い取った女性なんですよ」
「ハウエル様。言い方が露骨すぎますわ……」

 メイベルがそう言っても、ハウエルはこれくらいなんですかと目を細めた。

「私はありのままに事実を述べただけです。王宮の人間なら、誰だってそう思っていますよ」
「わ、わたしだってそんなのわかっています! でも、でも!」

 わっ、とシャーロットは顔を覆って泣き始めた。メイベルはぎょっとする。

「ちょ、シャーロット様。泣かないで下さいよ」
「そうですよ。泣けば許されるとでも思っているんですか」

 冷ややかな視線を投げかけるハウエルにますますシャーロットは声を立てて泣く始末。

「ハウエル様。さらに追い打ちをかけるようなことは言わないで下さい」

 らしくない、と思いながらメイベルはため息をついた。

(ったく、こういう時に限ってサイラスはいないんだから……)

 好きな人のピンチにいないでどうする。だからあの王子はだめなのだ。

「はぁ……もういいわ。泣きたいなら思いっきり泣きなさい」

 シャーロットの背を擦ってやれば、彼女は許しを得たようにメイベルに抱き着き、それこそ子どものようにわんわん泣いたのだった。

「うっ、ご、ごめんなさいっ、わたし、メイベルさまとお約束したのに、頑張ろうって思ったのに、嫌味を言われても、我慢しなきゃって、それなのに……!」

「あー、はいはい。あちこちからいろんな人に嫌味言われて、逃げ出したくなっちゃったのよね?」

「ひぐっ、はいっ、お父さまも、お母さまも、おまえが望んだことだから我慢しなさいって言われて、わたしもその通りだと思って、でもっ、レイニー夫人は厳しくて、お友達だと思っていたご令嬢からも嫌な女ねって言われて、毎日辛くて!」

 うんうん、とメイベルは頷いてやって、よしよしとシャーロットの頭を撫でてやった。

「あなたは精いっぱいやってるわよ。慣れない環境だから身体も心もびっくりしているだけ。疲れちゃって、良くないことばかり考えてしまうの」
「ひぐっ、ほ、ほんとうですか?」

 涙のせいでせっかくきれいに化粧をした顔がひどい有様になっている。でも大きな目を潤ませ、必死に大丈夫と言って欲しいシャーロットの姿に、メイベルはなんだか放っておけなくなってしまった。

(こういうところにサイラスもやられたのかしらね……)

「ほんとうよ。あなたは公爵家のご令嬢なんだから。身分もあって、おまけに妖精みたいな儚い美しさもあって、サイラスを愛する気持ちもある。あと必要なのは、自信だけよ」

 メイベルの言葉にシャーロットはもう一度目を潤ませ、また泣くかなと思ったが、今度は耐えきり、抱き着いていたメイベルから離れ、しゃんと背筋を伸ばした。

「……御見苦しいところをお見せしましたわ」

 声は掠れていたが、とりあえず落ち着いたようで、メイベルはほっとした。

「いいのよ。私が王都へ来るって聞いて、不安だったのでしょう?」
「……はい。サイラスさまのお心が、メイベルさまに戻ってしまうのではないかと思いまして」

 ポツリポツリとシャーロットは胸の内を明かしてくれた。

「覚悟して挑んだつもりでも、わたしが殿下の婚約者であることに疑問を持つ人がいて、その方たちから心のない言葉をかけられるたび、自分の心が擦り減っていく感じになりました。そしてそんな自分の弱さにも幻滅しました」

 そんなときに、と彼女は苦しそうに目を閉じた。

「殿下がメイベルさまの様子を見に、ウィンラードへ行くとおっしゃって……わたしに愛想をつかして、メイベルさまに戻ってきてほしいと頼むんじゃないかと思ったら……」

 耐えられなくて、とシャーロットはまた顔を覆ってしまった。

(あの馬鹿王子は……)

 サイラスのことだから正直に、メイベルが心配だから会ってくると伝えたのだろう。視察と称して婚約者を騙すのも、彼の気持ち的に納得できなかった。

 だとしても、だ。

(普通もと婚約者に会ってきますと言われたら、誰だって不安になるわよ)

 ましてシャーロットは慣れない環境に追い詰められていた。よくない方向に考えてしまうのも無理ない。

(はぁー……やっぱりあの時雨が降ってようが、無理矢理追い返してやればよかったわ)

 けれど過ぎた時間は戻せないし、シャーロットは不安で泣いてしまった。そしてサイラスもいない。どうにかするには、メイベルしかいなかった。

(元婚約者の彼女を励ますっていったいどういう状況なのよ……)

 恨むわよサイラス……と思いながらメイベルはシャーロットに言い聞かせるようにして言った。

「でもね、シャーロットさま。サイラスの一番はあなたなのよ。あなたを愛しているからこそ、彼は私に婚約を解消して欲しいと土下座する勢いで頼んだんだから」
「……メイベルさまと殿下には、わたしにはないたしかな絆がありますわ」
「絆?」

 反論されるとは思っていなかったのでメイベルはちょっと面食らった。

「ええ。それは男女の愛よりももっと深いものかもしれませんわ……」
「そんなのただの腐れ縁よ」

 むしろそれのおかげでメイベルは振り回されてきたのだ。シャーロットが羨むものでは決してない。

(今もこうしてあいつの尻拭いをしているわけだし……)

「とにかく、あれだけ議会や教会を混乱させて、私に赤っ恥をかかせたのだから、今さら殿下と別れるなんて認められないわよ。というか私が絶対許さないわ」
「それはわかりますが……」

 メイベルはシャーロットの顔を上げさせ、鼓舞するように言った。

「シャーロット。あなたは私に誓ったはずよ。何があってもサイラスを愛し続けると。それは嘘だったの?」

 シャーロットの瞳が揺れる。

「嘘じゃ、ありません」
「だったら、何があってもサイラスを愛しなさい。彼が他の誰かに奪われそうになったら、命がけで彼の心を自分のもとへ取り返しにいきなさい」

 シャーロットは不安そうにメイベルを見つめ返した。弱々しく、助けてくれというような目。

 でもメイベルにできるのはここまでだ。

 これはシャーロットが選んだ道であり、彼女が切り開いていかなければならない問題だからだ。シャーロットも理解しているのだろう。泣きそうになりながらも、やがてこくりと頷いた。

「……はい。わかりましたわ」
「よろしい」

 ぱっと手を離すと、メイベルは満足そうに頷いた。

あなたにおすすめの小説

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

氷の王弟殿下から婚約破棄を突き付けられました。理由は聖女と結婚するからだそうです。

吉川一巳
恋愛
ビビは婚約者である氷の王弟イライアスが大嫌いだった。なぜなら彼は会う度にビビの化粧や服装にケチをつけてくるからだ。しかし、こんな婚約耐えられないと思っていたところ、国を揺るがす大事件が起こり、イライアスから神の国から召喚される聖女と結婚しなくてはいけなくなったから破談にしたいという申し出を受ける。内心大喜びでその話を受け入れ、そのままの勢いでビビは神官となるのだが、招かれた聖女には問題があって……。小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

刺繍妻

拓海のり
恋愛
男爵令嬢メアリーは魔力も無くて、十五歳で寄り親の侯爵家に侍女見習いとして奉公に上がった。二十歳まで務めた後、同じ寄り子の子爵家に嫁に行ったが。九千字ぐらいのお話です。

傷物令嬢エリーズ・セルネの遺書

砂礫レキ
恋愛
『余計な真似をして……傷物の女などただの穀潰しでは無いか!』 通り魔から子供を庇い刺された女性漫画家は自分が美しい貴族令嬢になってることに気付く。彼女の名前はエリーズ・セルネで今度コミカライズを担当する筈だった人気小説のヒロインだった。婚約者の王子と聖女を庇い背中に傷を負ったエリーズは傷物として婚約破棄されてしまう。そして父である公爵に何年も傷物女と罵倒されその間に聖女と第二王子は婚約する。そして心を病んだエリーズはその後隣国の王太子に救い出され幸せになるのだ。しかし王太子が来るまで待ちきれないエリーズは自らの死を偽装し家を出ることを決意する。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

惨殺された聖女は、任命式前に巻き戻る

ツルカ
恋愛
惨殺された聖女が、聖女任命式前に時間が巻き戻り、元婚約者に再会する話。

私の願いは貴方の幸せです

mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」 滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。 私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。