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40.最後のあがき
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「私は認めん。認めんぞ!」
これにて一件落着、となりつつあった場を許さなかったのはやはりイヴァン教皇であった。
「陛下! 本当にこんな小娘を未来の王妃にするつもりですか!?」
「おい! 言い方に気をつけろ!」
こんな小娘と貶されたことに腹を立てたサイラスが教皇に食ってかかる。
「だいたい俺とシャーロットの結婚はすでに議会でも承認されたことだ! それを今さら認めないなんておかしいだろう!」
たしかに。あれだけの騒動を引き起こしてようやく認めさせた二人の仲を急に変えるというのは、上に立つ者としていかがなものか……。
「貴様は黙っておれ! 陛下。あなたもサイラスの伴侶にはメイベルがいいかもしれないとおっしゃったではありませんか」
「私は王妃として相応しいのはメイベルの方が適任だと言ったまでだ。サイラスの隣に誰が立つべきかどうかは、サイラス自身が決めることだ」
「そんな……」
(たぶん、陛下はサイラスに本当に覚悟があるのかどうか確かめたかったんだわ……)
案の定サイラスには迷いが見えた。気が弱いシャーロットには荷が重すぎるのではないかと普段は鈍感な彼も気づき、それをずばり父親に指摘された。
(まぁ、シャーロット様本人がそれを否定しに現れたのだから、結果的に二人の絆の深さを周囲に見せつけることができてよかったのか……)
そしてそのシャーロットの背中を押したのもたぶん……メイベルはちらりと隣に立つハウエルを見上げた。
「な、ならば! メイベルの伴侶には、ケイン殿下をいかかでしょうか? メイベルがだめならば、他の聖女を……」
「陛下。もう一つ、よいでしょうか」
恥も外聞も捨てて何とか聖女を王家に娶らせようとする教皇の姿は、ひどく滑稽で、憐れでもあった。そんな彼にいい加減誰かが終止符を打たねばならなかった。
「なんだ、メイベル。申してみよ」
「はい。今回のことをきっかけに、教会は政界からきっぱり身を引くべきだと思います」
かっ、と教皇の目が見開いた。
「何を言うのだ、メイベル! 勝手なことを言うのは許さぬぞ!!」
「いいえ、猊下。言わせてもらいます。私たちのような存在は、政に関わるべきではないのです」
だってそうじゃないか、とメイベルは思った。
「アクロイド公爵が今回のような事件を起こしてしまったのも、すべて聖女の力があるゆえ。そしてそのアクロイド公爵の求めに頷いたのも、教会の意思です。王族との血縁関係を持ちたいというあなたの望みからです」
「違う。私はおまえのためをと思って……」
「私の望みは先ほどはっきりとお答え申したはずです。ハウエル様と一緒にいることだと。そしてサイラス殿下もシャーロット様を愛しておられます」
ぐっ、と教皇は言葉に詰まらせるものの、すぐにメイベルの機嫌を取るような優しい口調で語りかけた。
「なぁ、メイベル。聖女の血というのは尊いものだ。それは王家の人間と交わらせてこそ、意味があるとは思わぬか?」
「いいえ、思いません」
メイベルははっきりと否定した。
「聖女の力は必ずしも受け継がれていくものではありません。そしてその力も、年々弱まっています」
力が弱まっているという事実に、その場にいた人々が騒めいた。「メイベル!」と教皇が咎めるように声を荒げたが、メイベルは怯まなかった。
「医学が進歩した今、これ以上聖女を国中から集める必要は、私にはないと思います。親元から無理矢理引き離され、幼いうちから国のために奉仕させる。必要がなくなったらうんと年の離れた貴族や手の及ばぬ他国へ嫁がせる……そんなことは、もうやめるべきです」
「メイベル。だがおまえの治癒能力はどうする? おまえは現にハウエル・リーランドを死の淵から助け出したのだろう? その力をおまえは放棄するというのか?」
「それは……」
「ええ。放棄すべきです」
ハウエルがメイベルを庇うようにして前へ出た。貴様には聞いていないと言いたげな教皇を前にハウエルはどこまでも落ち着きを払って答えた。
「猊下。私の母は十年前、病に罹り、母を救おうとした父は王都へ参上しました。そして聖女の力をどうか貸してほしいと貴方に頭を下げて頼んだのです」
覚えていられますか? というハウエルの問いに、教皇は動揺を隠せないようだった。
「貴方は父の頼みを却下した。貴重な聖女に母のような人間を救わせる余裕はないと……父は貴方や聖女を恨みました」
「それは……」
「私も、なぜ救ってくれなかったのかと恨みました」
ですが今は、とハウエルは真っ直ぐとイヴァン教皇を見て言った。
「たとえ治せるだけの力があって、誰かの命を引き換えにしてまで母を救っても、母は決して喜びはしなかったでしょう。犠牲となる聖女にもまた、家族や友人、恋人といった大切な人がいる。その人たちを悲しませてまで救われたくはないと、母は思ったはずです。私自身も、メイベル様に救われました。けれどもし彼女が命を落とす結果になっていたら……私はとても辛い」
「ハウエル様……」
ハウエルはメイベルの方を見ると、寂しげに微笑んだ。その笑みにようやく、メイベルはハウエルをひどく心配させていたのだと気づいた。
(私がハウエル様を大切だと思うように、ハウエル様も私のことが大切なんだ……)
そんな事実に、胸が熱くなった。
「……だがそれが陛下やサイラス殿下だったらどうする? 一国を統べる王族を、見捨てるというのか?」
「いいえ、猊下。見捨てるつもりはありません。できる限りのことはするつもりです」
メイベルにとっても、ローガン陛下やサイラスは大切な人だ。もちろん助けたい。
「ならば王家の人間と結婚しろ! おまえが力を授けられたのはそのためだ!」
「イヴァン教皇。もうその辺にしておくがいい」
教皇を諫めたのは、ローガン陛下だった。彼は「しかしっ!」と納得のいっていない教皇に目で座るよう促した。
「王家が聖女という存在に支えられてきたのは間違いなく事実だ。だがそれゆえに、途方もない重責を負わせてしまったのも真実であり、私たちの罪でもある」
「陛下! それは当然の義務というものです!」
「いいや、違う」
陛下は首を振ってきっぱりと否定した。
「年々聖女の力が弱くなっている、というのはそなたたちの様子から薄々気づいていた」
「そんな……」
予想外であったのか教皇が言葉を失った。そんな教皇を一瞥して、陛下は話し続けた。
「クレアの時も……メイベルが意識を失うほど力を使っているのを見て、本当は止めなくてはいけないとわかっていた。もうそんな無理をする必要はないと……けれど私は言えなかった。すまない。メイベル。優しいそなたはずっと責任を感じ続けて、私たち王家に仕えてきてくれたのだろう?」
「いいえ。陛下。それは違います。決して責任だけで私は仕えてきたわけではありません」
メイベルは亡き王妃やローガン陛下、そしてサイラスが大切だった。忠義心だけでは成立しない感情が確かにあったのだ。
「ありがとう。メイベル。だがやはり私たちはそなたの優しさに甘えていたのだ」
ローガンはそう言うと、教皇へと目を向けた。
「イヴァン教皇。今のそなたのありようは聖女をただ利用しているようにしか見えぬ。サイラスか、ケインと結婚させ、その子どもの後見人になれば、政治の主導権を握れると考えていたのだろう?」
「なっ、私はそんな」
「ならばもう今後聖女を王都へ集めるのはやめるのだ。今いる子たちの中でも、親元から引き離した子たちは帰してあげなさい」
「し、しかし! もし何かあったら……」
「誰かを犠牲にしてまで生き延びるつもりはない。いつ死んでもおかしくないという覚悟で、私はこの椅子に座り続けているのだ。たとえ私が亡くなっても、息子のサイラスやケインが後を引き継ぐだけだ」
「私も父上と同じ考えです。メイベルたちを犠牲にしてまで生きたいとは思いません。彼女たちとてこの国の一員だ。国を統べる者が民を犠牲にするなんて……そんなの間違っている!」
「サイラス……」
メイベルはいつにない彼の堂々とした宣言に驚いた。こうしてみると、彼も王子なのだな……と改めて気づかされた。
「私も陛下や殿下の言う通りだと思います」
宰相のエヴァレット公爵が後押しするように言うと、他にも「そうだそうだ」「教会の今のあり方はおかしい」と支持する者が現れ始めた。
「くっ……」
「教皇。もう一度、教会のありようを考えてみる必要があるようだな」
今度は議会も交えて―― その言葉にイヴァン教皇は悔しげな顔をしたものの、やがてすべてを飲み込むように固く目を瞑った。
これにて一件落着、となりつつあった場を許さなかったのはやはりイヴァン教皇であった。
「陛下! 本当にこんな小娘を未来の王妃にするつもりですか!?」
「おい! 言い方に気をつけろ!」
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「だいたい俺とシャーロットの結婚はすでに議会でも承認されたことだ! それを今さら認めないなんておかしいだろう!」
たしかに。あれだけの騒動を引き起こしてようやく認めさせた二人の仲を急に変えるというのは、上に立つ者としていかがなものか……。
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「そんな……」
(たぶん、陛下はサイラスに本当に覚悟があるのかどうか確かめたかったんだわ……)
案の定サイラスには迷いが見えた。気が弱いシャーロットには荷が重すぎるのではないかと普段は鈍感な彼も気づき、それをずばり父親に指摘された。
(まぁ、シャーロット様本人がそれを否定しに現れたのだから、結果的に二人の絆の深さを周囲に見せつけることができてよかったのか……)
そしてそのシャーロットの背中を押したのもたぶん……メイベルはちらりと隣に立つハウエルを見上げた。
「な、ならば! メイベルの伴侶には、ケイン殿下をいかかでしょうか? メイベルがだめならば、他の聖女を……」
「陛下。もう一つ、よいでしょうか」
恥も外聞も捨てて何とか聖女を王家に娶らせようとする教皇の姿は、ひどく滑稽で、憐れでもあった。そんな彼にいい加減誰かが終止符を打たねばならなかった。
「なんだ、メイベル。申してみよ」
「はい。今回のことをきっかけに、教会は政界からきっぱり身を引くべきだと思います」
かっ、と教皇の目が見開いた。
「何を言うのだ、メイベル! 勝手なことを言うのは許さぬぞ!!」
「いいえ、猊下。言わせてもらいます。私たちのような存在は、政に関わるべきではないのです」
だってそうじゃないか、とメイベルは思った。
「アクロイド公爵が今回のような事件を起こしてしまったのも、すべて聖女の力があるゆえ。そしてそのアクロイド公爵の求めに頷いたのも、教会の意思です。王族との血縁関係を持ちたいというあなたの望みからです」
「違う。私はおまえのためをと思って……」
「私の望みは先ほどはっきりとお答え申したはずです。ハウエル様と一緒にいることだと。そしてサイラス殿下もシャーロット様を愛しておられます」
ぐっ、と教皇は言葉に詰まらせるものの、すぐにメイベルの機嫌を取るような優しい口調で語りかけた。
「なぁ、メイベル。聖女の血というのは尊いものだ。それは王家の人間と交わらせてこそ、意味があるとは思わぬか?」
「いいえ、思いません」
メイベルははっきりと否定した。
「聖女の力は必ずしも受け継がれていくものではありません。そしてその力も、年々弱まっています」
力が弱まっているという事実に、その場にいた人々が騒めいた。「メイベル!」と教皇が咎めるように声を荒げたが、メイベルは怯まなかった。
「医学が進歩した今、これ以上聖女を国中から集める必要は、私にはないと思います。親元から無理矢理引き離され、幼いうちから国のために奉仕させる。必要がなくなったらうんと年の離れた貴族や手の及ばぬ他国へ嫁がせる……そんなことは、もうやめるべきです」
「メイベル。だがおまえの治癒能力はどうする? おまえは現にハウエル・リーランドを死の淵から助け出したのだろう? その力をおまえは放棄するというのか?」
「それは……」
「ええ。放棄すべきです」
ハウエルがメイベルを庇うようにして前へ出た。貴様には聞いていないと言いたげな教皇を前にハウエルはどこまでも落ち着きを払って答えた。
「猊下。私の母は十年前、病に罹り、母を救おうとした父は王都へ参上しました。そして聖女の力をどうか貸してほしいと貴方に頭を下げて頼んだのです」
覚えていられますか? というハウエルの問いに、教皇は動揺を隠せないようだった。
「貴方は父の頼みを却下した。貴重な聖女に母のような人間を救わせる余裕はないと……父は貴方や聖女を恨みました」
「それは……」
「私も、なぜ救ってくれなかったのかと恨みました」
ですが今は、とハウエルは真っ直ぐとイヴァン教皇を見て言った。
「たとえ治せるだけの力があって、誰かの命を引き換えにしてまで母を救っても、母は決して喜びはしなかったでしょう。犠牲となる聖女にもまた、家族や友人、恋人といった大切な人がいる。その人たちを悲しませてまで救われたくはないと、母は思ったはずです。私自身も、メイベル様に救われました。けれどもし彼女が命を落とす結果になっていたら……私はとても辛い」
「ハウエル様……」
ハウエルはメイベルの方を見ると、寂しげに微笑んだ。その笑みにようやく、メイベルはハウエルをひどく心配させていたのだと気づいた。
(私がハウエル様を大切だと思うように、ハウエル様も私のことが大切なんだ……)
そんな事実に、胸が熱くなった。
「……だがそれが陛下やサイラス殿下だったらどうする? 一国を統べる王族を、見捨てるというのか?」
「いいえ、猊下。見捨てるつもりはありません。できる限りのことはするつもりです」
メイベルにとっても、ローガン陛下やサイラスは大切な人だ。もちろん助けたい。
「ならば王家の人間と結婚しろ! おまえが力を授けられたのはそのためだ!」
「イヴァン教皇。もうその辺にしておくがいい」
教皇を諫めたのは、ローガン陛下だった。彼は「しかしっ!」と納得のいっていない教皇に目で座るよう促した。
「王家が聖女という存在に支えられてきたのは間違いなく事実だ。だがそれゆえに、途方もない重責を負わせてしまったのも真実であり、私たちの罪でもある」
「陛下! それは当然の義務というものです!」
「いいや、違う」
陛下は首を振ってきっぱりと否定した。
「年々聖女の力が弱くなっている、というのはそなたたちの様子から薄々気づいていた」
「そんな……」
予想外であったのか教皇が言葉を失った。そんな教皇を一瞥して、陛下は話し続けた。
「クレアの時も……メイベルが意識を失うほど力を使っているのを見て、本当は止めなくてはいけないとわかっていた。もうそんな無理をする必要はないと……けれど私は言えなかった。すまない。メイベル。優しいそなたはずっと責任を感じ続けて、私たち王家に仕えてきてくれたのだろう?」
「いいえ。陛下。それは違います。決して責任だけで私は仕えてきたわけではありません」
メイベルは亡き王妃やローガン陛下、そしてサイラスが大切だった。忠義心だけでは成立しない感情が確かにあったのだ。
「ありがとう。メイベル。だがやはり私たちはそなたの優しさに甘えていたのだ」
ローガンはそう言うと、教皇へと目を向けた。
「イヴァン教皇。今のそなたのありようは聖女をただ利用しているようにしか見えぬ。サイラスか、ケインと結婚させ、その子どもの後見人になれば、政治の主導権を握れると考えていたのだろう?」
「なっ、私はそんな」
「ならばもう今後聖女を王都へ集めるのはやめるのだ。今いる子たちの中でも、親元から引き離した子たちは帰してあげなさい」
「し、しかし! もし何かあったら……」
「誰かを犠牲にしてまで生き延びるつもりはない。いつ死んでもおかしくないという覚悟で、私はこの椅子に座り続けているのだ。たとえ私が亡くなっても、息子のサイラスやケインが後を引き継ぐだけだ」
「私も父上と同じ考えです。メイベルたちを犠牲にしてまで生きたいとは思いません。彼女たちとてこの国の一員だ。国を統べる者が民を犠牲にするなんて……そんなの間違っている!」
「サイラス……」
メイベルはいつにない彼の堂々とした宣言に驚いた。こうしてみると、彼も王子なのだな……と改めて気づかされた。
「私も陛下や殿下の言う通りだと思います」
宰相のエヴァレット公爵が後押しするように言うと、他にも「そうだそうだ」「教会の今のあり方はおかしい」と支持する者が現れ始めた。
「くっ……」
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